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LV19

 母さんの想いを胸に所存のほぞを固めた俺は、悩める父の逃げ道を塞ぐため、家の改築計画を進めることにした。


 その第一歩はトイレの建設だ。

 村にトイレを持つ家庭は少なく、村人は共同トイレを利用していて、それはウチも例外ではない。が、その共同トイレってのが曲者ってか臭いもので、お世辞にも手入れが行き届いてない。

 汚いし不衛生だし、村の行きたくない場所を挙げれば、アントンの家につぐ筆頭箇所である。


「そんな不衛生な場所にお客様をご案内するだなんて、非礼なことはできかねますからね。トレイの設置は必須です」

「……でもなあ。わざわざお金をつぎ込まなくとも、すでに村にあるじゃないか」

「父さんも共同トイレの汚さには辟易してますでしょ? ただでさえ不安な旅をされてる方々に、病気をわずらわれてはタイヘンですよ。これは必要な投資です」

「……でもぉ~」


 でもぉ~、じゃねぇっての。

 雨に降られてずぶ濡れのまま、行き帰りの道を往復するなんて、ヘタしたら風邪ひくよ。家族の健康のためにもぜったいに必要な投資だって、理屈はわかるだろうに。この煮え切らない態度には裏があるな。

 匂いが~とか、お金が~とか、もっともらしい理屈をつけてるけど、本音は領主様のお屋敷にしかないようなものをウチが作って大丈夫なのか、って心配なだけだろう。

 この軟弱者が!

 クレームがきたら勇者のくせに生意気だ! と逆に返してやるべしである。


「雨の日に濡れて身体を壊したらもっとお金がかかりますよ。一々外出する手間がなくなれば、もっと他のことに時間が使えますし。たしかに臭いは気になりますけど、汲み取り式でも手入れをすれば大丈夫なはずです」


 他になにか不満が?


「……ありません」


「いいわねぇ、絶対にやりましょうよ!」と、キレイ好きな母さんの後押しもあり、父さんはぐうの音も出ずに陥落。やはり父さんの説得は、母さんを味方につけることに限りますな。




 次に家のリフォーム案の考えもあわせて披露した。

 広いだけが取り柄のボロ屋は、あちこちにガタがきてるし、全体的に手を入れなければ宿の業務ができない。

 キッチン周りはとくに悲惨で、まな板とかまどしかないって、俺は原始時代か弥生時代に生まれたのですか?

 ……まあ、ここは遥かな異世界だし、ガスや電気なんて望むべくもないが、そこは、こう魔術の英知によって蛇口をひねるとお湯が! とか、光にかざすだけで雑菌がシャットアウト! とかなって欲しいが、そのような生活魔術は聞いたことも見たこともない。

 つか、そんな魔術師がいたら、ちょっと嫌だ。


 俺的にはこだわりの収納スペースを~、と主張したのだけど、父さんは顔を青くなって「絶対に認めない!」と、またもや強硬に反対論を展開。理由はまたもお金がないって、どんだけ貧乏なんだよ。

 ……ちっ、残念だが煉瓦オーブンを設えるに留めて、父さんの言い分に従うか。ない袖は振れないものねぇ。




 まあ、幸いにして宿に必要な客室については、家を大きくいじる必要もなく二階の四室すべてを使うことに決定。

 一階のデザインもちょっとの手加えに、リビングとキッチンの合間に、カウンターテーブルを設え、窓際にテーブルをちょちょんと並べれば、あら、ふしぎ冒険者が群れる宿へと早変わり~。

 ――と、なるであろう。

 フッ、完璧じゃないか我が計画は、と、ほくそ笑みつつ使われてない二階の一室を開けたら、ケサランパサランのような綿埃がてけてけと走ってったが。

 ……掃除はまぁ計画に入ってなかったが、一家総出でやればなんとかなるでしょうよ。禍々しいキノコが自生してないだけマシだ。

 しかし、部屋の空気がやたらジメッとしてんのも、天井のシミも気になる。アレは雨漏だろうか。さすがにあれは大工さんの手に任せるしかあるまい。




「オイオイ無茶だよそんな!?」


 俺たちは家の改築計画をひっさげ、大工のヘーガーさんにひとしきりの説明をすると、ヘーガーさんは広い額にしわを寄せてそう叫んだ。


「オレの腕は二本しかないんだぜ!? 村の仕事だって他にあんのに、おたくらん家の改築だけで、いったい何か月かかるって話よ!?」

「もちろんこちらも無理を言ってるのは承知してます。だから、作業の優先順位をつけていただいて構いませんよ。たとえば、寝具類といった小物は、お客さんの回転率もわからない状態ですし、後回しでも可能です。

 で、真っ先にやっていただきたいのが雨漏りの修繕と調理場の改築ですね。ここは宿の心臓ですから、なにはともあれここを基軸に考えていただければと。それから、寝具についても全部を均一な品にすれば、作業の効率化もはかれるはず。まあ、部屋のイメージに合致するか、デキをみないとわかりませんので手始めに一つ試作品をお願いします。あとそれから―――――」

「待て待て待てーっ!? ゆぅっくりと、てかオレにわかるよう話して!!」




 二時間がかりの話し合いの末、計画の作業手順もなんとかまとまり契約代わりの握手で終了。

 よかった~と、笑顔で職人気質のごつごつした手を握ったが、思ったよか握り返しが弱いな。って、見上げたヘーガーさんの顔が灰になってる。

 どうやらしばらくの休日が完全消滅して心が折れてるらしいが、ヘーガーさんにはガンバっていただく他ない。いい仕事を頼みますぞ!


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