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LV182

 巻き舌モンスターを退けた後、程なくして掃除の授業も終了。

 私とボギーは制服に着替える暇も惜しみ、侍従用の食堂へとやってきた。

 ……にししっ、待ってましたよランチタイム!

 この疲弊しきった肉体を癒すには、それこそ肉を摂取でアミノ酸補充じゃい!

 と、私はウキウキしながらトレーを抱えた生徒の列に並ぶ。


「にしても疲っかれたわねぇ……あんなゴミが大量に出てくるなんて、日頃から掃除が出来てない証拠じゃない? まったく、王都で一番の学院って名が泣くわよ」


 ボギーは落胆したように、カクッ、と首を傾けてそう言った。日頃、マジメなボギーにサボリなんて辞書はなく、巻き舌モンスターと死闘を繰り広げてた時も掃除に邁進してたみたい。お疲れさま~。


「ほんと凄いゴミの量でしたよね。校庭にひとまとめにしたら教室の半分が楽々と埋まっちゃいますよねー」

「ねぇー。なんか変なゴミもたくさんあったし? あたしなんか公園の奥から、古い七輪とか網とか見つけちゃって、ミランダ女史のとこに持っていったらなにコレ? って首を捻られちゃった」

「変なの。まっさか学院で魚を焼く生徒なんているワケ――」


 ……ない、とは思うけれど、一匹……あ、いや、独りだけ心当たりがあるような……。

まさか先輩の食い意地は、そこまで張ってないと信じたい。


「って、フレイの番よ」

「ハーイ」


 トレーを抱えた列が進み、食堂のおばちゃんがテキパキと並べてくれる。

 今日のランチは、こんがりと焼けた麦パンと、魚の揚げ物、春野菜のサラダにスープと学院の定番メニュー。

 ……悪くはない。悪くはないけど、すっかり肉の口になってた口には合わない。

 あ~あ、ガックシだ。


「はい、こんぐらいでいいかい?」

「あ、おばちゃん待って! せめて魚の揚げ物を、もう一個、いや二個ちょうだい!」

「あいよ」


 ……うししっ。断ち切りがたい肉への思いは量でカバーする。

 それが私の流儀だ!

 と、ほくそ笑んでたら「……恥ずかし」と、ボギーは恥ずかしそうに視線を逸らされた。


「……ランチにどんだけ必死こいてるのよ。おばちゃんも苦笑してたでしょ?」

「いーのですよ。わたしは成長期ですから、兎角お腹が減るのであります!」

「にしたって、食べすぎ」


 離れろ。と、いう目つきでボギーが突いてくるが、いまさら他人のフリなど無駄ですよ。大食いのレッテルを張られるなら一蓮托生だ。

 私がひっつき虫のようにすり寄っていけばば、ボギーは半ば諦めたような氷上をして、空いた席をキョロキョロ探す。

 すると、向こうの日当たりの良い席から「こっちです~!」と、間延びした声が。あ、アルマにプリシス先輩!


「ふたりともごきげんよう。この席いいですか?」

「もちろんですです! おふたりとも掃除お疲れ様でした」

「そっちもお疲れー」

「……ワタシはなにもしてませんが、お疲れ様です」


 どっこらしょ。と、席に着けば、アルマたちは「お店のオープンおめでとーです!」と、拍手して喜んでくれた。ぬふふっ。ありがと。なんか改まって言われると、照れますね。ふたりにはお店が落ち着いたら、ゆっくりと来ていただきたいわ。

 ……なんて、恐縮したものですが、その先輩がいま、サラダにふりかけてるその小魚はなんなの? いや、美味そうなんだけども、それセルフで用意したものですよね……やはり謎のゴミの持ち主は――い、いや謎のままでいいか。


「にしても、授業の掃除なんて嫌ですよねぇ……わたしなんて帰った後にも、片づけとかお掃除がありますですよ。学院に来てまで仕事なんてやりたくないです~」


 唇を尖らしてアルマが愚痴る。

 そーいえば、こんな妙な敬語とキャラであっても、この娘は姫様付きのエリートなのでした。学院が終わった後のお仕事なんて、我々と比べるべくもない程、忙しいでしょ。


「わかってくださいます!? 春先なんて人が入れ替わる時期な上に、普段のお仕事だけでなにかと忙しいのに……なのに、お見合い会だなんてよけいなことを考えてくれた方のせいで、もうてんやわんやなんですよー!」


 瞳をうるうるしながら、巻き舌モンスターに毒攻撃。

 アルマはそう愚痴ってても準備の方は順調で、お見合い会の開催は滞りないみたい。

 堅苦しい集まりは如何か、というのでお見合い会場も、王城でなく貴族のお屋敷を借り受けるそうだ。しかもそこは、私たちがよく知ってるラザイエフ邸でやることに決まったそうだが……うん、それ陛下の嫌がらせの匂いをひしひし感じる。

 まさか自宅を会場にされたら逃げることは叶わないよねぇ。

 いや、ご愁傷さまですトーマスさん!


「お見合い会は来週だもんね。準備はちゃんと間に合うのですかね?」


 サボりを決めた私はすでに他人事なので、余裕でもって訊ねると、アルマは「ンー」と唇に指を当てて思案した。


「……なんとか、ですかね。会場の飾りつけとか、警備に料理の盛り付けって、色々と残ってますけどね。あ、あ、それから、人数分の仮面もちゃーんと取り揃えたですよ!」

「仮面?」

「ハイです。陛下がお見合い会のために考えられたそーで。えっと、普通に顔がわかってしまったら、家柄が良い方やお金持ちさんの所に集まってしまいますでしょ? それだと、平民の方々や地位の高くない貴族様が孤立されては立つ瀬がない。という陛下の意向によりまして。それならいっそ顔も名前もわからない形でお見合いしましょー! ってことなワケです」

「……へー。それで参加者は仮面で顔を隠して、談笑したりお茶したりってわけ」

「ですよぉ」


 ですよぉ、って……あの、お見合い会で顔を隠すとか、ソレはもはやお見合いとは言えなくない?

 私は白々とツッコミを入れようか迷ってたら、隣で俄然とボギー声を張り上げた。


「ねぇ、もしかして、仮面舞踏会とかあったりしちゃうの?」

「その予定だそーです」

「いいなぁ! ……互いの顔も名前も知らなくても、一夜の出会いで惹かれあうふたり。そして、そこで運命のカップルが生まれ……キャッ! ロマンチック……お見合いなんてつまんないと思ってたけど、こんな素敵なことを考え付くなんてさっすがエレン陛下!」


 ……ハイハイ、恋の狩人様の妄想乙。

 しっかし、仮面でのお見合いとか、陛下も思い切ったことを考えられるわねぇ。ボギーが言うように、ロマンチックに焦がれて。な~んて、あの強面な陛下に限ってあるわけないでしょう。

 ……あ、それとも内面も外面もブサメンな貴族の欠点を、仮面で隠そうとしてるとか?うわぁ、まだそっちの方がありそーだなぁ。

 私はどんどんと嫌な予想が蔓延ってきたが、白馬の王子様に脳内を占拠されたボギーは、輝く笑顔をこちらに向け、


「ウフッ、内心フレイも楽しみになってきたんじゃない? お・み・あ・い!」


 ……ンなワケありますか。


「えぇー、もったいないなぁ。仮面舞踏会よ? なんかウキウキしくるもの、ない?」

「……残念ながら、皆無です。ってか、さっきテオドアにキャンセル報告しちゃいましたからねー。ご期待に沿えず、あしからず」

「キャンセル?」

「えぇ、そうです」


 ふっふーん。と、私は得意げに、さっきのテオドアとのやり取りを語って聞かせたが、ボギーはさっきまでの上機嫌が嘘みたいに眉間にシワを寄せ「そんな大事なことは、先に言いなさいよ!?」と、ドスの聞いた声になった……いや、そんなに怒らないでも。


「怒るに決まってるでしょ……テオドアとの諍いやシャナン様との事は秘密にしないって、そうやくそくしたわよね」

「……そう言われればそうでした」


 ……怖い、ボギーたんの目が据わってる。


「い、いや、でも、言い訳じゃないけど、わたし的にはあのやり取りってなんとなーく後味が悪かったから」

「……言い過ぎたって気にして? べつに気にし過ぎよ、絡んできたのは向こうなんだし。お見合い会に来いなんて、嫌がる相手に無理強いするのが悪いのよ」


 同情の余地なし、と断言して、ボギーは細切れにした香味野菜をはむはむと食してる。


「そういうボギーもお見合い会に参加するべし派だったじゃないの」

「いいのよ。それはソレこれはコレ、だから」

「ですです。フレイ様のご相談もなく、いまのお家を捨てて貴族の家に養子入り。なんて、いくら貴族様でも身勝手に過ぎますです」

「……うん」


 アルマの呆れかえったような意見に、だんまりを決めてたプリシス先輩も頷いた。

 ……まぁね。

 話を持ち掛けられた時には、面食らったけど、考えてみれば失礼な話よ。

 ヤバイ、なんだか今更になって思い出し怒りが。

 この立腹を慰めるべく、プリシス先輩からいただいた小魚をサラダにふりかけ、小魚の頭をガリガリ喰らう。それには、アルマが「冷静に対処した方がいいですよぉ」と、間延びした声で言った。


「テオドア様のような理不尽さんは、姫様の周りにちょいちょい見かけますです。けど、ああいう手合いには、常に冷静に、が一番です」

「そうなんだけど、頭で思っていてもつい……」

「いえいえ、そんなことないですよ。フレイ様の対処は上手くできてると思いますです。……わたしが言うのもなんでございますが、テオドア様よりフレイ様の方が貴族様に向いてらっしゃる向きがありますですから」

「ほんとに?」


 と、私も思ったが、疑わしそーに声を挙げたのはボギーだった。


「ですです。フレイ様のように上品に見下されるの、凄く貴族っぽいじゃないですかぁ」

「……わたしの性格が悪いって言いたいワケ?」

「けど、テオドア様もフレイを貴族にしてあげる、とか。変な話を持ち掛けて。いったい、なにを考えてるんだか」

「……さぁ? って、わたしの性格が悪いって罵られたことスルー!?」

「テオドア様の真意はともかく、普通の平民が貴族様の仲間入り。って、お話し自体はとっても美味しいことですよぉ。むしろ、学院に通う侍女ちゃんたちなら、夢みたいなお話しですから、それでフレイ様も釣れると勘違いしたのでは?」

「…………」

「あ、なるほど、そういうことね。そんな甘い言葉でフレイを仲間に――って思ったけど、あっけなく断られてますます逆鱗に触れた、と……相変わらず、ややこしいお方~。いよいよ切羽詰まってきたにしても、血迷ってるとしか思えないわぁ」

「食費だけで、貴族様のお家が傾くやもしれません」

「ですねぇ」

「……寄ってたかってなんて言い草なんだ!」


 皆さん、悪口を言われてる張本人が目の前にいらっしゃること忘れてない!?


「それでテオドア様への対処は如何なさいますですか?」

「対処って?」

「今回の一件は目に余りますからねー。ルクレール様にはキチンと落とし前をつけていただかないといけません」

「落とし前……って物騒ね」

「いえいえ、わたしはそんな物騒なことは考えておりませんからぁ」


 と、アルマは笑いながら猫みたいに手を振ってるけど、笑顔の色は真っ黒だ……どんな悪知恵を働かせてるの、と、性格がとてもよろしい私は恐る恐る訊ねる。


「他家の侍女に養子だの縁組だの、頭越しに申し入れるなんてあまりに非礼。今回の一件はローウェル家の名において抗議するのがベストだと思うです」

「なんだ抗議か……けど、したところで向こうに無視されんじゃない?」

「それで構わないのですよ。相手にこちらの意志を告げる方が重要ですからねー。あ、それから、今回のことを触れ回っても面白いかもしれませんね。うふふっ、噂好きの方々にチョロっと話を流せば、後は勝手にやってくださいます。流言飛語を流すのは、情報戦の鉄板ですものね!」


 情報戦って、大げさな。なんか、スパイみたいな物言いしてるけど、アルマったら自分が噂話を触れ回りたいだけなんじゃない? 他人事だからってもうー……。



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