LV157
私たちはわいのわいのと駄弁りつつ、公園にある湖へとやってきた。
活力に欠けた陽が昇りつつあるも、真冬に突入した寒さでは、出ないよりはマシという程度だ。
この小さな湖をを渡る風も冷たいが、村では嫌という程、お目にかかった雪もまだ王都では見かけたこともない。
これがボギーに言わせれば、なんか冬らしくないなぁ。と思うらしいが、寒がりであり、暑がりでもある私には、雪がドカ積もりした王都の姿なんて見た瞬間、寮のドアをそっと閉じて暖かなベッドに避難するね。
そんな寒空の下、すでに鼻をトナカイのようにしてるジャンは「稽古しようぜ!」と、ニコラを誘って木剣で稽古中。付き合わされた格好の二コラは「えー!」と、悲鳴を挙げたが、嫌がる間もなく襟首を掴まれズルズル引き摺られていく。
……ジャンが珍しく本気だ。
このヤル気の正体は如何に? とか、考えるでもなく、原因は隣のボギー様でしょう。やれやれ。女の子にイイ所を見せたいと、剣の道に邪念を持ち込むなど修練が足りぬな。
しばらく、ボギーと一緒に冷やかし解説をしていたら、ヒューイが思い出したかのように「そういえば今日はシャナン君はどうしたの?」と、言った。
「今日は朝から外出ですよ。せっかく勇者様たちが村から来られてますからね。親子水入らずで王都観光をなされるそうで」
「そうなんだ」
そうなんですよぉ。……私たちも侍女としてその観光のおこぼれに与れぬか、と思いつ同行を申し出たが、空気読めない勇者が「ふたりとも冬休みだからな。こんな時ぐらい、我々の世話のことなど忘れてゆっくりと休め」と、やんわり要らぬ気遣いを起こされた。
……いや、毎日が休みで寮にこもりっきりだし、退屈なんで出かけるのも迷惑どころか、逆にご褒美ですよ! エリーゼ様ともお話ししたかったのに、ガッカリ。
まぁ、しょうがないね、勇者は政治力0だものね。と、我々は溜息をついたら、ヒューイは「そうか」と、少しく頷いた。
「退屈なんだったら……良ければこれからぼくらも街に遊びに行かない?」
「え、街に?」
「そう……ダメ、かな?」
と、眉を下げるようにヒューイはこちらを伺っている。
……う~ん。どうしよっかな。今日はこれからヌクヌクと、お布団のなかで惰眠を貪る予定が「行きなさい」
え?
突然のボギーの声に振り向けば、見るものすべてを慈しむような微笑みを浮かべておられました……ぼ、ボギー様? いつぞやに慈母神に転生をされたのですか?
「フレイも毎日、退屈。と言ってらしたでしょ? それがヒューイ様からこんなありがたい申し出を貰ったんですからいい機会です。いって参りなさい」
「……なるほど。じゃあ、ボギーも一緒ならいいっすよ」
「えぇ!? あたしが付き添いにって、なんでよ!?」
保険のためです。
私がムシャムシャと、街で買い食いに耽ってたのを、あんな憎らしい目で睨んでたのが、真逆のイイ笑顔! で外出を後押しするとか、裏があると勘繰るのが普通です。ノーモアトーマス! ノーモアトーマス!
「ボギーだけ寮で独りで寂しくしていて、わたしだけ美味しい思いなんて。友人としてそれはどうなん、ってワケです」
「……いいわよ、あたしのことなんか」
「じゃあ、申し訳ないですがこの誘いはお受けできかねますね」
ツーン、と突っぱねたら、ボギーは軽く呻いてヒューイと私をと交互に顔を確かめた。すると、ヒューイが軽く苦笑して首を縦に振ると、ボギーは溜息をつき「わかったわよ」と、がっくり頷いた。ふっふーん、決まりっすね。
街に出かけるから、と稽古していたふたりに告げると「オレも行くから!」とジャンはやけに鼻息が荒いね。
苦笑混じりに木剣の片づけを押し付けられた二コラも、行きましょうよ。と、誘ったが、「ボクはそんな野暮じゃないよ」と、寮に帰ってしまった。あらら、そんな遠慮することないのに……。
訪れた街の商業区画は、相も変わらずの賑わいを誇り、道を歩くだけでもひと苦労。
「どこか見に行きたい場所とかない?」と、歩きがてらヒューイに聞かれたが、特にはないかなぁ。
ボギーと一緒に出歩く時もそうだが、どこの店をお目当てに、と目的あっての行動じゃないからね。軽食を片手に、市場に並ぶ小物や本屋を眺めたりって感じで、ゆる~く街の雰囲気を楽しむのだ。
「我々は専ら食べ歩きが基本ですからね。ちょうど、昼時ですし市場に行きますか?」
「そうだね。食べ歩きなんて初めてだから楽しみだな」
「え、マジかよヒューイ!? ……あんな美味いのに、もしかして市場に来るのも初めてとかなん?」
「まあね。なにが入ってるかも知れない料理なんて! ってクルトワが許してはくれないんだよね……」
……不正蓄財してるくせに、頭が固いな。そーいえば純粋に良家の出、なんていえるなヒューイだけっすよね。ジャンなんかは貴族といっても、むしろ我々の立場に近いし。
ヒューイ様に市場の歩き方を教えて進ぜようぞ。と、我々はそぞろ歩きで、屋台の続く通りへと入る。と、早速、肉の焼けや匂いや、様々な匂い混然とまじりあって食欲をそそられる。涎がじゅるっと! きて、まさにより取り見取りだ。
こんなにも多い人ごみだと並ぶので時間が経っちゃうので、取りあえずは皆で手分けして買い付け、後で集まって頂こう。と、やくそくをして、我々はそれぞれの出店に散った。
私は焼きたてのソーセージパンが狙いよ。
ここはなかなかの人気店故か、行列ができている。しかし、アレはゲットせねばいかん。と、ワクテカして待つと、ようやく私の番だ。ぬふふっ、来た来た!
私は人数分を含めて、こっそり自分用にふたつ程求めて、熱い内に頬張る。と、これがウマウマだ。ソーセージを噛むたびにじゅわっ、と旨みが。これは絶品を軽やかに跳躍し、もはや至福……。
って、おっと、いけない。やくそくの時間が。と、私はてけてけと荷物を抱えて待ち合わせ場所に行けば「おせーぞ」と、ジャンが待ちわびたように言った。いやいや、ごめんよ。
「それで、どうでしたか?」
「おぉ、バッチリだ。美味い物買ってきたゼ~?」
どれどれ、って……ジャンはチーズパイに、ボギーはクレープか。ヒューイは初めてのお使いならぬ、市場通りにケバブをチョイス。フッ、良いセンスだ。
それぞれ持ち寄った物を抱えて、銅像が立つ円形広場へとやってきた。そこには私たちと同じく、軽食を片手にくつろぐ庶民が多くにいたが、この寒空ではベンチに座るお客は少なくて、ベンチは空いている。
私たちはそこに座ると、さっそくはヒューイはソーセージパンに躊躇してかぶりつくと、目をパチクリして「美味しいね、これ」と、言った。フッ、返す返すも良いセンスだ。私も負け時と、脂っこい軽食に舌鼓を乱打した。
ふぅ、身体も暖まって、お腹がふかふかしていい心地だ……ボギーも隣で「ふわぁ」と出てきた欠伸を手で隠してる。それを、マジマジ凝視したら「……見ないで!」と、怒って、鳩にパイの切れ端を与えてるジャンの元へと行ってしまった。あらら、乙女心は、かくも繊細な物であるのか。
「……フレイは休日はこうして過ごしてるんだ。ゆったりできていいかもしれない」
「毎週ってワケにはいきませんけどね。こんな散財してたら火の車ですよ」
「あはっ、確かにね」
「ヒューイは休日はなにをしてらっしゃるのです?」
「ぼく? べつに読書とか勉強の予習とか……後、手紙を書くことぐらいかな。毎日、ポストを開けるとお手紙がわんさか来てるからね。その返事に、半日潰れることもざらにあってね」
「……へぇ、以外に顔が広いのですね」
「うぅん、お義父さんの縁から派生した交友ってだけ。週末になると、たまに貴族内での誕生日会とか、ちょっとした私的なパーティにお呼ばれされてね。その御礼状を書くだけで腱鞘炎になりそうだよ」
ヒューイが苦笑して右手をヒラヒラとさせた。付き合いが多いのもタイヘンなのね。
「……実は、フレイには迷惑をかけちゃったけど、レオナールとのやり取りの後、本当の父さんとも手紙をやり取りできるようになったんだ」
「え、ほんとに?」
「うん、前には遠慮してたんだ……ぼくはいわば、養子でしょ? だから、ラングストン家の忠義が疑われると思われるから、父さんには一度も連絡したことなくて。でも、そのことを一度、お義父さんに相談したんだ。手紙を送ってもいいか、って」
「返事は?」
っと、おずおずと訊ねたら、ヒューイはクスッと含み笑った。
「それが悩んでたのがバカらしいぐらい、あっけなくいいぞ。ってひと言だった。ぼくが、ぽかんとしてたら「ラングストン家を乗っ取る算段をしかと立てておけよ!」とかお義父さんに大笑いされたよ」
「……それは豪気なお方っすね」
「でしょ? フレイのことも、その時話したらウチに招きたがってたよ「あの女王陛下に大演説をかました娘かっ!?」って、フレイのことも、お菓子にも興味津々さ」
「そ、そうですか?」
……演説って、王城で辺境伯の鼻をへし折ったことか。べつに後悔なんてしてないが、悪目立ちしすぎてやしません? にゅっ、ととぐろを巻いた私の不安感をよそに、ヒューイはうん、と軽やかに頷いた。
「けど、お義母さんには、逆に心配かけてしまったんだけどね。ぼくが元の家に戻りたがってるんじゃないかって。でも、ちゃんと義母さんとも胸の内を明かして、話したんだ。ラングストンの家族も、マクシミリアンの父さんも両方いまでは大事に思ってるから、出て行ったり投げ出したりなんてしない。それに、その……ぼくが結婚をして、その……子供ができれば――」
「子供ッ!?」
私は白い目をして振り向けば、ボギーがはたっ、と自分の口を手で覆ってた。
……盗み聞きっすか。
「い、いや、なにも聞いてないから、続けてどーぞ!?」
って、後退りしていった。
……まったく。と、私が溜息をついて「えっと、ヒューイが結婚して、子供ができれば、ちゃんと両方の家が継げるんですね」と、話しを戻した。
「あ、う、うん……そう、なんだ」
と、気恥ずかしくなったか、女子みたいに顔が赤くなってる。すみませんね、ウチのボギーちゃんは。
「……ぼくは元の父さんに棄てられたと、思ったけど違うんだよね。父さんなりにぼくのことを考えてくれたこと。それに、いまの義父さんたちもぼくを大事にしてくれている。だから、どっちを選ぶとか棄てるとかじゃなく、いまなら胸を張って、両方の家族が大事だって言える……そう、ぼくが思えるようになったのは、フレイのおかげだから、本当にありがとう」
「……いや、そんな、わたしなんて切欠にもなりませんよ。元々はヒューイが手繰り寄せた縁ですよ」
「うん。今度はすれ違わないように、大事にしあえるように、話し合えるようにってね」
いいことだと思う。ミルディン卿も、ヒューイもやっぱ親子で似てて口下手っぽいタイプだからね。きっと手紙でだったら、伝えられることは多くなるんじゃない?
………………ははっ。しかし、その、人と話すときは眼を見て話せ、というけど、こう、ちょっと、凝視し過ぎじゃないかしらん? そのキレイな黒目が離れずで、圧迫感というか、逸らす機会がないんですが……これ、どうしたらいいん?




