LV175
「久方ぶり、という程でもないか。ふふっ、新年会では勇者殿たちとともにそれはそれは有意義な雑談ができたものよの」
この意識しないでも高圧的な響きを持つ声は、もう嫌という程に聞き覚えがあった。
「………………女王陛下。いったい、どうしてこのような場所に」
「ずいぶんと他人行儀よな。フレイ・シーフォ? 己の家臣が店を構えたとあってはその前途を祝いに赴くぐらいの義理は果たさねばいかんからな」
にゅっ、と青い瞳を細めつつ、女王陛下は笑った。
……ソーデスカ。
祝ってあげよう。という善意はありがたいけども、勝手に私のこと家臣に含められるのは如何よ……てか、いつぞやから私の首に「ふれい」と首輪が付いてたのかしらん。
なんて突っ込みを入れたとこで「飼い主の顔を忘れたか?」と皮肉が帰ってくるので、忠犬は尻尾を巻くことにした。
「……すみませんフレイ様。お母様が一緒に来ると聞かなくって」
私がぺこぺこ揉み手してたら、傍らのクリス様が申し訳なさげに苦笑した。
……いや、そこはちゃんと拒否してください。
とはいえず「大丈夫ですよ」と、笑顔を取り繕ってたら、女王陛下は至ってマイペースにお付きのクィーンガードのエルフさんに、前庭に集まってたお客様を勝手に人払いを命じている。
祝いに来たっていうわりに、やってることさり気に営業妨害ですよね~。
と、私がジト目になったのにさり気に気付いてか「フフッ、そう嫌がるでないわ」と、陛下はクスッと微笑んだ。
「なかなか面構えのよい店ではないか。日差しも明るく場所柄もよろしい。トリコロールの色彩はけばけばしく思えるが、庶民の店ならばこれが普通なのであろう? フレイ、良い店を持てたな」
「あ、ありがとうございます」
褒められて恐縮ですが、この店は元からこういう風情なんですけどね!
陛下のお褒めの言葉に、あはは、と意味なく笑っていると、こちらを機嫌よく見下ろしてた陛下の眉根が、急に歪んだ……え、あ、な、なにか粗相をしまして?
「いや、店の筋は良いが、その制服は少しく下世話な感じだな」
「制服?」
「左様。この店と同じ原色を使ってるのは、まあ良いとしてだ。その制服まで原色通りとあっては工夫がなかろう。そうだな。そのエプロンドレスを青と白のボーダー柄にでもしてみたらどうか?」
「……ぜ、善処します」
あ、ボギーが決めた格好なのに、勝手に承諾しちゃった。
……でもでも、しょーがないよね。
陛下のファッションチェックならば、例えカリスマでも、頷くより他はないでしょう。私は満足そうに髪を撫でてこられる陛下に大人しゅうしてたら、
「もうお母様ったら、来て早々に失礼なことばっかりして、押しつけがましいことは止めてください!」
と、クリス様が叫んだ。
「急に声を荒げてはしたない。我は気づいたことを申したまで。それを如何するのかは、フレイたちの自由だろうに」
「それが押しつけがましいんです! ふたりとも今日の日のために準備してきたのに横から――」
「わかった、わかった。フレイの店であるのに、横槍を入れるようなマネは慎むべきだったよ。すまんなフレイ」
「あ、いえ、べつにいいんです、けど……」
「…………」
「これでよかろう?」的に陛下は流し目を送ったけど、プイッとそっぽを向いている。
……なにか不穏だわ。
来られた時から、クリス様は陛下と眼も合わせやしないもんね。
喧嘩の原因はなに? と、ちらっちら、と陛下の横顔を伺ったものだが、話す気はないのか、訳知り顔をしたままだんまりだ。
耳に痛い程の沈黙に「あの~」と、意味なく声をあげた途端、ちょうどクィーンガードのエルフさんが縮こまってたボギーを連れてくるなり、
「陛下。店内の準備は整いました」と、言った。どうやらつつがなく店内のお客様を排除しきったようで、なにより。って、良くないけどね!?
「そうかご苦労であった。……さて、そこの娘、クリスのエスコートを頼めるか? 我は少しフレイと話がある」
「え、わ、わかりました!?」
と、陛下直々に使命されたボギーは、ギクシャクした動きでクリス様を店内へと入っていった。それに陛下は溜息をこぼすと、私に向かって「面倒をかけるな?」と、ニヤリ、と毒っ気のある笑顔をした。本当にそう思ってます?
「それはよろしいのですが。姫様と出がけになにかあったんですか? アルマの姿も見ないし……」
「ほぅっ、なかなかカンが鋭いではないか」
……そんな含み笑って褒められても、嬉しくないんですが。
「最近になってクリスも王家の人間としての気構えが出来てきたか、と思っておったが、我の持ち掛けた話が、あの娘にとっては急ぎ過ぎたのであろう」
「は、はぁ。なにを持ち掛け話?」
「左様。いや、なに。大したことではないよ。アルマにしても、このところ城では準備があってな。あの娘にも苦労を強いることが重なっているだけだ」
あのアルマにそんな大仕事が。いやいや、逆に仕事を増やすだけではないの?
「あれで将来有望な娘だよ。お主とも付き合う時間が長くなるやもしらんからな。その時には色々と手助けしてやってくれ……ま、お主はそれよりも、そちらのオーナーの尻拭いもあるだろうがな?」
……オーナー?
と、私が振り返ると、そこには口からエクトプラズムを出した男の死体がっ!?
て、トーマスさんか。
よほど陛下襲来のショック! が強すぎたか。幻の淑女様のお手を取る体勢――のまま白目を剥いてる。
「トーマスさん、そこにいた淑女様も、お付きの方々に排除された後ですよ~。致命傷でしょうけど、お気を確かに」
「致命傷ってなにがっ!?」
「いや~、お菓子を買えなかった女性たちのフォローがタイヘンだな~って」
グハッ!? と、トーマスさんは吐血したように、口を抑えて悶絶した。ご愁傷様~。
「……クッソ、なんだって陛下が来てんだよ。オレは招待状だなんて送ってないのに!?あれか、オレへの嫌がらせかっ!?」
「じゃないですか~? さっきも陛下は呆れかえってましたし、トーマスさんも陛下にターゲットにされてんですね」
「だろうなッ、ちっくしょ、あの冷血姫がっ!?」
苦しむトーマス氏の冥福を祈るべく合掌したが、今生に未練があるのか、恨みがましい目をして悪態をついた。
「陛下に対しての恨みありありな感じですが、なんか後ろ暗い過去でもおありなので?」
「ち、違うし!? お、オレはあんなのとは縁もゆかりもないよ!?」
「…………」
怪しいなぁ。慌てる所が特に。
無理な呼び込みでごった返してた店内は、姫様たちと陛下お付きの数人の侍従だけで、いまでは逆に静かすぎる程。潜水艦のように浮き沈みが激しいが、幸いにも陛下たちへのエスコートをするにも、お菓子の補充する時間を取れるし、逆に助かった。
機嫌のよろしくなかった姫様もボギーの案内を受け、お店のシンボルマークである窯にはまった竜、こと「窯竜」を楽し気に眺めてる。その隣で、陛下の案内という名誉を承ったオーナーは、白々しい笑顔を携えて、店の商品をご紹介してる。
っていっても「質問は受け付けねーよ!」と、ばかりに早口でまくしたてるわ、顔はクィーンガードのエルフさんに向けてるし、ホストをする気がまるでない。ってか、あのエルフさんとは、知り合いなのかしらん?
けど、エルフさんは部下らしき人に、ウッド調のカフェテーブルを店のど真ん中に設えさせ、メイドさんもいそいそと厨房で、ポットのお湯の用意まで抜かりなく準備中。
「……あの、ウチはカフェ業態の店ではないんですけど」と、ボギーがやんわりと苦情を申したんだが「このカフェテーブルは、開店祝いのプレゼントでございます」と、メイドさんから、まったくもってフォローにも言い訳にもならないことを言われて、だんまりをしてた。
ほんとっすかそれ~? 単に自分たちが、お茶したいから持ってきただけじゃ……。
もごもご。
「かすてらにもんぶらんまでありますね。これは前にお話しに聞いた……しゅーくりーむといったお菓子ですか?」
「えぇ、これは持つと軽いんですが、中にたくさんのクリームが詰まっていてとても美味しいんですよ」
「なるほどのう。我も目にしたこともない菓子が、これほどたくさんあるとはな。どれ、クリスはなにを選ぶ?」
「……お母様が先に選ばれたら如何です」
「娘を差し置いて親がお菓子に夢中となっては外聞が悪かろうに」
「なら、付いて来なければよかったでしょう。ワタシがお土産を持って行ったのに」
と、ツンとしたそっぽを向いてる。まだ機嫌が治らないか。と、陛下は肩をすくめると「まぁよい。店のおすすめはなにかな?」と、言った。
「あ、おススメなら、もちろんこちらのシュークリームですね」
「なら、それをいただくか」
「ありがとうございます!」
私がおふたりに手渡すと、姫様は顔を綻ばせて受け取り、その場でパクリと頬張った。すると「お、美味しい!? これ、とても美味しいです!?」と、目を瞬かせてる。
ぬふふっ。
でしょでしょ!
ウチのシュークリームは、ホイップとカスタードの比率はちょうど均等。皮を突き破るぐらいにたっぷりで、美味と甘さがたーっぷり夢いっぱい! に詰まっているんですよ!
ですが姫様、その感激に水を差すようであれですが、頬っぺにクリームが……。
「ははっ、クリス。頬にクリームが付いておるぞ?」
「お、お母様! 子供扱いしないでください。べつに、気づいてましたから!」
「あぁ、すみません。先に汚れない食べ方を言っておけばよろしかったですね。そのまま、頬張るよりも、こうシューの皮をふたつに割って、その皮でクリームをすくうようにして、食べると汚れないんです」
「なるほど……では、雪辱を期すため、もう一個いただくか」
「え?」
姫様のこと子供扱いしてたのに、陛下が一番子供っぽい……いや、なんでもないです、ハイ。いま、渡しますので、凄むのは止めてください!




