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LV166

 トーマスさんとボギーは喧々諤々と議論を進めていたが、すっかり置いてけぼりの私は蚊帳の外。

 その議論は、内装のデザインから、売り出す菓子の値段に続き、月々の諸経費から、パッケージデザインに、店の制服と、多岐にわたっていて、およそ私が口出しするにはお呼びでないどころか、力不足な感じがプンプンだ。

 村おこしの時には、ボギーはだんまりだったのに、むしろこのお店に関しては並々ならぬ熱意を感じる。


 私にもやることないかしらん、と、厨房をお借りして試作のミルフィーユを作った。

 それはオーソドックスなミルフィーユ・ロンで、幾重にも重ねたフィユタージュの層に、ホイップクリームを混ぜこみ、粉雪のように白く粉砂糖で彩った逸品。

 フィユタージュのパリパリッ、と枯葉を踏みしめたような乾いた食感に、ホイップの程よい水気と甘味が染みて、軽やかな味わいと豪奢な神殿のような美しい見た目を味わえる――のだが、美しいままに食するのは少し難しくて、シャナンも「美味しいけど……崩れるな」と、フォークを片手に、パラパラと崩れるフィユタージュの層を恨めしく睨んでた。

「次こそは崩さずに食べてみせる」と、雪辱を誓っていたが、いや、次は買ってどうぞ。



 そんな風に優雅にミルフィーユを食してるのを「ずるい!」と嘆いていたボギーたちも議論に決着がついたらしい。

 やはり店で売り出すお菓子は、ホールサイズではなくすべてピース売り。そして気になるお値段は、なんと! ひとつの菓子につき、おおよそ銅貨にして8枚!

 ――って、これはかなりの強気の値段設定よ。

 王都で売られてる庶民の甘味物ドライギザールは、およそ値段が半分以下だ。

 ……いやいや、これ大丈夫かしらね。私も腕に自信がありますけど、ドライギザールをようは二個も買えちゃう計算よ。

 つまり、一度で二度も美味しいってレベルの満足感をお客様に得て貰わなねば、値段的に対抗できないってことでしょ……もっと、値段を下げることできない? と、訴えたが諸経費を含めれば、この値段でないと儲けが出ないそうだ。

 ……ちょっと、不安なんですが。と、眉根を下げたら「大丈夫よ! フレイの腕ならあたしはてんで心配してないし!」ボギーが信頼してるとばかりに、肩を揉んでくれた。

 そんなにも信頼してくれるなんて。手を取り合って、一緒にガンバりましょ! と、握ろうとしたが、ボギーはスルーしてミルフィーユを食しに掛かった……ほんとに、信頼してくれてんの?





 今日は朝から風が強い日だった。

 ビューッ、と吹く風は、ドアを強く叩き付け、外気の冷たさをより厳しくしてる。私は、外気に触れた途端「……止めよっかな~」と、一瞬くじけそうになったが、それは漢らしくない。と思い、寮から外に出でた。

 乾いた風にゾワーッ、と身震いをしたが、風に飛ばされぬようストールを念入りに首に巻き巻き、今日も今日とて朝稽古に向かう。

 と、公園にはシャナンたち三人が揃い踏みで、軽い準備運動をかねて素振りをしていた。ジャンたちの動きもこの稽古に参加した頃とは代わり、キビキビとしたものにはなったが、私に言わすれば、まだまだである。

 ふたり同時に相手にしても余裕で勝てるレベルである。私はひとりほくそ笑むと、背筋を立てて遅れてやってきた重役感を漂わし、


「諸君、おはよう。今日もいい天気だね」と、挨拶をした。

「え? おはよう」

「ハッハッハ、二コラ君は相変わらず腰が低いね。もっとお腹から声を出していかないと、女子から頼りない男子って見られてしまうよ?」

「う、うん……ソレは、いいんだけど」

「……なんでオマエこんな寒いのに半袖姿をしてんだよ?」


 視線を彷徨わせてたニコラに代わり、シャナンがこちらを探るような目を向けてきた。いやいや、とくに他意はございませんよ。ほら、今日は朝から暖かいから。私の周りは小春日和めいてるって感じ?


「いや、どう考えても寒いだろ!? 歯をガチガチ鳴らしてるし、ストールをそんな首に巻いてるくせなんで半袖なんだよっ!」

「べ、べつに、歯を鳴らしてなんかないです! こ、これは、そう武者震いです! てか、そんなこまかいことは、いいんですよそんな細かいことは! ……それより、わたしは漢らしいっしょ!?」

「ハァ?」

「こ~んな寒い――否、暖かいなかでも、半袖でいるこのわたし! 実に漢らしい振る舞いだな~っと、ソンケーを集めて然るべし、でしょ!?」


 私が風から受ける表面積を少なくしよーと、縮こまりつつ三人に迫れば連中はだんまりを決めて、訝しい視線をお互いに向けていた。いいから、うん。と言え! おのれよりも優れた者を認められぬとは、漢らしくないわよっ!


「……ソンケーソンケー、マジソンケー、これで、いっか?」

「軽っ!? もっと思いを込めて、もう一回!?」

「なんの遊びかわからないが……とにかくジャケットぐらい着ろよ。風邪ひくぞ?」

「いいんです! 暖ったかいからね!? と、そうだ。キミたちのシャツを縫っておきましたよ。受け取りたまえ」

「……ありがたいけどさぁ、その喋りなんとかなんねぇのかよ?」


 喋りもなにも、普段どおり威厳ある私ですよ。

 てか、一昨日から二日がかりで夜なべして縫ったのだし、そんな軽い調子でなく「あ、ありがとう、フレイ様! ありがとう!」と、感涙にむせび泣くぐらいのオーバーリアクションが欲しいわ。

 しかし、私は漢らしいものですから、そんな見返りは求めませんがね。


「――って、なんで胸のとこにウサギのパッチワークとかついてんだよ! ここ穴なんて空いてなかったぞ!?」

「気に入ってくれたかね?」

「わけねぇだろっ!? こんなんつけて歩けるかッ!!」

「可愛いんだからいいでしょ。べつにキミたちを女子っぽくすることにより、相対的にわたしが漢らしくなる――とか、そういった貶め工作では毛頭ございませんです。ハイ」

「……なんだそりゃ!?」


 ジャンは憤ったように叫ぶと、シャツのウサギパッチに犬歯を剥き出しで噛みついた。フッ、そのぐらいでは取れませんよ? 糸は頑丈に結び付けてますからね!

 とにかく、あんな恩知らずなジャンは放っておいて、身体を動かしましょか。私はてんで寒くないけど、皆さんは寒がりさんでしょう。動けば身が暖まるから。さぁ、早く!

 いつもの二倍速で素振りをし、シャナンを相手どって木剣を打ち合うが、動けども動けども、いつまでたっても身が暖まらない……いや、寒くないけど!?

 しかし、吹きでた汗に濡れた衣服が、凍りつく風にビュービュー、と叩きつけられて、か、関節がギシギシ…………もう……ダメ、マジ寒い。動くのちゅらい……。


「……まったく、言わんこっちゃない」と、呆れた声が上から降ってきたと思ったら、膝を抱えて縮こまるこちらの肩に、シャナンの着ていた上着がかけてくれた……温い。人の優しさが身に染みる。


「……しかし、ここで挫けてはまた漢らしさが遠ざかる――やっぱこれ返します!」

「羽織ったままじゃないか」

「…………」


 いや、いますぐに、とは言ってないから。もう少しだけ暖まったら、ちゃんと脱ぎます。なんならシャツも!

「こんなとこで女子が裸になるなっ!」と、シャナンが赤ら顔をして、ジャケットの上ボタンまで止められ、縫ってきたシャツまで被せられた。

 ……クッ、鮮やかにウサギ返しを喰らうとは、これでは漢らしさを示す手段が断たれたも同然。と、私が口を噛んだら「オマエ、女子のクセになんでそんな男らしいとか言ってんだよ」と、ジャンにまで呆れた口振りで言われた。


「そうだよ。フレイは女子なんだし、べつに男らしさなんて要らなくない?」

「女子扱いやめい! もとはと言えば、貴方たちのシャツを縫ってたせいで、ボギーからお母さんみたいね。なーんて言われたんすよ!」

「……それが理由?」

「そーです! ……シャナン様もお父さんみたいに、足の臭いが臭いね。とか言われたら腹が立つでしょう!?」

「それは別問題だと思うが」


 私には同じことよ「おかん」呼ばわりされんのは不名誉極まりないこった!


「でも、フレイって女子らしいか、といえば男子らしくもないよね」

「だよなぁ。フレイの場合は、フレイらしいって言うのが、一番当てはまるって」

「え、ホント?」


 なになに、ちょっと嬉しいんだけど。

 私の振る舞いが”フレイらしい”って、形容される程、私にはカリスマ性があるって言いたいの?


「や、むしろバカッぽい感じ」

「バカっぽい言うな!」


 ジャンのくせに言わせておけば!


「……ヤメロって。唇まで青くして、そんな男らしさのアピールしても良いことないし、僕らが見るフレイも変わらないから」

「そーですよね……よく考えてみたら、ジャンが少し勉強でイイ点を取ったからって頭が良いイメージなんかつかないもの」

「そーそー、オレは頭が悪いバカだけど、オマエは頭が良いバカだってこと」


 ジャンに貰った手痛いしっぺ返しに深く傷ついたわ……納得しがたいけど、それ以上に反論し難い……!

 私が悔しさにほぞを噛んでいたら、ジャンも二コラもウサギのパッチに「これ、どうすっか?」と、頭を悩ませてる。三人で仲良く着ればいいよ。同じ仲良しさんなんだからね。けど、シャナンのこれ。


「これ、暖かくていっすね」

「……ソレ、着てっていいから、寮に帰って暖まれよな」と、シャナンは怒った風にそう言った。


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