LV18
クックックッ、まさかここまで上首尾に運ぶとはなぁ。
俺は後片づけのために降りてきた厨房で、箒を片手に「しゅびどぅば~っ」とひとりでゲス嗤う。
もしも、このまま俺様の手筈どおり商売が軌道に乗っちゃって、ついでに村が発展せしめた暁には、まさか村に俺の銅像が建っちゃたりすんじゃね? それも、勇者よりも早く。
ぐふふふっ。いや~、どうしよぉ~。勇者様の立つ瀬がなくなっちゃう~。
「…………なにひとりで笑ってるんだ?」
「ぎょぇぇええ!?」
またしてもシャナンかよっ!? 気配を隠して近づいてくんなし!
「なな、なんの用事ですか!? ひひっ、ひ人が片づけに精を出しえるとこにぃ!?」
「なに切れてるんだよ……」
そりゃ箒に抱き付いてくねくね悶絶する様を見られたら逆切れ一択しかないわいっ! 仮にも勇者の子なら気迫を出してっ!?
「まあ、そんなことはどうでもいい。それよりオマエ何故あんな茶番をやったんだ」
「茶番だなんて。わたしは心の命じるがまま正直――」
「とぼけるな。あんな見え透いた狂言に騙されると思ったら大間違いだ……オマエの目的はいったいなんだよ」
やや、いきなりの喧嘩腰だな。種明かししてもべつに驚くことでもないよ。
「目的もなにも、村で商売を興すってことに一貫しておりますよ? 元よりトーマス様から幾ばくかのお金を貰おうだなんて、初めから思ってもいませんでしたし?」
「……金貨が小金、ていうのか? 商売を変えるのは金に困ってたからだろう」
「では、その得た大金はこの村で使い道があります?」
シャナンは盲点を突かれたように言葉に詰まり、折り曲げた指を口に当てて黙った。
な、わかったでしょ。村で金貨なんて持ってたって利点なんかないって。
あの閑散とした村の市場は、村人が各自に余った野菜や毛皮なんかを持ち寄って、他の生活雑貨に代えているって程度のもの。
いわば職業としての商人もいない、それこそ牧歌的な物々交換がメインであり、まれに銅貨を用いるぐらいだ。そこに金貨を片手に大手を振ってボガードさんの店に顔出しても「こんなお釣りが払えねぇよ!」って、受け取り拒否がオチだ。
「金貨を貰ったって、この村では使いきれやしませんからね。それよりも日銭を得た方がいいわけですよ」
「……たしかにな」と、得心がいった様子だったが、眉をひそめたままに「だが、まだ疑問がある」と、続けていった。
「オマエの言葉通りだったら、なぜトーマスさんに……その、かすてら? をわざわざ披露して見せたんだ。オマエの目的が商売を興すための資金作りでないなら、ウチにやってきて作る意味がないだろ」
「ン~、それはまあ、普通にわた……父さんの作ったお菓子が、どういう反応が返ってくるのか気になりましたし。もっといえば今回の試食会は市場調査を兼ねた実績作りってやつですよ」
「……実績、ってなんのだよ」
「ただ美味しいお菓子が田舎にあるって噂だけで人は集まらないでしょ」
俺の腕いっぽんで村に人を集めちゃるわい!
って、言うのは容易いが、だれからも顧みられず待ちぼうけを食らい続けるシンデレラほど、悲しい存在はないだろう。
そういう悲劇を回避するために、どうやって村に人を集めて、菓子を食べていただくか。――答えは、クライスさんが証明してるじゃない。
「つまり、物語があれば人は村に訪れるってことです」
「物語?」
「だから――勇者が愛したお菓子、カステラという物語ってことです」
「ハァ? 父様があの菓子を愛してなん――」
「クライス様たちの旅の伝説も眉唾ばかりですけど、それの一々を否定に走るような無粋なことはなされないかと思われますが」
俺がしれっと言い放つと「……オマエ、父様をダシに使って」と、シャナンは呆気にとられたように呟いたっきり、あんぐりと口を開けて固まった。
そりゃそうですよ~!領主館で大々的にカステラをご披露したのは「勇者が口にした」って事実が欲しかったの! ふっ、これで、半分はブランド化に成功したに等しくない?ま、後のもう半分はそれこそ、俺らの不断の努力にかかってるんだがな。
シャナンは拍子抜けしたのか、なんだかかぶりをなんども振っているが、怒ってないっぽい。俺の話はこれで終わりなんだけど、片付けが終わっませんのでいいっすか?
「……あぁ、邪魔して悪かったよ。まったく、オマエはつくづく……いや、金貨をどぶに捨てて、村に固執するだなんて、バカなyつだ」
「またそれですか?」
と、俺はげんなりして箒の柄に顎を置いたら、シャナンは軽くフッと笑った。
え? ……なんか、めっちゃ珍しい物を見た気がするんですが。それは……。
あ、そうそう――
「シャナン様、あのカステラの味はどうでした? あの味をもう一回、食べてみたいって思います?」
「さあ、よく覚えてないな」
くっ、こいつもカステラを頬張って喰ってたくせ……いや、自分の腕を過信しすぎてはならぬ。紳士とは常に謙虚であり通さねばな。
「そうですか。なら次こそはちゃんと美味しかったと言わせてみせますから、そのおつもりで!」
「あぁ、期待しないで待ってるよ」
家に帰ると母さんに思いっきり抱きしめられた。リビングは祝杯の準備が整っていて、俺たちは笑顔で「乾杯~!」した。
母さんは麦酒を軽くひと口飲んで、ふうっ、と艶っぽく赤くなった頬に手を当てる。
「それにしても、フレイが色々と動いてたのは知ってたけど。そんな大事になっていただなんてね。これからが本番よね。きっと忙しくなるわぁ」
「……あの、母さんには、ずっと黙っててすみません。それから、トーマス様のせっかくの申し出というか、お金のことも――」
「うぅん、いいの! 金貨があったって、どうせまたしばらくしたら身を持ち崩すはめになるんだから」
「……でも、ほんとに大丈夫なのかい? 新しい商売……」
「大丈夫ですって。父さんだって、最後はわたしの説明に納得してくれたじゃないの」
「それはそうなんだがな」
宿屋開業への道筋はすでについていて、後は貧乏からの脱出の道を、一気呵成に突っ走るだけ――なのに、父さんは俺の計画に急に乗り気じゃなくなった。てか、俺の手腕での成功体験でもって、またぞろ金貸し業への未練が復活したらしい。
まったく、金貸しの癖にリスクを取るのを恐れるとは……父さんには商売の才能がないのではございません?
「わたしは貴女に任せるわフレイ」
「え、ほんとに」
……いや、散々に出しゃばっといてアレだけど、こうすんなり母さんからオッケーされるとは思ってなかったな。父さんよりも、母さんを説得するのに一番骨が折れるって覚悟してたのに、こう期待に満ちた目で頼まれるなんて。
……大丈夫かな。と、不安げな思いが顔に出てたのか「そんな顔をしないの」母さんにむぎゅ~っと頬を両手で包まれた。
「やる前から失敗することなんて、考えちゃダメよ。私たちにはできないことが貴女にはできる。だから自信を持って。たとえ貴女が大きな失敗をしたとしても大丈夫。貴女は私たちの誇れる娘なんだもの」
……母さん。
「わかりました――母さんの期待を裏切るようなマネはぜったいにしません! それこそ村の誇りにもなれるような立派な宿屋にしてみせますからね!」




