LV187
去ってゆく蔓バラ氏の背中を見送ることなく、私は真逆の方角へと舵を切った。
正直、食事コーナーの料理には、未練もよだれもダラダラだが、また彼と顔を合わせるなんてゴメンだ。
彼が思いつめようとも、ソレはそれで勝手だけど、国の行く末が心配ならば直接にぶつける相手が他にいるでしょう。
私が如何に陛下に近いと思われようとも、所詮はただの平民でありただの侍女。
そこに訴えられたって、お門違いというものです。
そんなふうに怒りを燃焼させてたら、頭も足も疲れてしまった。
どっか休める所は~、と探し歩いたら、ちょうど邸宅のサロンの椅子が並んでる。しめしめ、と人気もないことをいいことに、椅子に腰掛けながらもうひとつの椅子に行儀悪く足を乗せる。慣れないヒールなんか履いてきたせいで、足がつりそうなのだ。
ぼんやりと庭を眺めていたら、魔道具の明かりが灯り始めた。
空はぼやけた藍色へと変わり時刻はすでに夕暮れ。
舞踏会場の広間から、楽団の音合わせの音が響いてきている。舞踏会までもう間もなくといったところだ。
常のパーティならまだ宴の始まりの始まりでも、今宵のパーティには卒業を控えた学生が大勢に参加してることもあり、早めの切り上げ予定らしい。
当然、ダンスの時間も短いけれども、ぼっちのまま壁際に立たされるのは屈辱と感じるようで、どこかしら焦りにも似たような気配や、待ちきれずにソワソワと浮ついた気配が漂い始めてる。
私はどっちつかずのままに、呑気に足をぷらぷらさせてたら、邸宅へと向かおうとする女子集団が、ゾロゾロと庭から移動してきた。
……なんかじろじろ見られてるけど、やはり淑女としてあるまじきことでしたか? と、コッソリ足を下ろしたら「もしかして、フレイ様!」と、彼女たちが声を掛けてきた。
……その声はもしや、
「寮生さんたち?」
「えぇ、やっと見つけましたわフレイ様! 食事コーナーに居ないんですものずいぶんと探したのですよ」
「お腹のご加減でも悪くしたのかと思って医務室まで探しに行ったのに居ないんですもの。心配しましたわ」
「そうでしたの」
それはご心配をおかけして――て、べつに私を食事コーナーで発見できなかったことは、意外なことじゃなくね? ……ま、まぁ、いいんですけど。
戦果報告をかねて「いい男はいましたか~」と、解りきった愚問を言ったら、にへーっ、と、先輩は頬をしまりなく緩めた。
なに!? 凶と大凶しか引いてないのに、そんな掘り出し物が。
愕然とする私をよそに、先輩は潤んだ瞳をして振り返ると、そこにはスカルマスクをした長身の男が、同じように惚気きった先輩たちに囲まれていた。
スラッとした体形もそうだが、あの長い耳は本物のエルフ?
それなら、たしかにイケメンですね~。と、イケメン鑑定のお墨付きを与えていたら、彼の影から、
「フレイ様、こっちこっち!」
と、小さく手招きしてる娘が。
ありゃ、だれだろ。私より小柄な先輩なんていないけど――
「って、クリス様っ?!」
「しーっ、まだ皆さんには内緒にしてるんです」
「そ、そうでしたか……けど、なぜ姫様が、寮生さんグループに?」
怪訝に寄せた顔に、姫様は含み笑って「実は」と秘密を紐解くように首元を指さした。
「チョーク?」
「ハイ。ボギー様にお見合い会に出ることが不安だ、って、相談に乗っていただいてましたの。そうしたら、このチョークを頂いたんです。これを付けていば寮生さんたちに紛れることができて安心だから、と」
「あぁ。そーいえば相手を取り合わないよう、目印を付けてくとか言ってましたっけ」
寮生さんたちを姫様の守りの盾に使うとは、ボギーたんマジ有能! というか、私にも事前に教えておいて欲しかったわ。まぁ、私が出席をサボる気満々だったから必要ないって判断されたんでしょーけども!
クリス様は、気を取り直すように、私の仮面の巻き角を触ったり、ドレスの手触りを楽しんでは「羊様の真っ黒なドレスも似合っていてとっても素敵です。まるでブラック・パールみたい」と、褒めていただいた。
そう仰るクリス様こそ、いつにもましてステキだ。
片羽のバタフライマスクは、清純なイメージとは真逆に、ミステリアスな感じがするし、その茜色のドレス……は、ちょっと他の悪人と重なることはあるけど、べつに彼女の専売特許ではないからセーフ。
「でも無事に出会えてよかったですわ。姫様が独り寂しい思いをされてないかずっと気掛かりで――」
「フレイ様、いや、羊様」
「なんです改まって」
と、怪訝顔を寄せると、姫様はなぜか明後日の方を向きながら胸を張った。
「いいえ、今宵のワタシは姫ではありませんの。さしずめ、正義を愛し強きをくじく! 真紅の騎士レディ・ローズ! ……ですので。よろしくて?」
「…………よ、よろしくてよ」
キャラ創ってんなぁ、おいっ! て、ツッコミたいけど、姫様の様子からしてここは、笑い所ではないらしい。
……要るんだよなぁ。
仮面を付けて素顔を隠した途端、気分がハイになって地が出ちゃう人って。や、さすがに真紅の騎士っていうのは、キャラ設定だろうけれどもさ。御年14歳の姫様の黒歴史が刻まれていくのを、まざまざと直視するのは他人事ながら痛い……。
しかぁし! ここで姫様――いえ、ローズ様を「中二病ぷぷっ」と地獄の底に突き放すなんて非道はできない。
真の友情の証しとして、私も中二病を患っていた時に作った「格好イイ決めポーズ!」を披歴致しますわ!
まずは手始めに、ツルの舞いを決めてからの~「シャキーン!」と擬音付きでもって、両手をクロスし……フッ、決まった。と、勝利の余韻に浸った。
すると、姫様は「ズルーい!」とばかりにグーの握り拳を軽やかに振り上げて、優雅にレイピアを操るポーズを決めた。クッ、得意気な顔をして、やる! なら私は塩をつまんで振りかけるポーズで対抗だ!
「……姫様、」
と、冷たい声が掛かり、ギギギッ、と首だけで振り返ると、そこには寮生さんに囲まれていたはずのエルフ氏が傍に。
いつの間にっ! と、私は冷や水をぶっかけられたように固まっていたら、エルフ氏は問いかけたはずの姫様ではなくこちらに「……陛下は如何した」と、訊いてくる。
えっ!?
……陛下、には置いてけぼりを喰らいました。
とは言えずに無言でいたのを答えと知ってか、彼は咎めるように細目をして「……姫様はオマエに任せた」と、言って足早に庭へと戻ってった。
「姫――いや、ローズ様。彼ってもしかしてクィーンガードさんですよね」
「ハイ。母から護衛は他に用意してあるから連れていけ。と」
やっぱり。どっか、見覚えがあるな~と、思ってたんよ。
私には、エルフの知り合いなんて、彼の他にベルベッタさんぐらいしかいないんだけど。でも他に護衛を用意した。って、あの場に陛下に連れられていったのは、私しかいないんだが、それってまさか私のこと?
…………。
すでに外堀が土砂で埋められ、もう関ヶ原合戦間近な気分なんだが。白旗上げるから、講和できません?
「すみません。お母様がまた無理なことを押し付けて」
「……いぇ、使われるのは慣れております」
意図せずに乾いた笑いにはなったけど、まぁなるようにしかならないから……。
つくづく下っ端はツライ。と、嘆いてみたが、同情をされてる姫様も、陛下からダンスのパートナーを見つけろ。と命じられてるらしい。
陛下ってば、私に関しての所業は、絶対におもしろがってやってんだろーけど、姫様に対する態度はやはり違うよね。
ご自分の護衛を預けたり、こうして突き放してみたり、シバキ主義なのか過保護なのかよくわからないお人だわ。
「如何します。ローズ様がパートナーを探しに、と仰せならお付き合いしますが」
「べつに構いませんわ。最初っからお見合いだなんて乗り気でもなかったのだし、お母様の指示に従う気なんてありませんもの!」
「……ですか」
ツン、と拗ねられた。
私はパートナーを選ぶのと、後の恐怖体験のリスクとを天秤にかけたらローズ様のように豪胆にはなれませんわ。
あぁ、さっさと早くキープの男を探しに行こうかな。何気にトーマスさんもオープニングセレモニーで「家主からの挨拶を!」と、求められるぐらい、外面だけは完璧な紳士だからね。
ヤケ酒を煽って足元がぐでんぐでんでも、素顔バレして女性陣から囲まれてたぐらいだ。そう考えると、トーマスさんがフリー素材かは微妙な……
――って、待てよ。
よくよく考えれば、トーマスさんは陛下の「元彼」なんだよね。
それを横取りするのはマズくない?
パーティ中でも、陛下ってばずっと周りの様子を窺ってた感じだし。深読みすればラザイエフ邸をパーティ会場に推薦したのも、トーマスさんに会いたいがため……
ふい、と浮かんできた邪推をローズ様にぶつけてみれば、急に不機嫌に頬を膨らませて「そんなワケありませんわ」と、私の妄想を一蹴された。
「お母様にそんな可愛らしい妄想なんてしませんわ。これは絶対断言できます!」
「でも、乙女心は衰えはしても消えはしませんでしょう?」
「それならなおさら結構です! お母様に可愛らしい乙女心が欠片でも残っているなら、悔しがらせて差し上げましょう……いい当てつけですわ」
「いや、正義を愛し、強きをくじく騎士様が略奪愛はオッケー、なのはちびっこに対しての示しが……」
「なら正義の騎士は今日限りで廃業します!」
「廃業早っ!?」
正義が悪にころっ、と転向した瞬間を目撃してしまった。その転向理由が母親の横暴がウザイからって、軽すぎやしません。まさか思春期の子供は皆魔物だとでもいうの……。
ローズ様はすっかりトーマスさんを略奪する気になって「探しに参りましょう!」と、こちらの手を引きながら広間へと向かう人波に逆らうように庭へと出でた。
……わわっ、クリス様にしては、珍しく強引な。トーマスさんを探すのは、こちらとしても望む所だけど。いまからパートナーを探すだなんて時間的に無理だし、トーマスさんにはふたり分で踊って頂くよう頼むっきゃない。
そう頭の隅っこで考えていたら、ローズ様はふいにその足を止められた。私は怪訝にその顔を覗き込むと、風船がしぼんだように、元気をなくして「すみません」と、なぜか頭を下げられた。
「べつにローズ様は謝罪されるなんて」
「……素顔を隠されていたって、フレイ様にいつもの明るい雰囲気ではないことぐらいわかりますわ。本当はお見合いをサボって、シャナン様と出かけるつもりなんだ。って、アルマが羨ましそうに地団太してましたのよ?」
「そ、そうですか」
アルマめ口の軽い! さては陛下にサボリがバレてたのもあいつの仕業かッ!!
と、ぎこちなく微笑みを作っていたら、クリス様は揶揄う調子で言ってたのにどんよりと肩を落としている。急に如何したんだろう、姫様こそ元気がないように思えるけど……。
「いえ、フレイ様には迷惑をかけ通しだって反省してるのです。お母様の我が儘もそう。……一時の感情でフレイ様を振り回しておきながら、お母様の横暴だ、と憤るなんて非道い偽善です。やっていることは結局は同じなのですから」
「そ、そんな気に病まられることではありませんって!」
はわわ、と腕を振って否定しても、姫様はガクッ、と首をもたげてる……あぁっと、どう励ませばいいんだろう。
「え、とその~、姫様にも陛下にも、それぞれに立場がございますもの。わたしが振り回されるのはしょうがないことです」
――使われてるだけ。
そう嘲笑った蔓バラ氏の声が一瞬、耳にこだました気がしたけど、それが全部ってワケじゃない。
「姫様はわたしに誠実にあろうとして、悩まれておられる、のですよね……なら、わたしはその気持ちだけで十分ですから。それ以上を求めるなんてわたしの方が罰が当たっちゃいますよ」
「フレイ様は、いつも、そうなのですね」
「え?」
姫様は、あんまりにも穏やかな声音をしていたのに、その笑顔がとても寂しそうにしていた。
「他人から求められれば、いつも答えようとしてくれる。ソレがフレイ様の優しさだ、とわかっていますけど……でも、フレイ様から、逆に他人に求めることはないのですか? 例えば、そうシャナン様に」
「シャナン、様に?」
私は意味がわからず、問いかけるように目を瞠ると、姫様は言葉を噛みしめるようにしながら続けた。
「ずっとお母様に反発してきたけど、最近、ずっと悩んでるのです。安きに流れるようであっても、お母様の仰る選択が一番に無難で、だれしもが納得をするのではないか、と。それならば後の問題は当人たち、ワタシたちの気持ちだけ」
「……あの、姫様。は、その大いなる誤解をしていらっしゃるのでは」
さすがに、私もピンとくるのがある。
さっきから、やけに遠まわしに探りを入れてきてるのは――私が、シャナンに気がある。と、思ってる?
いやいやいや!?
「……わたしとシャナン様は、主と侍女という関係以上のものはなにもないですって!」
「逃げないでください! ワタシは真剣なんです!」
「え、いや、でも」
「それはフレイ様とシャナン様の立場の話でしょう! ワタシは貴女の想いを問いているのです!」
わ、わたしの、想い? ……い、いや、なんというか、口煩いけども、面倒見がいいような悪いような、その~、まぁ良い主だなぁ! とは、思わんでもない、でありますですが……想いと云われると、べつになんというか特段といって惹かれるような要素は、無いでもないような気がしないでも…………って、そう真剣な顔を近づけられると、答えずらいというか。
タジタジと、迫る姫様から身をよじると、後ろ頭がポフッ、となにかにぶつかった。
あ、失礼。
と振り返るやに、私の空を掴んでた手が、すいっと自動に持ち上げられた。そして「あぁ、美しい人よ。お怪我はございませんか?」と、やけにキザったらしい声がする。
……私は、その瞬間、ブワッと全身が粟立つように鳥肌が立った。
その、ニヒルを気取った微笑みを浮かべた男――
その、彼は私のもうひとりの天敵――テオドア兄こと、ジョシュア・ルクレールだった。




