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LV174

 私はずっと描き続けてきたレシピノートの端には、お菓子以外の絵ものっている。

 それは自分が作るとしたら、どんなお菓子屋さんを構えようか。と、そんな夢を膨らませたイメージ図だ。


 そこは塵ひとつと落ちてない清潔な店内。

 明るい陽の光でいっぱいで、木の温もりを感じる落ち着いた内装。

 そして、店内に香るのは砂糖菓子の甘~い匂いだ。

 その香りに小躍りするように、ショーケースを望めば、カステラ、シュークリーム、ギザールモンブラン、フィナンシェ。――と、芸術品のようなお菓子たち。



 いったいどれにしようかな。

 と、ショーケースに飾られた菓子たちを前に、ひとつ、ひとつの味を想像して、あれがいいかな、こっちもいいな。と、悩むことそれが楽しみにしている。

 ようやく、今日はこれにしよう。と、ひとつを選び取る。笑顔の店員は選ばれたそれを丁寧にラッピングしていくが、その包装紙は窯にはまった竜のデザインの紙袋。

 コミカルなそれにクスッと笑いつつ、選ばれなかった菓子たちに、また次に来るからね。と、心の中で言いながら、お客さんは店を後にする。

 ――私はそんなお客さんに、次も良い菓子を作ろう。と、決意と感謝の思いでお見送りする。




 はずだった。





「そんな感慨に浸れる時間がどこにあるんじゃーいッ!!」




「ちょ、フレイ! 叫んでないでいったい何時んなったらカステラが焼けるのよ!? お客さんが「まだか!」って、お怒りよ!」

「無理無理! さっき仕込んだの、いまやっと窯に入れたばっかなんです!」

「いいから一秒でも早くしてっ! 店の前にも行列が出来てんのよ!」




 私たちは特売ハンターの皆さんに守られ、ほんの数時間前、お店にやってきた。皆とは開店の準備を差し迫ってることもあり、早々にお礼を言って別れて、暗いうちでも淡々と前もって確認していた手順とおりに準備を整える。

 さぁ、そして「勇者のレシピ亭」の華々しくオープンっ! と、私たちは最高の笑顔でお出迎えしたのが――それは開店と同時に凍り付いた。


「……初日からお客様がこぉんな殺到するだなんて、まったくの想定外だったわね」

「……そっすね」


 私はびくびくと厨房の下に隠れてると、フロア係りのボギーも同じように腰を落として避難してきてた。

 そのなかには「よっ、嬢ちゃんやくそく通りに買いに来てやったぜ!」と、宿の酒席で知り合いになったイカツイ格好の冒険者さんの姿もあるが、これは決して桜じゃないよ。大半は近所の買い物バックを片手にした奥様やら、身なりのいい格好の紳士まで、多くのお客様に溢れている。

 この状景も、初めはボギーと手を取り合ってうれし涙を流したい衝動に駆られたのだが、朝からずーーーーっとこの画が続いては、感動なんてついぞ引っ込みましたよ。えぇ。


「どうしよう? 開店したばっかりのお店で売る物がないとか、笑い話しにもならないわ。……迂闊だったわ。まさか、フレイが作るキャパシティを越えるだけの注文が殺到するなんて」


 ……そうなのよねぇ。

 つい数分前に、窯から菓子を取り出したが、並べた瞬間、ゾンビが生者に手を伸ばすみたく一瞬にして完売。満足そうに包みを抱えてるお客様の横で、買えなかった人たちから、険悪なオーラがプンプンと発生してきておる……。

「お菓子をくれないと暴動しちゃうよー!」と季節外れのハロウィン騒ぎで、もはや辛抱がバクバクしっぱなしよ。


「はぁ、こんな人が押し寄せるとか、王都じゃこれが普通なわけ? それとも、あたしが夢見てるとかじゃないよね?」

「ボギーたん。これは夢じゃなく現実よ」

「そうよね……まさかフレイの腕が四本に増えちゃったりして、パパパッ、とお菓子を作るとか無理よね」

「どんな人間よっ!?」


 私はクモかいなっ!

 ってか作業がはかどらないのは、窯が一個しかないからで、私の腕が四本どころか八本に増えても、変わんないから。


「あぁ、もうこんな騒ぎになるなんて最悪! まだシャナン様たちがやってきてないのよ。……それまで、お菓子が残ってなかったら、目も当てられないわ!」


 と、ボギーは、胸の前で手を組みつつ、シャナンにお菓子を手渡すシチュエーションを想像してるらしい。……あの、水を差すようで悪いけど、そんなイチャコラ場面を殺気だったお客さんの前で、ご披露したら暴動になりますわよ?

 私は、現実逃避しかけてるボギーの肩を掴んで揺さぶり引き戻した。地獄に落ちる時は一緒よ? と、にたりと笑ったが、ボギーはフロアを振り返るやに、げげっ、と顔をこわばらせて「また人が増えてる!?」と、悲鳴を挙げた。


 ……マジかよ。

 と、私もこそ、白目を剥いて倒れそうになった。

 ……お菓子を買い求めにきたお客様に、タイヘンな失礼な態度ですが焼き上がりを待ってるだけで、手持無沙汰にしてるのが知れたら、怒号が飛んできそうで怖い……。




 しかし、この異常ともいえる騒ぎはなんなんだろう。

 私たちがやった宣伝なんて、せいぜい開店一週間前に「勇者のレシピ亭開店! 王都にも勇者旋風が吹き荒れるーっ!」ってな具合なアジビラを(私製作)なのを配っただけなのに、この動員力は勇者ぱわぁーを持ってしても、おかしいわ。


「……この騒ぎ、トーマス様を止めないと、加速度的に悪化してくわよきっと」

「だよね。まだ飽きずに庭でれせぷしょん? とかしてらっしゃるんしょ?」

「うん。さっきも、キレーな女の人たちをた~くさん連れてきちゃって、ひとりずつ手指に口づけしてたわよ」

「うっわっ」


 どこぞの阿呆貴族っすか、ソレ? レオナールや、ジョシュアに匹敵するレベルですよ。と、私はドン引きしてたら、ボギーも同じ思いなのか「宣伝は任せといて!」とか、張り切ってたのって、このためだったのね~」まったく男って。とばかりに溜息をついた。

 ……返す言葉もないわね。



 今頃、庭ではしゃいでるであろうトーマスさんは「オツカレー」って、開店祝いの花と一緒に友人(淑女様限定)たちを連れてきたのだ。

 そして、開店祝いだのなんだのって、前庭にワインやお酒を持ち寄り「せれぶりてぃ」な催しを開いてるのである。

 しかも、菓子を焼き上げる時間がわかってるから、その都度新しい友人(淑女様限定)を連れてこられるわ、予約販売だのなんだの、って、彼女たちへお菓子を先に融通しちゃるのだ。

 ……いや、お客様を連れてきてくれてるのは有難いけど、限度があるっつーの!

 おかげで他のお客さんからブー、ブーと文句がこっちに飛んできて、私も厨房から出て、ボギーと一緒に平謝りしてるのに……。


「腹立たしい! わたしらはこうして身を縮めてるのに、何故、この騒ぎの元凶は淑女様と肩を並べてウハウハしてるのかっ!」

「というか、これ以上、お客様を迎えたらお店がパンクだわ……シャナン様だけじゃない、今日は姫様までも来られるのに! こんな人混みに溢れていたら、最悪、帰っちゃうかもしれないわ」

「……そうね。セキュリティの問題があるもの」


 姫様のほわほわした笑顔と「やくそくです」と、言葉が頭に浮かぶわ。

 あんなに楽しみにしてくれてたのに、お店を目前にして、しょんぼりと帰られるなんてあってはならぬ!!


「ボギー! こうなったら、先にお客様の注文を聞いて、その後、番号札を渡しといて。こうすれば、少なくとも混雑は解消されるでしょ

「……うん。でも、トーマスさんの連れて来たお客さんには?」

「それはわたしが説得してきます。オーナーの友達ならその辺は考慮してくれるでしょ」

「ほんとに?」

「それ以外に方法ないっしょ。いまから、トーマスさんを蹴りと……げふん、いや、説得してまいります! ……だから、お客様たちに説明の方ヨロ!」

「は?」


 と、絶句するボギーの背をいそいそとフロアに向けて押し出した。途端、甘い蜜に群がるアリンコの如く、ワラワラとお客さんたちが寄ってきた。


「おいっ、いつになったら買えるんだよ!」

「もう、一時間以上も待ってるのよ、ワタシは!?」

「ちょ、い、いや、……後、もう少しだけ、もう少しお待ちを!?」

「それがいつになるのかって聞いてるのよ!」

「ちょ、フレイー!? アンタってば、許さ!?」


 ……あ~、聞こえないわ。

 ボギーたんの怨念交じりの悲鳴だなんて、耳に聞こえません~。

 ささ、このフロア階層の敵――ならぬ、お客様は、ボギーたんに集中してる。この隙に乗じて、私は庭でオーナーの伸びた鼻をつまみあげて直すだけだ。これで少しはお客様も減ることでしょ。


 私はパニクるボギーの献身に合掌して外に出でる。と、わわっ、外の前庭には、お客様でいっぱいだわ。

 ……うへ~、しかも、だれが置いたか、ワインボトルや小さな円卓まで揃えちゃって、パーティじゃない。ったく、オーナーがこんな騒ぐなんて。ご近所迷惑ですよ!


「トーマスさん! この騒ぎはいったいどうしてくれんすか!」


 オーナーがはしゃいでるんじゃないよ!

 と、怒鳴りつけた矢先、ザッと人混みが割れて、思わぬお方の顔がそこに現れた。


「おや、これは久方ぶりだなフレイ?」


 と、そんな威厳に満ちた声音に、私は凍り付いた。



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