LV192
「俺がいつ、魔術を使えるつったよ」
なんてアイゼン先輩はどこまでもクールなままに衝撃的な告白をしてきたのでした。
――が、そんな寝耳に水。な告白を聞かされた方としては、クールからはほど遠い気持ちにしかなりえません……てか、水槽から水を抜かれた金魚のように、口をパクつかせるしかない。
や、だってよ!
こんな緊迫した状況で、すっとぼけたジョークを言うとかどういう神経をしてんのっ!
「ちょっと、先輩! ……そういうおちゃめさんなジョークを言うな。って、さっきわたしを叱ってきた口でしょ! それが自分の時はそういうのが許されるみたいな特別待遇は、マジでないんですけど!?」
「別にふざけてるわけでもジョークでもなんでもねぇっつの。言葉通りの意味だ」
「言葉通りって、ふざけんのは止めてくださいってば!?」
私が憤って顔を接近させれば、ウザってぇ、と先輩に眉間ごと抑えられた。
いやいや! 私だってこんくらいじゃ引っ込みませんよ!
てか、いっくら自分のギャグが滑ったのが恥ずいからって、寒~いギャグを重ねたって、仏心を出してやらないんだからね!
先輩がそんなありさまだと、他の皆さんがお困りになるのっ! 先輩が賢者の息子だってのは皆さんもご存じなんです! それが魔術が使えない凡人だなんて、シニカルジョークを飛び越えて悲惨な………。
………… …………。
……な、なんですか。この酸欠しそうな程の息詰まるような沈黙。
先輩どころか姫様まで、私を気の毒そうに眺めてきて、まるで寒いギャグを披歴したのは私みたいじゃ――って、まさか、先輩は、本気で魔術を、使えな、い?
ギギギッ、とガン垂れるように先輩を見据えれば、こちらの反応には慣れっこなのか、平然と腕組みをしたまま頷いた。
いやいやいやいや!?
「そそそ、そんなことあるわけないでしょ! そ、そそそんな養殖物の天然ぶった発言したって、かわたしは信じませんからねっ!? だ、だって、前にコボルトに襲われた時はあんなにも鮮やかにシュパパッ~っ、と片づけてくださったじゃないですかっ!? あれはなんだって――」
「あん時はナイフを投げただけだ」
「 」
…………そう、な、の。
コボルトの死体なんて、そんなエグイもの視界になんて入れたくなかったから、確認しなかったかけど……サクッ、と片づけてたから。てっきり魔術で倒したんだな~。って、思ったのに。
私の脳内では、先輩の格好良かシーンとして納めてた映像が、蓋を開けたらただナイフを投げただけて。
…………うわぁ。
「ンだよ、その目は。言いたいことがあんならハッキリ言えよ」
「……いえ、なにもないです」
賢者の息子が、属性持ちでもなくただのひとつも魔術が行使できないって。
とか、
その壮大な肩書きはブラフですか?
とか、
そんなロン毛をバッサリ切っちゃうから別人みたく弱くなったんじゃないの?
とか、
いや、ホントマジで思ってないです。えぇ。
「なら敵の前でみっともなく取り乱すな。あんな雑魚でも舐めてかかると痛い目みるぞ」
「取り乱したのは先輩のせいでしょっ!」
っと、つぐんでた文句がバブルスライムのように口から溢れかけちゃった。
けど、大丈夫! 私は先輩と違って空気が読める人だから! あのコウモリ野郎の駆除が最優先事項だってことぐらいわかってます。
たとえ魔術の使えないへっぽこ先輩だと露見しても、その強さは折り紙付き……なはず。それに二対一とくればあんなヤツに遅れなんか取らないよ。きっと!
「ま、待ってください!」
コウモリに構えを取れば、後ろから必死な様子の姫様に袖を両手で掴まれていた。
「あんな武器を持ってる方と素手で戦うなんて無茶です! ふたりともただの学生なのに、怪我をされては如何するんです!?」
「……しかし、姫様、」
「戦うよりもまずはあの方がなにに怒ってるのか。ちゃんと話し合えば――」
「てめぇは最上級のバカか?」
息巻いてた姫様の横合いから、凶悪な双眸をしたアイゼン先輩の冷たい声が差し込まれた……ちょっ、先輩!? 姫様に対してなんたる失言……!?
あわわ。と、私が泡をくっていたけども、面食らっていた姫様はすぐ先輩に喰ってかかっていた。
「ば、バカって、刃物を持った相手に素手で立ち向かうのを諌めるのは普通のことでしょう!? それでバカと呼ばれようが一向に構いませんわ! ……あの方がなにに憤っておられるのか伺わないと」
「それで。てめぇを殺しにきた相手とダンスでも、と? 甘っちょろいことを抜かすんじゃねぇよったく。よくそんなことで王女が務まるな」
「あ、貴方に王女の務めだなんて指摘されたくありません……! 他ならぬこのワタシを害しようとしているのなら、その目的と意思を確かめる必要があるでしょう。それが王女としてのワタシなりも責任です!」
……そう、姫様が仰られる気持ちはわかるけど……あのコウモリに、そんな慈悲は通用しまい。現に「さすがはお優しき姫様ですな。私めのような者にまで、そのような慈悲をくださいますとは」と、せせら笑っている。
けれど、あからさまな嫌味に反応することもなく、姫様はスッ、と胸元に手を添えた。
「なら貴方にお聞きしましょう。なぜ……ワタシ私を殺そうとするのですか」
「なぜ、って? そんなこと単純じゃありませんか。それは貴女様がこの国の未来であらせられるからでございます」
「みらい?」
「左様」
……未来だっていうなら、なんで姫様を殺そうとするのよ?
と、私たちは面食らったけれども、コウモリ独りだけは得心がいったまま、なにか倒錯した表情をして、天井しかない空を振り仰いでみせた。
「えぇ、大丈夫ですよ。私には貴女たちの困惑が手に取るようにわかりますとも! しかし、世界の導き手としたらんとすれば、人の無理解という冷淡さに落胆することなどありません! ……病人は自らの病理の深さは気付かないものです。悲しいかな、女王陛下の治政はすでにあらゆる所で限界を迎えておられる」
「…………」
「そう答えは明白なんです! 行き詰った秩序を壊して、新しく組み上げねばならないことは! そしてそれは国の支配や貴族の支配のようなちゃちなものに寄らない。絶対的な新しい統治者の手に委ねられるべきものだ!」
陶酔しながらひと息に語り終えたコウモリは、いからせた肩を脱力したように落とした。私にはまったくもって理解不能な論理だけれど、先輩にはコウモリの言葉に感づくものがあったのか「あの宗教臭ぇ語り口はレリアナの信奉者か」と、呟いた。
「レリアナって? ……確か神話に、同じ名前の神がいました、よね?」
「あぁ、古い神々から魔術を盗みだし、オレら人間を創生した。っていう例のアレだ」
「……神様を、アレ扱いしていいんですか」
「神つっても邪神の類だから罰当たりでもなんでもねぇよ。なんでも、レリアナって神を崇めればすべての罪が減却され、救済を得られる……ってな。破滅主義者の妄想を固めたようなありがちなカルト教だ? まぁ、笑えねぇのが最悪なことに貧民たちの間で流行ってることだが」
苦虫を噛み潰したように先輩は言い捨てたのに、コウモリの表情は真逆な慈愛に満ちたように後を継いだ。
「……そう。過ちはすべて原初の時代から始まっていたんだ。いまに動いている秩序はすべて仮初に過ぎない。だって、ねぇ少しでも頭を働かせてみてくださいよ? 我らが産みの母であるレリアナ様を害した挙句、その大罪人である末裔が仮初の王として君臨している……なんて、そんなのおかしいじゃありませんか?」
青ざめた顔の姫様に「ねぇ?」と、同意を求めるように小首をかしげてみせた。
……ヤツによればン千年も前の”過ち”によって、ほぼ無関係な姫様が、その責をもって自分におとなしく殺されろよ。と、言うつもりなわけか。
なんて身勝手な言い分なんだ。おとなしくすごすごとヤツの言い分を聞いてやっていた自分が許せん! 私は固めた握りこぶしを、そのニヤけ面に叩き込もうとした
――瞬間、横から風が飛びだしていった。
「……いい加減、そのバカげた口を閉じろよてめぇは」
それは、アイゼン先輩だった。
低い唸り声でそう睨む先輩は、一瞬でコウモリとの距離を詰めて、斧を捕まえていた。それにコウモリは落胆しきった顔で、
「……そう、ですか。貴方の耳にも、私の声が届かないのですね」
「人殺しの論理なんざわかってたまるか。くだらねぇ世迷い言をうだうだと。聞いていた自分のバカさ加減に腹が立つ」
「それは、なによりで――」
コウモリはそう言葉を区切ると――斧を勢いよく振り払う。が、それを予期した先輩は軽やかに躱した!
お返しとばかりに先輩は蹴りを見舞うと、ガツッ! と斧を砕くような一撃が捉える。その衝撃の強さに、初めてコウモリの余裕ぶった表情に焦れた色が見えた。
それもそうだ。魔術が使えずとも、先輩はものすっごく強く。そして戦い方を心得てる。ヤツがあんな長大な斧で威嚇しようとしたって、あの長物を振り回すには、間合いがなきゃできっこない。
すでに懐に入り込んだ先輩を捉えるには、斧では窮屈過ぎるんだ。
コウモリが焦れたように距離を取ろうとしても、対照的に冷めた表情の先輩は、畳みかけるように、鋭さを増す攻撃が付いて回る。
すると、先輩の見舞った蹴りが、ヤツの腕を捉えると、くぐもった悲鳴をあげるとその斧を取りこぼした。
それにコウモリは、呆然としたが――そのスキが命取りとなり、足払いをくらってその場に倒れ込んだ。
「クソッ、クソがっ!? 邪魔しやがってッ!」
「さっきの宣教師じみたなりより、そっちの言葉遣いの方がお似合いだな」
「黙れぇっ!?」
取り押さえられたコウモリは、激しく身じろぎして牙を剥くように睨みあげていた。
……この執念はどっから湧いてくるんだよ。
「そこまでだ!」
突然、その場を打ち破るような声とともに、入り口から兵がゾロゾロと突入してくる。その一団を率いてるのはクィーンガード氏だ。
彼はいつもの端正な仏頂面で走り寄ってくると、先輩とそして取り押さえられたコウモリを苦み走った顔で睨むのに、
「遅ぇよ」
と、悪態つきで先輩は組みしいたコウモリを引き渡した。
まったく同感なんだけど、もうツッコム気力どころか気疲れが激しすぎてもう、なにも言う気力すらない。ともかく、これでやっとひと安心できる。
私は疲労困憊で、兵たちに応対してる姫様の様子をうかがえば、姫様は連行されてゆくコウモリに釘付けになっていた。
「呪われよ忌み子よ! 呪われよ!?」
そうコウモリはまだ狂ったように連呼していて、クィーンガード氏は苛立たしそうに、「連れて行け!」と兵に命じると、ようやくにその姿が消えた。
けど、いつまでも残るシミを眺めるように、姫様は蒼白の表情のままに立ちすくんでいた。




