LV155
「いやー、誠意ある話し合いをすれば、対立した相手とも円満に仲良くなれるものさ」
うんうん。と、トーマスさんがにこやかな笑顔で空々しい台詞を吐いた。ウソをつけ。私は誠意なんか、一度も見たことはないぞ。
「俺とフレイちゃんの店!」と、のたまう怪しい地上げ屋さんに、私はいち早く巻き込まれる危険を察し、遁走を試みた。が、あえなく御用。「嫌だ、帰る!」と、柱にへばりついての抵抗も虚しく、私は二階の居住スペースに連れ込まれてしまった。
……クッ、あの得意げな顔が忌々しい。なによりも、ロックした手を外したのは、親友であるボギー様というのがショックだ。
どーせ、私が抵抗すると知って、先に懐柔しておくというそのあざやかな手並み。
さすが勇者一味よ。と、恐ろしさに身震いしたが、そのやることがいたいけな美少女に無理難題を押し付けるとあっては、才能の無駄遣いがしすぎだと思う。
「……で~、今度はまたな~んの厄介事を押し付ける気なんですかね~」
「フレイ、肘をつかないの! ターニアさんの前でしょ」
……ハイ。確かに茶を淹れてもらった他人様の前で、お行儀が悪いわよね。
失礼しました。と、断ると、ターニアさんは「いえ」と、かすれた声で言った。
ターニアさんは、三十代も半ばといった感じだろうか。
茶髪をシニヨンにして後ろに束ね、ほつれた髪や左目の下の泣きぼくろは色っぽいが、暗~い佇まいや、ガリガリさん体形のせいで、やつれた印象が強い……こういっちゃなんだけど。やけに存在感が希薄な人だな。
地上げ屋さんの話しだと、店の前の持ちオーナーさんで。いま現在は店長さん? で、よろしいだったか。
「ここは俺とフレイちゃんのお店!」とか、尚早、地上げ屋さんの妄想の領域についてを問いただしたい所だが……ちと、前のオーナーさんの目の前で話すのもはばかられるわね。
「えっ、と、このお店はパン屋さん、でしたっけ。店はいつ閉められたんですか?」
「……いえ、まだやってます」
うっ、な、なんかターニアさんの周りに、どんよりとオーラが渦巻いてる……え、私、うっかり地雷ふんじゃった!?
「そ、そうですよね! ハハハっ、いまは昼だしかき入れ時ですもの! い、いやぁつい冗談で。あはは、騒がしくしちゃって、お客さんの邪魔になったら迷惑っすよね!」
「…………ウチが、そんなに繁盛してるように見えますか?」
「「「「……………………」」」」
……世間話もできんぐらいに、地雷が敷き詰められておるのかっ!
い、いったいどこに、足をつけたら正解なのっ!?
「あぁ、うんっと、そう。イチから説明すっとだね。ここは、ターニアさんと亡くなったご主人が経営していたパン屋さんなわけ。うん、でも、最近は業績の低迷が続いていて、店を手放すことも考えてたそうなんだよ」
「そ、そうでしたかぁ……」
チラッ、と、我々はターニアさんを眺めたが、大丈夫。周りの空気が淀んでない。こくこく頷けば、ホッと安堵したトーマスさんは続ける。
「でね、ターニアさんも借金が課さんで、一度は手放そうか、と思ったけど、亡くなられたご主人を想えば、なんとか残してくれたパン屋を続けたいって、強い想いに駆られたそうでね。まぁ、俺としてはフレイちゃんが受け取ってくれなかった、誕生日プレゼントにこの店をあげようかな。って考えてたけどね。でも、円満に出て行って貰う最良の手段がみつ……からなくって良かったなぁなんて思った次第だよ! ね、そ、そんな涙目にならなくても大丈夫だよ、ターニアさん!」
……トーマスさんも地雷を踏みつけまくってますな。
「だ、だから、そう、その~折衷案という感じで、俺がこの店を所有権を買い取ってだね。そこのテナントで、ターニアさんにはいままでどーり、パン屋を続けて貰う。んで週末の二日間だけ、フレイちゃんにお菓子屋さんを経営して貰おう。なーんて、名案を思い浮かんだワケですよ! ね、ターニアさん」
「……ハイ、ウチも店が続けられますし、二階の住居も明け渡さなくていいのですから。逆に有難い申し出です」
なるほどな~。
事の経緯は、よーくわかった。
よーするに、私にイヤリングをNOと突き返され、違うプレゼントに店を差し上げよう、と目論んだ。が、店子のターニアさんに、店を出て行くのが嫌だ。と言われ、仕方なく私にテナントを貸してあげるってことで、お茶を濁すつもりと。
これで「ね、褒めて褒めて~!」みたいに胸を張られるトーマスさんのことがよくわからないわ。
受け取って貰えなかった誕生日プレゼントの代わりが、週末休みを潰しての労働とか。罰ゲームを渡されて喜ぶ淑女がどこにいるの。
「え、どーして? フレイちゃんだっていつか王都に自分の店を持ちたい。と思ってたんでしょ。だから、お兄さんがその夢を後押してあげてるだけなのに……」
「ウソつき。どーせお店のあがりを懐に入れてがっぽり儲ける気でしょ!?」
「え、なんのことかわからないなぁ」
やっぱりな。爽やかぶって髪をかき上げたって、胡散臭さは増すだけですよ。と、その厚い面の皮を睨んだら、ボギー様に「そんなに怒らないの」と、宥められた。なんでよ?と、振り仰げば、スバラシイ笑顔が逆に怪しい……。
「トーマス様がここまで頼まれてるんだから、引き受ければいいじゃない。フレイはお菓子作りに専念できて、なおかつ夢まで叶う。それにターニアさんも助かるのよ。ね、そうですよね?」
「は、ハイ。……もし、この話がダメになったら、借金がどうなるか」
「ね、人助けもできて夢も叶う! こんなスバラシイ話しは他にないわよ?」
落ち込むターニアさんの肩を抱くようにして、ボギーが同情するように励ました。
……うん、その主張はわからなくもない。
けど、
「……ボギーは、なんだってそんな肩を持つの? 「あたしたちはシャナン様の御世話に来てるんだから、そんなのダメ!」とか、どーして言わないの?!」
「ふふっ、だってあたしもここで雇われるって、話が決まってるから。安心して。ちゃんと店長としてカバーしてあげるから!」
「…………」
親友は、すでにご立派な関係者様でした。
……クッ、バイトと称して勇者一味に取り込まれるとは、えぇい、我がしもべは何処におるかっ!
「そんなあたしも偉ぶる気はないわよ。フレイも店を持ちたいでしょ?」
「……わたしも確かに、王都に自分の店を構えたいけど、学生という身分と、ローウェル家の侍女と、陛下のスパイって。どれもこれもタイヘンなのに、その上、お店の経営とか正直、頭が回りませんよ」
「大丈夫だって。経営に失敗したってトーマス様が補てんしてくれるって話だしね」
「え、ホントに?」
トーマスさんってそんな太っ腹だったの?
「うん全然、問題ないよ。例え大赤字になってもフレイちゃんが俺のお嫁――」
「やっぱ無しですね」
と、私が茶のお礼を言って立ち上がると、シャナンも退屈だったのか、私のストールとコートを持ってきてくれ、そそくさと帰り支度をしてる。
お金は搾取され、その上失敗すれば嫁入り、とか。お金に目がくらんだ亡者たちには、ブラック起業への道はやりがいという名の搾取で舗装されているとは、努々視界に入らぬものなのかしら。怖い怖い。
じゃ、帰ります、と、階段の手すりに触れたら、トーマスさんの「なんだ」と投げやりな声が背中にぶつけられた。
「……赤字を出すのが怖いって、フレイちゃんも意外に勇気がないんだね。そんなに自分の作る菓子に自信がないとか」
「は?」
聞き捨てならないわね、その台詞。私をだれだと、思ってるの?
選りすぐりの料理人を出し抜き、女王陛下の専属の料理人となったこの名は伊達ではないのだよ? そんな私が作る菓子屋が、赤字を出すことがあるはずがな~い!
「じゃあ店の話は受けてくれるって考えていい?」
「やってやろうじゃありませんの。わたしの作る菓子なら王都中の度肝を抜くことぐらい、簡単ですからね」
と、ニヤリとしたトーマスさんと堅く握手をした。が、シャナンが呆れたように額を手で覆った。
「……オマエ、そんな軽い徴発に乗ってどうすんだ」
あ。




