LV156
帰り道でボギー様はホクホク笑顔で「どんな店にしよっか?」と楽し気にされている。それとは対照的に、私の心はズタズタです。
「オマエはチョロすぎだろ」と、シャナンの呆れた目がザクザク、繊細ハートに突き刺さり、血がどくどく流れだす黒ひげ危機一髪状態だ。
……止めて、そんな目で見ないでっ! と、懇願したくともあんな安~い挑発に乗ってしまった身では反論もできないわ。
「きっと忙しくなるわよ~。店舗の清掃やって、フレイの菓子メニューも決めて、ペンキを塗る。と、あんな色褪せた外観だと、お客さんが寄り付かないものねー。それからそれから、宣伝に、あ、そだ名前も決めなきゃ! ね。王都のお菓子屋さんって、どんな名前があるのかしら?」
「……知りませんよ」
「知りませんよ。じゃなくて、フレイもヤル気出してよね~」
キャッキャウフフと語る夢は素っ気なくあしらったら、ボギー様は私の手を掴んでプラプラと揺らしてくる。
こういう時だけ可愛い子ぶっても、子憎たらしい上にやっぱり可愛い!
だが、それとこれとは別腹だ。
かの邪智暴虐なる英雄トーマス・ラザイエフ氏の忠実なる配下となった旧友のため、な~んて私が尽力するいわれなどないっすよ。そこまで私はお人好しではないからね。
「あたしのために、とかじゃなく、むしろフレイのためにも頑張らないとダメでしょう?赤字に転落したらゴールインしちゃうのはあ・な・た」
「ちっ!」
「あ、それともフレイはトーマス様と実は結婚したいとか?」
「したくないッすよ!?」
「ならちゃーんと働かないと。赤字出したらタイヘンよ~」
ぐににぃ! 他人事だと思ってニヤついて……てか、働いても働かずとも罰ゲームて。なにかが果てしなく間違ってる気がする。
そんな風に歯噛みした私に、シャナンは溜息をついて、
「……ほんとに大丈夫なのか、経営初心者のふたりが店を構えるなんて。やっぱ無理なんじゃないのか?」
「それは――」
「大丈夫ですよ! あたしもフレイもバッチリ稼いできますから!」
その自信がどこから溢れてくるのかボギーが胸を張った。真に受けたらダメっすよ、と、白い目をしたら、シャナンは軽く咳払いして。
「具体的に店を回していくっていうプランというか、道筋みたいなのはあるのか?」
「どうなのフレイ?」
「わたしぃ!?」
やはり根拠ない自信だったか。
……どうするって、言われてもそうねー。私が仮に王都に店を出すのなら、庶民目線のお菓子屋さんが理想かなぁ。
セレブ通りだと、ガラガラと店前まで馬車で乗り付け、キャリーケースいっぱいに商品を詰め込み、後ろの馬車が積み荷で満載。といった姿が、あちこちで見受けられる。
そういう荒っぽい買いつけ方が王都の富裕層の基本らしいが、我が愛しのお菓子たちが満載の商品の下で、ぺしゃんこなんて扱われるのは見たくはない。
「それに、あんな狭い通りではそういった客はそもそも寄り付かないでしょうし、必然的に庶民でも手を出せるような価格設定にしないと、生き残れませんわ」
「立地場所を考えればあそこは庶民の生活圏だしな」
「そうそう……となると、わたしの菓子レシピのなかでも財布に優しい品を提供するのがベストでしょうね。ちょっと背伸びしたけど、買えて嬉しい! といった感じに、ご褒美的な商品と価格を目指しますか」
「その辺はフレイに任せるわ。頼りにしてるわよ~」
フッ、任せてくださいよ。仮にも異世界転生主である私ならば、今世人の胃袋と財布を掴むことぐらいスライムの首をひねるぐらい容易いことです……って首はなかったか。
しかし、ボギー様も頼りにしてるわ。なんて殊勝なこと言ってくれて嬉しい。ようやく私の存在価値を認めてくれたというか、愛玩動物チックなくくりから外れてくれて。
一緒に、頑張りましょう! って、笑顔に癒され――
……あれ?
いつの間にかボギーにおだてられる内に、具体的なプランを進行してる気がするけど、え、まだ、私は引き受けるとか、言ってなくね?
明くる日から、ボギー様は身近なとこから宣伝を始めた。
といって、身近なとこでヒューイやジャンたちを公園に呼び出し「店をやります!」と、告げるだけという、半径一メートル範囲のお手軽広報です。
こんな寒空の下に呼び出して宣伝かよ! って、ジャン辺りに文句を言われるか、と思ったが、以外にも「絶対に来てくださいね」とボギーがにっこりすると「絶対、買いに行くから!」と、ジャンは犬のように尻尾をフリフリしていたのにはおやぁ? と、察しざるを得ない。
「お菓子屋さんって面白そうだね。確か王都にある菓子の専門店なんて、数える程しかないんじゃないかな?」
「へぇ、そうなんですか」
さすがは物知りヒューイだ。騒ぐ我らの背後から、にっこり貴重な情報をくれる。
「うん、前にお義母さんとお土産を買うのに付き合ってね。多少、覗いたことがあるけど、そこでは「女王陛下のかすてら」が確か……金貨数枚とかしたような気が……」
「えぇ!?」
か、カステラで、金貨数枚とかぼったくりでしょソレッ!?
と、目を見開いて驚く我々にヒューイは「でも結構、売れてたよ」サラッと言う。
……うへー、さすがは王都高級ブランド。その名で包めば、村で銀貨でいくらの物が、金貨に早変わりとか。
「……オレたちには、絶対手が出ねぇよなぁ」
ジャンが果てしない格差に呆然と言った。私も激しく同意するよ。
「ボクも同じかな。けど、そこは高級品しか卸さないっていう店だから、クッキーの詰め合わせのセットでも、同じぐらいの値段だよ」
「……ウチもやります?」
「や・り・ま・せ・ん! そんなあこぎな商売は許しませんからね!」
怒られた。
……金貨に心は惹かれるが、店長たるボギーのその方針には、私も共感するけどね。
しかし、思ったより経営は難しいかもしれないわねぇ。
ヒューイの話しだと、菓子の専門店はどこも同じような値段設定みたいだし、庶民たちも菓子=高級品っていうイメージが染みついてるだろう。
そもそも高い敷居に尻込みして、買いに訪れてくれる人が少ないかもしらないわね。
むぅ、と私が沈痛に頭を抱えたら、ボギーも不安になったのかこちらの袖口を掴むと、
「ヒューイ様もきっと来てくださいね! 店が赤字になったらフレイがトーマス様と結婚することになるんですよ」とヒューイに哀願口調で訴えた。
「そうなの?」
と、ヒューイは眉根を寄せると、糸目をこちらにジッと向けた。
……そうなんですよ。私の知らぬ間に、というか、邪智暴虐の英雄トーマスの用意周到な狡猾な罠のせいでしてね。
「とにかくお願いします、絶対に買いに来てくださいね!」と、私たちが拝むようにして一緒に頼んだら、ヒューイは「わかった」って、大いに頷いてくれた。やった!
「ボクも必ず買いに行くよ。なんなら店ごと買い占めてもいいしね」
わっ、豪気だなぁ。ソレは流石に冗談にしても、ありがたいっすよ!
ヒューイとジャンに念押しをして頼みつつ、やった、と手を握って喜んでたら、ボギーはやけに悪い笑顔をされていた。けど、それ以上になぜか後ろの方でぐったり顔の二コラが「……ぼったくりでしょそれ」ってボソッと呟いたのは、聞き逃せないわね。
値段は良心設定にするって言ったのに、どこがぼったくりなのよ!




