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LV178

 陛下の思わぬお土産の扱いに困り果てたものだが、皮肉なことに店にとってはその恩恵が嫌というほど有益なものだった。

 昨日の騒ぎを今日にも引き継ぐみたいに、店の前通りにはズラ~ッと、並ぶお客様の列ができていたのだ。まだ開店前だというのに!


 しかぁし、私たちはこんな事態に慌てることはありません。

 混乱状態で手が付けられなくなる前に、外でお待ちの客様に注文を伺いに行ったのだ。昨日の教訓はしっかと生きておりますのよん。

 けど、ふしぎなのが、まだ一度も訪れたこともないお客様もいるのに、皆メニューも示す前から、

「シュークリームをひとつ」

「あれ、女王陛下が食べられた菓子!」と、口ぐちに叫ぶのだ。


 ……まさか、すでに陛下が食したシュークリームの名が知れ渡ってる?

 と、私は恐る恐る、並んでるおじさんに聞けば、


「しゅーくりーむ? あぁ、陛下が喰った菓子のことだろ。昨日、飲み屋で話題になってっから、おれも話題作りがてら買いにきたわけよ」

「アタクシも同じだわ。陛下が食べられたしゅーくりーむ。知ってる? 陛下は、コレを普通に食べたら、顔面いっぱいにクリームがつくからといって、それを割って食べたっていうのよ」

「一見して食べ方までわかるたぁ、さすが賢明なる女王陛下!」


 と、周りのお客さんたちまで、陛下への賛美があがって、口々に褒め称えられてた。

 ……それ、私が教えたんだけどなぁ~。

 しかも一回目は、ちゃんと頬につけてしまって、雪辱の二個食い、三個食いって、数を重ねてたし。

 しかし、陛下の食べ方まで早晩、王都の民の耳に入ってるとは……流行りものに敏感過ぎるぞ。


「しっかしよぉ、おれはまだ、しゅーくりーむ、って菓子は見たことねぇんだが、いったいどんな代物だい? 普段甘い物なんざついぞ喰ったことないから、想像もできねえんだが……」

「あらっ、ご存じないのです? 実はあまり大きい声では言えないのですが……この菓子はなんと――あの勇者様が考案されたものなのですよ!!」

「勇者様がっ!?」


 と、周りのお客さんたちは、目をパチクリした。

 左様です。

 シュークリームとはとっても甘くて美味なる菓子。ですが、賢明なる陛下も苦戦されたように、ひとたびシューにパクつけば、たっぷり詰まったクリームの洗礼を顔いっぱいに受けるのです。そう、それはまるで潰れた卵のような。


「……実は、これは私が直接、勇者様から聞いた裏話ですが、勇者様が邪竜を退治した後、竜が守ってた奥から邪悪な気配が漂ってきたのです。

 無論、勇者様に怖れるものなく、先を進めばほの暗い洞穴の奥には、淡く光る物体が。そこに目を凝らせば――なんと無数の竜の卵があったのです!?

 ……幸い、ヒナがかえる前に、勇者様は卵を粉砕して事なきを得たのですが」


 私はウンウン、と迷信深い老婆のごとく重々しく結べば、聴衆の皆さんも「……そんなことがあったとは」と、驚愕に打ち震えていた。が、しかし、疑り深い先ほどのおじさんが、けどよぉ、と、異を唱えた。


「勇者様との逸話と、そのしゅーくりーむとは、どう関係があんだか?」

「……わかりませんか。この逸話とシュークリームの類似点」

「ぜんぜん」


 首をかしげる方がちらほらと。

 ……フッ、皆さん。陛下の食べ方を思い出してみてください。


「陛下の?」


 そう。

 陛下の食べ方はご存じですよね。


 ――シュークリームをふたつに割って、クリームをすくって食べる。


 割って、すくう。


 つまり、邪竜の卵を(割って)世界を(すくう)!!!!!



 私の云わんとしたことが、わかりましたね。

 と、深々と頷いたものだが、いまいち皆さんの反応が薄いね。と、閉じた目を開くと、おじさんがぽっかりと口を開けると、不意に、


「……そんな、食べ方ひとつに、勇者様の平和への願いが込められてたなんて」


 と、驚愕に震えていた。


「そうでしょう。この話にあるように、勇者様がこの菓子の誕生に迂遠なぐらいに関与したような気がするな~。って、感じだけはしますでしょう? ……ともあれ、いつ第二、第三、の魔王が生まれるか、明日も知れません。シュークリームを邪竜の卵に見立て、悪の根は食べて断とう! と、そういう平和への願いが込められたありがた~い菓子なんですよ」

「勇者様!」

「……勇者様っ!」


 私の宣伝工作――否、ありがたい伝承を語ったら、感動に震えた皆さんの勇者コールがあたりに鳴り響いてしまった。

 ……ちと煽り過ぎたかしらん。と冷や汗を垂らしたものですが、幸いにもこの平和運動は王都の民に広がるより先に、悪の手ならぬボギー様の手によって跡形もなく粉砕されたのでした。




「まったく、アンタってばどーして、あんなホラ話をのべつ幕なしに語るのよ!」


 人気もなくなったお店で、ボギーは猫の轢死体でも作るかのように雑巾を絞りに絞った。


「これが勇者様のお耳に入ったら、相当のお叱りを受けるってわかんないっ!?」

「……ぼ、ボギーたん落ち着いて。朝に起こったことを、夜にまで引きずるのは身体によくない――」

「これが怒らずにいるわけないでしょうッ!!」


 ……あい、スミマセンでした。反省してます。

 と、私が厨房台に手をついて反省、の意を表すと、ボギーは眉毛を下げてフワフワと、力が抜けたように椅子に座った。


「ったく、もー! 疲れてんのに、フレイのせーでまた怒り疲れちゃった」

「まぁまあ、今日もお客様がたっくさんで、心地いい疲れじゃないですか、ね。ね」

「心地いい疲れ。の余韻を吹っ飛ばしといてなによ」


 そんなガミガミしないで喜びましょうよ。初週にしては成功。どころか大大大成功! なんだから。些細なことで怒らないであげて。


「……そうかもね。昼前には午後の分の注文まで全部売り切れるとか、普通に考えたら驚異的よね、あたしたち」

「そーですとも」


 注文を外で受け付けても、すぐに売り切れてしまい、これで二日連続の完売!

 あいにく、午後に店に来られた方は、時間になっても取りに来られなかった方のキャンセル待ちしか手に入らないって盛況ぶりは、ちと異常だけどね。

 まっさか、ウチはお菓子屋さんではなく、テーマパークだったとか?

 ……でも、それイイかも!

 ノリノリの波に乗ってるブームのいまでは、残念ながらなにも買えずガックリと、帰られるお客様も大勢いる。

 けど、ここがもしもテーマパークなら、来店されるだけで、それはそれは楽しい仕掛けがわんさかできるよな~……たとえば、村では潰えたが魔獣パークとか?

 それでなくとも、ターニアさんという素材を活かして、前庭に墓地をドカドカ敷き詰め、一大ホラーを提供――って、そんなたくらみは露とも考えてませんから「舌の根の乾かぬ内にっ」てな感じに睨むの止めてっ!!


「……はぁ、もう暗くならないうちに早く帰りましょう。厨房の片づけは終わったんでしょ?」

「えぇ、もちろん。フロアは?」

「終わった~。ン、と店の売り上げは、金庫に入れておけばいっか」

「……ぬふふっ、大金が詰まってるんですよね、ちょっと見ても――」

「手をつけちゃダメ!? トーマス様が一応のオーナーなんだから、月毎に決済しなくっちゃいけないんだからね」

「え~。名ばかりなのに?」

「……でも!」


 ボギーたんにも名ばかりと認められたか。


「材料費やテナント料の計算は、しっかと確認してよぉ? トーマスさんに抜かれてたら、目も当てられませんし」

「言い過ぎじゃない? そんなにお金、お金ってタイプじゃないんだから、少しぐらいは信頼してあげましょうよ。それに、あたしたちの目的は、お金だけじゃないし」

「……ソーですけど」


 ……まあねぇ。私にとって自由勝手にお菓子を作れるだけで、夢のようだけどさ~。

 ンでも、ボギーにとっての店の意義って、そーいえば聞いてなかったよね。


「……じゃ、あたしはターニアさんに挨拶してくるから」

「あ、逃げたっ!?」


 とてとて、と階段を上がってった。

 ……ぬぅ。あの様子だとなぁにか隠してなぁ。まったく私に無断でコソコソしちゃって。ま、いいわ……ふわぁあ。それよりも、明日は学院か~。これは午前中の授業は眠り確定かもしんな、てン? 人の気配がっ、


「ロティ?」

「気安く呼ぶなよ」


 と、生意気な顔をしたロティが厨房に入ってきた。なんか用? と、私は小首をかしげて見せると、ロティは嫌そうにそっぽを向いた。なんだよー。


「うっさいな、あっち行けよ!」

「……いや、入ってきたのは貴方でしょーが」

「うるさい! ここはオレの、父さんの店だ!? ……こんな少しだけ、店に客が入ったからって、いい気になるなよ。こんなのインチキに決まってる。そうインチキだっ!」


 と、ロティは、振り絞るように叫ぶと、厨房から走って逃げていった。


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