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LV189

 ……やっちまったな。


 私は他人事ながら、白目を剥いて天を仰いだ。それはジョシュアの突然の告白に気を遣ったワケではもちろんなく、こんな場面に居合わせてしまった不幸が、ただ、ただツライの……。

 だって、こんな空気詠み人知らずなヤツが告白に成功するわけないじゃんっ!

 いくら嫌いな相手でも恋が破れる瞬間に居合わせたくもないじゃんっ!

 この空間に私が立ってられるのは、ひとえに姫様を置いて無関係を装えないからだ! もしも赤の他人だったら、赤面して裸足で逃げ出し、この記憶を抹消してるだろう!


 私は滂沱の涙を流しつつ姫様を慮ったが、肝心の姫様は跪いてるジョシュアを見向きもしてない。やはりショックで気が動転してるのか……と、目元を拭いかければ、姫様はただ悲しげな視線をサロン向こうの陛下に向けている。

 その視線に気づいてるだろう陛下は、それなのに踵を返してトーマスさんと邸宅へと入って行かれた。

 なんて冷たい仕打ちな! と、憤慨してその後を追いかけたかったけど、こんな悲し気にしてるクリス様を置き去りにはできない。

 私は気遣うように「――姫様」と、呼びかけると、青白い顔で大丈夫だから、とかぶりを振って、ジョシュアへと向き直った。


「失礼しました、ジョシュア様……ですが、その、ワタシには突然のことでそういう気持ちにはならないので――」

「いえ、我ながら急な話でご無礼か、とは存じております……ご自分の運命にかかわることなれば、姫様の戸惑いは当然のこと。そのご不安な気持ちは痛い程にわかります」


 ジョシュアは鼻を高くするように胸を張っている。姫様を不安にさせる原因が自分だとは、露とも考えないんかいオマエは。


「しかし、なにも心配なされることなどございません! 姫様の身をすべて私に委ねてくだされば、貴女が抱えている不安事も、これからは私も一緒に担えることができる! それを解決していくことができるのですから!」

「…………いえ、ですから」


 我が胸に飛び込んできて! と、ジョシュアが両腕を拡げるのに、姫様も苦笑を飛び越えてドン引きしてたじろいだ。

 ……だから、姫様を不安にさせる原因が――以下略。


「さぁ。その手をこちらに。この赤く輝くルビーは我が一族が代々の花嫁にささげてきたもの。姫様をより美しく輝かせるはず――」


 ジョシュアは自分の言葉に酔いしれるように、強引に姫様の手を取った。

 が、


「嫌ッ!?」


 と、姫様に手をふりほどくように叩かれた。

 ジョシュアは叩かれた手を見つめながら「な、なぜですかっ!?」と、呻いてる。

 ……なぜ、もなにも、変質者じみた迫り方が悪いんだっつのに。

 しかし、ジョシュアのやつも見境がなくなってるな。

「陛下から姫様に求婚する許可を得た!」と、舞い上がってのもあるだろうけど。以前はまだ気取った調子があったのに。焦ってる風なのは、やっぱ学院からの「卒業」という二文字が迫ってるから?

 でも、それだったらなおさら陛下への許可を得るより先に、姫様の心を得るべきなのに。

 誠意を向けるべき相手を取り違えながら婚姻を迫るなど不躾にもほどがある。


(……といってもこのジョシュアの振る舞いを、責めるばかりではフェアじゃないか)


 ジョシュアをここまで増長させたのも、原因の一端は陛下だ。

 ……今回ばかりは、私から物申さにゃ気がすまぬっ!

 私はギッ、と邸宅へと消えた陛下を今度こそ追いかけようと、俯いた姫様を促した。

 ――が、


「お、お待ちください姫様ッ!」


 と、ジョシュアが通せんぼするように前に回られた。


「わ、私の申し出を断るなど貴女には他の選択肢などないはずだっ、勇者やハミルトンの青二才より、私が一番に無難な道なのですよっ!?」

「ちょっと乱暴はお止めくださいよ!」

「うるさいっ! 平民のくせに横からしゃしゃり出てきてっ! だ、大体オマエと付き合ってから、姫様がおかしくなったんだっ!」

「…………はぁ?」


 なんのこっちゃいったい?

 怪訝に私はジョシュアを振り返ると、向こうは激昂したのを恥じたのか、いまさらのように平静を装ってるけど、その後に続く言葉に思いやりなんて欠片もないのが、薄笑いを見れば一目瞭然だった。


「フレイ嬢……確かにキミの美しさにはそそられる物がある。それは認めよう。しかし、その顔を除けば、後に残るものなんて、汚らわしい血と世渡りの上手さぐらいだ。勇者や姫様のような高貴な方々に囲まれて、思い上がってるのかもしらないが、あまり高望みをしては足元をすくわれるよ。さっきのように、ね?」


 ふーん、私が転びかけたことをあてこすってるつもり?

 ……口説いてきたり、小馬鹿にしてみたりずいぶんと気の多いことで。けど、そのように凄まれても、さっき図らずもバトッてしまった共和派のオッサンの方がまぁだ威圧感がございましてよ?


「テオドア様も同じようなことを仰られておりましたが、高望み、とはなんのことです?ご兄妹揃って勘違いしてらっしゃるなら……」

「ソレだよ。怖いなぁ」


 私が呆れながらに告げてみせたら、ジョシュアは額に貼りついた前髪を払いのけた。すると、仮面の奥にある眼のぽっかりと空く空洞のような暗い影が、より鮮明に表れてきたようだった。


「無垢で無知な令嬢ぶりながら、着々と地位を固めたくせに。そのペラペラと喋る口で、何人にも取り入ったのかね。陛下の専属料理人に飽き足らず、これ見よがしに店を構えて、将来は姫様のクィーンガード、そして最終目的は勇者の正妻の地位か?

 ――勘違いするなよ。

 平民如きは何処までいっても”使われる側”の人間だ。そして、私たち貴族こそがキミたちを”使う側”……この確立された立場は永遠にゆるがない、ゆるがしてはならないものだ。平民風情が我らの地位に土足で踏み込もうなどと、身の程知らずは慎みたまえ」


 ピシャリ、と言い放ったジョシュアに、いつもの軽薄さを微塵も感じられなかった。

 つまり、これが彼の本音なのだ。

 私たち”使われる”側には悪夢にしか思えない身勝手な言い分が。これが貴族にはいつまでも覚めないで欲しい、と願う――夢の正体か。

 私は絶望するでもなく、ただただ残念だった。

 どれだけ、高貴な家柄で飾ろうともその繕った薄皮の下から、強欲と打算に満ちた悪臭が漂ってくるのに。ジョシュアにはそれが目に留まることがな。

 彼がその姿勢のままであるなら、私の隣で悲痛に胸を痛む姫様の力になることも、心に触れることだって叶わないんだから。



「……なるほど。そうですか」

「やっと理解したようだね」


 私が小さく頷けばジョシュアは薄く頬を持ち上げた。


「キミはお呼びではないってことさ。けど安心したまえ。私もキミを排除しようなんて物騒なことはしない。私とて思惑と打算から産まれた婚姻だろうと、姫様との将来が明るいものであることを願う身だ……キミにはクィーンガードとして、それを支えてもらいたい。まぁ、それが不満ならば私の何番目かの妻として――」


 ジョシュアは吐息を零すように言うと、こちらの髪を梳くように手を伸ばしてきた。

 私は顔を俯かせながら、ただ静かにスッと、息を吐き、



 手を捻りあげた。


「ぐっ!? い、痛っ、な、なにをするッ!?」

「やかましいわボケッ」


 あ、うっかり淑女らしからぬ言葉を……いけない、いけない。こんな無礼な輩でも礼を逸してはいけませんわね。

 海老ぞりになって身をよじるジョシュアを突き放すように手放してやると、ジョシュアは顔をみるみるうちに顔を真っ赤にした。


「貴様ぁっ! 私の、善意を踏みにじる気かっ!?」

「あらあら、愛の睦言にしては聞くに堪えない下品な言葉をアリガトウ。最初から申していたことをようやく理解していただけ何よりですわ」


 盛大な皮肉をぶっこみつつ、にっこり微笑む。女子に腕を捻られて悲鳴を挙げるのは、屈辱でして? けど、そんな軟弱ぶりでは騎士団への入団なんて夢のまた夢ですよ。


「……ま、それはべつにわたしには関係がないですけどね。ジョシュア様の夢話なんて、なんらの魅力も感じません――が、だれだって、夢を思い描く自由がございますものね。その理想とされる価値と夢に邁進されるのはどうぞご勝手に。でも、その夢に人を勝手に当てはめられるのはお止めくださいます?

 大体、婚姻を申し込むにしても陳腐なのですよねぇ。騎士の訓練に耐えられない~、と姫様に泣き言を言うわ。あげくに二番目の妻? ……自分を高く評価し過ぎてるのはそちら様ではなくて?」

「なんだとぉっ!?」

「――いえ、要らぬ老婆心でしたわ。ただ、自分たちの夢が、何故叶わないのか! と、怒りをぶつけられましても、それは他ならぬ貴方たちの狭量さ故に。としか申し上げられませんので」

「貴様っ、貴様なんかっ、私に使われるか陛下に使われるかしかないだろうっ! そこになんの違いがあるっていうんだ!」


 ……見苦しい。そんなのジョシュアや、増してや共和派のオッサンに教えられなくてもわかってるわい。私だって陛下に”使われてる”人間だ、ってね。

 私も本音ではそんな立ち回りは他に押し付けて、私はお菓子の世界に籠っていたい。それでもやってられるのは、陛下が私を使われるのは、だれかを蹴落とすためでなくクリス様を守ろうとされているからだ――そう、私は理解してる。

 だから、クリス様のため、私は”使われる”側であることに甘んじる。

 だから、陛下がこんな悪趣味な輩を婚姻相手に推薦するなら――

 徹底的に潰す。

 ……といっても、私の力なんて必要とされないだろう。

 私は姫様に向けてうやうやしくも一礼をして、横へと身体をずらした。


「姫様、なごり惜しいですが舞踏会のお時間が……騎士を目指されるというジョシュア様になにか手向けのお言葉を……」


 促した先へと姫様はゆっくり進まれた。すると、ジョシュアはなぜかたじろいだように呻いた。おや、婚姻を申し込んだ愛しの相手のはずなのに、と私は薄く微笑んだが、あいにくそういう愉快な場面は、頭を垂れた身ではわかりはしない。

 ――けど、続いてきた姫様の声は強かなものだった。


「ジョシュア様。婚姻のお申し出と、ルクレール家のお気持ち、それはハッキリとわかりました。……けど残念ですが、ワタシの気持ちは変わることはありません。重ねて――お断りさせていただきたく思います。よろしいですね?」

「な、何故ですっ!? 貴女に相応しい相手は私だと自負しているのに!」

「何故って? ……なら、訊きますが、貴方のなかでのワタシという存在は、使う側? それとも使われる側?」

「それはっ!」


 ジョシュアは青ざめた顔で抗弁しかけたが、姫様は遮るように優雅にスカートを翻した。横顔から覗ける目元には、もうジョシュアなんて映してはいない。


「――騎士団も貴方の志願を得るのはさぞ勇気づけられることでしょう。その前途に祝福がございますように」


 引導にも似た手向けの言葉を残して、私たちは邸宅へと入る。私は、後ろ手にそっと、邸宅のドアを閉じた。



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