LV161
膠着状態にあった私たちは声の主へ一斉に振り仰いだ。
暗がりに落ちた通りは、目を眇めても輪郭だけがおぼろげに映るだけ。ツカツカと響く足音が存在感を増して、近寄ってきてる。
けど、上っ調子の楽し気な声が上がると、その正体にいやおうなしに気づかされた。
「楽しいパーティって呼ばれて来たんだが、なに。その催しは参加者の血の雨でも降らそうっての。なら、夜会服なんざ着てこなくて正解だろうけど。ね、フレイちゃん?」
「トーマスさん!?」
な、何故、こんな所に!?
と、私たちはマジマジと眺めてたら、トーマスさんは人好きのする笑顔を振り向けながら、ゆっくりとこちらに歩んできたが、その物々しい恰好に二度ビックリだ。
革鎧とか背中に槍まで担いで……いつものチャライ風情が消えてますよ?
「もうっ、トーマスさん? じゃないよ、フレイちゃんってば。わざわざ寮にまで迎えに行ってもいないくせ、またどーして目的地に先回りしてるワケ? お兄さんの午後はまったくの徒労だったよ」
「捜してたって、私を――って、そのグローブ痛いっ!?」
ダーッ、人の頭を撫で擦るなって!
と、私は置かれた手を強引に振り払ったら、トーマスさんはそれに含み笑ったまま、肩を揺らして、ジャンを投げ飛ばした冒険者の男と、コツンと拳を突きあわせた。
「ンだよ、冒険者から足洗って、ゆすりに商売替えたのか? 子供相手にらしくねぇな」
「……トーマス! てめぇの連れだってんなら、早く出て来いよ!」
「あ~、またカードで負けて、用心棒に店前に立たされてんの。とんだ貧乏くじだね」
「ッせぇ!」
……この親し気なやり取り。ふたりとも、顔見知りなのか。
私はヒューイと顔を合わせ、ジャンを助け起こした。ボギーも心配そうに「傷はない」と聞いてるが、どこも擦り傷はおってないようで、ジャンは照れ隠しにポリポリと、頭をかいていると、冒険者の男もトーマスさんからこちらへと罰の悪そうな顔を向け「悪かったな」と、謝っていた。
「あの人は?」
「酒飲み友達。アイツはここを定宿にしてんの。あーいう悪い顔してっから、よくよく人除けに使われンダヨ」
「……てめぇの勇者の差し金だろ。今日はとくべつにとかって余計な邪魔入んねぇように、こうして憎まれ役をやってんだろが」
彼はそう言って睨みをきかせたが、トーマスさんは「おー、怖っ」って、ふざけた態度をされたのに、ったく、と呆れたように向こうの壁にもたれかかった。なるほど。つまり用心棒なのな。
「……あの、この店にシャナン様が女性を連れて入っていったんですが……心当たりは、ありませんか?」
「女連れ?」
あ、忘れてた。
我らは惡の道に落ちた勇者に引導を渡そう、と後を追ってきたんだっけ。
「ハイ。ぼくらはシャナン君が、女の人と一緒に買い物してたのを偶然見かけて。それで後を追ってきたんです」
「……ふーん、その娘はどんな子だった」
「フレイより少し上ぐらいで、ブロンドの三つ編みにしてました……後、丈の長いドレスを着ていて」
「あ~、なるほどね……フーンそっか~。いやぁ、フレイちゃんも人並みに嫉妬するとか、かわゆい所があんだ――ちょ、脛を蹴るのは止めてって!?」
だぁれが嫉妬だ。くだらぬ妄想も大概にないと、その脛にひびが入りますよ? てか、ひとりだけ、得心がいったような顔してないで、ちゃんと説明ぷりーず?
「……説明も何も、釈明は本人から聞いてどーぞ。てか、ほらさっさと入ろうよ。パーティは始まってんだから」
「パーティ?」
「立ち話も何だし、早く入ろって。さ、お嬢様、お手をこちらに」
「……はぁ?」
と、トーマスさんは、無理くり私の手を取ると、重たい樫のドアを開けた。
すると、乾杯ッ!」と、思わず首をすくめる程の声量での歓声が上がった。
……な、なんじゃこりゃ? と、私だけでなく、ボギーやヒューイまで目を瞠った。
懐かしい店内は、こちらの余韻をぶち壊す程の、大盛り上がりだ。冬であることを忘れそうなほど熱気に溢れ、店を埋め尽くす老若男女問わず、すべての手には酒がなみなみ注いだジョッキを持ち、隣り合う客たちと仲がよさげに打ち鳴らしている。
やんややんやの大騒ぎは、こちらのお腹の底も震わす程だが、そんな騒ぎにひとりで、竿をついて抵抗するように、カウンターで冷静に手を動かすマスターは、こちらを振り向いてニヤリとして「よう、久しぶりだな?」と、悪い笑顔で迎えてくれた。
「え、は、ハイ。ご無沙汰をしております」
「オイオイ固てぇな嬢ちゃんは。貴族学院なんぞに入って、行儀なんざここじゃ要らねぇもんだぜ? ウチの連れあいは、ここじゃ皆家族みてぇなもんだ。遠慮すんなよ」
「……そ、そうっすか?」
「おうっ」と、笑う親父さんに、軽く頭をペコリとしてたら、トーマスさんが、ほらほら、と、引っ張られた。ちょ、すし詰め状態なのに、ここ歩きづらいんだっての!
眉根をひそめて抗議しようと声を挙げたら、その前に「ハイッ」と、ボギー共々、その背中を押された。
て――あ、クライスさんにエリーゼ様、それにシャナン! 見つけたぞこらっ!
「やっと来たのか? 遅かったじゃないか」
「やっと来たのか、じゃないっすよ!」
「そうです! シャナン様はこんな所で……じょ、女性とイチャコラして!?」
「イチャコラ? ……なんだそれは」
出た~っ! 男の秘技、空っとぼけっ!? 僕は後ろめたいことありません、みたいな顔して誤魔化そうったって無だよ!こちとら証拠のネタは上がってんですからねっ!
「……いや、言ってる意味がわからないんだが、どういうことだ?」
「また、空っとぼけて!? シャナン様がブロンド女性とお買いモノしてんのは、まるっと目撃して――」
「あら、どうかしたの?」
「ほら!?」
三つ編み娘さんは、ジョッキを片手に赤ら顔をひょいっと覗かせた。ほら、見ろっ! と、ボギーは目を吊り上げたが、三つ編み娘さんは「うん?」と酔った目を瞠ると「あら、トーマスじゃないの久しぶりっ! 元気してた~?」と、手をプラプラさせた。
「義姉さんこそ、元気そうで安心したよ」
「義姉さん!?」
「そう。彼女はベルベッタ・ラザイエフつって、昔の俺らの仲間な――って、あら、兄貴もちょうどいいとこ来たな。おら、こっちこっち!」
トーマスさんが呼びかけた向こうから、トーマスさんの見栄えとマジメさを二倍ぐらいにアップしたような、ダンディな大人の男性がやってきた。すると、彼はやってくるなり、三つ編み娘さんの頬に口づけすると、こちらにニコリと笑いかけた。
「やぁ。ようやくお目にかかれたかな。フレイ・シーフォさんにボギー・カーソンさん?色々と私の弟が無理難題を押し付けているようで、すまないね?」
「は、はぁ。いえ、そんなことは……ございますが」
「ハハハッっ、キミは正直だね。私はラザイエフ家の当主、リカルド・ラザイエフだ。で、こちらは妻のベルベッタ」
「よろしく~!」
エヘー、と呆けた顔の三つ編み娘さんが、紹介してるリカルドさんにもたれかかった。
……て、妻ぁっ!?
それにしては若すぎでは、と驚嘆してる我々にトーマスさんは、驚いたろ? と、含み笑った。
「姉さん見た目はめっちゃ若いけど、半分エルフの血が入ってて俺らよりも遥か年上さ。昔は俺らとパーティ組んで、5人で色々回ったもんよぉ」
「え、でも、勇者パーティは4人では……?」
「あぁ、妻は邪竜退治には付き合わなかったのさ。名誉よりも、私の妻になることを選んでくれてね」
「そーよ? いまはダーリンの元で、十分しあわせー」
ふたりは熱々なベーゼを交わすと、うわっ、マジキスだよ!?
周りの酔客がやんやと口笛が飛んでくるのに、私もシャナンも気まずくて顔を逸らした。が、ボギーだけはしっかと指の隙間からチラ見している……止めなさいってば。
「もう、子供の面前でなにやってのよ、ふたりとも?」と、呆れたようにエリーゼ様が言いつつも、机の下ではクライスさんとしっかと手を握っている……なんなのこのバカップルの集い。
「……アレで昔はスッゲー、勝ち気でじゃじゃ馬だったのよ? それが、いまはすっぽり兄貴の嫁さんで家庭に収まっちまってさぁ」
「羨ましいなら、オマエもさっさと所帯を持てよ」
リカルドさんに釘を差されたトーマスさんは、私の引いたままの手を頬でスリスリして「フレイちゃんが望めばいつだってね~」と、小首を傾げた。いい加減にしないと地獄に落としますわよ?
「あの、ベルベッタさんとシャナン様は、どうして仲良く買い物なんかを……?」
ボギーの言う通りだ。親子水入らずで観光してるはずが、何故、デレデレと人妻さんと仲良く買い物なんてしてんのよ。話がてんで違うじゃないの!
我々は、シャナンに詰め寄ったのだが、クライスさんがぐぴっ、とエール酒を煽ると、顔色も変えず、
「いや、始めは観光めぐりしていたのだが、私の顔に見覚えのある者に、また騒がれてな。結局、どこにも行けずで、この店に避難したら、宿の親父が気の毒がってな。いっそこの宿でパーティでもっとな……それで、急遽、昔馴染みの連中全員に声を掛けてみたら、これだけ集まってしまって」
「店に用意してる食材だけじゃ足りないからって、僕が買い物に行っていたってだけだ」
と、シャナンは不機嫌な表情をして、私たちに念押しするように告げた。
……なんだ。勇者のくせにパシリにされたのかよ。って、シャナンはモノホンではないけども。
「……オマエたち、僕のことでヘンな誤解をしてたんじゃないだろうな?」
「ま、まっさか?」
疑惑の追及返しを喰らい、なにも後ろめたい覚えしかない私はひゅー、ひゅー、と吹けない口笛で空っとぼけたら、ヒューイがまあまあ、と取りなしてくれた。
「フレイもボギーも、キミがそんなことしないって、信じてたよ」
「……そうか」
ボギーは「そうですとも!」と、俯き加減にして、ぐすっと洟を啜らせてホッとしたように頷いた。それに、エリーゼ様も心痛めたように抱き付き「……ごめんねフレイちゃんにボギーちゃんも、ふたりも一緒に連れてきてあげてれば、良かったわね。でも、それだけ心配されるシャナンもしあわせものね」と、慰めている。
いや、私はべつに心配してなんかしてませんけどね。歩き回った徒労感が半端ないってだけで、慰めるのなら涙ぐんでるボギーを渋く見つめるジャンをしてどーぞ。
「ほら、フレイちゃんたちも疲れたろ。ここ座んなよ。皆でパーティを楽しんできな」
ハイ。
…………。
って、ちょっと待て。なんでさり気に貴方の膝に座らされてんのよ?
「いや、見ての通り、店が満杯だろ? だから座れる場所はここしかないの」
なるほど。
しかし、お貴族様を立たせておいて、侍女の私が座るなんて、あまりに無礼。
代わりにジャン様を贈呈しますわ。と、私は立ち上がろうとしたが、お腹にロックが掛かって外れない。やはりこの人間椅子は欠陥品のようだ。殺処分しないと。
「……ちょっと、いい加減に離してくださいよ」
「そんな遠慮しないで?」
遠慮じゃなくて、首筋に吐息がかかって気持ち悪いんです。つーか、人の髪に顔を埋めるとか、ガチでヘンタイっぽいから!
私は、トーマスさんのお腹目掛けて肘うちをかましたが、その革鎧に阻まれてダメージが通らない。チッ、今日に限って、冒険者装備をしてんのよ!? いつもはチャライ服しか着てないのに!
「あ、これ? 昔を思い出すつーか、この宿で騒いでたのが懐かしくって。男の仕事着は、俺に似合うっしょ?」
褒めてないからいい加減ロックを外してドーゾ! と、私は必死に暴れたら「うげっ」と、くぐもった声がして、ようやく難を逃れた。人間椅子を振り返れば、暴れた拍子に、私の後頭部で鼻を強打したのか、顔を抑えて悶絶してる。
「ギャハハッ、トーマスの野郎、女王陛下に続いて二敗目か!」
「色男も鼻がつぶれたら形無しだな!」
「うっせ、鼻が潰れてねぇよ! てめぇらこそ、いっつも振られっぱなしじゃねぇか!」
酔客に煽られて、トーマスさんは殴りかかってってた……ったくもう、この人は。
私は不埒な男から逃れて、安全なボギー様の隣へと鎮座する。嫌な汗をかいたわ。と、汗をぬぐってたら、ボギーがカップをすいっと渡してきた。
「あはっ、フレイもこれにょむ~?」
「にょ、にょむ?」
……え、ボギーたん言葉がなんかヘンというか、緩キャラになってるが。まぁいいや。と、受け取ったカップを煽ったら、むせかえる程の熱に喉が焼かれた。ちょ、コレ酒じゃねぇか!?
まさか、ボギーはぐびぐび煽ってるけど緩キャラになってん酒のせい!?
「ちょ、エリーゼ様っ、これボギーが呑んでるのお酒ですよっ!?」
「あら、これ水じゃないのヤダっ」
「ぼ、ボギーそれ以上、呑んじゃだめっ! シャナン様お水を持って早くっ!」
「わ、わかった!?」
ゆるゆるなボギーの手から、酒のカップを取り上げようとしたが、可愛くカップを胸元に引き寄せて「お姉ちゃんにいたずらしたららめでしょ、ひゅれい!」めっ、とくだを巻いた。いいから、そのカップをこっちに寄越して!
「らめっ、お姉ちゃんて呼ぶのっ!」
「は、ハイ……ボギーお姉ちゃん、これはこっちで、代わりがほらありますから」
「……うにゅ」
満足そうな笑顔をして頷いて手放したカップと「ボギーは、大丈夫か!」と大慌てで、シャナンが持ってきたお水を逆に渡す。こんなぐでんぐでんになるって、どんだけ呑んだんだよ……。
もきゅもきゅ、と今度は安全な水を煽り、ほふっ、とひと息ついた。私たちは安堵してたら、ボギーはスイッチがONしたのか突然立ち上がった。いぃ!?
「皆ひゃん、聞いてくださいっ! あたひたちは、もうすぐお店をおーぷんします!」
「おうっ、嬢ちゃんが、オーナーか?」
「頑張れよっ俺らも応援してっぜ!」
「うん、がんびゃるの! お店は、お菓子屋ひゃんで、ゆうひゃのれしぴっていって言うの! ひゅれいがガンバルから、絶対に来てね!」
やんやの喝采に、ボギーはにへら、と笑うと、今度は糸が切れたかのように、こちらにもたれかかってきた。
ゆうひゃのれしぴって。えーっと、つまり、勇者のレシピってこと?
……なんだっそらっ。




