LV162
「夕べはお楽しみでしたね。って、レベルじゃねぇ程、無茶してくれたもんよな」
「……すみません」
「嬢ちゃんが縮こまることはねぇよ。こうして片づけを手伝ってくれるだけ、他の連中よか義理堅いってもんだからさ」
私が雑巾を片手に頭を下げたら、宿の親父さんはモップを肩に呵々大笑した。
勇者の宴会から、一夜明け。私は雑巾を手にお片付け中。
宴の後に残るのは、割れた皿に、肉の切れ端、床にこぼした酒の臭いがプンプンという惨状。こんな、店をめちゃくちゃにされたら、勇者といえど叩き出されても可笑しくないのに、この大らかさ。まさに宿の親父の鑑ですね。
シャナンがカウンターからひょいっ、と顔を覗かせ、スンスンと小鼻を鳴らしたが、すぐに顔をしかめた。
「まだカウンターに酒の臭いが染みついてるな。臭いだけで酔いそうなぐらいだ」
「そうですか? こぼしたのは拭ったはずですけど、換気しないとダメでしょうかね」
「かもな……ボギーが起きる前に、臭いでも消しとかないと」
「……ハイ」
私とシャナンは大いに頷いた。
昨夜の教訓はただひとつ。
――ボギーには、絶対に酒を呑ますな。である。
昨夜のどんちゃん騒ぎは、途中でリカルドさん夫婦が、ヒューイやジャンを寮に送りにいった後も続き、私たちは結局、宿屋に一泊した。
日付が変わっても、体力だけは有り余る冒険者たちは、一気飲みだの賭けだのを始め、トーマスさんが大損をぶっこいたり、酔い潰れたボギーに、頭をゴシゴシと押し付けられたり、しっちゃかめっちゃかである。
ようやく、ボギーを宥めて、ベッドに押し込んだら、今度はエリーゼ様や、ベルベッタさんに捕まり「いい男の捕まえ方!」なんてのを刻々と、説かれた。
……いやぁ、確かに、クライスさんも世界が認めるイイ男だし、リカルドさんなんて、トーマスさんから品の悪さと、浮薄さとを両方を洗い出して、まるっと捨てたようなイイ男だ。
それなら、拝聴する価値はあるかしらん。と、思ったら、その秘技はなーんてことなく、美味い料理で胃袋を掴め。らしい。ソレ、アドバイスのうちに入るのかしらん? まぁ、試す機会は毛頭ございませんが。
片づけにひと段落がついたら、ベッドから冒険者さんたちが起きぬけてきた。酒精も残す者などおらぬようで、
「昨日は楽しかったよ!」とか「嬢ちゃんの店も頑張れよ!」とか「絶対行くからね!」「……なんだ、ゆうひゃのなんとか店? ってな!」と、ボギーが聞いたら悶絶しそうなことを残して宿から出立をした。
そうしてると、勇者夫婦にリカルドさん夫妻も降りてきた。私たちは談笑しながら親父さん手作りの朝食の目玉焼きを突いてると、ボギーが静かに降りてきた。あ、おはよう。と、朝の挨拶をしたが、ボギーは返事もなくカウンターに着席した。
モグモグ、と食しつつその横顔を眺めれば、頬が薄っすら赤い。ボギー殿。昨夜のことについて釈明はござるか?
「…………いえ、その、昨夜のことは、無かったことにしましょう」
冷汗を垂らさんばかりに瞠目したボギーは、自分の失態、の記憶が薄っすらと残っているらしい。私もとくに異論は挟まぬよ。罪のない友人の失態など、スルーして差し上げるのが友情というものだ。
食事を片づけ終わり、宿の親父さんと一緒に皿洗いをしてたら、バタッと、カウンターに行き倒れがやってきた。
「…………あ~、しんどい」と、ボギーと同じく失態まみれのトーマスさんである。そのその顔色はボギーと真逆に青色で、二日酔いらしいな。
まぁ、ドワーフと呑み勝負とか、無茶なことすれば、そーなるよな。目の前に、お水を置いて差し上げると「フレイちゃんマジ天使!」と、拝まれたが、それ親父さんからだし、代金を取るってさ。
「……いや、止めて。昨夜で、財布の中身がすっからかんだから」
「自業自得ですよ」
シャナンの冷たい言葉に、返す言葉もない。
「てか、兄貴たちは?」
「もう帰られましたよ。クライス様たちと一緒に過ごされるそうで」
勇者様たちは、明日にはもうクォーター村に帰られるそうだからね。今日はのんびりとリカルドさん家で、お茶して過ごすらしい。
「昨日は積もる話ってワケにもいなかったもんなぁ……失敗したわ。貴族間の噂話やら、シャナン周りの婚姻についてとか、その辺の事情をクライスに伝えんのすっかり忘れてたわ」
「大丈夫なんですか、それ?」
「また今夜にでもするよ。どーせ、俺んちの裏は兄貴の家だしさ」
トーマスさんは、ふわぁ、と欠伸をした。
なるほど。しかし、勇者パーティが再会しても、酒飲んでは賭け大損するわ、シャナンの婚姻についての話し、だとか。伝説の仲間が集まったにしては、冴えない感じに終わったわね。
「勇者パーティのパーティ……ってややこしいですが、後、わたしたちがお会いしたことがないのは「賢者様」だけですよね。昨夜も姿は拝見できなかったし、お忙しかったのでしょうかね?」
「さあ。僕も一度もお会いしたことがないな。アイゼン先輩にはお世話になったからそのお礼をしたいんだが」
「それマズクないですか? アイゼン先輩が、学院をサボッて冒険者やってます。なんて、知れたら逆鱗に触れるのでは」
賢者ってぐらいだから、その辺のルールとか、常識とかマジに厳しそー。って、勝手なイメージだけど。でも、どんな強大な魔術を使うのか、とか、風貌はどんな感じ? とか、野次馬根性を丸出しだが、実に気になる!
「……ヤツはまぁ、なんつーのか……いいんだよ、べつに呼んでも来ねぇし」
と、私たちの盛り上がりとは裏腹に、トーマスさんは冴えない顔色で顎をついて言った。なになに、仲が悪いの?
「いや、フレイちゃんは気にしないでいいの。それよか、キミたちのお店、あんだけ昨夜に宣言かましたんだから、本腰入れて貰わないといけないよ」
「……ゆうひゃのなんとか店って、ヤツ? そーいえば朝も冒険者さんに「頑張れよー」って、軽く応援されましたよ。ボギーお姉ちゃん?」
「…………止めて、ソレ」
えー、でもでも、ボギーお姉ちゃんって、呼べって昨日言われたし。というか、ボギーお姉ちゃんは、未成年なんだから、お酒を呑むなんて今度からメだよ。
私がボギーたんの栗頭を、なでなでして差し上げた。
――って、ひぎぃっ!? 痛い、痛い痛いッ!? 指捻るの、マジ止めてっ!?
「ったく、調子に乗って。ってか、勇者のレシピ亭って、ネーミングになんの文句があるのよ! あたしは王都に――いや、世界に冠たる栄華を極めたエアル王国全土に! この店とお菓子のスバラシさを拡げる! そういう決意の表れで、あえてお菓子界の勇者たらんとして名づけたの!?だから、あたしの決意が恥ずかしいとか、そーいった指さすマネ止めてよね!」
「…………ハイ、すみません」
あ~、マジ突き指するか、と思った。
……てか、こんな熱い決意表明するとか、やっぱボギーってシャナンが好きなだけあって熱血漢なのね。でも、シャナンは小恥ずかしそうに頬を掻いてるけどさ。
「ちょっと、ふたりとも遊んでないでくれる? 俺の損を取り戻すためにも、キミらにはしっかと儲けてもらわないと困るよ。なんとか、冬休み中にお店を早期に開店して貰うからね」
「賭け事の損益をして、わたしたちに発破をかけられましてもね」
負債の穴埋めを、私たちに求められてもねぇ。シャナンもボギーも向ける目が冷たいですよ。それに、さっきまで私のことを天使と崇めていたくせ集りにくるとか。天使も助走をつけて匙を投げるレベルの不心得者ですな。
と、我々の反応に、快くするほどにトーマスさんは人間は出来てないのか「いいの! プン」とカエルがひっくり返ってお腹を見せるような気持ち悪いことをのたもうていた。
「とーにーかーく! 名前は昨日宣言しちまったし、勇者のレシピ亭って体でいくよ。そんで文句ないよね!」
「……ま、いいのではないですか?」
一応、トーマスさんのお店なのだしね。そこで「勇者」という、名をつけてもだれからも後ろ指を刺されやしまい。こうなれば、勇者のこん棒、勇者のお鍋の蓋、勇者のお菓子。と、勇者ブランドにあやかり、なんでも売りさばく覚悟だ。
パンッ、と、トーマスさんが手を打ち鳴らすと「それじゃ、早速お仕事に取り掛かって貰おうかな。俺も準備をしておくからね」と、ニヤけた面をして、そう言った。
……準備って、なんのだよ?




