LV168
「準備、いいですか?」
「……うん、バッチリ。フレイもどう?」
「いつでもオッケーですよ……って、全部ボギーにやってもらっただけですがね」
今日はいよいよ学期初めだ。ボギーも朝から気合い十分で、久々の制服姿を姿見の前につぶさに前髪を確認してる。
私もいつもは、ポニーテールで一本に後ろに流すだけだが、今日はハーフクラウン風に髪を編み込んだサイドアップだ。これは、一見しても、普段より頭がよさそーに見える。というか、私の頭は良いのだけどな!
私たちは寮を飛び出たら、ヒューイやシャナンたちも迎えに来ていた。冬休み中に途切れてたこの習慣も、根強く続くようだ。
朝の挨拶をしてたら、ヒューイが目を瞠って「その髪型良いね」と、さり気に褒めてくれる。ぬふふっ、でしょ。
と、人の手柄を片手に、意気揚々と登校路を進むのだが、ボギーはさっきからチラッ、チラッと後ろを振り仰いでいる。なぁに忘れ物かしらん。ボギーたんってば、あわてんぼうさんね。と、笑っていたら、
「……ねぇ、なんで寮生さんたちが後ろからついて来てるの?」と、袖を掴んでこられたのはスルーできんかった。
…………。
確かに、後ろに寮生さんらが群れをなして、仲間になりたそうな顔をしてる。
って、違う違う!
いやぁ、普通に歩いてる、ってだけじゃございませんの?
「そう? こっちの様子を窺ってる感じがするけど」
「……ボギー、それは単なる勘違いです。寮生さんたちがわたしたちの後ろを歩いていても、学院に登校されるのですから、それはむしろ普通なことじゃありませんか。そんな日常的風景になにがしかの意味を求めるのは、単なる深読みです」
「でも彼女たちぼくらに用事があるんじゃないのかな?」
と、朗らかに言ったヒューイに、皆して背後を振り仰いだら、寮生さんらがキャッ、と嬌声を挙げていた。それに「ほらね」と、言わんばかりにヒューイが肩をすくめてる。
……キミたちは揃いも揃って、スルーすることを知らぬのか。
いやさ、背後で盛り上がる彼女たちは、昨夜からずっと手がつけらんないのよね。
なんか寮生さんたちの間では、私に対する大いなる誤解が広がっていて、すでに「悲劇のヒロイン」に、祭り上げられちゃってるのだ。
彼女たちのなかでは、私が勇者の恋人の座をめぐり、姫様やテオドアと激しく争ってる――と思い込んでるのだ。
それも新年会にて勇者夫妻の公認で、せっかく婚約発表にこぎつけたのにそれを陛下に一方的に破棄された「可哀想なフレイ様と、ボギー様!」と、えらく同情されてしまって。
「我ら寮生としても、おふたりには勇者様と添い遂げていただくように、陰ながら応援していきます!」と、妙な決意表明までされるとか、マジ意味不だわ。
私はやんわりと断る所か、必死に私にはそういう気はないんです! と、口を酸っぱく申し上げたのだが
「わかってます、わかってます! フレイ様にもお立場がありますものね!」
と、ほとばしる妄想に翼と牙を付けて、高々と空に舞い上がってしまって、私にはそれを諌める手段はありませんでしたわ……。
……てか、あながち、寮生さんが悪い、とは糾弾できんのよね。妄想を補強するが如く、寮の外に出でれば、シャナンやヒューイたちが迎えに来てくれてるワケだし。
ったく、なにが原因でこんな習慣が始まってしまったんだか……。
「居心地が悪くても、我慢してくださいよ。わたしのせいじゃないっすからね!」
私が憮然と念を押したら、ヒューイもシャナンも首をかしげていた。
そんなむず痒いような、居心地の悪い登校を終えると、校庭に並んで学長のつまんない訓示や祝辞を受けた。
やれやれ、と、教室に戻ると、これまた久々のテオドア一派が、手ぐすねを引いて待ってる……と、臨戦態勢を整えてたのに、テオドアはシャナンの横をすり抜けていった。
え、どういう風の吹き回し、と、シャナン共々、怪訝に眉をひそめたが、テオドアは席に着席したまま、こちらを見向きもしない。
……ぬぅ。てっきり絡んでくると思ったのになぁ。でも、そいや前のパーティでも両親に前に押し出されてはいたが、能面のように無口に無表情をしてたが……あまりのなしのつぶてに、心が折れたか? それで諦めてくれたんなら、ラッキーなんだけど。
モーティス教諭のだみ声授業も午前の内に終了して、学期初めはとくに波乱もなく終わった……こんな初日から、つつがなく終われるとは、なんかブキミだ。
いつもならテオドアは「ごきげんよう」と、シャナンには声をかけていくのにツカツカと足早に帰っていった。
「……どーいう風の吹き回しなのかしらね。あんな静かだなんて、逆に怖いんだけど」
「あんまりにもシャナン様が釣れないから心が折れたんじゃないの?」
「……なんだよその非難するような響きは」
「いやいや、悪いとは言ってないですよぉ」
ムッ、とした表情をしたシャナンに、私はシラーンとあらぬ方に視線を逸らした。
「彼女から望まれても、僕には答えるつもりはないんだ。その自分の正直な気持ちに従ってなにが悪い」
「わかってますよ」
ま、確かにヘラヘラと鼻の下を長ーくしてたら別だが、テオドアに誤解されぬように、ちゃんと一線を踏まえてお付き合いしてたもの。
女子に迫られたら、普通はトーマスさんのように、デレッとするものだろうけどなぁ。私がちょこんと、頭を下げたら、シャナンも矛を収めてか「わかればいいけど」と、ムッツリと言った。
ともあれ、私たちは不機嫌なシャナンと別れて、姫様の元へと会いに向かった。
実はクリス様へ用事があるのだが、それは他でもなく店についてのこと。
一応、私は女王陛下の専属料理人という地位にあるのだから、まさか陛下に内緒のまま、店を開くのはマズイだろう。ということで、その点について姫様を介して報告するのだ。
「女王陛下に会うのは手間だし、万が一にも断れたらマズイからね~。クリス様を間に置けば、普通にオッケーが貰えるでしょ?」
と、ボギーは自分のアイデアのように指を立てていたが、実のとこトーマスさんの入れ知恵である。あの人ってば、こういうとこには、抜かりのないお方だからねー。
端っこ姫様のクラスへと向かえば、廊下の前で、ガヤガヤと、騒がしい……なんの騒ぎよ? と、私たちは怪訝に思いつつ、前を行けばそこには困惑顔をしたクリス様を挟んで、ド派手な改造制服のジョシュア・ルクレールと、神経質にモノクルを弄ってるヘンリック・ハミルトンが、いがみ合っていた。
あらら、こっちは恒例行事の口喧嘩っすか。相変わらず下級生を前にみっともないことをしてる。
「テオドアがあんなしおらしくていまいち調子が狂いましたけど、こっちは相変わらずですね。な~んかホッとしましたわ」
「姫様が困ってらっしゃるのにそんなとこで安心しないでよ……」
ちょっと不謹慎でしたか?
……しかし、今日はやたらに人数が多い上に、相当に険悪な雰囲気だな。ルクレールの取り巻き貴族と、ハミルトンの取り巻き一味が勢揃いして……なんか、男子同士で掴み合いになりそうだが……。
「……ってか、喧嘩の原因ってなんなんすか?」
「えっと、その原因と申しますのは、ヘンリー様が、クリス様との春のお花見会においでください、とお誘いされたのに、ジョシュア様がまた例によって癇に障るよーな、発言で茶化してまいりまして~」
「春のお花見会とか、まだ先じゃないっすか。やっぱくだんない……って、をい。なんでわたし関係ないです~。的な顔して、アルマが来てんですか!」
「え? 避難です」
きょとんとした顔で言うなし! てか、さり気に姫様を見捨ててこっちにくるなよ。
「いや、ちゃ~んとアルマも考えてマスです。ハイ……それで、勇者様は何処に?」
「……えぇ?」
……まさかこの喧嘩の仲裁をシャナンにやらせようってつもり? なんて他人任せな。前にレオナールとのいざこざの時はやったけど、こんな大物貴族たちの喧嘩に口を挟むと色々と角が立つのよ? その迷惑を考え――て、まさか。ここでシャナンに仲裁をいれて、姫様のポイント稼げよ。って狙い?
……アルマめ。どさくさに紛れて、恋のキューピットめいた策略を図るとは、ドジッ娘のフリしてなかなか、侮れぬな。
「困りましたねぇ。勇者様の他にこの喧嘩を収める方なんておりませんです~」
「です~。じゃなくて、それを諌めるのが侍女の仕事でしょが」
「無理ですよ~。わたし如きが間に入っても――シッ、で終わっちゃいますですよ!」
私がアルマに白い目を向けたら、握った手をブンブカと上下させたが、男子たちの怒声が響いてきたら、今度は「はわっ」と、慌てたと思うと、一変して縋るような目をこっちに向けてきた……だから、他人任せは止めれっての。
「……ルクレールの犬どもが、目障りだ! 我々がクリス様をお招きするのにオマエたちの許可なんぞ不要だろうが!」
「ハミルトンのつまらん庭なんぞ散策する価値などないんだよ。そんな所により、我らと一緒にルクレール様の庭を散策された方が、姫様に有意義だ」
「猫の額よりも小さな庭に、散策もなにもあるまいが! 貴様らの誘いに見向きもされないからって、邪魔をするなよな!」
「ンだと!?」
……はぁ、ったく、しょーがないなぁ。これ、貸し一個な。
「ハイハイ、静粛に静粛に」と、私は雑魚の取り巻きたちの横を通り抜けて、ジョシュアとヘンリー君の元へとやってきた。
すると、やってきたこちらに赤毛を振り乱して青筋を立ててたジョシュアも「……あぁ、子猫ちゃんじゃないか。久しぶりだね」と、笑顔を取り繕った。
……その呼称はヤメレっちゅうに。と、仲裁したのを後悔しかけたが、クリス様がホッと、安堵したように頷いていたのに、私はゆったりと微笑んで声をお掛けした。
「ごきげんよう姫様。新年会では、ろくに挨拶も交わせずで失礼致しましたわ。ですが、こうして新学期の始まりに、お元気そうな姿を拝見できて、とても嬉しく思います」
「え、えぇ、ワタシも同じ気持ちです」
「……それでこの騒ぎはなんなのでしょう? 学院中に、男子たちの大声が響いてきて、とても驚いたのですが」
ちらっ、と周り中を咎めるように、一瞥を向けたら、取り巻き立ちも少しく冷静になってか、罰の悪そうな顔をした。
ジョシュアは、乱れた前髪をさらっとかき上げると「……ハハッ」と、意味なく笑ったが、ヘンリー君は片膝をその場について深々と頭を下げた。
「姫様の前でみっともない振舞いを致しまして……こちらの彼とその友人たちが、我が家のことであらぬ暴言を吐いてきたので、ついカッと……」
「……よく言うよ。ヘンリー君が姫様の予定も無視して、強引な誘いを諌めていただけじゃないか。いや、姫様にはびっくりさせてしまったことは、私も不覚でありましたが」
「ふん、先輩は春に卒業されるでしょう。色々と忙しい身の上で、お花見をする余裕などありますまい?」
と、せせら笑ったヘンリー君に、ジョシュアは忌々しそうに歯噛みした。
あっ、ジョシュアが三回生で、ヘンリー君は二回生なんか。それで姫様との接点がなくなりつつある、ジョシュアが焦って、噛みついてきた。と。
ヘンリー君はかしづいた格好のまま「ぜひ、姫様には、当家の庭園にてお花見を――」と、性懲りもなくお誘いをしてる。空気読めないのかよ。
「ちっ、なにを勝手なことばかり! ハミルトン家の勝手な催しに、姫様を巻き込むのは止めたまえよ!」
「だから、どうしてルクレールの許可など必要なんだっ!?」
……だーッ、もううっさいッ! オマエら勝手に喧嘩してろ。こんなの付き合ってたら、時間の無駄ッ!
「姫様、参りましょうか。彼らには彼らのお付き合いがあるようですからね」
「……え、は、ハイ」
「ちょ、子猫ちゃんたち、」
「話しはまだ――」
と、慌てたふたりがにじり寄ってきたのを「お黙りください」と、三白眼をして睨んだらぐっと詰まった。よろしい。
「双方の言い分はよ~くわかりました。しかし、姫様にも当然のごとく予定がございます。都合を無視して一方的にやくそくを押し付けられても、相手に迷惑です。お二方の誘いの返事には、後で書面にて伝達されますでしょ。ね、アルマ?」
「あ、は、ハイです」
よろしい。
「それから、如何に”男同士が野蛮な付き合い”を好んでいても、もう少しお行儀よくされた方がよろしいですわね。姫様を混ぜるのは如何かと存じますから」
それではよしなに? と、私は姫様の手を引くと、サッサと阿呆たちを置いて校舎を出て行った。




