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LV153

 新年会から一夜明け。翌日、私たちはラザイエフ邸に集った。朝の挨拶もそこそこに、エリーゼ様が「ごめんなさいね、ふたりとも。ワタシが先走って恥をかかせちゃって」と、申し訳ない、という風にしょんぼりとされている。


「エリーゼ様が謝られることではありませんよ」」


 と、私もボギーも、慌ててフォローしたけど、エリーゼ様は力なく首を横に振った。


「……うぅん、話を持ち掛けたのがワタシだから。婚姻もなにも吹っ飛んじゃった挙句、あんな風に軽んじられるなんて、本当に申しわけないことをしたわ……」

「そんな気になさらないでください。あたしもフレイも気にしてはおりませんから」

「そうですよ。元々、シャナン様の婚姻にからむ嫌がらせ、を封じるための手段なのですから。婚姻なんてだれも真剣に考えちゃいないでしょ?」


 …………。


 ン? な、なんか、周りの空気が一瞬、止まった気がしたが。てか、ボギーやシャナンが、顔を逸らし気味にして押し黙ってるけど、え? 私そんな場違いなこと言った?


「女王陛下に頷くのも悔しいけど、確かに色々と性急だったわよね」

「かもしれん。ゼリグやジョセフたち親族の許可がないのも問題であるが、婚約の届け出も教会に出するのも失念していた」

「……そうよね。今回の一件で改めてわかったけど、フレイちゃんたち侍女と貴族との違いが明白にあるのだから、その壁を越えるには慎重に、既成事実を積み上げていかなきゃ、ゴールにたどり着けないわ!」


 と、微妙な空気を置き去りにしたまま、勇者ご夫婦が揃って顎に手を添え熟考してる。……あの、ですから婚姻なんて、あくまで偽装なはずですよ、ね?

 教会に届け出とか、そこまで本格的にやったてしまったら、ソレもう偽装じゃなくて、マジ婚姻になるのでありませんか。


「デキることはまず……三人の婚約指輪を揃えないと!」

「はぁ!?」


 ちょっと待って。

 あんなに殊勝にも反省してからの、指輪を買いに行きましょう! の流れとか、マジで繋がってなくね?


「母様っ、いい加減にしてください! 先走って失敗したばかりでしょ!」

「……ハイ」


 ムッ、と顔をしかめたシャナンに一喝されて、エリーゼ様はしょぼんと縮んだ。

 助かった。

 さすがに、婚約指輪なんてして出歩くなど、私にはハードルが高すぎる。しあわせいっぱいの、カップルの演技なんてできませんよー。


「そうよね。これは、シャナンの婚姻なのだから、親であるワタシたちがどうこう、って先走っても仕方ないわよね。でも、ふたりのことはけじめはつけなきゃダメよ?」

「……し、心配をされずとも、僕がちゃんと決着をつけるつもり、ですから! いらない心配はしないでくださいっ!?」


 と、エリーゼ様に釘を差されたシャナンが、盛大にどもって顔を赤くした……ま~た、器官に水でも入ったんですか? 咳き込みすぎですよって。と、私は冷た~い眼で見たものだが「そうね、息子を信じなきゃ!」と、エリーゼ様はその言葉に深く満足されたようである。

 すると、ご自身たち夫婦がラブラブっぷりを発揮しだして「でぇとに行ってくるわね」と、私どもを置いて、王都へ買い物へと繰り出していった。

 ……まったく、嵐のような勇者夫婦ですな。

 置いてかれた我々は、しばらく唖然としてたら「あ~」と、意味なく呻き声をあげてたトーマスさんがドカッ、とカウチに座ると「ま、まあ、取りあえずは婚姻の一件は無しってことでいいんだよな?」と、確認された。うん、私は異議なし。


「……ボギーには残念そーですが」

「ばっ、そ、そんなこと、ありま…………けど、い、いいのそんなことは!?」


 ポッと、頬を赤くしたボギーがどもるのに、トーマスさんは肩をすくめて笑ったが、すぐ落胆したようにカウチの縁に頭を乗っけて唸った。


「……ハァ。結局、大騒ぎして振り出しに戻っただけなのはねぇ。この婚姻問題は、相当に長引きそうだよなぁ」

「あの、なんとかなる方法とかホントにないんですか?」


 と、ボギーが真剣な表情をして聞いたが、トーマスさんは間髪入れずに首を横に振った。


「残念ながらない、かな。例えば、クリス様がルクレールのバカ兄貴と婚姻したとしてよ。テオドア嬢様のお熱の入りっぷりからして、シャナンのこと諦めないっしょ」

「…………」

「ルクレールに話を付けたとしても、ハミルトン家も野心たらたらに来られのも明白だよ。事をシャナンの婚姻問題に的を絞っても、解決ってのは中々ねぇ……」


 だよね。

 元々、婚姻問題とは姫様とその王配の地位をめぐる争いが発端だ。

 姫様をめぐるいわば恋のデッドヒートのなかで、一番好位置につけてるシャナンに対し、ルクレール家も、ハミルトン家も邪魔するべく、妹たちを使ってちょっかいをかけてきた。

 ――ところがどっこい。

 恋のさや当てである所のシャナンの人気も低い所か、べらぼうに高い勇者ステータスのせいで、両家の人間がよだれたらたら。

 どちらか、一方だなんて慎ましい考えもなく「王配と勇者の血」という両取りを狙ってるのが、先の新年会でも丸わかりだものねー。

 あんなドサクサ紛れに、ふた親子に求婚されるとか、シャナン様はモテモテですなぁ。


「そ、そうだった! ソレはどうなるの? あたしたちみたいな侍女の婚姻とは違って、そう軽んじるワケには――」

「心配しないでボギーちゃん。あんなパーティの催しで、いきなり婚姻話しを持ち出すなんて無礼なことだ。キミらの婚姻と同じく冗談扱いしてやんな」


 なるほど。目には目を歯には歯を、とやらですな。

 ウシシッ、と私たちは笑ったものだが、ボギーには宙ぶらりんな問題に不満たらたらなご様子で、ぷくっと頬を膨らませてる………だから、ボギーにはストレスだからって黙ってたのよ。


「色々とあった新年会だけど、傷が浅いうちに収まってよかった、と考えるしかないな。ここまで宙ぶらりんなのも、結局クリス王姫が大人しい性分の方だからね。もしもあれだけの美貌で肉食系にガツガツ来られたら、さすがにシャナンもぐらっと転ぶんじゃね?」

「……転びませんよ!」


 と、叫ぶとくるっと、我々の方を向き「転ばないから!」とまた言った。大事なことだから二度言いましたってか?

 まぁ、いいけど。あ、それよか、ずっと気になってたことがあんだけどもさ、いったいボギーのバイトってなにをしてんの? と、私はなんの気なしに訊ねたら、


「あ、ソレ聞いちゃうの?」


 と、トーマスさんがいつも緩んでしかいない頬をさらに緩ませて、締まりのないスライムのような表情をした……なによ、その顔は。と、私は不信にたじろいだが、トーマスさんはボギーに目顔で促すと、出かけるのかコートを羽織っている。


「どっかお出かけになられるんです?」

「もっちろーん! ボギーちゃんのバイト説明には現物を見る方が早いかなぁ。と思って、ねボギーちゃん?」

「ハイ!」

「ふたりとも驚くぜ?」


 と、ふたりは含み笑うと、仲良く外へと向かっていった。私は、シャナンと思わず顔を見合わせ、首を傾げたのだった。

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