LV158
円形広場のベンチに座り、日向のような笑顔をこちらに向けてくるヒューイ。それを余裕の微笑――っぽく取り繕った引きつり笑顔で固まる私。
……この気まずさといったらない。
蛇に睨まれた蛙。
断崖絶壁。
酸欠間際の金魚。
と、これらはさっきまでの和やかさが吹っ飛び、いま自分が置かれた状況を指す言葉。……いや、おかしくね?
さっきまで私たちはベンチに座って、普通の身の上話を聞いてたはずなのに。それもべつに重苦しい話題でもなく「良かったね!」と幕引きされて終われたはずが、この緊張の睨めっこが始まるとは……何故にっ!?
そう内心で憤ってはみたが、ヒューイは、私が感じる気まずさがへっちゃらなのか、まるで弱った金魚を狙う猫のように、こちらを凝視してくる。その奥にある瞳は穏やか一色。
その穏やかさが私を追い詰めるというのに!
……マズイ、どうにかこの難局を打開せねば……ど、どないしよう? まさか、変顔をして笑いを取るとか。いや、それでこの空気は一掃されるだろうが、また別の気まずさが……てか、ちょ、ヒューイの手が、私の髪に触れるように伸びてきてない!? そ、そんな、私は頭を撫でられるような年齢では、はわわっ!?
「あれ、ヒューイじゃない? わっ、そうだ。おーいっ、そこでなにしてんのー?」
と、突然に朗らかな声が響いてきて、気まずい沈黙をぶち破られた……た、助かった! 見ず知らずのお方よ。ありがとう!?
やってきた助け舟に合掌をしかけた私だが、声の主にゲッ、と硬直した。
円形広場から少し先の、通りに止めた馬車の小窓からおーいっ、と手を振っていた娘は、ボクッ娘ことエミリア・ハミルトンだった。
彼女は馬車から下りて、にこやかにこちらへと向かってきたが、隣に私がいると、なにやら目をパチクリさせて、ニコッ、と笑顔をくれた。
……あら、ボコボコにしたことを忘れてくれたのかしらん。と、私はホッとしながらも、視線を外すと、エミリアは今度はヒューイに笑いかけた。
「ごきげんよう、ヒューイ。冬休みにこ~んなとこで、他家の侍女となにしてんの?」
「ハミルトンさんこそ。そんな恰好してお出かけして、用事があるんでしょ? こんな所で油を売っていいのかな?」
確かに。
エミリアはエイみたいに後ろに一本伸びた髪型だとか、制服の襟が折れてたりとかして、まったく無頓着な男の子っぽいのに、今日は普通に淑女っぽいぞ。
どこかのパーティにお呼ばれしてんのか、胸元にスパンコールがついた藍色のイブニングドレスに、首を巻くのはモコモコの白いファーつきのマフラーで、小脇にはポーチまで抱えちゃって、いったいどこのお嬢様だ?
そのお嬢様は「あはっ、これ?」と、ヒューイに言及されたドレスを翻したが、残念。といった感じに眉根を下げた。
「実家の言いつけで、トモダチの誕生日会にお呼ばれ中……まったく面倒だよねぇ。とくに親しくもない相手なのに。ウチの兄さんが次期当主なんだから、そっちに仕事を回して欲しいんだけどなー。でも、兄さんも愛想笑いのひとつもできないから、しょうがないけどね。さっさと姫様を落とせないのも、あんな仏頂面をしてるからなのになー」
と、兄のヘンリー君のモノマネか、その眉間に縦に指をつけてみせた。
「……で、そっちはなにしてんの?」
「べつに。休みを満喫しに、皆で遊びに来ただけ」
「ふ~ん」
ヒューイは向こうで鳩にクレープをついばまれて、悲鳴を挙げてるジャンを振り仰いで見せた。が、エミリアはとくに興味なさげに向こうを見もせず、私の顔面表皮をなぞるようにガン視してくる。
……私への恨みを思い出したの? と、一瞬身構えたが、エミリアはとくに腐すでもなく、ヒューイに視線を戻す。
「そうなんだ。にしても、この組み合わせって接点ないよね。ラングストン家とローウェル家って、べつに縁もなにもないでしょ? それに勇者君の姿もないし、なんでどうしてなの?」
「……接点とか関係ないんじゃないかな? ぼくがだれと付き合おうと、気にするようなことじゃないと思うけど」
「邪険にしないでよぉ。ただ普通に気になっただけだもの」
と、エミリアはぷくっと頬を膨らました。が、すぐにゆるりとその頬を緩めて、
「あ。そだ。これから良ければキミも来なよ、誕生日会に」
「え?」
……相変わらず、突拍子もないなこの娘。誕生日会に誘うって話しが繋がってなくね。そもそもヒューイはお呼ばれしてないでしょ。
「……いや、ぼくはお呼ばれしてないんだけど」
「そんなの気にしないでいいよ。べつに招かれてなくたって、ボクが連れてくる客のことだぁれも文句は言わないし、言わせないからさ。女の子同士で話すとか、めっちゃ退屈なんだもの。キミが傍にいれば、楽しいから、ね?」
「急に言われても……ぼくはそんな面白い話しなんかできない――」
「そんなことないよ。好きな人と一緒にいるだけで楽しいじゃない?」
エミリアはいきなりヒューイに飛びついたと思ったら、その腕を互いに絡ませた。
……これってあの、何気に告白!?
この急展開についていけず、あんぐりと口を開けてたら、ヒューイも細目を白黒させて絶句してる。だが、硬直する我々に、エミリアは笑顔を向けると「勘違いしないで。ボクはフレイのことも同じように好きだよ?」と、あっけらかんと言った。いや、余計にワケがわからんての!
「……ちょ、どういう意味なの? あの揶揄ってるとか、止めてくれない!?」
ヒューイが気が動転してか、そのエミリアの手を外そうとしたり、こっちに助けを求めかけたり、と四苦八苦してる。でも、エミリアは至って呑気な調子で「だからぁ」と、続けた。
「ボクは強い人とかキラキラとした物が大好きなの。前は親が「勇者君と結婚しろー!」って、うるさかったし? そんでボクも、勇者君が一番強いかなぁ。って思ってたから好きだったけど。でもその勇者君をヒューイが倒したから、いまのボクの一番はヒューイってわけ」
ニカッ、と毒っ気もない様子で、ヒューイの腕にすりすりして言った。
……それはまた、随分と変わった恋愛観をお持ちのようでスネ。
「そうかなぁ? ボクん家って、代々軍務卿の家だからさー、自分より弱い相手なんかと結婚したくないのねー。初めは、同じ女の子のフレイに負けて、めっちゃ悔しかったけど。考えてみればフレイも悪くないなぁ。って思ったけど、女同士だと子供は作れないのは、マズイでしょ?」
「…………」
「…………」
「だからフレイのことは泣く泣く諦めて、いま三番目ぐらいに好きな感じ? で、勇者君はいま二番目。でも、それも悪くなくない? 勇者君とフレイ同士でくっついて後は一番のヒューイとボクがくっつけばいいもの。ね、これで皆で仲良くできるでしょ?」
エミリアは自分の意見に、疑問を抱いてもないのか、自信満々に言っている。
いや、まるで意味がわからんぞ。
ヒューイとエミリアがくっつくのは、当人同士だしご随意に、ではあるが……いったい何故、私とシャナンがくっつく必要がおありなのでしょう? その必要性はあまりないのでは――
「そんなのダメだよ!」
「そうです!」
おわっ!?
……び、びっくらした。
ヒューイが珍しく声を荒げたのもそうだが、耳元でもボギーの声が、キーンて痛い……ボギーたんいつの間に来て――ま、マズ! 絶対に寮の外では出さぬはずの裏の顔が出ておられる!? はわわっ、な、なぜそんなにお怒りかっ!?
「なに一番とか二番とか勝手に決めてるのさ。ぼくらは物じゃないんだよ? そんな風に、その……くっつくだの、なんだのって、成立させないでよ」
「えぇ~? 組み合わせに問題あった?」
「大有りです! 当人同士の意志をおざなりにしないでください!」
「そう~? でも学院の生徒たちの生徒を総合すれば、こうなるでしょ? それにこの中に姫様とか入ってきてもなぁ。少しは、ボクん家の都合も考えて欲しいんだけど……」
「そんなこと知らないよっ!」
……意見のぶつかり合いというか、喧嘩なのかを、いったいどう収束させたらよろしいのかしら? 私は能無し、と罵られてもこの解決法を過分にして知りません。
てか、周りの聴衆の方々の目もあるから、あの、ちと、せめて声量を落としては頂けませんでしょうかね。
私がオロオロとしていたら、エミリアは機嫌を損ねたように、プイッと腕を組んだ。
「フーン。あっそ、まぁ急に言ったボクも悪いのかなぁ。けど、そういうのって突飛なことじゃなくて、貴族なら普通に考えることでしょ? ヒューイにしても、ボクとの関係も考慮しておいて欲しいんだけど。これはハミルトン家の意を汲んで貰いたい、かな?」
「……家の意?」
「養子のキミはそんな立場が強くないんでしょ。強引にキミを後継ぎに据えた当主さんにも親戚に言われてるっぽいじゃん」
「…………」
「もしも仮にどことは知れぬ侍女なんかとくっついたら、次期当主としてはどーなんだろって、もっと言われるよ? でも、ボクらがくっつけば、ラングストン家に多大な貢献ができるよね。そうなれば、キミの立場はど~んとアップして、あーだこーだ、言ってくる親戚も蹴散らせるんだし。ね。これって悪い話しでもなんでもないでしょ?」
「……キミの言うことはわかるよ。でも、ぼくは、」
「返事なんていいよ。急に言ったボクも悪かったからさ……よ~く考えといてよ、ボクとの付き合いにしても、キミの立場もね。じゃねー」
と、エミリアは来た時同じように馬車に慌ただしく飛び乗ると、すぐに馬車は発車して見えなくなった。
ヒューイは気落ちしたのか、エミリアの言葉を噛みしめるように佇んでいる。
……きっと、エミリアの言う立場について、考えてんだろね。養子にしてもらったのに、貢献するには、いい婚姻を結ぶのが一番に手っ取り早いからな。
エミリアの意見の伝え方は、突飛だけどもべつに間違ってはない。けど、なんていうか。……モヤモヤするね。
「あ、ごめんね。ぼくの事情で、なんだか場が暗くなっちゃったね……彼女もヘンな人だよ」
「そうっすね」
と、ヒューイが肩をすくめて微笑したのに釣られて私も笑うと、ブルーな気落ちが伝播してたボギーも「そうよね」と、場を盛り上げるように笑った。
「あんな風に馴れ馴れしくしてきちゃって。パーティなんてあたしたちの格好からしたら無理ってわかりそうなものでしょうに」
「そうそう。学院でも浮いてるのに、そんな場所にまで行って浮きたくないですよ」
「……フレイは何処でだって浮いてるでしょ?」
「えぇ!?」
「あははっ、確かにね
……むぅ、ヒューイまで笑うとか、私はそんな浮いてますかね?
「まぁ、それでもいいっすよ。周りがどうこうとかって、思われることを気にするより、自分がどうありたいのかを考えた方が、いくらもマシってもんです」
「……そう、だね。うん、ぼくもそう思う」
気持ちに整理をつけるように、ヒューイはそっと目を閉じて頷いた。
さて。そーいや、ジャンはなにしてんの? と、思ったら、なんだか、鳩の羽を頭につけたジャンがズタボロの格好で近寄ってきた……その恰好なに?
「いや、聞いてくれよ、ひでぇんだぜあの鳩ども! オレが少しクレープを分けてやったら、全部寄越せってついばみやがって! しかも喰い終わったら、サッサと逃げんだぜ。いったい、どういう教育されてんだよ!
「……鳥に教育してる輩なんているワケないっしょ」
犬に襲われるわ、鳩にも襲われるわ、動物への相性が悪いんやね。
「あぁ、もうムカつく!」と、地団太を踏んで、悔しがるのに、ヒューイもボギーも指さして笑った。
……やれやれ。
だが、しかし、ジャン、グッジョブだ。




