LV152
女王陛下の一団が遠ざかると、遠くにいた楽団の音や招待客の歓声がさざ波が引くように喧騒が戻ってきた。
私は、それに安堵を憶えたものだけれども、喧嘩をしてる勇者様たちを無言で横切っていくシャナンは覇気もなければ、なにか思い込んだ様子で肩を落とし、とぼとぼと会場の向こうへと行ってしまった。
なんだかそれが気掛かりで、声を掛けようかと思いたった時、ボギーに背中をバチンと叩かれた。
「ちょ、いきなし人を殴るとか……痛いんですけど!?」
と、振り向くやに文句をつけたのだが、そのボギーこそが文句を言いたいとばかりに、顔をムッとしかめてる……な、なんで、そんなお怒りなんですか?
「……追いかけなさい」
「は?」
「シャナン様のフォロー! ……それが侍女の仕事でしょ」
は、はぁ、そりゃ仕事ですし、私もあの悄然としたシャナンが気掛かりだしね。けど、なにを激しく落ち込んでんだかわかんね――
「いいから走る!?」
「は、ハイッ!?」
怒鳴られるとか、なんて理不尽なっ!? と、私は、その剣幕に押されるように走りだしたが、時すでに遅しとばかりに、シャナンの後ろ姿がどこにも見当たらない。
会場の人気も掃けてきてはいるが、それでもいまだに多くの人々で賑わっている。こっから、探すのはひと苦労だな……と、悩ませてたら、バルコニーに続くガラス戸がコツン、と半開きになって風に遊ばれていた。
私はそこの戸を押し開けると、ちょっとした嵐のような寒風に肌が粟立つような寒気が。
……うーっ、寒みぃ。
と、ストールを飛ばされぬよう両手でかき抱くようにして、王城のバルコニーを見回す。と、暗がりに、見覚えのあるおぼろげな輪郭があった。
そちらへと歩いていけば、シャナンがしょんぼりとした空気を引き摺ってきたように、そこの欄干に肘をついていた。
「……また、オマエに迷惑をかけたな」
シャナンは振り返るでもなく、ポツリと言った。
……それ、偽装婚姻の一件?
「迷惑って、そんな気にされることないですよ。主に誠心誠意尽くすのが、侍女の務めでございます」
「…………」
シャナンは押し黙った。
え~、っと、なんて言葉を続けていいのか、わからない……。
「あの、相手が悪すぎたのですよ。貴族のなかでも、一目置かれてる女王陛下なんですからね。このぐらいの企ては、向こうだって容易に考え付くことですし、少し手玉に取られたって、わたしの方がいくらでもやられましたから……」
「……企て、か」
と、シャナンは噛みしめるように言うが、覗ける横顔は苦いものだった。
「あんな風に、見透かされては婚約を発表した意味もなにもなかったな。きっと、いままで通りに……いや、今回の一件を笠に着て、また嫌がらせが起こるかもしれない……オマエやボギーに不名誉なことをさせて、すまない」
「いやっ、婚姻した初日に婚姻破棄とか。逆に伝説に残りますから、ある意味名誉です」
「……それも勇者伝説、として後世に書き記す気か?」
「無論です。村には、わたしが編纂してる書物が、たくさん残っておりますので」
「まったく、恥ずかしいから止めろって」
私がおどけたのに、シャナンも少しく笑って乗ってきたのに、フッと明るい表情を打ち消し、またどよんとした落ち込みに戻ってる……シャナンが気に病む必要はないのに。
我々の婚姻なんて、わざわざ「破棄します」と吹聴するでもなく、周りから自然消滅扱いされるだけだ。
テオドア親子の剣幕からしたら明日にでも「ウチの娘と婚約を!」と、押しかけてきそうだしね。
不名誉もなにも、持ち出さなければどうということもない、ってことよ。
「不名誉もなにもはなっから、我々なんて歯牙にもかけない存在ですよ。実害だなんて、せいぜいてテオドアに嫌味のタネが出来た程度ですから」
「……自然消滅とか、これじゃヒューイの言う通りだな」
「え?」
「婚姻をするのは、貴族が重要視する仕事の一部だ。けど、僕は自分の婚姻について責任すら、担わせても貰えなかったんだなって……周り中からあんな風に口出しされ、ちゃんと、オマエたちを守るべきだったのに」
シャナンは、悔やむように手すりを掴んだ。
……もう、まだうじうじと気に病んでるのかよ? こんな話を強引に持ってきたのはエリーゼ様なんだから、悩んでたって仕方ないでしょう。
「こんなの、こんなのミスの内にも入らないんだし、気楽に考えましょうよ。婚姻が仕事といっても、嫌ならほとぼりが冷めるまでとんずらするのも手ですよ? まぁ、この場合は駆け落ちかもしらないけど?」
「……か、駆け落ちって!?」
「そう。我々とか、ボギーにジャンや二コラも連れて、冒険者生活とかどうです? 勇者、フレイ・シーフォと愉快な仲間たち。っていう感じ? どーっすか、なかなか心惹かれる物があるでしょ?」
「まぁ、な……それは確かに面白そうだ」
「でしょ? シャナン様が意に沿わない婚姻を迎えるぐらいなら、最悪、シャナン様が描いてた夢の冒険者生活に逃げればいいんですからね!」
と、ニヤッ、と私が笑って言ったが、シャナンも少しく微笑んで、頷いた。
「楽しい思いつきだが、僕はその道は取らないって、オマエならわかるだろ?」
「……ハイ」
そうだね。こんな生真面目な勇者が、無責任に問題を投げ捨てていく、ってわけない。ジャンや、ニコラもそう。三人とも、貴族の跡継ぎだから。
「ありがとう。僕を元気づけてくれて。大丈夫だ。僕は僕なりに責任を取る。だから姫様たちの婚姻に、どんな決着がつくかまで。それを見届ける。……でも、それよりも前に、オマエに伝えないと、いけないことがあるんだが……」
「伝えたいって、なにが?」
こちらを振り仰いだシャナンの表情は、いつの間にか真剣な色合いをしていた。緊張した面持ちをして、差し出すように挙げた手が、こちらの肩に置いた。
肩からじんわりと伝わってくるその熱さに「な、なに?」と、目顔で聞けばシャナンは息をひと息ついた。そして、
「僕は、ずっと前からオマエのことが……す、」
す?
「…………す、すごく、良いヤツだと思っている!」
「は、はぁ?」
「つ、つまりは、そう! オマエたちには、感謝してるんだよ!? だからこれからも、至らぬかもしらないが頼むなっ!」
「……それは、構いませんが」
と、お礼を言えば、シャナンは何故かしら飛びのいたはいいが、むせったように何度も咳払いをして、かと思いきや、今度はバルコニーの欄干にガクッ、と首を垂れて落ち込んでる。
……浮き沈み激しいなぁ、こいつ。
てか、なんでまた、改まってそんなお礼なんかを。そりゃ褒めてくれるのはいいんですけど、そんなゲッソリとされては、素直に感謝する気にならんがな。
まぁ、いいけどさ~。「ほら、もう帰りましょう」と、黄昏たようなシャナンの黒髪頭を突っついて、私は世話の焼ける主を連れ、勇者様の元へと戻って行った。




