LV164
庭掃除を無事に終わり、午後の余った時間にも、店内の掃除にひたすら邁進した。
駆けつけるのが早かったせいもあって、ボギーが割った皿は一枚もなく、店の棚の積もった埃もクモの巣も洗いざらい流し終え、キレー好きなボギーもこれにはご満悦でオッケーが出た。
そうして、解散を告げられると、私たちは疲れた身体を引きずり一日ぶりの寮へと帰還を果たした――が、今日の私にはとことんメイドさん仕事が残っている。
夕食の後、食堂の暖かい暖炉の前に陣取ると、シャナンのシャツをチクチク針で縫う。暖炉の前は、寮内でも人気スポットで、よくよく女子らが駄弁ってるのだが、このシャツを持って近寄れば、ササッと引いてくれる。
……フッ、私は仕事してますよ。的な特権は手放せぬな
そんな錦の御旗である、シャナンの破れたシャツをチクチクと縫っていたら、風呂あがりの濡れた髪をタオルで干しながら寮生の先輩が「あら、フレイ様。またシャツを縫ってるんですか?」と、声を掛けてきた。
「えぇ、シャナン様は日頃から訓練だのなんだのって、エネルギッシュに動かれますから。よく服を破られたりボタン取れたりって。困るのですよねー」
「まぁ勇者様ですものね」
……それは関係があるだろうか、と疑問符が浮かんだが、先輩はとくに疑問にも思わずふっくらとした笑うと、
「でもよろしいじゃないですか。いい練習になりますでしょ?」
「練習?」
「ハイ、花嫁修業にはもってこいではありませんか」
……花嫁?
私は細い針から顔を上げると、にっこりされていた先輩が急に「す、すみません!?」と、びくついた。
――と、
ポカッと、私のド頭が叩かれた。
痛い。私の頭は木魚じゃないのよ、ボギーたん。って、不機嫌に振り向けば、ボギーはウチの娘が申しわけない、という風にお辞儀して「すみません先輩、この娘は照れちゃって」と、先輩のフォローをしてた。
……ちょっと、だぁれが照れてるんですか! 針の一刺しで突っつきますよ!?
「それは貴女。てかあんな軽口で怒ることないでしょ? 先輩が怖がってたじゃない」
先輩がそそくさと自室へと戻っていくのを見送れば、ボギー様はふくれっ面をして椅子を引いてきた。
「やだなぁ。花嫁修業だとかって微妙な話題を振ってこられて、ちょっと反応に困っただけ。あれぐらいで怒るなんて、わたしのそんな沸点は低くないですよ」
「その割には眉間に、シワが寄ってたじゃない。今朝も……ロティ君、だっけ? に、怒ってたんでしょ。掃除してた所に急に飛び込んできたんだもの、あたしまでびっくりしたわ」
「ふん。人のことブスブスッて連呼してくるガキには、それ相応の報いを受けるのは世の必定ですよ」
やっぱコイツ沸点低いわ~。的にボギー様が目を細めているが、如何に呆れられようとも私はもう一度言われたら同じ対応を取るね。惡の根は、早期に駆除をするのが、一番だ。と、今日の草むしりでよくよく学びましたわ。
「それにいくら、お店を売るのが不満だからって、我々にあんな風に当たられましてもね。そんな事情は知りませんよ」
ロティは、さんざん悪態を吐き散らかした後、二階の自室に籠ってしまった。
ターニアさんが部屋の前で、おぼろげな面立ちをさらに青くして「ロティ?」と、呼びかけても寸とも返事が返ってこない。
私たちは、ロティとのいざこざを、ターニアさんに説明したら力なく首を横に振られて、「……あの子は店を手放すことに納得してないのですよ」と、溜息をついた。
どうも、あの悪態のつきようからして、ロティは店のテナントを明け渡すことには強硬に反対を主張していたそうだ。
神妙な面持ちのボギーは、物憂げに溜息をついていた。
「でも、動揺する気持ちはわかるわ。お父さんが亡くなってタイヘンなのに、大事にしていたお店に、あたしたちみたいなのが、ゾロゾロとやってきたら、不安に思うのも無理ないから」
「まぁね。自分の店を好き勝手にされたくない。ってのは普通でしょうけど」
「自分の店を乗っ取られる!」って、やけに怒ってたが、その怒りは不安の裏返しで防衛本能が働いてるのだろう。
ターニアさんの話しでは、パン職人であるお父さんに憧れてたようだし。その遺志を継いで、自分がパン職人になる。と語っていたそうだ。
その夢が潰えるのでは、と思いつめてあぁいう行動を取ってきたのでしょうね。
「重ね重ねでなんだけど、わたしたちに当たられても意味がないですよね。ターニアさんはすでに店を借金の抵当に入れてるし、所有者はもうトーマスさんだもの。だから、苦情はすべからくトーマスさんに言って欲しいかな」
「……フレイ冷たくない? もうちょっと親身になってあげてもいいでしょ?」
「じゃあ彼の言う通りにして、店を畳みますか?」
「……そうは言わないけどぉ」
ぷくっ、と頬を膨らましては、私が縫い終わったシャツを荒っぽく畳んだ。
「開店すれば、嫌でも毎週顔を合わすことになるんだし、お互いに嫌な気持ちではいたくないの。だから、上手~く気持ちを解きほぐしたいなってこと!」
「それをわたしに求められても……」
私は縫うのがお仕事で、ダマになった毛糸玉を解すのは猫さんのお仕事だから。と、逃げ腰で告げたが、ボギーたんはきょとんとした顔をして、
「そんなことないでしょ。フレイはお母さんっぽいから、悩む男の子の気持ちにあたしよりも、スッと寄りそえるんじゃない?」
「は?」
――ちょっと待って。私が、お母さんっぽいって、初耳ですが。
バカな!? 私はボギー様やトーマスさんにタコ殴りにあうたびに成長し、いまや53万という圧倒的なまでの父性を凌駕してるのに!?
むしろ、これだけの威厳を蓄えた私に、およそ真逆の母性を感じる余地がある!?
それってどーいうことよ?
つーか、ボギーたんは日頃から私のことを「だらしんない」だの「あたしがいなきゃなんにもできない」だのって、よくよく弄ってくるのに。ここにきてお母さんっぽいって、日頃の言動を棚に上げた発言はなに? それともダメ母たる私への、ボギーたんなりの反抗期なの!?
私の度重なる疑問に、ボギーたんはあくまでクールに事実を告げるがごとく、私が縫ってるシャツを指さした。
「いや、フレイがいま縫ってるシャツって、ニコラ君やジャン君の分もやってあげてるでしょ。そういう何気に面倒見がいいとこって、フレイの長所というか、世話焼きなのがお母さんっぽいかなって?」
「…………」
……いやいやいや! 縫製仕事をしてるから、お母さんって安直すぎるっしょ!?
確かに、ジャンも二コラも自分の侍女がいないから、私がやってあげるよ。て軽く持ちかけたのは私だ。ハイ、ソレは認めます。
しかし、それは薄暗い部屋で、背中を丸めてチクチクする、哀愁漂う光景を想像したら、なんだか居たたまれぬ思いがしてやったげると言ったの。
それを「助かるよ、ありがとう!」って、ミルク皿にがぶついてた子犬が顔を上げた時のように、にへらとしてたジャンたちが、なかなか愛いヤツらよ。とはまぁ感じたことは……認めますけど!
だが、あくまで彼らに与えるのは憐憫と舎弟に対する愛です。それはあくまで、父性であって母性では断じてな・い・の・ッ!?
「どっちでもいいわよ」
「よくない!?」
「……ハイハイ。どっちにしても、ジャン君や二コラ君に慕われてるでしょ。そういう感じに、ロティ君に対してもそうして接してあげてってことだから」
「いや、話の問題はそこではなく、わたしがお母さんっぽいっていう不名誉解消――」
「ハイハイ、じゃ頼んだからね。あたしお風呂先に入るから」
ボギーたんは追いすがる私にぴらぴらと手指だけを振って、ひとりで去ってしまった。ちょっと! まぁた私に勝手にお荷物を投げた挙句、お母さんっぽいだのと不名誉を押し付けるなんて非道いよっ!?
……クッ、おかん呼ばわりを払拭するには、漢っぽい所業を見せつけねば……漢っぽい、こと漢っぽいこと………………ボギーの風呂を覗く?
いや、怒られる上に、逆の不名誉が付与されるだけっすよね。




