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LV ?? 二コラ・バーバリー

「するとなに? そこまで口に出しかけといたくせに、土壇場になって気恥ずかしくって一世一代、あるかないかの絶好の機会に肝心のひと言をフレイに伝えられもしなかったってオチなワケ?」

「……そうだ」

「そうだ。っておい!? ……あんだけ、夏にダンスに誘えなかったの悔やんでたくせに、雪辱をきす所か、逆に婚姻の失敗をフォローされて逃げ帰るって……オマエ、どんだけだよ!?」

「…………」


 押し黙ったシャナンに、ジャンは呆れかえったのか「バカだこいつ」と、小さく言うと「うるさいっ!」と、シャナンが怒声を挙げた。

 ボクはスケッチブックから目を上げると、ちょうど顔面で枕を受け止めたジャンがそっくり返って後ろのベッドに倒れる所だった。

 ……埃が立つから喧嘩は外でやって欲しいんだけど。ボクは筆を置くと、

「その辺で勘弁してあげなよ」と、ジャンを宥めた。


「つってもよ~、フレイがいくら鈍いとはいえ、そんなシチュエーションになったらさすがに気づくだろ? そんで待ち構えていたと思ったら「オマエは良いやつ」って、落胆してもおかしくなくね?」

「まぁ、否定はできないね」

「…………」


 ボクらは短い帰郷を終えて、取って返すように寮へと戻ってきた。そしたら、シャナンがやけに落ち込んでいたのに、これは新年会でなにかあったな? と、ピンときたのか、ジャンがよせばいいのに、根掘り葉掘りと聞き出しにかかったのだ。

 ポツポツ、としたシャナンの口から語ってくれた世にも情けない新年会での失態ぶりと、婚姻を無視された顛末を語られた。

 たしかに、勇者の子としては、情けなすぎるエピソードだよね。


「二コラもそう思うだろ。ヘタしたらフレイに失望されてもおかしくないだろこれ」

「でも、フレイはそういうの気にしないと思うよ」

「そうかぁ? はた目からみたら、勇者って肩書きは飾りですか~ってくらいダサダサなのに?」


「僕は勇者じゃない!」と、シャナンがいつもみたいに返してくるかと思ったら、さらに鬱々とした表情で、まるで幽鬼のように頭から布団をかぶった。

 それには、さすがにジャンも揶揄い過ぎた、と思ったのかムクリと起き上がり、

「……あ~、げ、元気だせって」と、今更のように励ましてる。そんな暖かい言葉をかけるのは少し遅すぎだ。

 ま、そんな強気ぶってるジャンも、ボギーさんの前では借りてきた猫のように行儀良くなるのだから、シャナンを如何こう言えた義理はないけどね。

 ほんと、ボクらはローウェルの侍女たちに、振り回されっぱなしかもしれない。


「……二コラ、ま~たフレイを描いてるのかよ? まさかオマエまで、フレイに惚れてるとかじゃないよなぁ?」

「確かに、惚れてるといえば惚れてるかもね」

「ま、マジっ!? ……おい勘弁してくれよ。喧嘩とか嫌だからな」

「ボクのはそういうのじゃないよ。絵のモデルとして、こんな真剣に取り組んでるのは、初めてだってこと。それに後、もう少しで満足する仕上がりができるからね」





 ボクの唯一の趣味といえる絵を描き始めたのは、手のかかる妹たちへ本を読み聞かせるためだった。両親たちは領地の経営に忙しく、妹の世話は乳母さんと、長男であるボクの仕事。

 取りあえず、妹たちを静かにさせるには、母さんが夜眠るとき読み聞かせてくれた物語を聞かせれば一番だ。と思い、余った紙にサラサラッと、絵本にある一説であるところの、――勇者が邪竜を討伐するシーンを描いた。

 妹たちはソレを喜んでくれたが、ボクの絵をめぐって喧嘩を始めて、母さんはいけません! と、喧嘩のタネの絵を取り上げ、次に父さんが興味深そうに絵を取り上げ、次に近所の牧師さんに取り上げられ、と。


 周りの大人たちがボクの絵を絶賛し、これは芸術だ! と、褒めそやしてくれた。

 次第に、ボクに絵を描いてほしいとお金を出して頼みにくる人まで出て、次々に舞い込む依頼をこなしていたら、家が画材だらけになって、妹たちからは「お兄さんは貴族じゃなくて、芸術家さんなのね!」と、笑われたりもしたが、ボクは幾分、冷めた思いで周りを見ていた。



 褒めてくれるのも、お金を貰えるのも嬉しいことだけど、ボクが描いてる絵なんて所詮、芸術には程遠い代物だ。

 例えば、目の前にあるカップを手に取りあげ、それをキャンバスに忠実に拡げる。

 人が目にしたカップと、絵のなかにあるカップを、違和感なく違わず忠実に描けること。それが、芸術とはいえないことはだれでもわかるはずだ。

 絵を見なくても、元の完成品であるカップを手にすればいい。

 そうすれば、芸術がキャンバスから、より近い自分の手中にあることになるんだから。


 ボクは絵の中に描く理想よりも、現実にある事物の方により心を惹かれる。

 純粋に絵を描いて楽しかったのは、妹が喜んでくれた時だけで、後は依頼を受けないと、趣味として描くこともない。

 いくらパンを、描いたって食べられやしないけど、依頼となればお金が貰える。そこから、妹たちの制服の費用を賄えれば、それで十分なのだ。




 学院に入ってから、ボクはかの勇者の子息である、シャナンと部屋が隣同士になった。初めは寮生の皆も「……あの勇者が」と、それはもうドキドキで、あのクールな表情や、イケメンな顔立ちに、近づくのも畏れ多いという感じだった。

 ジャンが馴れ馴れしく話しかけるのにボクも付き合わされ、話してみればマジメで融通のきかなそうだけど、至って普通の男子で、ボクらはすぐ仲良くなった。


 ボクは学院でもお金を稼ごうと、美人絵を売ることを決めていた。

 だれがいいかなぁ。と、迷っていたけど、まず身近な所でシャナンの侍女であるフレイを描き、出来上がりを彼に見て貰ったが、芳しくない顔をして「……これは似てるがフレイじゃないな」と、ハッキリダメ出しをされた。


「顔の造りは似てるけど、まとってる雰囲気が違うな。こんな風に笑うことはない」

「そっか」

「……悪い。貶す気はないんだ。普通に上手に描けてると思うよ」

「うん、ありがと。売るには十分かな」


 と、ボクは軽く流したけど、時間が経つにつれて、なんだか苛々としてきた。

 あんな風にボクの絵を否定されたのは初めてで、否定されたことが上手く消化できなかったのだ。

 納得がいかなかったボクは、彼を見返そうと、一番売れる姫様よりも意地になってフレイのことを描いた。

 笑顔から、しかめっ面、泣き顔に、怒り顔。と、あらゆる、表情や構図をデッサンして、出来上がりをシャナンに見せたが、ことごとくダメ出しをされた。

 なかでも、ガラス細工のように、触れれば壊れそうな儚い微笑をしたフレイ――これは我ながら自信作だ。と、心が震えたものでも、あえなく――ボツ。

 ……なんでだよ! という憤りを隠しつつ、シャナンに何処が違うのか、と訊ねると、


「いや、悪くはないんだけれど、こんな風にお淑やかな感じじゃない……性格がひねくれてるというか、もっとズケズケと他人の心に入り込んでくるヤツだから」

「もっと、ズケズケって……あんな美少女なのに?」

「見た目を裏切るヤツなんだって。おかげで僕はあいつの起こすトラブルだのなんだの、とか、よく振り回されて、ほんとに苦労したんだ。村でも、祭りを開くとかいうのはいいんだが、僕の父さんの許可も得ずに勇者を讃えるだのなんだのって――」

「ふーん」


 って、シャナンは迷惑そうに顔をしかめ、思い出話しを語ってくれた。

 ……この話しが始まると、長いんだよなぁ。

 迷惑ぶってるくせに、嬉しげに頬がにやけてるしこれは彼なりの惚気なのかもしれない。



 しかし、モデルのことを知らねば、シャナンが満足する物は描けないはずだ。

 そう悟ったボクは、絵のヒントを求めその惚気話は元より、フレイのことを追ってみることにした。

 けれど、彼女の内面は知れば知る程、複雑怪奇でわからなくなる。

 フレイの第一印象は、冷たい感じの美人――かつ、かなり奇抜な発想のふしぎちゃん。

 っていう、イメージだった。

 その点は、ジャンどころか周り中の男子が同じ風に思われていたことだ。

 だって、変人でもなければテオドアみたいな上級貴族相手には、だれしもがこびへつらってるだけなのに、冷然とした笑みで一歩も引かぬ姿勢には、お世辞ではなく本当に凄い。

 他の女子たちから、シャナン宛に送られた花で作ったブーケをテオドアが独り占めにしようとするのを理路整然と宥めたり。

 テオドアの取り巻きに呼び出された時も、冷汗も流さず軽々と抜け出したり。

 あるいは、辺境伯家のレオナールに「侍女になれと」強引に誘われてもローウェル家への恩義を滔々と語る姿は、同じ侍女たちの語り草。


「まるで勇者に仕える忠実な騎士様だわ!」


 と、同じ女子なのに、うっとりとした表情をして憧れる子も多い。

 女王陛下に認められた菓子「かすてら」の生みの親でもあり、彼女がときおり、教室の黒板に描くお菓子のデザインも、フレイのふしぎっ子ぶりを演出する道具だ。

 ひとつひとつが小物細工のように緻密な菓子に「いったいどんな味がするのだろう?」と、ワクワクして眺める女子も多いけど、それはテオドアの取り巻きに見つかれば、即座に消されるのだ。


 でも、テオドア一味が躍起になるたび、成績優秀であるフレイへのやっかみでしょ。と、冷めた目をされるので、ほぼ逆効果だろう。

 フレイが発端として巻き起こる事件のひとつひとつが、ボクらみたいなうだつの上がらぬ下級の出自には勇気づけられるものだ。



 ――そうか! と、フレイのイメージがパッと浮かんだ。

 気高さのなかにあるしたたかさ、腹黒さ。

 それこそが彼女だ!

 と、ボクは冷血な薔薇とフレイをイメージを重ね、完成品を持ってシャナンの部屋に駆けこんだが、絵をひと目した彼は青筋を立て、首を横に振った。


「……いや、確かにアイツは腹黒いけど、いくらなんでも毒っけが多すぎるだろ」

「そ、そう?」

「というか、この顔だと惡の大魔王っぽいんだが……」


 ……確かに、モノトーンは暗い感じに仕上げたし、椅子に足を組んで座って微笑する姿は相当に悪いよね。

 でも、勇者パーティのトーマス様からお金をせびろうとか、罪人の腕をちょん斬って、お金を稼ごうとか、あるいは姫様と懇意にしてルクレールとの対抗を図るとか……そういう悪辣さって、魔王っぽくないかな?


「そういう顔もする時はあるが、それがフレイのすべてじゃないよ。あいつの悪辣さはもっと陽性というか……」

「悪辣な陽性ってなに、それ?」

「……僕もうまくは言えないが、フレイは嫌味っぽさがないんだ。いつも他人のためにって、動くヤツだから。だから、姫様と仲良くなったのも、べつになにかその立場を利用してやろう、とか、なにも考えてやしないさ」

「シャナンはそういう所が好きなんだ」

「ち、違うっての! ……てか、なんだって僕にあいつの絵ばっかり見せるんだ! 僕はあいつの専門家じゃないんだから、他に持って行けって」

「他の男子に持っていっても、フレイの絵は褒められるんだよ。唯一キミだけが満足しないんだ……ねぇ、フレイこと教えてよ。シャナンはフレイのことをどう想ってるのさ」

「言えるかそんなことッ!?」


 と、シャナンは真っ赤になって、ボクを部屋から追い出した。

 ……それもそうか。

 本人を目の前にしても言えないのに、ボクに打ち明けられやしないよね。




 手がかりを失しなったボクは途方にくれた。

 そもそも普通の女子の心すら、ボクには理解できるとは思えないのに、増してやフレイという奇人を理解する難しさは、並大抵のことじゃない。

 だとしても、ここで諦めるなんて考えは浮かばなかった。シャナンには迷惑がられても彼に満足して貰う以外の他に、自分が納得する術がない。

 それに、自分が本気で絵に向きあえたのは、これが初めてなんだ。

 ここで、中途半端に投げ出したら、すべてにおいても本気になることなんて無くなるんじゃないかと思う。



 幸いにも、シャナンの協力が得られなくても、フレイとはコボルト退治から話す機会が増えた。

 それでも朝から「食べましょー!」と、どこから仕入れてきたか魚の干物を持ってきた。……いったい、なんだって由緒ある学院で、魚の干物を食べなきゃいけないのか。

 その上、魚の骨だけをキレイに残して食べるのがイイ男の条件だ。と、よくわからない理屈を披歴して「つまり、わたしが一番にイイ男だということですね」と、キレイに骨だけになった魚を掲げて、ニヤッと誇ってたりする。

 いや、キミは女の子でしょ。

 と、ボクらは内心で突っ込んだが、ホクホクと魚を両手に頬張る姿を見て、なにか言うのは無粋だろう。

「あーんして?」と、シャナンとじゃれあってたりしてる姿は、本当に普通の女子っぽいけど、自分の主に魔術で魚を焼かせるとか、その時点でなかなかの変人っぷりで……ボクは挫折しようかな。と、本気で思った。



 でも、フレイと接するうちに、シャナンが言っていたことは、おぼろげにでもボクにはわかってきた。

 フレイは学院の廊下で寮生の子と楽し気に話し合っていても、テオドア一派のひとりが通りがかっただけで、寮生の子はすくみあがったように、フレイから逃げていった。

 後々その子がフレイに「……ごめんなさい。テオドア様が怖くて」と、謝れば、フレイはなんの気なしに「気にしないでいいですよ。貴女が睨まれるようになったらタイヘンですからね」と、笑っていたりする。

 彼女はとても複雑怪奇だけれども、ボクはその笑顔にわかった気がした。





「……二コラ、ま~たフレイを描いてるのかよ? まさかオマエまで、フレイに惚れてるとかじゃないよなぁ?」

「確かに、惚れてるといえば惚れてるかもね」

「ま、マジっ!? ……おい勘弁してくれよ。喧嘩とか嫌だからな」

「ボクのはそういうのじゃないよ。絵のモデルとして、こんな真剣に取り組んでるのは、初めてだってこと。それに後、もう少しで満足する仕上がるからね」


 と、ボクはキャンバスに向かってたら、ジャンは疑わしいという風に「ほんとかぁ?」と唸った。


「……シャナンのあの調子じゃ、まぁたボツされるんじゃないの。他の機嫌がいい日にした方が、いいんじゃね?」

「うぅん、大丈夫。なんとなしにわかったんだ」


 ボクがいままで描いてきたフレイは、他人から見たフレイだった。

 描いた絵が売れるように、他人が見て不快にも思わぬように――そうして、描いてきたフレイ。

 でも、売れるとか、売れない、とか。気に入るとか、気に入らない、とか。そんなのをすっ飛ばして、ボク自身の目を通したフレイはどんなだろう?

 そうして、記憶を探るフレイは、コボルトに襲われた時、颯爽と駆けつけてくれた時の凛々しい表情。

 そうして、王都に帰り着いてボクらを慰めてくれた時の、包み込んでくれるような優しげな笑顔――

 ボクの中にあるその、フレイを描けばいいだけ。そうして、ボクの絵を見て、そこから彼女の優しさを感じてくれるんだったら、ボクがお金以外でも絵を描く理由にだってなる、かな?


「……できた」


 ボクは、完成した絵を持って、頭から布団をかぶっているシャナンの前に差し出した。シャナンはフッと、目を逸らしていたけど、チラッと横目にしてた目が少しく見開くと、


「…………これ、ちゃんとしたフレイだな」

「でしょ? ボクに描けない物なんて、ないのさ」

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