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LV163

 息巻くボギーに連れられて、私たちはトーマスさんが購入した件のパン屋へやってきた。ボギーの計画では「勇者のレシピ亭」は王都への出店を皮切りに、ゆくはエアル王国全土に店を構えることとなる――らしい。


「しかし、その初仕事が草むしりとか。絵的にはかなり地味っすね」


 ブツッと、冬枯れした雑草を引っ張れば、根をはる力もなくするっと抜けた。

 朝っぱらから、店の片づけに庭掃除って、もはやメイドさんだ。

 鬼店長たるボギー様は、ターニアさん家の内部を掃除していて、外回りは私とシャナンが請け持ち。オーナーである、トーマスさんはどこかへと出かけてしまった。きっとサボりが仕事なんだろね。

 まあ、お店を開店するなら、お客様を迎え入れる玄関が、草ボーボーではマズイものね。お菓子屋とは菓子のデザインに心意気と遊び心を凝らすもの。

 それが店構えからダサかったり、手入れが行き届いてなければ、せっかく買う気で来店された方も、ソッポを向かれる。


「シャナン様、シャナン様。ここは得意の風魔術で、ビューッと吹き飛ばすとかなんとか、できません?」

「無理だよ。草は刈れるが、根っこは残ったままになるぞ。春にまた生えた草を抜くんだから同じだ」

「……魔術って不便っすね」

「草刈りには不向きなだけだっ」


 私の目が役立たず、って語っていたのが不満かシャナンは憮然とした顔をした。


「オマエこそ土魔術が使えるんだろ。それで草を腐らすなり、根っこを食べるなり、やればいいじゃないか?」

「草木の根っこを食べるって、モグラですかわたしは。いくらなんでも、都合よく腐らすなんて、土魔術は便利じゃありませんですよ~」


 ってか、シャナンは全属性持ちなんだから、私以上に土魔術のことを知ってるじゃない。意地悪!

 私は、イジワルさんから離れて、窓を覆いそうな程に伸びてる草を抜く。いや、しかし、ブチブチっ、と根を千切れる感触が以外に癖になるね。

 こうやって、横着をして見過ごした賊が、また春や夏の暑い時期になって片づけねばならなくなるので、小さなシャベルで、土を掘り起こしては、根っこまでを片した。やはり惡の根は早いうちに地道に摘んでおくしかないらしい。


「あーっ! こんだけやっても、まぁだこんな草生えてるとか、マジ草生えるっ! ……これ、マジメにやってたら日が暮れますよぉ。やはり、ここはシャナン様の風魔術で、春先にまでお茶を濁しましょ。うっかり根っこを引き上げて、マンドラゴラが埋まっていたら危険ですものね」

「……どういうパン屋だよ」


 私の、真を突きすぎた論理展開についていけなかったのか、シャナンは土まみれの手で顔を覆った。

 いやいや、実はターニアさんは、魔女であったとしてもふしぎではない。ターニアさんのパン屋「裏通りの金樹亭」――は、実はパン屋を装った、薬草店なのだ。

 いまだお客の姿がひとりもないのは、それもそのはずで、真の営業時間は夜半過ぎだ。ターニアさんが大鍋に煮て煎じた怪しいクスリを求め、夜な夜な、怪しい男女が買いにやってくるのだ。


「それはいいから、フレイも手を動かせよ。日のある内にやっとかないと、凍えることになるぞ?」


 と、私があり得ない妄想を抜くがごとく、シャナンはにべなく言い放った。

 ですよね。

 シャナンってば、やけにヤル気だね。汗をぬぐってフーッと溜息をついて休憩したら、すぐまた雑草に手をかけてる。


「……本来なら、ぜーんぶ私がやるべき仕事で、シャナン様の仕事でもなんでもないのに。そんなマジメにやらなくてもいいんですよ」

「開店すれば、オマエのお菓子を食べれるんだろ。なら僕も嬉しいことだからな」


 …………。

 で、ですか。ま、まぁ確かに? 私のお菓子の腕前は、なんせ女王陛下にも認められてますらからね。そりゃ、勇者の胃袋をすらも掴むなど、容易いっていうか……その、嬉しいことは、良い事です!

 私は笑ってるシャナンから離れ、もはや低木と化してる大物に取り掛かったが、てんで抜けない……えい、こら、なんと強情なヤツ!?


「フレイ? 雑草、というか、それ低木だろ。ひとりじゃ無理だって」

「や、大丈夫ですよべつにひとりでだって!」


 えぇい、近こうよるなっ! と、目で牽制しながら、力を込めて引っ張ったが、寸とも動きやしない。そうしてる間に、シャナンが近寄ってきて、思わずギアを上げた――のが、悪かった。

 また一段と力を込めた瞬間、芝生に取られた右足が、ズルッ、ときて、視界が空を写す。あわわ、と痛みを覚悟して、目をつぶったが、そのまま尻餅をつく格好で、頭が後ろ向きに倒れた。

 ……てっ、あれ? てっきり後頭部を打つかと思ったが痛みが……無い?

 と、耳元で「ハァ。危なかった」と、シャナンの声がした。


「おい、大丈夫か……? まったく無茶なマネをして。あんなでかい木をひとりで抜けるワケないだろ」

「……え、えぇ」


 ……むっ、どうやら、頭打つ寸前に抱き起こしてくれたのか。ありがとう。って、目を開けたら、シャナンのご尊顔が間近にあってビビった。

 ちょ、近い近い、黒縁の瞳どころか、息遣いとか、心音とか、体温とか顔とか色々全部が近いって!? と、私が泡をくって起き上がると、シャナンはこそびっくりしたように「……な、なんだよ」と、眉をひそめた。

 えぇい、びっくりしたのはこっちだ! さり気にお姫様抱っこなんて、して……クッ、なんだか背中がむずがゆいような、恥ずかしいやらで、もやもやすっじゃないか!?


「おい、なにしてんだオマエら」

「ナニもしてないっつーのっ!?」


 と、そんなツッコミに、私はバネ仕掛け人形がごとく跳ね上がると、指を刺した。が、その相手が見知らぬ少年である。

 ……ぬっ、こ、興奮して失礼しました。と、刺した指を仕舞うよう、手を丸めたのだが、少年は怒り顔を露わにして、


「ソレは家の木だろ! 勝手に抜くんじゃねぇよ!」


 低木から手を離せ、と私たちを追い払うように手をシッシ、とやった……ちょ、だれだこの子。そんなこと言われる筋合いないぞ。


「キミは、どちら様です? こちらの庭の手入れはターニアさんも了承の上でやってるのですが」

「そんなのオレが知るかよっ。……ってか、オレの質問に答えろ。オマエらが、今度から家の店にやってくるとかいう奴か?」

「やってくる、というか、まぁ週末に借りる予定ですが」

「やっぱり」


 少年は、チッ。と、舌打ちをした。

 どーでもいいが、初対面の人に対して、口の利き方がなってないわねぇ。

 私たちより、ひと回り小さい10歳くらいだろうか。面立ちは整ってるのに、子供らしい可愛げに欠ける。髪色と同じ茶色の眼差しは、うらぶれた犬のように尖っていて、ギッと噛んだ口元には八重歯が覗ける。

 その少年は、こちらを憎々し気にして睨んでいるが、片膝をついてたシャナンがすくっ、と立ち上がると、少しくたじろいだ。結構、内心ビビりっぽいな。


「……もしかして、キミはターニアさんの子供かなにかか?」


 と、シャナンは彼にそう訊ねた。

 そうかもね。家の木だろ。とか、言ってたのもそうだが、ターニアさん家に招かれた時、子供用の服が畳んであったのだ。

 少年は、その問いかけに否定するでもなく、認めるのも嫌そうにソッポを向いて、

「そうだよ」と、頷いた。


「じゃあ、ターニアさんから事情は聴いているのでしょ。わたしたちは店を開くために、庭の手入れをしてるんです。貴方が大事に育てていた木だったら、手荒な真似してすみません。知らなかったもので謝ります」

「……いったいなんだよ、下手に出てきて。そんなことで、オレは懐柔されやしないからな」

「下手もなにも、同じ店で働くのですから、要らぬ事で仲違いはしたくないと――」

「同じ店じゃねぇよ!」


 と、彼はキッと、強い眼差しで睨んできた。


「ここはウチの店なんだ! それが、英雄だとかが、勝手に敷居をまたいで居座ろうって、そんなの迷惑なんだよ」

「いや、迷惑も何も、そちらも承諾したのだし」

「オレはしてないってんだよ、勝手にウチの店を自分の物みたく言うな、このブスッ!」


 ……オホホッ、まぁ、悪態をついちゃって。そんな顔を真っ赤にして悪口なんて、子供らしい低能差が透けていて実に可愛らしいわ。羽虫の羽を引きちぎるかのように、ほっぺを抓って差し上げたくなっちゃった。


「こ、こっちに近寄るンジャねぇよ、ブスっ、ブスッ!」

「……うふふっ、口の利き方を少~しばかり、いや大いに学ばないといけないわね~」


 私は、恐慌をきした少年に、じりじりと、にじり寄っていたら「…………ロティ、なにを騒いでるの?」と、ターニアさんが入り口からおぼろな顔を出した。すると、ロティ少年は、パッといち早く私の脇をすり抜けて、ターニアさんに泣きつくようにエプロンにしがみついた。


「母さん! タイヘンだよ、やっぱりこいつらウチを乗っ取る算段してんだ!」


 ……このガキ、軽やかに嘘をついて。私たちはただ協力して木を抜こうとしただけだろうに。やはり教育的懲罰が必要である。


「……ロティ、なにを言うの。乗っ取るだなんて、英雄様がそんなことはしないわ」

「母さんは騙されてるよ! あんな軽い男の口車に乗って、英雄だからって、嘘をつかないワケないだろ!」


 と、ロティ少年が訴えるように、叫んでいる。


「なんだか、彼は店のことについて、納得がいってないみたいだな」

「……すっかりわたしたちが悪者扱いですよね」


 あんな軽い男って、トーマスさんのことだろう。確かに、私も英雄と呼ばれるトーマスさんの所業には、大いに納得がいかない。

 それでも、ターニアさんは私たちに気づかわし気に小さく頭を下げると、ロティ少年の目を見据えて、小さく首を横に振った。


「……それでも、もう遅いの。乗っ取るもなにも、この店はもうウチの物じゃ――」

「そんなのウソだっ! ……母さんは諦めても、オレはこの店のことを諦めないからな! そんなヤツら追い出してやるっ!」


 と、彼は涙をこらえるような表情をして、パン屋へと駆け込んでいった。


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