LV184
「コ~ラ! じっとしてなさい! 手元が狂ったら危ないじゃないの?」
「……す、すみません……けど、あの、お言葉ですが、わたし如きに化粧は必要はない、と思うのですが」
「まぁた卑下するようなこと言っちゃダメよ? 自分にちゃんと自信を持たないと。フレイちゃんの元の素材は、超一級品なんだから、磨けばどこかのお姫様と呼ばれてもふしぎないじゃない。っていうか、フレイちゃんってば可愛すぎっ!」
「…………」
と、ベルベッタさんは急に興奮してか、ぐにぐにっ、と私の首に腕を回して頬すりをしてくる。
……あの、森の賢人たるエルフ様なのでしょうか?
いよいよお見合い会の当日。私とボギーは、まだ日も高いうちからラザイエフ邸に菓子の用意にやってきた。
といって、普段の仕事ととくに変わりなく、私たちの仕事は昼前には終わった。後は私の華麗なる演技で仮病のフリをし、そうして魔の集いから逃れる……はずが、トーマスさんの義姉のベルベッタさんに控室に連行された。
で、鏡台の前に釘付けのまま、メイドさんたちが入れ替わり立ち代わり、汗を流し~の、ドレスの着付け~の、頬をパフで叩かれ~の、前髪を流し~の、と気分は正しく飼い主にシャンプーされるワンコです。
「フレイには黒が似合いますよね。悔しいけど身体が絞れてるし、身体にフィットしたドレスだと、一目瞭然だものなぁ。いつもすっとぼけてるのに、スタイルも雰囲気もグッて締まって別人みたい」
「でしょ? このドレスを店で見かけた、思わずフレイちゃんを思い出しちゃったわ。ダーリンにねだって衝動買いしちゃった。ふふっ、買って正解よね。あ、けどトーマスから聞いてるけど、普段から男っぽい格好なんだって」
「そーなんですよ! まったく面白くない! いっつもシャツ一枚で、寮所か外までふらついちゃって。もっと気を使えーっ! って寮生の皆も口を揃えてるのに!」
「わかるわその気持ち。ヤキモキするのは、いっつも周りあのよね。エリーゼも昔は巫女だったから、その辺のファッションにまるで興味がなかったし。そのくせ恋愛話には猪突猛進なんだけど……」
……早く終わんないかな。後ろで炸裂してるガールズトークもこのメイクも。と、毒づきながら頬を撫でるパフを細目で追えば、メイドさんたちが「オッケーです」と、笑顔で頷かれた。
ようやくっすか。と、椅子からよろけて立ち上がると、皆さんはなにか熱~い視線で、私にメイクの感想をお求めなご様子。
「……え~、正直に申しますと、あんま気に入ってないというか。ムガッ!?」
「ちょ、なんてこと言うの!」
と、私が口走ったことを、ボギーが蓋するように口を覆った。
だって、だって! メイク中も意識しないよう視線を逸らしてたけど、このドレスって、肌の露出度が高すぎんよ。一応はシースルー素材で隠してるが、肩口から袖までもがザックリ見せつけちゃって……な~んか悪女っぽい。
私が服の袖を摘まんだら、ベルベッタさんは吹き出しながら「そんなことないわよ」と、言った。
「フレイちゃんは身体が絞れてるし、このぐらい大胆に攻めても下品じゃないわ。むしろ、貰った仮面とも相性が良い感じ」
「……ホントですかぁ?」
と、私が胡乱に問いかけたら、ベルベッタさんは白い仮面を器用に回してる。
この仮面は王城からきた助っ人メイドさんに貰った。表面が雲みたいに凸凹していて、羊をイメージしたような角飾りがついている。
物は試し。と、ベルベッタさんが、こちらの顔にカパッと被せてくる。すると、鏡には黒いシースルーのドレスに、顔だけは白いブラック・シープ様が降臨されておりました。……やっぱ悪女じゃないかっ!!
「いいのよべつに。輝かしい光の影には必ず闇があるものなのだから……」
「勇者パーティのひとりが言う台詞っ!?」
「細かいこと気にしない! フレイちゃんはそのドレス気に入らないかもしれないけど、わたしは新しい魅力を引き出せたと思うわよ。ふふっ、その姿でシャナン君に迫ったら、きっと喜んでくれるんじゃないかしら」
「……喜ぶ?」
あの朴念仁がぁ?
私が着飾った姿にデレるとか、そんな可愛げがあの堅物に存在します? むしろ逆に、この”悪の組織の女幹部”みたいな格好でいたら、討伐されそーで怖いわ……。
私がベルベッタさん異を唱えようとしてたら「失礼します」と、部屋にメイドさんが入ってきた。メイドさんに耳打ちされたベルベッタさんは振り向くと「ゴメーン」と、顔の前で両手を拝むように合わせた。
「お客様が来たから挨拶に来てくれ。ってダーリンから連絡がきちゃった。ウチの屋敷も、お客様でいっぱいみたいなの。ごめんね。わたしたちもお見合い会にはホストとして出席するから、そこでまた会いましょ? ――じゃ、またね」
と、ベルベッタさんは小さく手を振りながら、メイド集団を伴って部屋から出て行った。
……まったく嵐のようなお人よ。きっと風魔術の使い手に違いないわ。
「……はぁ。エライ目に合った。どーせ、お見合いなんてサボリなのにこんな気合い入れた格好なんて無用ですよー」
「善意でやってくれたのにそんなこと言って。罰が当たるわよー」
「まぁね。そう言われると帰す言葉もないです……けど、ボギー。苦言を言うならせめて人の目を見て言ってくれません?」
フフン~、と鼻高さんみたいに鏡に映る林檎カットをふわふわ撫でて。ナルシストっぽい。如何に「効果はバツグンだから!」て、ベルベッタさん押しの化粧水でも、そんな短時間で著しい効果があるわけないでしょ。
「そんな物欲しそうな顔しないでもちゃんとフレイの分も貰ったわよ。ほら、こっちは、保湿を保つ特性クリームだって。えへへっ、塗ってあげよっか?」
「……いいですよ。時間もいい具合だしボギーも化粧支度は済んだでしょ? さっさとひと芝居打ってオサラバしましょ」
私は椅子から立ち上がり、思わずクラッ、と立ちくらみが――というように片手を額にかざした、もう片方の肘を地べたにつき、ヨヨヨッ、と美しい白鳥が羽根を降ろすようにその場に崩れてみせた。
が、この麗しい迫真の演技に、ボギーまで心打たれたのか、ぽっかりと口を開けたままこちらを見下ろしている……ちょっと早く観客――じゃなかった。人を呼んできてちょうだい。
「え、まさか仮病の芝居のつもり?」
「それ以外のなんだってんですか。わたしにいきなり、地べたに寝ころぶ趣味なんてないでしょ。大丈夫。ボギーには人を呼んでくれるだけでオッケーだから。後はわたしの華麗なる演技力を信じてください」
「……そこまで大袈裟にやるワケ?」
「ありますとも。仮にも王家主催のイベントをサボるんですよ。医務室に自力でいけるようじゃ早退なんて許されませんよ。なら先手を打って倒れて担ぎ込まれる――ぐらいの気迫と本気を見せねば、サボるにサボれません!」
私が早く! と、急かすと「……熱弁振ってるけど、凄い後ろ向きよねー」と、ボギーは呆れながらも、素直に半開きにしたドアから廊下をキョロキョロと伺う。が、都合よく人が通りかからないのか、肩をこっちにすくませて「だ~れも居ないわよ」と、おざなりに言った。
さっきまで王城から投入された助っ人メイド隊で大騒ぎだったのに、いまはブキミな程に静かだ。
「……時機を逸しましたか。すみませんけど、メイドさんの居る所に飛び込んできてもらいません」
「えぇ? 嫌よそんな恥ずかし――あ、来た!」
おっと、演技演技。
私は、昏倒した白鳥。昏倒した白鳥……パタッ。
地面に耳をつけて目を閉じると、廊下からガヤガヤ、と人の気配がたくさん。おやおや、やけに観客が多いな……でへへ、仮病とはいえ、こんな沢山の人に心配してもらえるのは嬉しいかも。えい、ここはサービスで白目剥いちゃう?
「……おや、これはこれは。フフッ」
と、私がファンサービスに悩んでたら、上から女性の含み笑った声が落ちてきた。
ついで「そんな所で寝ては風邪をひくぞ?」と、こちらの頬をかなり強めに叩いてくる……痛っ、往復ビンタとか、病人の扱いひどすぎ!
私は意地になって目をつぶると、女性は焦れたようにグイッと腕を引き、途端に彼女のいい匂いが。
私はそれに釣られて薄~く目を開けると、ぼやけた視界の中に華やいだ女性の輪郭と色を無くしたボギーの表情が。って、な、なんて迫真の演技!? 私を心配して、顔色まで変えるとか貴女様こそ名女優であらせられたか!?
……けど、なんで「すまぬっ」って感じに両手を合わせてるの。まだ私は死体じゃないから、拝むのも荼毘にふすのも止めて欲しい――
…………
いまなにか、決して見てはいけないものがあった気がする。
それは、女性の顔立ちをした――化け物で。
勇者一味の独りが蛇蝎のように嫌い、冷血姫として恐れ敬う女傑――――
そんな人が、まさか私に膝枕とかしちゃったりなんてないは
「おやおや、ようやくお目覚めか。フレイ・シーフォよ? フフッ、人の趣味に、高尚だのなんだのと貶める気はないが、オマエに床に寝転がる趣味があったとはな。犬や猫は暑い所を避ける特性があるというが、それと同じものか?」
…………。
あの、仮病じゃなく本気で気分が優れなくなったので、帰ってもいいっすよね?




