LV183
「フレイちゃん、そういうわけで俺と結婚しよう!」
「気が触れたのですかトーマス様?」
「失敬なっ! 俺はどこをどう切り取っても正気だよっ!?」
「……いや、そんな窓越しに切羽詰まった表情の生首をプカプカと浮かせてたら、だれだって正気を疑いますが」
「違う、俺はわかったんだ! 世にも恐ろしい魔の集い――お見合い会から逃れる術が!……いいかい、つまりお見合いなんてのは、独り身のサビシー連中だけに話が行くもの。なら先手を打って俺とフレイちゃんが婚姻してしまえば万事が丸く収まるっ!」
「カエレ!」
放課後。私は寮部屋で独り、夕飯前のひと時をのんびり過ごしていたら突然、ガラッ、と窓が開かれた。
ボギー様のベッドに無断で寝ていた私は「ヤッベ」と青ざめ、慌てて飛び起き土下座をしたが、なんと窓枠にトーマスさんの生首が浮いていたのだ。
……いや、これなんというホラー?
「あのですね、トーマス様にかようなことを申し上げるのは僭越なのですが、ここは神聖なる学び舎であり、かつ男子禁制の女子寮なんです。こんな所を見咎められたら外聞が悪い所の騒ぎじゃないんですよ、お互いに……トーマス様もそのぐらいの道理はわかりますよね?」
「……なにその物理的にも、精神的にもガチで見下しきったトーンの説教。すごい傷つくんだけど」
「苦言を呈したくなるわたしの気持ちをお察しください」
私は木刀を手に遊ばせつつ重々しく言えば、正座したトーマスさんは目をニヨニヨして疑わし気。私の思いやりの心が信じられないというの? なんて恩知らずな!
いっそ覗き魔として寮母さんに突き出し、社会的に抹殺することも可能だったのに。
仏心を出して、部屋に入れてやんなきゃよかった。
私が不機嫌に睨んでたら、トーマスさんはまあまあ、と宥めるように手を振って、
「それよか、ボギーちゃんは何処行ったの?」と、話を逸らした。
「ボギー? 下の談話室で三回生の寮生さんたちと、お見合い会に着ていくドレスのお披露目をしておりますよ」
さっきから下が賑やかなのはそのため。さっき覗いたら、ファッションショーみたいに、皆さんで顎を上げてモデル歩きしてました。
当事者じゃないのに熱心よねー。
まぁ、テオドアの思惑はともかくとして、卒業を控える三回生にとっては卒業式の前座みたいなものだ。そこにきて「仮面舞踏会」って、響きは非日常感がたっぷりだし、浮かれ気分なのもふしぎでもないけどさ。
卒業後の進路が未定――な方々にとっては「玉の輿」に乗る、最後の婚活の場でもある。美容のためとか言って、食堂のごはんをお残ししたり、今更ダイエットまで敢行したりと賑やかだ。
――けど、そんな気合いが入った風な装いでも、今更「私の王子様が現れて~」とか、夢にウフフッ、と妄想に耽る程に浮かれてもない。
むしろ最後の学院行事みたいなものだから。と、ひと時を惜しむように、三回生さんたちが思い出を語りながらワイワイやってるのは、すでに後夜祭のようで寂しい。
とくに、なにかと気にかけてくれた三回生さんから、
「フレイ様のお菓子、楽しみにしてますから!」
とか言われちゃうと、洟の奥にワサビを詰められたようでツーンとしてくる。
……やっぱ、寮生だけでお見送りする会でも、開こうかしらん?
「そっか……それだったら尚更フレイちゃんも下の集まりに参加しないと、独りだけ仲間外れだなんてよくないさ」
「いいんですよ。馬子にも衣裳って言うけど、粗忽なわたしが行ったら笑いものになるだけですしね」
「そんなの気にしないでいいってば。ここにちょうど馬子が着てもステキに変化する衣装を用意してるから!」
と、トーマスさんは魔術袋から、ピラ~ンと、一枚のドレスを取り出した。
それは黒のハイネックドレスで、肩口から袖の部分がシースルー素材。一枚一枚丁寧にチョウチョの刺繍が施され、傍目からでも結構なお値段なのが伺える。
……ホントステキだわ。
いや、これがトーマス様がお見合い会へ着て行く一張羅ですなんですよね。凄い大胆。
お見合い会に殴り込めば最後、王都中で評判となること請け合いだ。ただし、悪い方に。まぁ、これを持って女子寮に来てる時点で、すでに大胆ですけど。
私は半眼でその後は言うてくれるな。と引いたが、トーマスさんは嬉々とした朗らかさで「やだなぁ!」と笑った。
「いやいや、冗談キツイよフレイちゃん。これは俺のじゃなくってキミのだよ。ほらさ~、俺ン家がお見合い会の準備で忙しいの、裏の義姉さん家にも伝わってさ。なにかと準備を手伝ってもらってたんだけど「そうだ! フレイちゃんが着るドレスはあるのっ!?」って、騒ぎだしちゃって。あっても冬物しかねーかなぁって、言ったら、その日に買い物に付き合わされて苦労したよ……あ、事後報告で悪いけど、でも服のサイズも伝えておいたからさ、ピッタシなはずだよ!」
「……何故、乙女の機密事項であるスリーサイズを知ってるのかはこの際、置いとくとしきましょう。しかし、自分のお見合いには消極的なくせに、人のお見合いの準備には熱心なのは如何いう料簡かしらね」
「べつに。女の子のキレイになってる姿を見たいのは男としては普通じゃないかな」
と、トーマスさんは悪びれるでもなく、そううそぶいた……コイツ。と握り拳を固めたら、急に眉根をスッと持ち上げ、猫が舌なめずりするような顔を寄せてきた。
……なに、殴りやすいように顔を突き出してくれたの?
「いや、フレイちゃんもお見合い会に行きたくないんだよね。これで話は最初に戻るということさ……つまり、キミも俺も互いお見合いなんて行きたくない。この点だけはお互いの利害が一致してる。そこで、だ。俺たちが生涯にわたり手を取り合い。健やかなる日も穏やかな――」
「……愛の訪問販売はお断りしてるんで、他を当たってどーぞ」
似非神父みたいに厳かに言っても、そんなのに私が乗ると本気で思って?
大体、お見合いから逃れるためにトーマスさんと結婚とか、神経性胃炎を治すために、胃にアニサキス虫を飼うようなものでしょ?
そんなの無理、無理!
私は全身を使って、バッテン印を作ったが、トーマスさんもこの反応は予想したようで、まつげを伏せ気味にしてた。
「わかるよ。キミには突然の話で戸惑ったのが。時期が早すぎだというのも同感だ。けど、もはや俺には時間がない……そう、溢れんばかりのキミへの一途な愛を押しとどめるには、俺の理性が限界なんだ――」
「わたし。そーいう自制心のない大人は嫌いです」
「…………ハハッ、そういう釣れない態度、俺は嫌いじゃないよ。け、けど、よーく考えて欲しい。キミは多分、俺との関係が近しすぎて、本当の俺の姿を誤解してるんじゃないかな? こう見えても俺は優良物件なのよ? 爵位持ちな上に金持ちでそれにそれに英雄。って皆からソンケーされてんじゃん?」
「わたしはトーマスさんのことをしかと、存じ上げてますよ。っていうか、自分の属性をそーいう風にひけらかすのって、めちゃくちゃ感じ悪くないですか?」
「…………」
私の正直な思いをニヒル気取りの微笑にぶつけたら、固まってた面持ちが急にグシャッとなり、「行ぎたぐないぃっ~、お見合いなんてゆぎだぐないよぉ~っ!!」と、まるで滝のように涙を流しながら、私の手を拝むように掴んできた。
そーいうみっともない大人は嫌いです。
「ブレイぢゃぁんお願いだよぉお、俺を助けると思っでぇ!? 偽装でいいからっ!? お見合い会の時だげでイイがらぁっ!?」
「…………そこまでしてお見合いに行きたくないんですか」
……むせび泣く英雄。そのしょーもなさにドン引きしたが、トーマスさんはそんなこちらに気付きもせず「当然だろぉ!?」と、情けなく叫んだ。
「……俺は、俺は実家を、飛び出して冒険者になる時、誓ったんだ! これからは何人にも縛られず、自由の風に吹かれて生きるんだ――と。その俺がなんでまたお見合いなんぞで伴侶を選びとか、屈辱以外のなにものでもなねーしっ!! 俺はいつまでも自由人なままでいたいんだぁああっ!!」
ガリガリと、頭を掻きむしって怒りを爆発させた……なんか、若かりし頃、妙な拗らせ方をしてたのが伺える。
「魂が取られるワケでもないのに、泣かないでくださいよ。ほら、トーマスさんは英雄で人気者なんだから、行けばたっくさんの女性たちから、ちやほやされますよ」
「嫌! そういうちやほやのされ方嬉しくないもん! ……俺に近寄ってくる連中なんて、どーせ財産だとか英雄としてとか、見てないんだから!」
……乙女チックなことを。
まぁ、トーマスさんの思いはわからないでもないけど、すでに一抜けしてる身としてはご愁傷様~。と同情する他ない。
というか、ここで私のサボリ計画を伝えたらどんな妨害のされかたをするか知れないし、ここは口をつぐむのが吉。
だんまりを決めて身の保全を図っていたら、トーマスさんは過剰な演劇のように怒りの拳を突きあげた。
「クッソ、あの冷血姫っ! よりにもよって俺ン家を指定するとか、サボりにサボれねーじゃねぇか! これ、マジ俺への嫌がらせだろっ!! 俺がなにしたってんだ畜生っ!」
「トーマス様も陛下に睨まれてますよね~。なにか睨まれるような粗相したの?」
「…………」
と、聞けば、トーマスさんが振り上げた拳がしゅんと元の位置に収まった。
……怪しい。
「……陛下に対して後ろ暗~い行為をなされましたね?」
「ち、違うよ! 俺はなんもしてねぇし!?」
「いいえ。前々から気に掛かってましたけど、トーマスさんって陛下に対してやけに辛辣というか、個人的なわだかまりがある印象なんですよねぇ。だって事情も知らない程、遠い存在でしたら、そこまで悪しざまに反目されることないでしょ?」
「…………」
目に百匹ぐらいの飛び魚が泳いでる。これは相当に、後ろ暗い過去がおありなようだ。えぇい、吐けっ! と、私はさらに追及を深めると、パンダみたいに目元を手で覆って隠した。あくまで白を切るつもりか。
……しょーがない、話す気はないようだし、推察するしかないか。しかし、なんだろ。トーマスさんが隠すような後ろ暗い過去、過去……
「まさか、陛下に手を出したとか?」
「っ!?」
「え、当たりっ」
「違う、俺は手を出しちゃいねぇ!」
ブカブカ、と両手を振ってるけど、そう取り乱す仕草が事実だと物語ってるよ!
確かにそう考えてみれば、ふたりの間に、微妙な緊張関係があったものね~。
互いの評価がやたら手厳しいのは、そういう仲だったと考えれば頷ける。
うわー、しかし、まさかトーマスさんと、陛下が……。
……うぷぷっ。これは揶揄う良いネタ!
「……フレイちゃん、なんかボギーちゃんみたいな――というか仲人おばさんみたいな、顔してくれちゃってるけど。ソレ盛大な勘違いだから。俺たちはそういう関係とは、てんでかけ離れたものだからね?」
「嫌ですわ~、いまさら水臭いこと……お話しくだされば、この婆やも陛下との仲を取り持つよう計らいしましたのに。け・ど、これでお見合い会を断る口実もできましたわぁ。それは陛下への愛を貫くために、と」
「フレイちゃんはいつから俺の婆やになったんだよッ!? つかそーいう関係じゃねぇしッ!?」
「ホントですか~?」
「ホント!? 考えてもみてよ! 俺は貴族であっても、単なるぺーぺーな男爵だよ! それが末恐ろしくも陛下に迫るなんてデキるかってーのッ!?」
「いや、逆にその困難さが恋の焔を燃え上がらせるという罠――」
「燃え上がってねえってだからっ!!」
トーマスさんは血涙を流しそうな勢いで絶叫した。
もう、駄々っ子みたいね。
トーマス様がご自分の正しさを弁明されるのはよろしいですが、その相手はわたしではなく陛下なのではなくって?
「だから、違うんだってッのっ!? 俺は、俺はただ利用されただけっ!! ……前に言ったろ? あの冷血姫の結婚するする詐欺の手口を!? 俺は冷血姫に近寄る貴族たちの当て馬に俺が使われたの! 発破をかけるために材料にっ!」
「結婚するする詐欺」って、貴族たちを甘い言葉で誘って、互いに競わせるってアレ?
と、私が聞けば、トーマスさんは叫び疲れてかぐったり頷いた。
「そう。陛下から誘いじみた手紙を貰って、うっかり会食に応じちまったのよ。そしたら嫉妬心に駆られた連中から、脅迫状やら刃物やらが送り付けられたり、やたら物騒な目にあってまぁ……だから、陛下に気を付けろ。と、口を酸っぱくしたの!」
……経験者はかく語る。を地でいってた忠告だったのですね。
気付かなかった。
最初に忠告を受けたあの頃と違って、私も陛下の人柄はなんとなく知れたけど、確かにあの人ならそのぐらいのことやりかねない。
「だろうな。どーせ向こうも、良心の呵責もない。問い詰めたとこで「なんのことか?」って、すっとぼけるだけさ。天秤に使うネタに俺が使えなくなったら道具扱いでポイッ。相手はそういう冷血姫なワケよ……まぁ、姫って歳じゃねーけど!」
フン、と拗ねたように、鼻を鳴らしてそう皮肉を言った。
ふ~ん。けど、会食には行ったんだよね。つまり、最初は悪い気はしてなかった……。
そこでなぁにをお話されたのかしら?
「粘着質な。べ、べつに邪推されるようなことじゃなくって、普通の話! その……国が混乱に陥った時は手を貸してくれるか。とか、王城では味方は俺しかいない、とかって」
「へー、ソレはソレは……普段は気高い陛下が、トーマス様にだけ弱音を吐かれた。と。それには男性として庇護欲をくすぐられるのも無理はないですものね~」
「…………」
にししっ。どーしたんです? そんな視線を逸らして。なんか、お尻が落ち着かないようですが、あ、座布団がありませんでしたね。ここはひとつ腰を落ち着けて、その辺の話を根掘り葉掘り――
「あ、お、俺用事思い出しだから。もう、帰るわ」
あ、逃げた。と、思う間もなく、トーマスさんは慌てて窓枠に足をかけると「じゃ、じゃあお見合い会で会おう!」と、窓からサッと飛び降りた。
うっふふ。英雄敗れたり。そんな、色恋の話になんて、私は興味なんてほんとないよ。あー、これでトーマスさんの弱点をゲットだぜっ!
これで、まぁた厄介な話を持って来られても、コイツで撃退できるわ~!
今日は、なんて良い日だ!




