LV171
今日は朝から暖かな気候だ。
王都には新たな季節を告げる春一番が到来して、冬も終わりに近いことを教えてくれる。これから寒さも徐々に遠のき、春は目前に迫ってきてる。
こうなるとそろそろ私も衣替えしたいなぁ。という思いがむくむくと湧いてくる。私服は村から持ってきたのばかりで、とくにシャツやズボンはサイズに合わなくなってきた。もはや買い替え時であろう。
ボギー様と一緒に買い物に行こうかしらん、と思うのだが、あの娘ったら、自分のことソッチ除けで、私のコーデに夢中になるのだ。曰く「ズボンやシャツなんてもっての外」で、ここぞとばかりにワンピばっかり押してくるからね。そんなにも、真の紳士を淑女に仕立て上げたいか。
女子コーデ押しを断ってもいいんだけど、ぷくっとお餅のように頬が膨れて角が立つから独りで行こうかなぁ。と、私は呑気に教室の廊下を歩いてたら、ふと男子たちの噂話が耳に聞こえた。
「おい、知ってるか? ルクレールとハミルトンのふたりが姫様にお叱りを受けていやがったぜ」
「えぇ!? ……あの穏やかな姫様が?」
「信じられないだろ? でも、俺もマジでその現場に出くわしたんだってば。今日も朝っからしつっこく教室に押しかけてきてさぁ。さすがに姫様も切れたんだろ? 「上級生が下級生のクラスに入り浸られては迷惑です」って、あの剣幕は女王陛下に生き写しだったぜ」
「……マジ? あの姫様がっ!?」
…………。
女王陛下が降臨されたか。い、いや、だから私はな~んも知らないから、うん。
私は彼らからコソコソと逃げだすと、独りで侍従用の食堂へと赴く。実のとこ、今日の私はボギーと別行動。
学院は昼休みを迎えても春一番が吹き荒れていて、これじゃ中庭でランチにしゃれこむ所でないからね。
「購買で買ったパンばかりじゃ、味気ないですから」と、ボギーがシャナンと相談して、久方ぶりに貴族様専用の食堂を利用することにしたのだ。
ってのも、最近のテオドアがやけに元気がなくって、教室でも一切絡んでこないからね。「ランチをご一緒に」と、相席を求められることもないだろうから、タイヘン結構なことだ。
そうして、シャナンのお世話はボギーにお任せして、私も侍女の食堂へとやってくる。今日のランチは、クリームシチューとパンか……美味そうである。
私はウキウキとしながら、トレーを手に空いてる席を捜すと、端っこの席に、プリシス先輩のお姿が。おぉ、先輩! 今日も麗しく、猫耳が屹立されておられますね。
「こんにちわ先輩。この席空いてます?」
「えぇ」
素っ気ない言葉にも、感謝感謝、と座ると、プリシス先輩は頬についたシチューをふきふきして周りを見渡し「……ボギー様の姿が見られませんが?」と、言った。
「ボギーはシャナン様のランチの御世話役ですよ。独りでできるもん。って、わたしだけ先にこうして楽してるってことです」
「そうなのですか。珍しいこともございますね」
……そーいえば、ボギーと別行動ってのは、最近なかったっけ。村で暮らしてた頃は、てんで会話もなければ没交渉だったのに。いまじゃ、居ないと珍しいと思われるとは、このセット扱いはいつの間に?
まぁ、それはそれとして、話しの接ぎ穂に「先輩は最近どうですか?」と、訊ねれば、
「いえ、最近は私も楽をしておりますよ。ウチの主様も、変わらず授業をサボる癖は続いてはおりますが、外出される機会が減って助かってます。外が寒いのもあるのでしょうが、家にこもっておられるようで」
「……サボって家にっすか」
「それでも勝手に出歩かれるよりかは、心配事が少なくてよろしいことです。主様はよく買い食いをされてまして、どのような食生活をしてるか、冬は毎日がハラハラなのです。バランスよく食べていただかねば、壊血病になってはたいへんですので」
ほうっ、とばかりにプリシス先輩は頬に手を当てて溜息をつかれた……アイゼン先輩、完全にプリシス先輩の紐じゃね? ……ま、まぁいいけど。
「しかし、春になられるとまた出歩かれる機会が増えるでしょう。また捜し歩く日々が戻ると思うと、少し憂鬱でございます」
「……アイゼン先輩もジッとしてられない性分なんですね」
「昔は家庭教師の指導に、マジメに受けておられたのですが……ウチのご当主様とのソリが合わなくなってからは、色々と荒れてしまいまして」
「ふーん」
賢者様とのいざこざでグレちゃったっと。名門の家系に産まれついた子が、グレるってよくある話と言えばそうよねぇ。
まぁ、そう気落ちなされないでください。と、私が励ましていたら「あぁ!」と、元気なアルマの声が飛び込んできた。
「こんな所で奇遇ですね! ごきげんようでございますです~」
「あ、アルマも来たの?」
「今日は姫様が絡まれることがありませんでしたから、護衛……いや、お世話は要らぬ、ということです。えへっ、これもフレイ様のおかげで、姫様もすっかり次期女王としての貫禄がついて参りましたですね~」
「……ははっ、わたしはべつになにもしてませんよ」
「そんなご謙遜ですよ~!」
……だから、姫様の性癖――あ、いや、性分が変わったのは、私のせいじゃないから。ほんとに。
私は気まずい雰囲気から、話しをガラッ、と変えて、お店を開くことについて話した。すると、初耳なプリシス先輩は、その三角巾をシュンと縮ませて「……私も行きたかったです」と、俯いた。
……ウッ、そんな残念そうな顔をされるとは、少しく罪悪感が。べつにのけ者にする気はなかったのよ。
「そうですか。開店の日には伺いますので、それまでのお楽しみといたします。しかし、フレイ様は色々と手広く活動をなされておりますね」
「そう?」
「勇者様の侍女に、陛下専属の料理人。その上にお店の経営と。どれかひとつでもタイヘンなのに、色々と気苦労が多いのでは?」
……よくぞ、言ってくださいました。そのプリシス先輩の、私を気遣ってくれる優しさが心に染みます。本来なら私はこんなに馬車馬の如く働かされなくとも、異世界転生主として、左団扇で暮らしていいご身分であるはず。
「付かぬ事を伺いますが、村おこし、とはなんでございましょうか?」
と、プリシス先輩は、こてっと小首を傾げた。あら、そういえば、私が村でやってきたこと、ふたりに話してなかったっけ。
――村おこし。
それは、うら寂れた寒村を再生させ、そこに暮らす人々が幸福でいられるよう努める、それはそれは崇高な活動なのだ!
と、私が村でやってきた偉業について、こき下ろされた邪竜イシュバーンの模型やら、失敗談はサクッとネグッて、必要以上に美化して自慢した。
すると、ふたりともえらく感心してくれたようで、ほへーっと、聞き入ってるご様子。
フッ、なんという素直さでしょう。この相手がシャナンやボギーだったら、疑わしいという眼を向けて、私の心がズタ袋をミンチにかけたようになってることだ。
あぁ、私も村に帰ったら、村おこしをしたいなぁ……
この遠い王都にあっても、アイデアは湯水のごとく沸いて来てるのにぃ!
……残念。
「ってちょっと、気になったんですが、王都って観光客の対策はどう高じておられるのですかね」
「……観光客、対策?」
アルマは怪訝に思ってか少しく目を細めた。あ、話題が飛び過ぎ? いや、愚痴ってたら、つい王都の観光客事情が気になってきちゃって。
王都も更なる発展のためにも、観光客を呼び込むのは必須でしょう。だから、その辺はお偉いさん方はどう認識してるか、興味がわいちゃってさ。
「……さぁ~、わたしは存じ上げませんでございますです」
「そっか」
アルマに聞いてもその辺はわからんよね。ごめんね、ヘンな質問して。
「それはよろしいですが……フレイ様、さっきから睨まれてますけど?」
うん、知ってる。後ろのテオドア一派の侍女たちっしょ。まぁ、アレもいつものことですから。害はないんで、放っておいていいわよ。あんな小物は、相手にするだけ損ってことで、にゃはははっ!




