LV179
休み明けの翌日は、当然のように学院と授業が待っていた。
日頃から、モーティス教諭のだみ声にはお経のような催眠作用がある。と一部生徒から(私)の指摘があるが、この日のレベルはけた違いだ。
羊が空からどか降りし、船が荒波にもまれる勢いである。
これは、もうただ、ただちゅらい……。
普段ならば今日は寝て曜日~。と、割り切って爆睡をするんだが、今日はマズイ。
お布団でグズッてたらボギー様に激昂されて「授業中に寝たら〆る」宣言されてるのだ。
……ここで寝るワケには、いかない。
と、ぐるぐる目のまま、空中でヘドバンしていたら、
ペコッ。
と、紙切れが、額に命中。
痛っ、くはないが、だれよこんな悪戯して。と、私は額をポリポリしつつ視線を挙げると、テオドアの隣の女生徒が、軽くこっちを睨んでる。
……あの娘が投げてきた犯人で違いないね。って、そーいえばあの娘、アルマに「アグちゃん」とか呼ばれてた娘じゃね。目つきが鋭いクール系な美人ちゃんだが、後でルクレール家の侍女だと知って驚いたんだけど。
でも、あの緩いアルマの友人がこんな子供じみた悪戯をするなんて……あ、もしかして、私が眠りに落ちそうだったのに、注意するために?
なぁんだ。やっぱイイ娘なんじゃないの!
いやいや、あんな腹黒い巻き舌に仕えてる=悪い子。って単純に考えちゃダメよね。
お互い仕える主に苦労しますねぇ。と、私は同情のこもった眼差しで、軽く微笑んだら、アグちゃんは少しく目を瞠り、ガバッと神速のいきで前を向いた。
あはは、アルマも素直じゃない子って言ってたけど、照れちゃってるのかな?
今度、話しかけてみたら楽しいかもしんないね!
昼休みには、中庭にはローウェル家三人組だけでの昼ごはん。
ジャンや二コラたちは今日は食堂だ。
購買で仕入れるパンは食堂とは違い自腹を切る必要があるし、日頃妹弟たちのため、と金欠気味なふたりには、購買ですら贅沢なのだ。
しかし、そんな地味に痛い出費でも、ジャンのやつは中庭に来たがってるんだけども。いったい、なにがジャンを駆り立てるのかは言わぬが花でしょう。
「そーいえば、聞いた? お見合い話しの件、学院中でもう話題になってたわよね」
「……あれだけ掲示板にデカデカと貼りついてればねぇ」
ボギーがやけにテンション高く云うのに、私はすでに食傷気味で頷いた。
朝ッぱらから、掲示板の前に人だかりが凄げぇ~な、と思ったら”お見合い会”の通達が出たかと思えば、これだけの報せにやたらハイテンションになってたのが三回生の生徒たちだ。
「なんの衣装を着ていこうか?」
「化粧道具の貸出とかやってるところはなかったっけ」
「会場はまだ決まってないの!」
と、掲示板前が大賑わいで、慌てて教師たちまで駆けつける騒ぎとなった。
その騒ぎは、ウチのクラスにまで波及してきて、
「トーマス様も参加されるのでしょ!? 英雄様の好みはどんな娘なの!?」と、英雄を仕留めようという血眼になった猛者たちに、なぜか私が詰め寄られたのでした。
……そんなトーマスさんの好みなんて私が知る由もないです。
ともあれ、降って沸いたこの話に、貴族も侍従も女子も男子も、はたまた頭が薄くなったモーティス教諭も、踊りに踊って「ルクレール様も珍しくいいことをしますねぇ」と、好評。
ま、婚活と就活が合わさったものが、降ってきたら皆が熱心になるのも無理はないけど、ちょっとこの大騒ぎははしたないんじゃなくて?
と、淑女ぶってみたら、関係のないボギーも「一理あるかもね~」と、頷いていた。
「このお見合いに乗り気なのは侍従だけ――か、と思ったらそうでもないみたい。貴族の方たちも意外に婚姻が決まってない方も多いらしいし、なんか上も下を大騒ぎって感じ?一回生の貴族生徒も「ワタシにだけとくべつな招待状が届いた~」とか言って、得意げに見せびらかしてたもん」
「へぇ……王家から?」
「一応ねぇ。噂だとその娘はルクレールに近い子だからって陰口叩かれてたりしてたし、そんなの形だけでしょ?」
「そっか。王家が主催するって言っても、内務卿のルクレールが実質的には、色々と取り仕切るんでしょーし」
王家が主催するっていうのに人選びは私が……って厚かましい! 陛下へのチクリメモに記しておくにしても、だ。
「しっかし、お見合いといっても、そんなとんとん拍子に事が進むんですかね。貴族同士の婚姻なんて、家の問題がはらんでるんでしょうに」
「貴族様の結婚の仕組みとか、よく知らないけど。でも、普通のお見合いと違って家問題は小さいものなんじゃない? 貴族も侍従も参加なんだし、目に付いて見初められてしまえば勝ち! みたいな?」
「……あぁ、そういうこと」
貴族も侍従も参加するって運びなら、相手の身分とか関係なく恋愛ができる。って? ……けど、貴族至上主義なテオドアが企画に、そんな自由な裁量があるのか疑問だけど。
私は涼しい顔をしてパンを喰ってるシャナンに、
「シャナン様にも、書状やらお手紙とか来てますでしょ?」
と、匙を向けたら、パンをごくりと呑みくだして、
「いや、来てないな」と、言った。
「え!? 来てない!?」
……これは相当に奇妙ですな。
てっきり、状態異常の魔術つきの手紙が届いていたと思ったのに。
ま~だ、押してダメなら引いてみろ、的なあけすけな戦略を用いてるのかしら。まったく効果がないのに、ルクレール様もやきが回ったものでございますわね。おほほっ。
――って、ちょっと待って。
「シャナン様も行かれないとなったら……もしやこの不愉快な強制イベントに参加するの――わたしだけッ!?」
「フレイだけじゃないでしょ? トーマス様も参加なされるんだもの」
「そんな連れ合い要らないしぃ!?」
しかも、向こうさんも「結婚なんてこの世の終わりだぁ!?」と、嫌がってんでしょ!私もイ・ヤ・だっ!?
私は憤然と怒り狂って、パンを引きちぎっていたら、ボギーはしれっと手をひらひらさせて、
「しょーがなくない? 陛下から直々に頼まれてて、出ないワケにいかないでしょ」
「……そーだな。フレイは増してや、専属料理人な上、菓子の用意も頼まれてるんだろ」
「グハッ!?」
……わ、忘れていた。さり気に陛下から頼まれていたっけ。とてつもなく面倒で嫌なことだからって、忘却の海に放り投げて、もう上がってこないようにしてたのに。どうして思い出させるようなこと言うのよ!?
「そんな嫌がらなくてもいいでしょ? まだ独身貴族の方もたっくさん参加されるんだし、ステキな人も来るかもよ。まぁ、それか、トーマス様も案外狙い目かもしれないし!」
「……最後の言葉は、わたしへの押しですか?」
「もっちろん!」
そっか。
ボギーはお見合いより先に、人を見る目を養った方が良いかもね。
と、私は苦い顔で、押しを跳ね除けたら、同じように苦み走った顔をしたシャナンにも深く同意してくれた。




