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LV186

 そうして、オオカミさんと黒羊のコンビは結成され、初めてのお見合いダンジョンへと挑むことになった。


「さて。羊の将来の伴侶とまでは言わんが、今宵を迎えるに相応しい男を求めねばな」


 ……そんなお宝要らなーい。てか、帰りたーい。

 と、拒否った所でオオカミさんの大きな耳には届くはずもなく、私は虜囚のように腕を引かれた。半ば捨て鉢な気分に陥りつつも、各テーブルをめぐる。

 幸いにも我々がハブられることもなく、陛下が軽く会釈するだけで、


「ちょっとお待ちを! 貴女様のご趣味――いや、その前にせめてお名前だけでも!?」


 と、周りの殿方たちがワッと色めき立って、あっという間にぐるりと囲まれる。

 ……あのぉ、前衛さん? ちょっとばかり周りのヘイトをかき集め過ぎではなくって。MPが0の役立たず後衛には、範囲攻撃は無理っすよ。

 冷汗を流しつつ、彼らの反応をうかがったが、それは杞憂でオオカミさんにメロメロ。”上品で慎ましい貴婦人”へとキャラチェンした陛下ときたら、つまんない冗談にも猫がすり寄るように可愛い仕草をしながら、可憐な笑い声を響かせてる。

 ……あんな高い声にボイチェンするとか、これが「魔性の女」のスキル効果?

 オオカミさんの苛烈さを知ってる私まで思わずドキッとする。

 はうぅっ。と、愛らしい陛下に胸のドキドキを抑えていたら、陛下はこちらにオオカミの顔を寄せてきた。


「連中の方から寄ってきおったな。どうだ、あの中にダンスに誘いたい相手がいるか?」

「誘いたい相手って……そんなの知りませんよ」

「なんだ思い切りの悪い。パッと見での第一印象で、これ、と決めればよかろうに」

「社交界デビューしたばかりの初心者に、パッと見で毒か薬草かなんてわかりません!」


 陛下の袖にひしっと縋れば、泣き言なんざ聞きたくない。と、額に飛んできたデコピンで、胸に刺さってた魅了の矢が抜けました……。


「ただのお遊びで気難しく考えるでないわ。大体の雰囲気など、顔を隠れていても知れるだろう。さっきもお主が囲まれたのも、向こうが「良いな」と思ったからだからな? 気楽に合いそうだ、と思う相手を掴んで、当たりなら儲けもの。ハズレならハズレで話しのネタにもなろうさ……それとも、消極的なのはシャナン殿にでも気兼ねしてるのかね?」

「ンなワケないでしょう!」

「だろ? 主殿の心配もないなら、今宵のダンスパートナーを求めてもなにも問題はない。と、さて。それでは我もお主に負けぬように、相手を見つけに行く。お主も見つけ出しておけよ。よいな」

「えぇっ!?」


 と、私の返事を聞くより先に、オオカミの毛艶に合わせたような褐色のドレスを翻し、奥の方へと行ってしまわれた。

 ……私はほぼ無関係なのに。ここまで巻き込んでいて、こんなダンジョンに独りっきりで放りだすって……あーあ。でも陛下の厳命なら、しょうがないよね。

「がんばった、けど無理だった」と、いう程度のアリバイ工作はしないと。でなきゃ後でどんなお仕置きが待っているやら……ぷるぷる。




 そうして私は覚悟を決めると「来るなよー、来るなよー」と、睨みをきかせながらも、ニコヤカ笑顔をキープする。

 どーせ男たちは陛下の後を追ってったし、さっきより声を掛けてくる人は少ないでしょ。と、呑気に構えてたのに、ワラワラと人が集ってこられる。それこそ、こちらが用意していた笑顔がパサパサに乾く程に。

 ……しかし、この貴族たちときたら、さっき囲んできた連中より躾がなってないのね。

 私がわざわざ身元を明かさぬようボカしてるのに、探るような質問を重ねてきたり。

「ワタシとダンスのお相手を――」と、不躾な立候補をされたり。

「結婚しよう!」と、いきなりに指輪を取り出して求婚されたり。

 いったい、この方たちはエチケットはどこに放り捨ててきたのでしょうという始末。

 ……陛下。私はタイヘンによくがんばった、と思いますが、パーティの主役を飾るのは無理です。ダンスパートナーは居ないけど、いざとなればキープのトーマスさんに頼みますので、これでお許しを。

 私は天に許しを乞うように懺悔すると「ちょっと、お花摘みに」と脱兎のごとく逃げた。

 後々にタイヘンなことを先送りしただけ。

 ――と、心の隅っこでは訴えてきてるが、そんなのは気~にしない!

 よいしょ。と、抱えてた重荷をひとまず奈落の底へと放擲して、悠々と食事コーナーへ向かう。心配事は腹をいっぱいにしてから考えよう! もとい忘れよう! の精神だ。

 うっはぁっ!

 出た出た、いつもなら寮や学食じゃ喰えないような、豪勢な料理ばっかり! 見て、あのローストビーフときたら、実に肉肉しく赤身がかった良い色をしてる!

 どれもこれも、と目移りしそうだが、その前に私の愛しのシュークリームちゃんの姿をひと目でも確認せねば。

 まさかだれの手にも渡らず、ぼっちを囲ってないよね!? と、心配性な母親のように、どうしましょう、どうしましょう。と、卑屈に腰をかがめてゆけば、ふと、前の方には、パーティに似合わぬ行列ができている。

 ……なんだろ。面倒事がお嫌いな貴族様がわざわざ行列を作るなんて。私はンーッ、とペンギンが羽ばたくようにジャンプしてたら、



「もしかして、あの行列のことが気になるんですかお嬢さん?」

「へ?」


 渋みのある声につられて振り向けば、そこには蔓バラの仮面を被った男が立っていた。彼の背丈は私よりも遥か高く、顎を上向きにしないと顔が仰げない程。そのオールバックにした白髪や、その深い声音からして恐らく40歳は過ぎてるように思える。

 というか、見るも痛々しい蔓バラの仮面や、威圧感のある風体――なのに、はりのある声には、ふしぎと落ち着きと知性が色濃く感じられた。


「もしあの中に入るのに気後れしてるなら、良ければ私が取ってきて差し上げよう」

「え、それは有難いんですけど……」


 知らない方に並んでもらうのは。と、私の人見知りが発動してたら、蔓バラさんは軽く指をもたげて、なにごとかを呟いた。と、群衆の頭上からふわっ、となにかが浮かびあがり、ふわふわと音もなく、面食らっていた私の掌中に、シュークリームが舞い落ちてきた。


「こ、これは!?

「噂のしゅーくりーむ、というお菓子らしい。キミもその評判を聞いて食べたくなったのだろ」


 いや、ただ行列が気になってただけですが。でも、これは思わぬ僥倖!

 貴族の様の間でも、私のシュークリームちゃんが、あそこまで人気なんてさすがは私の眷属! このまま貴族界隈を魅了せしめて、ひいては我が店にまで誘導するのだっ!

 ぬーあっはっはっ!

 て、親バカの高笑いをしてる場合じゃないや。

 蔓バラさんに恭しく取っていただいた礼を述べると、彼はとくに気にした様子もなく肩すくめられた。なんというさりげない気遣いをお持ちなのか。

 顔はわからずとも雰囲気で好人物かわかると、陛下も仰ってたけど、この方は所作そのものがイケメンだ。まぁ、行列を迂回するため、魔術を行使するのはズルだけども、ダンディな大人はやることが違うということですね。

 ともあれ、いただきますっ!

 彼の心遣いに深々と感謝しつつ、シュークリームちゃんをふたつに割ると、ホイップとカスタードのクリームがとろけ出てくる。ウッシシッ、いっただっきまーす!

 頬張りかけると――クスッと、含み笑う声がして、ン、と見上げれば蔓バラさんが口元を抑えていた。


「いや、失礼。それが巷間伝わる「シュー(竜の卵)を割って(世界)を救う」という、しゅーくりーむの食べ方とやらか。とね」

「…………あぁ、そんな冗談をわたしも耳にしたことがありますワ」

「キミも知ってたか。流行り物に敏感な貴族はこぞって割っているがね。賢明なる陛下と勇者様の勇気に祝して――とね。いやはや、あの堅物がそんな軽口を叩くはずもあるまいし。どうせ元ネタはだれかが流したジョークだろう」

「ですよねぇ!」


 ウフフッ、ほんとヘタな冗談ですわー。私なんて、耳にするたびに片腹が部分断裂したように激痛が走りますもの。早くこのデマが払拭されますように。と、願うばかりですわ。切実に。

 私は背中にびっしょり汗をかいたが、蔓バラさんは「まぁ、害のない冗談をマジメに取り合うのもバカみたいだがね」と、笑っていた。


「つまらん噂に惑わされない人間だったようで何よりだよ。まぁ、その冗談がしゅーくりーむの価値を落とすワケでもないが。なんであれ、優れたモノが正しく評価されるのは小気味いいことだが……キミが忠誠を尽くす主君は、それを見抜けるだけの器の持ち主かね――フレイ・シーフォ?」


 スッ、と何気なく差しこまれた言葉に、息が詰まった。

 私を、知っている?

 そう、問うように、蔓バラの棘に隠れた仮面を見上げると、背にゾワッと怖気が走った。 仮面に切り取られたような、鋭利な視線に、さっきまでの和やさが一変し、気圧されるような威圧感が、ブワッと身に迫る。

 ……コイツは、いったいだれだ?

 警戒警報が、ぐわんぐわんと耳鳴りのように鳴る。極度の緊張でのどの奥がぐぅとせり上がるようで、言葉が出なかった。

 すると、彼は眉を曲げるようにして「おや、食べないのかね?」と、揶揄うように言う。見れば、ホイップとカスタードのクリームが、ぐしゃ混ぜになった私のシュークリームがあった。

 それを見下ろした途端、カッと怒りの炎が灯った。

 ……なるほど。

 私はこの世でなにが一番に嫌いか、といって、メシをマズく食べる輩。二番目に嫌いなのは、人の食べるメシをマズくする輩だ。

 そして、蔓バラ氏はおそらく両方に当てはまるだろう。

 彼の私への仕打ちは、出会い頭に手を叩かれたのと同じ。

 明白なる侮辱だ。


「えぇ、もちろん頂きますわ」


 と、挑むようにシュークリームにがっついた。クリームがほっぺにつこうが、礼儀に反しようが、悪い冗談を吹き飛ばすように、ハムハムと喰らう。そしてこれは事実として、貪るほどに美味シであり、絶妙なる甘シだ!

 自慢の我が子を見せびらかすように毅然と胸を張ると、彼は長閑な声音で、

「満足したかね?」

 と言う。


「もちろん! ですが、蔓バラさんも人がお悪いですわね。わたしのことを存じ上げてるなら尚更スルーしていただければよろしいのに」

「真名を呼びあうのはマナーに反したかな。しかし、そんなに驚くことではないだろう、キミの名はすこぶる有名なんだから」

「ただの侍女風情が? ……まぁ、口さがないのは使用人の常ですものね。もしかしてご同類さんかしら?」

「口さがないのは認めるが、私は使用人ではないよ。我々は”共和派”という」


 初めまして。と、胸に手を添えながら、彼は恭しくも腰を折った。

 ……共和、派?

 確か前にトーマスさんから聞いたことがあるね。絶対的な王権をふるう陛下を、良しとせずに、快く思わぬグループの集まりだって。


「いわば陛下の敵対者さんが、いったいわたしになんの御用でしょうかね」


 私の立ち位置も知ってるでしょうに?

 そう言外に匂わせて、殴り掛かったつもりが向こうは軽くいなしてきた。


「いや、用向きなどないさ。ただ単に、陛下の寵愛を受けるキミと話をしようと思って」

「話?」

「少し想像をめぐらせてみて欲しい。この催しには国中の貴族の子弟が集まっている。皆々あまねく尊敬を集める方々ばかり――のはずが、実際のところは如何だろう」


 蔓バラ氏はそう区切ると、彼は手で指し示すように辺りを振り仰いでみせた。

 グラスを傾け酒をあおる者。

 軽口にけらけらと笑い転げる者。

 彼はそれら貴族たちを刺々しい仮面の奥で、死んだ魚のように濁った眼を向けていた。


「庶民の暮らしに気を配るべき彼らは、その実情を知ろともしない。己の領土に魔物が跋扈しても、どこ吹く風。虚飾と無価値なかつての栄光にすがり、現実には目を閉じたまま――この嘆かわしいばかりの現状はだれのせいか?

彼らを導くはずの王はだれか?

……私の言わんとすることはわかるだろ? この現状を生み出してるのは、彼女であり、彼女には王たる器がないことがね。現状を改善する力もないし、それを正そうとする意思もないものに、いつまでも君臨されていては苦しむのは民だ。そう思うだろ?」


 蔓バラ氏はこちらに小首を傾げてみせた。

 ……それは、それは。とても意義深い意見を、長々とありがとうございました。

 ですが、私も間違っていました。

 さっき彼のことを「ダンディな大人」と評したことは、ここで訂正させていただきます。

 この方は単なる偉ぶった皮肉屋だ。

 大体、なによこの一方的な言い分! 陛下にだけに責任をおっかぶせて。確かに陛下は私に無理難題を押し付けたり、イジワルしたり、こき下ろしたりするけど、そりゃ良いとこだって…………えっと、少しはあるんだからね!


「仮に貴族であるのに、ずいぶんと国に対して悲観的ですわね。賢明なる陛下なら貴方が危惧なされてることに気付かぬはずがないでしょうに」

「羊さんこそ、彼女をずいぶんと買いかぶってるようだ」

「いいえ、買いかぶりではなく事実として、尊敬をしております。蔓バラさんが専ら貴族としての範を説かれるのであれば、まずはご自分があるべき姿を示されるべきです。その方が現状を嘆くよりもはるかに有意義でしょう」


 カリスマ性なら、うちの陛下の方が遥か高みにいましてよ? と、踏ん反り返ってると、彼は押し黙った。

 あ、二の句も告げぬか、ウエッヘヘッ。


「いや、盲信した人間に忠告しても無駄なのは経験からしてわかってるよ」


 ムカつく!


「ただ嘆いていても無意味なのは、真理だろう。だから私は共和派という入れ物を作った。そして、その理念に共感をしてくれて、かつこの国を導くに優秀な人材を求めてもいる。キミのような、ね?」

「……はぁ?」


 をいをい。

 このやり取りの後に、私を共和派に勧誘――って、とち狂ったの?

 いつ理念に共感したってのよ!

 べっー。と、舌を出したら「その反応はお断りということか」と、彼は初めて苦笑した。

 当然だ! 私を口説くなら美味いメシのひとつやふたつ持って来い!!


「まぁいいさ。煙たがられようとも、あえてキミには伝えておきたくてね。彼女と付き合いを深めても、毒になるだけだ。彼女はキミを利用することしか考えてない。そのことに早く気づくことを願うよ」


 蔓バラ氏は、言いたいことだけを言い捨てると、人ごみに紛れるように消えてしまった。

 ふんっ!

 そんなこと教えられなくたって、知ってるつーの!

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