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LV169

 がさつな男たちから保護した姫様のため、とりあえず図書室へ向けて早歩きで向かう。私の形相か、それとも姫様のご威光のおかげか、前を歩いてた貴族生徒も皆々、ぎょっとした顔で横に避けていく。実にスムーズでよろしい。

 私たちにはゆっくりしてる暇はないからね。如何に私が姫様と親しくと、かの三侯爵家におかれては、私なんて鼻息ひとつで吹っ飛ぶ身分ですからねぇ。我を取り戻した連中が追いかけて来られて、またひと悶着あっても今度は逃げ切る自信はないもの。

 と、図書室へと到着して、連中が後をついて来てないのを確認すると、私たちはようやくホッと溜息をつくと、姫様はこちらに向けてお辞儀をされた。


「……フレイ様。抜け出していただいて、ありがとうございました」

「いえ、差し出がましいマネをしただけございます」

「そんなことないです。本当に困っておりましたから。フレイ様にはホントに迷惑をおかけしてばっかりで……」


 そんな縮こまらないでくださいよぉ。親友のピンチを救うのは当然のこと。

 連中の恋路を遮った上、や~いや~い、とバカにしてますから、相当ウザがられているでしょうが、そんなこと無問題。

 あの近くにいた女子たちも、男子の剣幕に怖がってたんだものね。真の紳士として彼ら諌めるぐらい、お安い御用です。


「しかし、今回の喧嘩はやけに大騒動になりましたね。取り巻きの貴族たちまで衝突して、なんだか殺気だってましたよ」

「……最近は、ルクレール様のお機嫌があまりよろしくないようで。それに煽られたのでしょうね」

「卒業が近づいてるから?」


 ……ハイ、と、姫様が縮こまってそう頷いた。

 前はジョシュアが、ヘンリー君をおちょくる立ち位置だったのに、さっきは立場が逆転して、相当カリカリきてたよね。

 恋敵のヘンリー君は二回生だから、後一年の猶予があるにしても、片やジョシュアは後数か月で学院を卒業する身。

 いまでも姫様の恩情に縋りついてるだけの薄~い縁なのに、学院に居られなければ、王配レースから脱落は必至だ。それで、足元に火がついて姫様にもしつっこく絡むなんて、つくづく迷惑な。

 ……しかし、あんな肩肘張っての喧嘩までして、王配になんてなりたいものかしらね。

 ジョシュアも、あの勢いで「私は留年する!」とか無茶言い出してもふしぎはないなぁ。……来年、二回生組でヘンリー君と同じ教室に座ってたら、その図は面白そうだけどね。うぷぷっ。

 と、私はそんな風に含み笑ったが、姫様の表情は物憂げだ……やっぱ、私のように笑い話としては、扱えない一件だったのかしらん。

 元々の原因は、見境もなく喧嘩をしたのはあのお二方なのだから、気にせずともよろしいでしょうに。


「いえ、ですが、その原因はワタシにもあるのですから……周りの方々に害が及ばぬよう、ふたりを仲裁するべきだったのに……なにもできずに、その嫌な役をフレイ様に押し付けてしまって」


 と、クリス様は悄然と項垂れて、顔を覆ってしまった。

 ……ちょ! こんなに姫様の嘆きが深いなんて……でも確かに、あの殺気だった取り巻きたちの剣幕だと、だれかが抑えなければ、掴み合いの大喧嘩に発展しそうだったものね。

 けど、姫様がそんなにも責任を感じられる必要はないですよ。取り巻きたちを収めるべきは、家を笠にきて威張ってるジョシュアやヘンリー君だもの。


「い、いや、クリス様……お顔を上げてください。わたしのことなんて、気にしないでよろしいですから! うん! わたしがああいう風に収められたのは粗忽者だからでしてね、ですからその~……姫様にはわたしにない他の長所がおありなのです。だから、気に病まれる必要なんてないです!」


 私は慌てて、そう励ましたら「……慰めてくださって、すみません」と、姫様は少しく首を横に振られた。


「ですが、優しいことはワタシの立場では長所にはなりません。甘いだけの女王では国の規律が緩み、やがて人心が離れて国が乱れる元だ。と……母様から忠告をされて」

「……女王陛下は、実の娘にもあんな厳しいお方ですのね」

「母は、だれに対しても公平であらん、としてる人。だから、ワタシにも次期女王としての立ち居振る舞いには、徹底して厳しいのです……ワタシのその振舞い如何で、多くの者の幸福が左右されるのですから。ワタシも、強くあろうと、思うのですが、周りの方々に囲まれ、その視線を意識すると、緊張で喉がキュッと閉じてしまって……」


 ……女王という立場において、優しさだけでは治められないこともあるけど、でも姫様の長所じゃないの。それが欠点て、冷たく指摘する女王陛下も、ほんとに手厳しいなぁ。でも、ああいう場面でも、女王陛下であったら、軽く皮肉を言って納めて……ぬっ?

 ――そ、それだっ!


「クリス様は毅然とした態度を取りたいのでしょう。でしたら、女王陛下のマネをされては如何ですか」

「……お母様の、マネ?」

「左様です!」


 私がこぶしを握って力説したら、クリス様はかわいらしく眉間にシワを寄せた。


「陛下の威厳溢れる態度は、万人が認めることでしょう。ならば、姫様も陛下の振る舞いに学べばおのずと、毅然とした君主になれるはず!」

「ほんとですか?」

「物は試しですよ。わたしになにか命じる形で、陛下のモノマネをどうぞ」


 私がほらほら、とせっつくようにしたら、クリス様は少し迷ったように目を彷徨わせた。……ダメか。いきなりマネをしろっていっても、やっぱ、こう取っ掛かりがないと難しいですよね――と、私がフォローをしようとしたら、姫様の陛下譲りの青い瞳がスゥ、と、すぼまっていた。え、あ……なんか雰囲気が突然、キリッとしてな――


「――フレイ・シーフォよ」

「は、ハイ!?」

「この度はワタシの不手際によって、要らぬ迷惑をかけたな。ワタシとも相すまぬと思う次第だ」

「え、あ……そ、そのようなことは、」

「いや、お主が仲裁をしなんでは、学院の生徒たちにもいらぬ混乱を招くことになったであろう。大儀であった。篤い忠義と献身にクリスティーナ・クラウディア・フォン・エアルの名において、必ずや報いるとやくそくをしよう」

「も、勿体なきお言葉です陛下……!」


 へ、へへぇー!? と、光速のスピードで、威信に満ちた姫様に片膝をついた。

 ……や、ヤベェ。ひ、膝がガクブルする程のこの威厳、こ、このプレッシャー、さすがは親子というか、陛下と瓜二つじゃん!?

 ちょ、なんなの、この変わりよう!? 凛々しいを通り越して、神がかったなにかが、降臨されてる!? 


「……なにやってんの?」

「ぼ、ボギーたんいつの間にっ!? てか、畏れ多いでしょ、陛下の御前ですよ!?」

「へいか? いや、クリス様でしょ?」


 え? い、いやいや、よーく見てよ、その表情を!? そのお方は姫様のお顔をしてますが、まったく別人っつーか、そのにゅるりと細めた瞳に見つめられるだけで、ゾゾッて冷汗が。


「片膝なんかついちゃってなにやってんのよ。騎士様ごっこって歳じゃなくない?」

「そーいうことじゃなくってぇ!」

「あ、立ち話もなんですが、実は姫様に用事があったのです。少しお耳を~」


 そんな馴れ馴れしいマネをしたらギロチンがっ!?

 は、はわわっ……。

 なんて、私が口を抑えていたら、姫様は「なんだ、そんなことですか」と、クスッ、と微笑んだ……て、アレ? いつの間にか、元に戻られておる。

 ま、まさか、私を手のひらでころころ転がすボギー様が、その手並みでもって猛獣を抑えたの!?


「はぁ? 猛獣とか、なに言ってんのよ。姫様にはお店のこと許可をしていただいたの」

「……え、そう、なんすか」

「フフッ、おかしなフレイ様」

「ほんとですね~」


 ……ぬぅ、皆して和気藹々たる雰囲気をして、さっきまでのクリス様がまるで幻かのようだわ。私の気のせいだってこと? いや、でも……と、私が姫様を訝しく眺めていたら、

「それでは、参りましょうか」と、こちらの腕を引いた。え、参るって、何処へ?


「フレイ様たちのお店ですよ。ほら、お母様にも許可を求めるのに、その店が王家の専属料理人が務める店として、観察しておかないといけませんので」

「え、これから、っすか?」

「なにか不都合がおありですか?」


 ヒィッ!? いえ、なにも、問題ないですから、ハイ!

 私がびくびくと頷いたら、姫様はゆるりと微笑んだ……や、やはり、気のせいではない。その威圧感は本物だ。陛下を完コピしてるよ!

 ……マジかよ。と、私は陛下の陰に怯えていたら、姫様はふんわりとした笑顔をして、私に近寄ってくるなり、

「フレイ様のおかげで、毅然とするコツが掴めたような気がします」耳元でボソッ、と、そう仰られた。

 …………。

 なにか姫様に妙な性癖――あ、いや、妙な自信を付けさせてしまった気がしないでもないような…………私、しーらない。





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