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LV17

 ――菓子のレシピを無料で提供する。

 俺のその言葉にトーマスさんは一瞬、面食らった顔で言葉を詰まらせた。が、しばらくして「あ~」と、苦笑混じりにこめかみを掻いた。


「な~にフレイちゃん。もしかして俺と商談しようって言うの? そりゃあれだけの菓子を提供されたんだから、多少の色をつけることもやぶさかじゃないけど。でも、先に金額を提示しておいて、後で変えるってのはちょっとルール違反なんじゃない?」

「いいえ、商談なんてする気はありません。言葉通りにタダでお譲りいたします」

「な」

「なにを言ってるんだオマエはッ!?」


 予期しないところからの、突然の大声に驚いた。

 飛びあがって叫んだのはシャナンだった。


「折角のチャンスを逃すなんてなにを考えてるんだ! 僕に言った言葉はあれは――」

「シャナン」


 クライスさんは、落ち着くようになだめると、シャナンはハッ、として椅子に座った。それには穏やかな目つきを送っていたが、クライスさんは「しかし、私も疑問だな」と、俺の方へ話の矛先を向けてきた。


「フレイ。オマエがウソつきであるとは思わぬが、この集まりはトーマスにレシピを売るための食事会だと聞いていたが、それに相違はないな?」

「ええ、違いません」

「ではなぜいまになってレシピを惜しむ?」


 ここでのウソはもう許さん、とばかりの迫力ある顔をした。……ちょ、怖いんだけど、これだけ騒がせといて、だんまりなんてしないから。


「わたしも、トーマス様にお声をおかけしたときは、素直に家族のために金を稼ぐのだ。と思っていました。けど段々とそれでいいのか疑問に思ったんです。だって、こんな簡単に譲り渡すだなんて、悔しくないですか?」

「悔しい?」

「そう。こんななにもない村に生まれたカステラが、貴族の皆さまを驚かせることができたんですよ。それをみすみす大商会に渡すって、めちゃくちゃつまんなくないですか?

カステラを売ってしまえば、村でそれを記憶してくれる人もいない、食べてくれる機会だって無いまま。しかも、唯一のメリットなんてわたしたちがいくばくかの金貨を得るだけ。そんな物に替えたって村にはなにも生まれない。

 ならば、いっそカステラをわたしたちの手で提供していったら? あの勇者以外に誇れるものがな~んにもない村に、カステラっていう単語が加わるって、想像したら? それって胸がワクワクするほど楽しくないですか?」


 究極の手前みそだってわかってるけど、俺の本音はそうなんだ。

 勇者以外にな~んにもない村だけど、カステラがある。

 それが俺以外の村人が、ただひとりでも思ってくれるんだったら、楽しくないワケがないじゃん。


「皆さんに、お付き合いしていただきましたことに感謝の言葉しかありません。それが、わたしの我が儘でおやくそくを果たせないのも申し訳ない……でも、トーマス様にレシピをお金で譲ることはできかねます。でも、レシピは開陳致します――しかし、お金はいただけません」


 申しわけないと、頭を深々と下げた。

 それにトーマスさんは苦笑したふうに頭を掻いて「参ったね~」と、うめいていたけど、俺が面を上げたら快く頷いてくれた。


「惜しんだのは金ではなく村の名、ってことか。そこまで言われちゃ、無理やりに奪ってくわけにもいかねーよな」

「……はすみません」

「べっつに。フレイちゃんが謝る程のことじゃないって……にしても、な~んもない村だってよ? 子爵殿の前で言う勇気はマジに凄いよなー」

「いいっ!?」


 そ、そっちに話を持ってきますかッ!? と、冷や汗を垂らしてクライスさんの顔色を伺ったが「それは事実だからな」と、ニヤリとしてた。

 ホッ、さすがは勇者! 心が広いっ!


「だが、なにもない村にも面白いものはあるだろ?」

「確かにね。ンでもレシピはタダでくれるっていうけど、イイの? うちの商家で生産できるようになったら、それこそ村の名前なんて、埋もれる結果になるかもしれないよ」

「大丈夫ですよ。そこは味で負けなければ」


「ネッ?」と呆気にとられたままの親父の手を掴んだ。


 …………。

 っておい、鈍いな。


「父さん! ここで宿の話ですよ、や・ど・の!」

「あ、そうか。ええ、実はそうなんです! うちはその、金貸しを廃業致しましてですね、その、宿屋を開こうかと」

「宿?」

「ははぁん。もしかして、そこの宿でカステラを提供するワケ、ね。へー、なかなかいい計画なんじゃない」


 クックック、そう思うだろうトーマスくん。いやぁ、我ながらいいとこついてるよね!

 ここはな~んもない村だけど、訪ねてくる旅人の数は以外に多い。それは何故か? って、邪竜を倒した名高い勇者を訪れにくるのだ。

 けれども、この村にはそのお客を満足させる観光施設どころか、宿屋の一軒もない。

 その理由を推察するに、それは村がまだ貧しかったころに起因するのだと思う。

 開拓時代には商人が、ほとんどが荒地の土地に行商に赴くのは相当なリスクだ。しかも、村民が慢性的な飢えに苦しんでもいる。そこで不測の事態が起きれば、村の発展には一層の遅れが出てしまう。

 そこで、歴代の村を治めてた領主は、訪れた客人をこの館で安全に寝泊まりさせるという不文律が今日まで生きていたのだ。


 ほんっっっとに商売がわかってない!

 もう時代は変わってんだよ。昔ならいざしらず、いまは定期的に魔物狩りや盗賊狩りが行われて、街道を往来するぐらいなら安全なのだ。それを一夜の宿から食事まで、客に金を使わせるどころか、逆に払ってるなんて! 折角の勇者ブランドをどぶに捨ててるようなもんだわ。

 商売のわからぬ領主様から、ウチへとお客を引っ張り、かつ銘菓としてかのカステラを売りにだせば商売の勝機は十二分にあるはず!


 ……それに、まだ最後の仕込みは、残ってるしな。

 俺はひとりでにほくそ笑むと、すっかりくつろいだように伸びをしてるトーマスさんにササッと擦り寄った。


「あの、トーマス様に重ねてご願いを申し上げるのは心苦しいのですが、トーマス様が村からお帰りになられました時には、是非ともウチの宿のことやカステラのことを宣伝していただけると助かるんですが……」

「……は? なに宣伝って」

「いえいえ大したお手間じゃないですよ~。トーマス様もカステラが美味しい、と絶賛されてましたから、その土産話として各所でご披露いただくだけです」

「な、なんで俺がそんな面倒な仕事――」

「英雄様とあろうお方が菓子をタダ喰い、なんてことしませんよねぇ?」

「…………」

「子供に菓子を奢ってもらったくせに、その娘の些細なお願いすら無下にするなんて。まっさか、英雄様がそんな冷たい仕打ちに走ることはないですよね~」


 ね? とキャワイク迫っても、額を手で覆ったまま答えがない。答えるまで離さんぞ。と、無言のうちに迫ると、

「わぁったよ! わかりましたから! それぐらいの宣伝なら喜んで致しますよ!?」と、了解していただけた。

 いやぁ、ホントに? なんか強要してしまったようで。ふっふっふ、これからも誠意あるお付き合いをしていきましょう……と、そうだ。


「じゃあ、これ約束のレシピです」


 機嫌を治してもらうべくトーマスさんにレシピを渡そうとしたら「いらねーっつの」って半眼でそっぽを向かれた。


「俺がそんなん持ってたって使い道ねーって。いいよ、大事に取っときな」

「いや、やくそくですから」と、差し出した格好のまま渋っていたら、横から入ってきたクライスさんに「妙なところで遠慮をするな。トーマスがそういうのだから構わずにおいてやれ」と、肩を叩くついでにボソッと、


「……あやつの機嫌が悪いのはオマエに担がれたのが気に入らんだけだよ。明日になればケロっとした顔でいつも通りさ」

「聞こえてるぞ子爵」


 その憎まれ口に肩をすくめると「なかなか面白い趣向だったぞ。あやつの面食らった顔を見るなんて久しいからな。はははっ、またこんな機会があったら私も混ぜてくれ」と、忍び笑いに、俺も快く頷いた。ハ~、なんて晴れがましい一日でしょう!

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