LV181
「ねぇ、貴女ったらどうしてサボるだなんて考えが浮かぶのかしら。この催しが大事なことぐらい、貴女程度の頭でも常識としてわかることでしょう?」
嫌味ったらしい声が、私の背中をプスプスと突き刺ささってくる。
……ヤダな~、こんな嫌味を飛ばしてくるやつ。絶対に絶対に友達として選びたくない種類の人間だよね。
あぁ、縁切りの神様! どうか、この巻き声の主と、永遠の別れが来ますように!
私が、敬虔な修道女のように空を仰いで祈念してたら「聞いておりますの!」と、詰ってくる声が近し……はぁ。祈りがいつ届くのでしょうか。
「……これはこれはテオドア様ではございませんか。ごきげん麗しいようで――」
「まったく麗しくないわね」
心にもない台詞で出迎えたら、テオドアと珍しくも意見の一致を得た。まったくもって嬉しくないけどね……。
私は悄然と項垂れたら、テオドアは怖ろしく不機嫌らしい。愛しのシャナン様、が隣にいるのに挨拶もせず、むしろ「さっさと、ワタクシの質問に答えなさい!」と、私に声を荒げてくる。なによ、質問って。
「とぼけないで。貴女よりにもよって、ワタクシが企画したお見合い会をサボるつもりでしょ――いいえ、誤魔化しなんて結構。貴女の悪だくみは、耳にちゃんと聞こえていてよ……もう、ワタクシは貴女という人が本当にわからないわ。本当、どういう育ち方をしてきたわけ?」
テオドアはしみじみと呆れかえった。
それは奇遇ですね。
私も一年も同じ教室で過ごしたのに、貴女というお方の理解がちっとも追い付きません。
「左様でございますか。しかし、お見合い会のことはテオドア様とは関係がないと思いますが」
「……言うに事を欠いて。貴女はいったい何様なの……陛下に貴女を推挙してあげたのは、他ならぬだれだ、とお思い?」
「それはテオドア様でございましょう。けど、それとこれとは別な話です」
お見合い会のデザートを作れ。と、はた迷惑な推挙をしてきたけど、お見合い会の主催はすでに王家に移ってるじゃない。なら、私が出席しようがしまいが、テオドアには文句をつけられる筋合いではない。
それに心配しなくとも頼まれた菓子はちゃーんと作るつもりだし。サボるのはその後のお見合いだけです。
「ちゃんとお見合い会のお菓子は責任を持って受け持たせていただきます……まぁ、後のお見合いは欠席させていただきますが――」
「そんなこと許すわけないでしょう。推挙してあげた恩を仇で返すつもり? そんなにワタクシを困らせたいの!?」
……いや、なんでそんなヒートアップしてるの。
私のごとき卑しい身分の者が貴族様のお見合い会に出席するなんて、それこそ普段なら「厚かましい!」って、眉をひそめる事柄だ。
「困らせるとか、わたしはそんなつもりは一切ございませんが。それより、日頃から貴族と侍従の領分がある。と、主張されてきたテオドア様が、なぜこの催しにだけわたしへの参加を強要されるのか理解し難いのですが――」
と、言い終わる前に――ぐいっ、とテオドアに引き寄せられ、怖ろしい剣幕がアップになった。私が淡々と見下ろせば、テオドアの華奢な手の色が変わるほど、こちらの襟首を捕みあげていた。
「……なにをなされるんですか」
「侍女風情が貴族に向かって意見するだなんて許されないわ……もう一度だけ言います。お見合い会に出席なさい」
いきなり、掴みあげてきて言うことそれ?
いったい、なんだってそこまでお見合い会にこだわるのよ。
私はもう怒る気も失せて首をかしげていたら、見兼ねたシャナンが「テオドア嬢!?」と、割って入ってきた。が、テオドアは、シャナンにも「邪魔しないでよ!?」フーッと毛を逆立てた猫みたいに怒り狂っている。
……ちょっと。この怒りっぷり尋常じゃないよ。
打算とメンツにこだわるテオドアが、こんな恥も外聞も構わず怒鳴り散らすなんてね。いくら内心で苛ついていても、いつも余裕ありげな態度を崩さないのに、こんな反応初めてだ。てか、まかり間違ってもシャナンを好戦的に睨むとか、らしくなさすぎる。
そう思ったのは私だけじゃなく後ろの取り巻きたちも同じなのか、
「て、テオドア様!? 落ち着いて!?」
「冷静になられてくださいませ! テオドア様っ!?」
どうどう!? と、主の乱心を宥めようと侍従のアグちゃんが、強引に袖を掴んでなにか言い含めると、怒りで茫洋としてたテオドアの目に理性の色が戻ってきたらしい。
……ホッ。なんとか、落ち着いたのね。
けど、耳を澄ますと「……そうね。冷静に、お話しをしないといけないわね」ホラーな呟き聞こえてくるけど、気のせい、だよね。ね。って、こっち来たーっ!?
「シャナン様。些細なことで取り乱してしまって、すみません……よければ、そこの侍女の方をお借りしてもよろしいでしょうか。少しばかり話しをしたいのです」
「話し?」
「えぇ。ワタクシと、そちらの彼女とは些細な行き違いがあるようなので」
「しかし、さっきのように喧嘩をされては……」
「……いつもワタクシには素っ気ないのに、侍女のことだと必死になられるんですのね」
「は?」
「いいえ、先ほどのことはワタクシもお恥ずかしい失態でした。けれど、そのようなことはもうなさないと誓いますわ。これでよろしいですわよね?」
すっかり元の高慢さを取り戻したテオドアは勝手にそう言うと、スタスタと公園の奥へと歩いていった。
……この人はどこまで唯我独尊を地でいってんでしょう。
私はもはや無我の境地で付いて行こうとしたが「正気か?」と、目を瞠ったシャナンに留められた。
確かに、私だって本音は嫌よ。こんな独りお化け屋敷ちゃんとお話しとか。よくて怪談、悪ければ心霊現象つきの臨死体験が待っていそうだし。
しかし、あんな喧嘩を売られた後で、こそこそと逃げ出したんじゃ私の名が廃る!
心配そうな顔つきのシャナンに、大丈夫だ。と、鷹揚に手を振って、私たちはふたりで公園の茂みの奥へと向かった。
「それで、話しとは――」
「さっきの続きに決まってますでしょう」
……しつっこいなぁ。
話しの続きもなにも、私は断るって、言葉でも態度でもそう示したでしょうに。
それでも、テオドアは諦める気はないのか、怨念がこもったような視線でこちらを睨む。
「……入学してからというもの貴女にはさんざんにペースを乱されてきたわ。おかげで、ワタクシが温めてきた計画は台無し! 今頃には、兄様とクリス様。そして、ワタクシとシャナン様と揃って婚約発表にこぎつけていたはずなのに……!」
私がおじゃま虫だとでも言いたいのかしらん?
けど、私が邪魔をしなくたって、その恋路は一方通行な上に行き止まりだと思うよ。
無感動に肩を竦めてたら、テオドアは頭痛がする、といいたげに右のこめかみを抑えて嘆息をした。
「もういいわ。どうせ貴女に邪魔をするな、と言ったとこで無駄でしょう。けれど、ワタクシは、どうしてもシャナン様と結婚するの。それが我が家の望みなんですからね。その目的に達するためなら、どんな手段でも講じるつもりだわ……たとえ貴女を消してでも。――あぁ、勘違いしないで。ワタクシはそんな荒事になんてしたくないの。平和的、皆が納得するなら、それがいいこと。でしょ? いがみ合ったワタクシたちでも、手を取り合えばきっと解決の糸口を見つけられますわ。」
「解決?」
「そう。貴女がお見合い会に来ていただければ、ワタクシの誠意が本物だとわかっていだけるわね」
と、テオドアはやけに演技ぶった仕草で手を叩くと、大輪の華のように笑ってみせた。
……ふしぎと笑顔の裏に川原と曼珠沙華の光景が重なって見えるわ。
「……いや、だから。なぜそうまでしてお見合い会に引きずり出したいのですか」
「だって、このお見合い会は貴女のために開くんだもの」
「はぁ?」
私がよほどマヌケな表情をしたのか、テオドアは含み笑った。
……私のために。
って、そんな有難迷惑を自信満々に言われても。この娘の厚意が私にすれば罰ゲームって半端ないズレがあるわ。
「貴女に恥をかかせよう、とか思ってもないわ。そんなことしたって、ワタクシの目的に近づくことないもの。わざわざ、利益のないお見合い会だなんて、開くのはすべては貴女のため。そこで貴女のしあわせをちゃんと掴んでいただきたいのよ」
「……お見合い会で結婚相手を見つけろって? そんなのお断りですよ」
どーせテオドアは私をおはらい箱にするには、手っ取り早く結婚して学院から追い出す。って、算段なんでしょーが、私がそんなのに乗るワケないでしょうに。バカバカしい。
大いに呆れたのが顔に出たのか、テオドアは軽く手を打って首を横に振った。
「ワタクシの申し出を蹴る前に、よく考えてくださらない? ……貴女はたかが侍女風情なのに、この一年で貴族内でも十分に知れ渡ったわ。なんの後ろ盾もない娘が、おべんちゃらだけで王家や勇者様たち取り入るんですもの。それはそれは、本当に凄いこと。それだけは認めてあげる。おめでとう」
ぱち、ぱち。とテオドアは卑屈に小さく拍手をして「――で・も」と、力を込めて区切るように手を打った。
「貴女はもうこれ以上なんて行けない。どれだけ陛下に近かろうが、勇者様と近かろうが、平民と貴族とは中身からなにもかも、すべてが根本的に違うの。だから、貴女がどれだけ頑張っても一生交わることなんてあり得ない。それは、ワタクシたちの常識が許さない。なんたって住む世界が違うんだから」
テオドアは、まるで片足を痛めた子犬を見下ろすように憐れんだ声音でそう言った。
「天地がひっくり返っても、貴族の正妻になんてなれっこない。つまり一生涯妾どまり。そんな日陰の地位でこそこそと隠れて暮らすだなんてあんまりじゃない? ……けど、ガンバリ屋さんな貴女にワタクシが手を差し伸べてあげる。
貴女のために、とくべつに貴族の家を紹介してあげるわ。まず、貴女を恥ずかしくない家に養子に入り、そうして貴族になった貴女は、お見合い会で知り合った方と結ぶ………ねこうすればたとえ平民であろうとも、大手を振って正妻の地位を手に入れられるのよ」
ね、悪い話しじないでしょう? と、テオドアはやけに可愛らしく小首を傾げてみせた。自分が思いついた名案がほんとうに、役に立つと思ってるように。
「お見合い会に来てくれるだけで貴女は貴族になれるの。どう? 貴女にはメリットしかないでしょう。もし、お見合いで気に入る相手がいなかったら、その時にはまた他のだれかを探せばいい……それとも貴女が捕まえてるヒューイ・ラングストンでもいいわ。どちらにしろ、彼の家柄に見合うだけの家を用意してあげる」
「…………」
……開いた口が塞がんないわ。
なによ”私が捕まえてる”ヒューイって、新種のカブトムシかなにかか?
確かに毎朝迎えに来てたり、よく話しをしてたりで、誤解するかもしれないけど、普通の友達付き合いだってば……。
「ちょっとワタクシの話を聞いてるのっ!?」
私が悄然としていたら、テオドアが目を剥いて縋りついてきた。
……しつっこい。
って、そう思ったのは、今日二回目だったか。
「こんな良い話しを貴女は断るっていうの……それとも、もしかしてその身そのままでシャナン様と婚姻ができるとか、本気で思っていて? だったら大笑いだわね。クィーンガードや、ラングストン家でも飽き足らず、勇者様まで狙うとか。卑しい身分の通りのがめつい女!」
「……誤解されるのは自由ですが、わたしは狙ってなどおりませんよ」
「白々しい! 前にも言ったけど、勇者様を本当に思ってるなら、貴女が身を引くことが一番よ。後ろ指をさされる婚姻と、だれからも祝福される婚姻。どっちがしあわせになれるか。おのずと考えれば答えはわかるでしょう?」
テオドアの申し出が、私を罠に引っかけるつもりだった方が、まだマシだったわ。
それなら、反発が沸いてきて徒労感に悩むこともないのに。
テオドアは、怖ろしいことに私には到底無意味にしか思えない話しが、私のためになる。と真剣に信じてるんだよ。
こんな価値観がズレた相手を、納得させる言葉なんて見つかんないわ。
けど、わかったことがある。
テオドアの行動原理が、貴族として”正しい振る舞い”にしかないってことが。
そして、人の外面にしか興味が抱けないということも。
……あぁ、最初っからテオドアが、貴族至上主義だなんて明らかなことだけれど、その歪みを真正面から知らされると、前にシャナンが贈った言葉の意味が、噛みしめるようにいまならわかる。
「テオドア様は、もっとご自分を大切にされた方がよろしいかと思います」
私はそう言い終えると、テオドアは少しく言葉に詰まった。私はそれ以上のかける言葉もなく、彼女の反応を伺うことなく背を向けた。




