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LV170

「さすがトーマス様ですわ。小さいですが隠れ家的な雰囲気があって趣きがありますね」

「でしょう? ……って、とくに外観は弄ってないんですけど。元々のお店がステキだから少しだけ掃除しただけなんですよ?」


 沢山の随行の騎士たちに護衛されながら、私たちが王家の馬車でお店へとやってきた。クリス様はひと目してお店のことが気に入られたようで、ほわぁ、と胸の前に手を組むと、ボギーと嬉し気に話してる。

 ……姫様は至って天真爛漫なご様子で結構なことだ。私なんてまた女王陛下が降臨されやしないか、と馬車に乗り込んでた時からガクブルだったよ。


「ねぇ、フレイ様?」

「な、なにか粗相を致しましたでしょうか姫様っ!?」

「いえ? それよりお店のオープンに先だって、セレモニーは企画されてるのかちょっと気になって」

「……せ、せれもにー?」


 な、なんでせうかそれは? と、声を盛大に裏返したが、クリス様はなんでもない事のように笑顔である。


「こういった新しくなにかを興すときは、近しい方々に呼びかけをして、この試みが上手く参りますように。と、皆さんの助力を仰ぐのですわ。そういった華やかなレセプションはワタシもよく母様の代理として、出席しておりますし必至ですわ」

「……そ、ソーなんですか……れせぷしょん、ねぇ?」


 ボギーたんに泳いだ目を向けたら、そちらの栗色の瞳のなかでも犬かきして泳いでいた。何事にも抜かりなきボギーたんも、セレモニーまでと考えてなかったか。

 いや、私もこの商売が大赤字だったら、ろくでな貴族の元に嫁入りするという危機だし、助力を仰げるなら、遠慮な~く仰ぎたい。

 しかし、セレモニーて具体的になにすんの? まさか笹のついた棒きれみたいなんで、お祓いってそれ地鎮祭か……なら紅白の紐をちょん切るとか、それとも酒の入った酒樽をトンカチで叩き割るとか?

 ……セレブな過ぎる催しなんて、てんで思い浮かばねぇっすよ。


「……ま、まぁ、セレモニーとか、レセプションとか、無しですかね。この店は我々だけの持ち物ではなくて、他にパン屋さんも同居しておりますから、あまり派手なことをしては迷惑がかかるでしょうから」

「そうなんですか? 残念ですわ。ワタシもふたりの店に貢献できるか、と思いましたのに」


 ……あ~、姫様が伝手を用いて、私たちの後押しをしてくれようとしてたのか。せっかくのご厚意を、断って悪かったかしらん。やはり姫様は優しいお方よ……若干怖いけどね。

 まぁ、それよか、こちらの看板を見てってくださいませ。こちらニコラ画伯の渾身の一作でして――って、ぬぁああっ!? 看板に落書きされてるっ!? よりにもよってカステラの上に「店潰れろ」とか、書きやがって! そんなにも、私を嫁入りさせたいかっ!

 私は激怒してそこの文字をゴシゴシと擦ったら、幸いにも泥であったのかすぐ取れた。……クッ、どこの悪ガキの仕業か、と怒りを湛えていたら、チッ、と舌打ちが聞こえた。

 振り向けば、ロティ少年だ。あら、ごきげんよう――て、しおらしく挨拶する私じゃないわよコンニャロ! これやったの貴方でしょっ!? 誤魔化そうったって、ハッキリわかんだかんね!


「はぁ? 知らないよ。そんな看板を弄くるほど、オレは暇じゃない」

「……ンですってぇ!?」

「フレイ……証拠もないのにヘンな言いがかりつけない!」

「だってぇ!」


 ボギーたん!

 二コラがせっかくこぉんな力作を描いてくれたのに、汚されたらムカつくでしょ!?

 と、私はがるるっ、と野犬のように吠えていたら、ムスッとした顔のロティにクリス様が「ごきげんよう」と、和やかな調子で声を掛けてた。


「突然、お邪魔をして失礼いたします。貴方はここのパン屋さんの子ですか?」

「……そうだよ」

「こらっ! 口の利き方に気を付け――」

「いいのですよ、フレイ様」


 と、クリス様はやんわりと首を横に振られると、ロティ少年に顔を寄せて「貴方はフレイ様たちが、出店するのに快く思ってはいないようですが、なぜ反対なのですか?」と、訊ねた。

 ロティはその丁寧な応対に口ごもるようなそぶりをしてたが、やがて唇を尖らしながら「べつに……オレは、もう口を挟む気はないよ」と、言った。フンっ、それはそれは殊勝な心変わりですね。


「それは良かったわ。こうしてフレイ様のお店と一緒にやるのも何かのご縁です。皆さんで協力してあたれば――

「協力って、冗談じゃない!」


 と、ロティは急に姫様に向かって声を荒げた。


「アンタらが出店するのは決まったことだって、母さんが言ってた。だから、それはしょうがないや……けど、オレが協力? 冗談じゃないよ。貴族のお気楽な商売に付き合うなんざ、ごめんだね。さっさと、店を潰して出てけよな!」


 ……口の減らぬ。と、私は拳を振り上げかけたが、呆れ顔のボギーに手を抑えられた。すると姫様はにっこりとした笑みのまま、


「そんなご心配をされなくても大丈夫ですわ。フレイ様が作りになるお菓子は、だれもがびっくりする程に美味しいのですから」

「オレは心配なんてしてないっつの! ……ウチは年中無休でやってんのに、一週間の内にで二日だけの営業とか、お客さんを舐めた商売なんか上手くいくわけなくない? 商売はそんなにも甘くはないんだよ!」


 と、ロティは吐き捨てるように言うと、走り出してかけた。


「待って、まだ話は――」

「オレは忙しいんだよ! これから、パンがいらないかって御用聞きに行くんだから邪魔すんな!」と、逃げてった……チッ、アンニャロは、だれに向かって小生意気な口を聞いてるというか。その正体を知れたら、土下座じゃすまんぞ。


「……あの、姫様にはタイヘンな無礼な振る舞いをしていて」

「いえ、気にしてはいませんから。それにあの子はとてもマジメな良い子ですね」


 ロティの無礼な振る舞いを、ボギーが代わってフォローをしたら、姫様はやんわりとした笑顔で言った。あれが良い子て大いに疑問ですけどね。

 ともあれ、すっかり時間を喰ってしまったが、姫様を店内へと案内すると、店番していたターニアさんが「…………いらっしゃいませ」と、例によってどんよりとした暗い声がかかった。


「あ、こんにちわ。お友達をつれて来たのですが、少し上を使ってもよろしいですか?」

「……えぇ、営業中でお構いできませんで」


 と、ターニアさんに挨拶をして、我らは上へと上がった。

 あの雰囲気は、尚早パンにカビが生えそうな陰気さである。その様子にアルマも姫様も少しく引いておられた。ほんとは店内をゆっくり紹介したかったが、営業の邪魔って以上に、店の案内はできまい。

 しかし、姫様にはそもそもが、庶民の家が珍しいご様子で、あちこちに散らばってる洗濯物やら、だしっぱな本にも手を取りたそうにうずうずとしてらっしゃる。


「でも、いまから楽しみになって参りましたわ。フレイ様のお菓子が、手軽に食べれるんですものね。アルマ。早速、開店日には通わないと」

「ハイでございます!」


 と、アルマは姫様に力瘤を見せて、ぺろり、とした舌を出した。あんなに嫌がってたんだから、毒味役を他に譲ってもいいのよ?


「いいんですよぉ。一々王城に戻ってまで我慢なんて、それこそ身体に毒でございますのです」


 ……ちゃっかりしてるなぁ。


「で店の開店の日は、すでに決まってるのですか?」

「あ、ハイ……原材料のチェックも終わったし、後、二週間後には」


 うん、後は宣伝とか、こまごまとした仕事があるくらいだね。

 新鮮な牛乳や卵だのって、代物は幸いにも材料を売ってくれてる業者さんはラザイエフ家に卸してくれてる店が、毎週末にこの店に搬入してくれることになっている。お値段も品質も確認済みだ。

 私は問題ナッシングと請け負ったのだが、ボギーはあまり浮かれた調子とは真逆で、むしろターニアさんのような雰囲気である。なにか、心配事でもあるの?


「……うん、根本的な問題というか、つまり売り上げが、ねぇ」

「ちょっと、聞き捨てなりませんね。ボギーの言い分だと、わたしの腕前に不安があると申したいの?」

「そうじゃないわよ。ロティ君にも痛いとこ突かれたけど、あたしたちは学院があるから、週末の休みを営業日に当てるしかないじゃない? つまり一か月につき8日しか店を開けれないわけ。けど、トーマス様へのテナント料金を月に3000Fol支払う必要があるの」

「えぇ? ……トーマスさん取り過ぎじゃない? ウチのカステラが三つも買えるのに」

「王都はそれだけ物価が高いからね~。このテナント料は店を運営するのに必須よ。お友達価格とか、無理だから……払えないとなったら、フレイは即お嫁さん入り決定しちゃったりして?」

「即ってことないでしょ……少しぐらいは猶予して貰えますよ。たぶん」


 ……サラッと、世にも怖ろしい発言をかましてくれますね。ただでさえ冬の寒~い日に、そんな恐怖譚は聞きたくないんですが。

 ボギーは鳥肌を立てた私を無視して、鞄からノートを取り出すと皆に見えるように、と広げてくれた。


「カステラを例にすると、これはひと切れ70Folで売り出す予定なの。でもカステラの原価は、おおよそ一個にして65Fol程かかる。フレイが一日に作れる個数は最大180個ぐらいだから、すべてが売れたとしても一日の売上は12600Fol。原材料費を引いたら900Folしか残らないワケ」

「……ふむふむ。て、え? ボロ儲けじゃないっすか~」


 単純計算したら、営業日の8日×900Folで、7200Folでしょ?

 あはは、これならテナント料を支払っても、二倍以上のお釣りがくるんじゃ楽勝楽勝!って、のほほんと、笑っているのは私だけでした……なんでよ、要するに毎日完売すればいいってだけでしょ?


「……いや、そうなればいいけどさ~」と、ボギーたんは、腰から力が抜けたように隣のアルマにもたれかかった。

 なによ、自信過剰だって言いたいワケぇ? でも、店を開くっていうんなら、毎日自分の店がお客さんでいっぱいだー! って、空威張りにでも想像してなきゃ、やってらんないわよ。

 採算が取れればギリギリラインで、オッケーって考えてたら、そこの底が目標になっちゃうじゃない。


「……うっ、フレイのその、強心臓なのか、能天気なのかどっちにしても羨ましいわ」

「フッ、少しはソンケーする気になりました?」

「ぜんっぜん」


 と、ボギーが断固たる口振りで言ったら、アルマも姫様も含み笑うどころか声を挙げて笑われた。……いや、少しぐらいはソンケーしたってよね。


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