LV20
最近はめっきり寒くなり、訓練が終われば家にこもっりきりの冬眠生活だ。
冬にはまだ早いのにやることがなく退屈で困る。父さんから強奪した本をペラペラ繰っているが、家にある書物は既に二度読み、三度読みに入っていて、どうしても新鮮味に欠けるのよねぇ……。
家の改築にあまった建材で「招き猫」ならぬ「招き一角兎」の木彫りを作ったりしてたけど。ソイツは手のひらサイズの実にイカしたやつで、金運にも人招きにも効果があるよう手は両招きだ。
我が自作品ながら、実に愛らしいやっちゃなぁ。と、机に顎してニマニマしたり、脇の下をくすぐるマネしたりで悦に入るのが趣味な美少女――否、紳士です。
そんな退廃的な生活を送っていた罰か、あるいは暇が引き起こした悲劇か、我が身に災難が降りかかった。
なんとあれだけ始末に困っていたエリーゼ様のご本を読破してしまったのだ!
――え、内容ですか?
次々と不幸が降り注ぐヒロインちゃんに、優しい貴族の子息がひょんなことから出会い、彼女の身の上に同情をしていたが、やがてそれは恋心へと発展して……っていう、端的にいって田舎娘×貴族子息がラブちゅっちゅする話しです。
……なんか、こうエリーゼ様の本の選定ってさ、悪意とは言わなくても、こうなんだ。ある意図を感じるんだが……気のせいかな?
そんな疑問はさておき。問題は借りたものは返さねばならない、ということ。元は高利貸しの娘がなにをいわんやだが、借主は無口な司書さんと違って恋の狩人様だ。読み終えました。と、返却してただで帰れるワケがない。
「ねぇおもしろかったでしょ~!」
案の定、ハイテンションな司書様が手ぐすね引いて待ってました。
しかも、俺の感想をエサにして「そう! なんど思い返してもここ萌えるのよねぇ!」と、グッとくる場面を身振りを交えて再現してくれるおまけつき。もう乾いた笑いしかでない。てか、エリーゼ様が笑顔で打ち合わせた手がハートを象ったふうに見えたのは、さすがに俺の目の錯覚だと思いたいが……。
終いには「次の段階はこれなんかいいかな~」と、さらに身分違い小説押しをされたがつつしんでお断りいたします。段階って、いったいなんの段階ですか。ぜったい上ってはいけない大人の階段だろう。
「……そ、それよりも、最近はウチの家が改築に騒がしくって」
「あらそう? でもお店の準備の方は順調でなによりだわ」
「おかげさまで」
「宿を作るだなんて始めてのことでしょ。もしよければ私も相談にのるわよ? これでも、色々な街を旅してきたから、どういう宿が旅人に喜ばれるか、って一考はあるからね。ね、もし相談があったら遠慮なく頼んでいいから」
「ハイ! ありがとうございます!」
相変わらずお優しいなぁ……。
でも、いまのとこ心配というのはないかな。宿への改築工事が終わるのを待つばかり。
その工事も冬前には終わるそうで、その期日は一か月を切った。
家の改築はヘーガーさん任せだが、新装開店にともなう細かな雑事は色々と残ってる。とはいえ、やるべき仕事のほとんどは、父さんに一任した。
この期に及んでまだ金貸し業に未練がたらったらなんで、宿屋開業の仕事を自分の手でさせれば未練も成仏するだろうって魂胆だ。べつに俺が楽をしたいワケではない。
「それなら安心できるわね。ゼリグさんには、主人が色々と無理を言ってたようだから、ウチとしてもできる限りの支援をさせてもら――」
「――奥様、お茶をお持ち致しました」
こんこん、とノックとともに、ドアを開けたのは栗色の髪をした少女だった。
あれ、てっきり、侍女のハンナさんかと思ったが、見たことがない娘だ。
その娘は年恰好も俺と変わらんぐらいで、ショートにした栗色の前髪をぱっつんにして、気が強そうな顔立ちである。
彼女はソツなくお茶の支度を整え、出て行こうとするのをエリーゼ様は「ちょっと、ごめんなさいボギー」と、呼び止めた。
「なんでございましょう奥様」
「大したことじゃないんだけれど、あの子を呼んできてくれないかしら」
「かしこまりました」
ボギーさんはちょこんとお辞儀してこんどこそ部屋を出ていった。
……なんだあの娘。
俺への態度がいや~に冷ややかだったんだが。茶の支度をしてた時なんて、軽く睨んでたよね。給仕さんの服を着ていたから、屋敷付きのメイドさんだろうけどいままで面識はない。
そらまあ俺みたいなのが屋敷をうろついてたら、仕事が増えるし喜ばれやしないだろうが、それにしたってあの態度……もしや、ツンデレメイドか?
「あの娘のことが気に掛かる?」
「え、ええ」
俺の疑問符が顔に出てたのか、エリーゼ様は茶器に笑みを隠すようにして微笑んだ。
「ボギーとは初対面なのよね。実はつい先日から、あの娘も家に仕えることになったボギー・カーソンよ」
「かーそん?」
……よく聞く名前デスネ。たしか、丸い侍従の方にそんな名前の方がいたような気が。
「従士長のジョセフはよく知ってるでしょ? 彼女はねジョセフの孫娘なの」
ジョセフの孫!
……鬼軍曹様に孫がいたかー。や、結構な歳だしいても不思議はないけど。
「齢も貴女と同じかしらね。よかったら仲良くしてあげてね」って、エリーゼ様は言ってますけど……しかし、どうでしょうこの鬼門な感じ! シャナンの後ろに隠れつした眼が、どうしてかしらん? さっきよりも強く睨んできていらっしゃるわ。
背後の邪悪な気配に気づかぬのか、シャナンは入って早々「なにをしてんだ」と、逆に俺を詰問するよう見咎めたが、呼びつけられた相手を思い出し、
「母様、いったいなんの用事ですか?」
「魔術を教えて欲しい――って、前に貴方が言っていたでしょ?」
「ええ……でも、母様は身体ができてないから、早いって」
「私が心配だったのは、身体というよりも心の方だったんだけれど、最近はどうしてかしら。身体も心の方もしゃんとしてきたようですし、いまなら無茶をやらないでしょうからね」
「教えてくれるんですか!」
「もちろん。でも折角だしそこのふたりも一緒に習わないかと思って。特にフレイちゃんは魔術のこと気になるんでしょう?」
マジで!?
うひょー、なんたる僥倖!
話の流れに脈絡なく「ところで魔術は――」って、話題をぶっこむカルタゴアピールが実を結んだでござる!
「……ふたりとも、ですか」
なんだよ、その仲間にしたくもないスライムを不手際で仲間にしてしまった、と言いたげな目は? ふふん、どんなに邪険にされようとも無駄ですゼ。魔術が学べるとあらば、ぷるぷる震えながらでも地の果てについていく所存であります!
「息子と二人っきりでなんて私の息がつまっちゃうの。なんでも詰め込みすぎても身につかないものよ。適度な息抜きに、ね? それにボギーちゃんにも頼まれたのよ」
「ボギーが?」
「はい」
ボギーが静々と一礼すると「そうか」っと、少しく戸惑った顔をしてシャナンは矛を収めた。なんか、俺を相手するときとは偉い違いだな。
「ハイ。じゃあ決まりですね。これから皆で魔術を学ぶということでいいですね?」
「は~い!」
って、俺がノリノリに答えたが、隣のふたりは乗ってもこなかった。
俺だけ見殺しかよ。
「じゃあ、これから授業を始めますけど、その前に私と大事なやくそくですよ。私がいいと言うまで、絶対にひとりでは魔術を使わないこと! みんなやくそくできるかなー?」
うん、流石にそのノリには俺もついてけないかな。
微妙な空気の蔓延したのに、エリーゼ様は「ごほん」と軽く咳ばらいをして払うと、
「それでは魔術の基礎を習う手始めに、まずはこの世界を形作った神々のお話しから学んでいきましょうか。この世界を作りたもうた天空神エドナ様は、この世の万物のあらゆるものを生成されました――――」
…………
………………………
……………………… ……………………… ………………………
…………。
意識の外からクスクスと笑い声がする。
「ふぁっ!?」
と、目を開けると「オマエ寝てたろ」と、ジロッとしたツリ目のシャナンの後ろでエリーゼ様が顔を綻ばせてた。
……ハイ、言い訳のしようもなく寝てました。
「そんなしょんぼりしないで。さっきまでのお話は、魔術の大本の生まれがなんなのか、というものだから。魔術の制御とは関係ないし。それに貴女も大まかな話の流れは知っているでんしょう?」
「え、えぇ大体は知っています」
冒頭の30分ぐらいはちゃんと目が開いてましたからね。
えっと、地母神レリアナが、父である天空神エドナから魔術の力を盗みだし、この大陸から人間まで、ありとあらゆるものを創造した、と。
その後、レリアナは紆余曲折あって、邪神にその身を堕とすんだけど、エドナから盗まれた力を取り戻す命を受けた魔神カナンに、導かれた人間神アレクセイによって封印された――っていうおとぎ話だったよな。
「本当はおとぎ話ではなく神話なんですけど、うん。話しの流れは間違っていません」
「え? 神話なんですか、これって……ウチではよく子守唄代わりに聞かされていて、耳にタコだったから、てっきり子供に聞かせるだけのものかと思ってたんですけど」
「たしかにそういう側面も否定できませんけどね。けど、大まかな話しは実際にあったことなのよ」
……ふ~ん、そうなん。
「神学者の間でも細かな事象の有無については、それぞれに論争があるのはたしかです。いまに続く論争の的になっているのは、エドナ様が盗まれた魔力を取り戻すべく、任務を担った魔神を派遣したのに、何故この世界に力が残っているのか。とか。他には――」
エリーゼ様は指をピンと立てて、代表的な神学論の奥地へと没入していってしまった。……もしかしなくてもこういうお話しが好きなのかな。
「ウチにはそういった話しがわかる人がいないんで語らないけどな。そういった小難しい論争に関する本を、わざわざ王都から取り寄せてたりするし……余計な調子を合わせるようなことはするなよ。母様の話しに付き合ってたら、本格的に魔術を習い始めるのが年明けにまで伸びるから」
「……ですか」
それからいまの時流であるという神学論を右耳から左耳へと聴き流して、さらに一時間が経ってようやくに神話語りが終わった。
そして次なる講義はようやく、魔術の原理と応用と実施――つまり、魔術の使用法だ。
――以下は、エリーゼ様のお話しを俺なりに解釈した結果である。
魔術とは人が保持するようになった”魔力”を用いて、術者が望む現象を起こすことを指す。魔術の属性は――火、水、土、風、光、闇――の6つに別けられ、人は生まれつき定められた属性以外の魔術は行使できないらしい。
魔術の発露、及び行使に至るには、まず表したい現象のイメージを膨らませ、己の体内にある”魔力”を現したい現象に沿って変換をする。
その変換したイメージを”スペル”――声――に乗せることにより、初めて魔術現象が現実世界に具現化させるのだそうだ。
といって、魔術を発動するための決まったワードは存在しないらしく、ただ便宜的に、だれに習ったかを知らしめるためにワードを唱える術者もいるようだが、長ったらしいワードを呟くよりも、術のイメージを固めることが魔術の発露には重要らしい。
ま、噛み砕いて言えば、魔術をイメージすることにより産まれた”火種”を”導火線”となる人の声に乗せ”ダイナマイトの火薬”である大本の魔力に着火させるように運ぶワケだ。
まあこの話しはエリーゼ様のちんぷんかんぷんな内容を俺なりに噛み砕いた結果なんで、間違っている部分もあるかもしんないけどね。
「さて。皆そろそろ退屈してきたところでしょうから、魔術の実践に移りましょう」
キタキター! て、魔術の実践ってワードにムクリと顔を上げる。エリーゼ様は六角星が描かれた羊皮紙と水差しを取り出して「まずは貴方たちの属性を知らなければいけませんね」と、言った。
「この六角星の紙は人の魔術の総量や属性を計る魔道具です。これから順番にここにある水を両手ですくってもらいます。私は貴方たちの身体にマナを送ると、貴女たちの身体に宿るマナが弾き出されて、皮膚を伝って水の中に宿ります。それで水を羊皮紙にこぼせば貴女たちが宿す属性やマナの量が計れるのです。少し苦しいかもしれないけれども我慢してくださいね」
まずは実験台に、とエリーゼ様はシャナンを指名した。
エリーゼ様がシャナンの後ろに立って、その手を頭上にかざした。
とくに変化は見られないけど……と、マジマジとシャナンを見てたらシッシとばかりに「あっち向けよ」と怒られた。俺は犬かよ。
クスクスと、笑みをこぼしたエリーゼ様が「もういいわよ」と合図すると、シャナンは両手にすくった水を羊皮紙にこぼした。すると、じんわりと水を吸った紙切れが、六角星を縁どる線が鮮やかに輝きだした。
「え、6色とも光ってない? たしか線の輝きが属性を表すって話なのに……」
「ああ、僕は全属性持ちだからな」
――ちょっと待って……人が有する属性は多くて2つか3つって話しだったじゃないの?なんでいけしゃあしゃあと人の3倍の能力を持ってんの!
「さすがはシャナン様ですね!」って、褒め称えてる場合じゃないでしょボギーさん!?
てか、オマエも当然だって顔して座ってんじゃないよ!
……あぁ、なんていう理不尽な勇者補正……やだよぉ、もうこいつ。
顔や頭どころか一々が規格外じみすぎだって。
どうしよぉ。このまま一生シャナンの後塵を拝して「悔しい!」って、ハンケチの味を噛みしめる人生なの?
嫌よ! そんな負けスライム生……――って俺はまだ負けてない!
そうだ。
敗北主義に陥る必要なんてない。俺様は腐っても異世界転生主様だ。
それがこんなぽっと出のボンボンに負け続けるワケがない!
おぉ、異世界神よ!
始めて貴方様に祈った身の上だが、いまこそ俺に英知を、魔術の素養を与えたもうれ!
「早くやれよ」
「お、おう」
神聖な祈りを邪魔され、盛大にびくつきながらエリーゼ様に軽く頭をかしづいた。
ン、苦しいって聞いてたが、とくに変化は……って、うおっ、な、なんじゃこりゃ。急に胸のあたりが。……ぐぇ思ってたよかキツイな。なんか胸に渦巻いてたムカつきが腹の底に落ちて、そいつがお腹のなかで胎動してる感じがする。
「けはっ、けはっ」と、えづくとエリーゼ様に「水を」と促されるままに羊皮紙に零した。すると、それに呼応する形でむかつきが収まった。
ふしぎな感覚に、目をパチクリさせてると、羊皮紙上に漂っていた水がこぽこぽと音を立てながら、六角星の線上に吸い込まれていく。
しばらくすると、右上と右下の線が淡く輝きを放った。
「おめでとう。貴女の属性は土と光のようね」
「あ、ありがとうございます」
土と光?
そうか、俺の属性って土と光なのか。
…………。
微妙~。いや、光はいいとしても、土ってさぁ……。
なんか、戦隊シリーズに置き換えると、イエローとかグリーンあたりのキャラ臭がプンプンだぜ。間違ってもセンター張れないよね? しかも線の輝きが、シャナンに比べてえっらい小さいし……これっていま持ってる魔力量に比例するんだよ、ね。
そっか。これがいわゆる俺の才能の輝きってやつ?
……アハハ、ハハッ。
「魔術が使えるだけ得だろ。人口全体の1%にも満たない確率なんだってさ」
「……そう、ですね」
止めてくれ。
いま君に優しい言葉をかけられても、胸を抉られるだけなんだ。
悲しみにくれた魔術の授業はお開きとなり、明日から本格的に魔術の授業を始めましょう。と、エリーゼ様はにこやかに言った。
ちなみにボギーの属性は水と風であり、その適性の時にシャナンがえづいたボギーの背中をさすってやると彼女の頬が軽く上気してた。
なるほどなー。と、俺はなんとなしに察した。




