LV165
ボギーは私のことを「おかん」呼ばわりしてきたが、その評価はちょっと安直すぎるね。ジャンや二コラが私を慕ってるのはまぁ事実だしぃ? 気働きのきいてるって評価してくれるのは嬉しいよ。
けど、私のどの断面を切り取っても、男らしさと優しさでデキているのよ。見た目が美少女だからって、お母さん呼ばわりするのは流石にねぇ。
私の内面や振る舞いが如何に紳士的といえども、この見た目がソレを裏切っていては、正しい評価を受けないのかしらん。
……等身大の私を理解してもらうには、多少の男らしさを過剰演出をするのも必須かしらね。やはりセロリを生で齧って「チッ、甘ますぎてならねぇな」と見せつけるとかそういう小細工? 間違っても、シャツのパッチワークにウサギさんなんて、つけてる場合じゃないわよねぇ。
ジャンや二コラたちにも「おかん」呼ばわりされたら、目も当てられないし、これ以上、間違った私のイメージが広がるより先に、先手を打たねば!
ラザイエフ邸は王都でも有数の大豪邸なのだが、裏手にはさらにそれを上回る規模で、リカルドさん夫婦の邸宅が建っている。
べつに兄弟仲は悪くないのだし、わざわざ裏にもう一軒を建てなくてもよろしいのでは、と、根っからな貧乏性の私は思う次第で、そう野暮なツッコミを入れたら、リカルドさんはダンディな相好のまま、潤んだ瞳でベルベッタさんを見つめた。
「私のベルベッタに対する愛の大きさと深さをそのまま表したかったのだよ」
「ありがとう……わたしは毎日、貴方の愛に包まれてるのね」
うっとりと抱き合い、ふたりだけの愛の深みへと没入されていった……リカルドさん、やはりトーマスさんの兄君なだけあって侮れない。
そんなふたりの愛の巣――リカルド邸の門前には、私たちは朝早くからクライスさんとエリーゼ様の出立を見送りにきた。
エリーゼ様も寂しそうな顔をされて、ひとりずつハグをして別れを惜しんだら、ふと、こちらの顔を気遣わしそうに撫でられて、
「やっぱり婚約指輪ぐらい用意しましょうか。なんならいまから買いにでも――」
「いえ、大丈夫です」
私はひしっ、とその腕を掴んで止めた。偽装結婚を既成事実の上に、モノホンにされてはたまらない。
クライスさんは「シャナンを頼むぞ」と、私たちに念押しをすると、ふたりを乗せたラザイエフ家の馬車が出立するのにあわせ「勇者様、万歳!」と、集まっていた使用人一同が整列をして手を振られた。
……勇者、村に帰還す。ってだけで、これだけの騒動になるか。
「はぁ。あのふたりちゃんと帰れっかな」
「トーマス様ってば過保護なお父さんみたいですね。わざわざラザイエフの馬車まで貸出てあげて。ふたりは子供じゃないんですよ?」
「……だぁから、心配なのよ。ほんとは送迎に俺もついて来たいよ。また要らないトラブルに巻き込まれてさー、村に帰りつくまでに人助けだの、魔物退治だのってんで、一年がかりになるかもしれないじゃない……」
「そんなに!?」
ひと月も掛からない距離を、どんな方向音痴っすか? と、私は訝しんで突っ込んだが、心配そうな表情のトーマスさんに、シャナンはやたらと真剣に頷いていたので、なかなかワロエナイ心配事のようである。
……北の帰り道は雪がまだ降り積もってる最中に、わざわざ馬車を出すとかおかしいとは思ったが、少しでも勇者の付き添いを、というトーマスさんの親心なのね。
しかし、勇者様が道行く所、トラブルが付き物とか、やだなぁ、その属性。て私も大概、トラブルに巻き込まれてるんだけど……もしや、これってシャナンにも勇者の宿痾がお持ちなのでは……?
世界の危機、と書かれたフラグスイッチをONしないように、と祈念してたら「俺もそうする」と、トーマスさんと一緒に合掌をした。
いい加減、寒くなってきたので、ラザイエフ邸へと移り、これから新たな店で出すための菓子レシピの相談と試作だ。
ほんとは「裏通りの金樹亭」の厨房の具合も確かめたかったが、向こうは営業中だし、なによりロティを刺激するだろうというので控えておいた。
執務室に入ると「なにか、店に並べる菓子の候補は決まってる?」と、早速とばかりにトーマスさんに聞かれた。
……フッ、愚問ですね。私がしこたま授業をサボって、書き付けてきたレシピノートには夢とお菓子がいっぱいだ。
まずは、陛下やクリス様にお出しして、好評を博したギザールモンブランやカステラは外せないし。後はサクサク歯ざわりなミルフィーユ・ロンに、重厚な星型がオモチロイ、パンドーロ。それからシュークリームやマカロンといった片手で手軽に食する物も欲しいかなぁ。
あと~、季節も過ぎれば、果実も実ってくるだろうから、それを使ったタルトやベニエ、それと注文生産になるがバースデーケーキなんかもやってもいいかも!
……ぐふふっ、夢もお腹も膨らむ店だわ。と、ショーケースいっぱいの菓子を想像してニヤついていたら、トーマスさんが書き付けてたノートをトントンと、ペンで叩くとその顔を上げた。
「……あの、フレイちゃん。ヤル気出してくれてるとこ水差すようで悪いけど、いま挙げた菓子の数は少し多すぎると思うよ。もうちょっと数を絞って欲しいんだけど」
「えぇ!? これでも少ないのに!?」
「いや、多いてば。俺もいま挙げたお菓子の工程がわからないんだけど、そんなに簡単に作れるのかな?」
「…………グッ!?」
言われてみれば、ミルフィーユの土台のフィユタージュを作るだけでもひと苦労だし、向こうの店には窯はひとつしかなかったか。
……いや、手順を考慮したり、ボギーに手伝ってもらったりに策を講じても、窯をフル回転しても午前中の内に使えるのは、5、6回数が限度。
昼休みをいれて、午後もぶっ続けでやってもいいが、窯から出した途端に日が落ちて、せっかく作った品が捌けないと、赤字確定だものね……。
「となると、午後に窯を使って菓子を作れるのは、多くても2回かな……やっぱ作る種類は、多くて4点って所で絞った方がいいね」
「午後は、午前に売れゆきのいい品を補充するって、形がいいと思います。フレイだって休憩しないと倒れちゃいますから」
……ボギー様は店長の鑑であろうか。私の身を案じてくれるなんて。と、私が感激にそっと眉尻を拭ってたら、シャナンがふむ、と顎に手をして、
「菓子の種類を絞って販売して、午前中の売れ行きで判断、か……では、その商品がいわば主力商品になると」
「だね。出来れば、店の名をドカーンと広げるインパクトがあるのがいいんだけど」
「……あ、カステラとギザールモンブランなら如何です? 両方とも、姫様や女王陛下にも絶賛された。っていう実績がありますよ?」
「ソレ、いいよ!」
ボギーが目を輝かせたのに、パチンと、トーマスさんが指を鳴らした。
「へへっ、好評だったってんのは、事実ならそれを上手く宣伝に儲けさせてもらおっかね。厄介事を押し付けられてんだし、これぐらいの旨味はあってもいいっしょ?」
シメシメと、トーマスさんは悪い笑顔をしていたが、その自分こそ私に厄介事を押し付けてきてる、という自覚はないっすね。
私が白い目を気づいてるのか、スルーしてるか、トーマスさんは軽やかな調子のままに、「この看板メニューは、必ず店に置いといてよぉ」と、ウィンクをした。
「これ以外のメニューは、フレイちゃんの遊び心に期待してっからね。そっちが好評だったら、看板メニューを入れ替えてもいいし、そのお値段で売り上げの良い方を多めに作るとか、してもらうからさ」
「あ、そーいえば値段はどうします? わたしはあまり王都の物価については、自信がないんですが……」
「……大丈夫なのかソレ?」
と、ひとり蚊帳の外で静かにお茶を啜ってたシャナンが不安そうに、顔を寄せてきた。……だ、大丈夫だまだ慌てる段階ではない。
「あたしたちが理想とするお店のコンセプトは、庶民のお方でも気軽に足を運んでもらえるお菓子屋さん、なんです。だから懐に優しいのは必須なんですが……」
「でしたよね。となると、ホールサイズでは高すぎて売れないだろうから、ピース売りで小分けに売っていく形?」
「材料費はどんぐらいか、計算しないとな」
……えぇ、っと、基準になるかわからんけど、クォーター村で母さんたちとカステラを売ってた時は銀貨二枚(1000Fol)でしたっけ。それを、ピース売りの小分けにすると、一個あたりどのぐらいだろ?
カステラは一斤で二枚なのに、まさか銀貨二枚以上なんて暴利をむさぼるような値段はつけれないし……でも、王都で手に入る材料費はどんな感じなんか、わからんし。増してや庶民の生活費はどんだけあって、後は原価も調べて、テナント料金も勘案して後は…………ぬぅぅううう、頭痛が痛いッ!?
「ま、まぁ。ふ、フレイちゃん落ち着いて、キミの使うレシピ材料を見て、俺とボギーちゃんで計算するから。だ、大丈夫だよ」
「……………ハイ」
頭から湯気が出るか、と思いました。




