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LV185

「”羊ちゃん”さっきから顔色が優れないようだけど、大丈夫かい?」

「……は?」


 唐突に投げかけられた言葉が――ヒツジチャンサッキカラ、と脳内で誤字ったように、頭にスッ、と入ってこなかった。

 私は目をパチクリさせると、そこには劇用ののっぺりした”仮面”の男たちがこちらを囲みながら伺うようにしている。

 ……ヤッバ、意識がほんとに飛んでいたわ。


「す、すみません。ちょっとボーッとして」

「……そうですか? そんな薄着だから身体が冷えたんでしょ。この時期の春風は吹くと冷たいからね。暖かい飲み物をウェイターに持ってこさせようか」

「なんなら、ワタシのジャケットを貸そう」

「いや、なんならボクのを――」

「い、いえ、お気遣いなく!」


”仮面”の男連中が、我先にとばかりに脱ぎかけたのを、咄嗟に両手を振って止めたのに「さあボクのを!」

「いやワタシのを!」

 と、脱いだジャケットをグイグイ突き付けてこられる……なんなのこの人たちは。私が意識を飛ばしてたのは、皆さんの話が詰まらないからだって。って、ちょ、離した隙間を、埋めんなっ!

 こんな善意の押し付けはいらないんだけど、ハッキリ言うと角が立つし……ぇと、なんか上手い断り方は。って、私は盛大に泳がせていた目が”狼の仮面”をつけた、ドレスの女性を捉えた。


 アレだっ!?


「お、オオカミさんそんな所に!?」


 と、私はなかば強引に、男連中の囲いを突き破ると、突っ立っていた”オオカミさん”の腕を引いて庭の奥へと駆け出す。

「待って!」と、声が追いかけてきたような気がしたが、そんなの知るか!

 私は掴んだ腕をさらに引いてゆく途中”オオカミさん”に強く身を引かれ、振り返ると”狼の仮面”から唯一覗かせた口元から、ボソッと「モテる女はツライの?」と、笑いを含んでいた。

 ……だれか、この愉快そうな”狼陛下”めの腹に石ころを詰めたる殿方はおりませんでしょうか。







”オオカミさん”ならぬ――陛下との逃避行の行き先は、噴水広場だ。

 ちょうど庭の奥まった先にあり人気もなく、ここならゆっくりできる。

 私は履きなれないヒールのせいで痛む足を引き摺り、命のオアシスに浸かるみたいに、噴水の縁に顎を乗せた。

 ……ふぅ、水しぶきが心地いい。走ったせいで汗ばんだ顔をタオルで拭きたいぐらいだけど、呪いの仮面は剥がすことは厳禁。一瞬でも素顔をさらすと怖い怖い”オオカミさん”に食べられてしまうの。


「どうだったかの初めての”お見合い”は。気に入った相手はおったか?」


 ……ほら、こんな風に齧られる。

 私はノロノロと伏せった頭を持ち上げると”オオカミさん”ならぬ――陛下は「どうやら、居らなかったようだな」と、クスッと笑った。


「どうもこうもございませんよ。陛下をお待ちしてたら、さっきの連中にいきなし囲まれて。延々と趣味の馬の話しを聞かされて。こっちの身にもなってくださいませ!」


 ……はぁ。愛想笑いで顔が固まるか、と思った。

 話しを合わすだけでも相当難儀したのに「ウチの領内を遠乗りしない?」って、しつっこく誘われて。

 馬は私の天敵だっつの!


「おやおや、もうそんなにご執心か。フフッ、少し目を離した隙に、あれだけの男を囲んでるとは。初めての社交界デビューでこれほどとは……羊は魔性の女かね?」

「……魔性の女だなんて、陛下の足元にも及びません」

「いいや、羊は知らんかもしれんが、あそこで囲んでいた若いツバメたち。あれはロズホック侯やクルドゥス侯といった有力貴族らの実子よ。敵にはなりそうにもないが、手を焼く相手ではある……それを一瞬で骨抜きにするとは、お主を見出した身としていっそ誇らしい気分よ」

「だから勝手に人を魔性認定するの止めてくださいっ!?」


 ……私は心からの恭順を示したのに、陛下はまるで同志と呼びたそうな気安さである。陛下と違って私はピュアピュアです。

 しかし、陛下はニコニコしながら、私の頭をひと撫ですると「飲み物を取ってくる」と、賑やかな方へと歩いてってしまった。



 ……あーあ、つい数時間前まで、街歩きしながら片手に串焼き肉を頬張る!

 なんて小市民的な夢を描いてたのが、どーして羊の仮面をかぶって”魔の集い”という、悪夢にすり変わってるのでしょう。

 ――なんて答えは単純すぎる程、単純だ。

 控室にやってきた陛下は、呆然としたボギーを押しのけ「フレイ・シーフォよ、息災だな。あぁ、健康なお主であるから、きっと息災だ」と、肩をふん掴まれ、気づけばこんな所にまで来てしまった。


 陛下は「たまたま、お主を労おうとして早くに来たのだがね?」って、言い張ってるけど、ぜ・っ・た・いッ! ワザとだ。陛下の笑顔鑑定人として、断言する。

 大体、日頃から忙しい陛下が、控室に”たまたま”顔を見せるなんて偶然は、そもそも偶然ではなく必然だ。きっと、私のサボリをどっからか聞きつけ、それを潰しにきたんだ。私を謀へと巻き込むために……。



 逃れられぬ運命に、ウジウジとふて腐れていたら、陛下は両手にグラスを抱えて戻ってきた。言いたい文句は尽きないけれど、差し出してくれた透明な果汁ジュースをお礼を言っていただく。

 ――途端、陛下が粗野っぽい仕草で、後ろを振り返るよう身振りで示した。おやっ、と身を乗り出して覗くと、罰の悪そうな顔をした男らが数人、パッと物陰に隠れた。

 ……やっぱ陛下の方が魔性の女じゃないっすか。

 私はグラスを受け取りがてら立ち上がると、安住の地から離れ、足早に賑やかな方面へと向かう。

 庭のあちこちにテーブルの花が開き、その周りに仮面をかぶった紳士淑女の皆さんが、談笑にふけっていた。


「これから何処に行きましょう陛――じゃなくって、オオカミさん」

「羊の方がこの庭に覚えがあるだろ。案内を任せよう」


 と、言われましても、いつも窓から眺めていた程度なんで、こんな賑やいだ庭の装いは私も初めてだし。

 ……てか、今更だけど、陛下に無理やり連れてこられたが、陛下がここに来られた目的が教えられてもいないんですが。

 まさか、お見合い会に来たから、パートナー探しだなんて、額面通りになんてするはずもない――あ、待てよ。


「あ、そだ。クリス様を探しましょう。きっと独りで心細い思いをされてるかも――」

「放っておけ。アレも独りでなんとかするだろう」

「ですが……陛下は、クリス様の援護に来られたのではないので?」


 ズバリ、確信を突いたつもりだったのに「そんな過保護に見えるか?」と、陛下は首を軽く横に振った。じゃあ、ほんとなにしに来られたのよ。


「ただの気まぐれだ。出席を渋っていたクリスに、強引に命じた手前、自分だけ無関係を装って城にこもっておるのも冴えないだろ」

「本当に? けど、そういう割にはさっきからだれか探すようにキョロキョロし――」

「我を疑うのか」


 ……怖っ、仮面の奥が一瞬光ったよ。


「どーせ羊は我をクリスの元に送り届けて、厄介払いをして逃げようとしてるのだろう?おあいにく様で、そんな手はお見通しであるからな」

「…………」


 サボリ計画といい、いまといい、なぜ私の胸の内が、こんなスケスケなんでしょうか。


「ほれ、呆けとらんでサッサとせんか。夕暮れが過ぎると、次には舞踏会になるのだぞ。その前にパートナーを探すのだ」


 ハイ、陛下の御心のままに…………。

 と、私はガクブルしながら、陛下の後を嫌々ながらについて行った。



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