LV151
和んでた空気を一変させた陛下の発言に、私のみならずシャナンやボギーも息を呑んだ。……婚姻を結んだのはだれか?
なんて、ずいぶんと陛下らしからぬ持って回った言い方ですね。その耳の早さからして、きっと、おわかりだろうに。
私は白々しくも問いかけた陛下とうっかり視線がかち合わぬよう、俯けていたら陛下は愉快そうに含み笑いを浮かべ、無表情のトーマスさんに狙いを絞って「いったい、だれの婚姻であろうかな?」と、訊ねた。
「……陛下もすでにご存じかと存じ上げますが、婚姻を結んだのは他らぬ我が親友の子息にして勇者の子、シャナン・ローウェルがこちらの侍女たちと婚姻でございます……」
トーマスさんがしれっと告げると、陛下よりも背後の廷臣たちがどよめいた。
……やっぱ、勇者の血筋はそんだけ注目株だったか。
どよめきを宥めるように、陛下は背後にチラッと視線を向けた。そして、振り返るやにステキな笑顔をされて「それは実にめでたいことだ」と、頷いているが、その微笑みには100%の悪意で形成されております。
「しかし、ずいぶんと早い婚姻よの。かような噂もなかったのに、焦って取り決める話しではないように思うが……トーマス、これは貴殿の差し金か?」
「差し金もなにも、男女の仲にそのような謀り事は通じません。ましてや底意地の悪い魔女のように、手駒に盗み聞きをさせても、耳年増な趣味を満足させるだけでございます」
と、トーマスさんは慇懃な態度で、そう言ってのけた。
……底意地の悪い魔女が――って、私をスパイに仕立てるな。と、揶揄しているのね。
その援護は有難いっすけど……耳年増とか無謀じゃね。殴り掛かった相手は魔女どころか大魔王様なのに!?
トーマスさんに、ハラハラし通しだったが陛下は意に介する所か青臭いとばかりに笑い飛ばした。
「男女の仲、か? フッフ、子供にはまだ早いとは思うが。まぁ、確かに、子供の恋に耳をそばだてては、寂しい輩に過ぎぬ……だが、とある商会では、そういう幼い子供を使いあら稼ぎする不届きな者おるそうだが、そういう輩にいまの言葉を聞かせたいぐらいだ」
「グッ!?」
あっさり返り討ち。
……情けない。と、私は冷たい視線を向けていたら、さらに追撃とばかりに、
「トーマス殿、貴公はいささか陛下のご発言を十分に理解しておられんようだ」
「左様、少し頭を冷やされた方がいい」
魔王――ならぬ、女王陛下の陛下の背後に控えていた、赤毛のひょろのっぽな紳士と、黒髪に岩石みたいな筋肉ダルマがぬっと、陛下の隣並んだ「魔王様を倒すにはワシらを倒してからにせい!」的な感じな並びっすね。
中ボスさんかなにかなのか?
「……いったいなんですか? 貴方たちに人の婚姻関係に意見する資格はないと思いますがね。人の恋路に首をつっこんでは、馬に蹴られて死んでしまうよ」
「フンっ、なにをバカな。陛下が勇者殿の家系を慮ってのこと。それを友人のトーマス殿が、無下にするのをただ眺めてるのは不親切ですからな。陛下が、そちらの婚姻が性急だと諭されたのは勇者殿を思ってのことですぞ?」
「……思って、とはなにをでしょう?」
「なにを、と問われずとも知れたことよ。勇者ともあろう者が、たかが侍女風情と婚姻を結ぶなどあってはならぬ! こんな貴賤結婚をされては、後の世に禍根を残すことにつながるっ!」
筋肉ダルマが声を荒げたのに「うるせー」と言いたげにトーマスさんは耳をほじった。
「……それはずいぶんと非礼な発言かと思いますわね?」と、おっとりとした声音をして、エリーゼ様が、勇者とともに現れた。
「貴賤もなにも貴族と平民とが結ばれた例など、いくらでもございますけれど?」
エリーゼ様はおのれが勇者のごとくズカズカと歩んでこられた。
と、そこに覗けた表情は、普段のおっとりした雰囲気が完膚なきまでに剥落をしていて、思わず「怖っ!?」と、身を縮める程、怜悧なまでに冷たい眼光だ。
とてつもない威圧感に、辺りの気温がぐんと下がり、ねちっこく声を荒げていた赤毛も筋肉ダルマも、少しく気勢をそがれたみたいに押し下がった。
が、赤毛は我を取り戻したように首を振ると、
「……え、エリーゼ様、それは死別した妻や夫などが再婚をするもの。通常ならば貴族と貴族とが結ぶのを第一に考えるのが当然の習わしです」
と、食い下がるのに「そ、その通りッ!」と、筋肉ダルマは声を同じくして、すぐ後ろに控えてたエミリアの肩をひょいっと掴んで持ってきた。
「勇者殿! どうせ婚姻を結ぶのなら貴族とが一番だ。エリーゼ殿に勇者殿。素性もなにもよく知れぬ娘などよりも、我が娘、エミリアとの婚姻を考えては――」
「抜け駆けはよせハミルトンが! ゆ、勇者殿っ、このような粗忽な娘よりも、淑やかな娘の方がよろしかろう。是非、ウチのテオドアを妻として貰ってはくれないか!?」
と、今度は赤毛が必死とばかりに、テオドアを捉まえて持ってきた。
……なんだろう。この、必死な売り込みは。
この赤毛のひょろのっぽさんも、筋肉ダルマさんも巻き舌とボクッ娘ちゃんの親みたいだが、その三侯爵家の当主自ら、娘を売り込みに走るとは。勇者ステータスは、ブランド物より高いらしい。
けど、子は親の鑑というが無意味に偉ぶってるご両親たちに、クライスさんはあまり喜んでないぞ。その性格の悪さが透けてるのが丸見えだわ。
「ルクレール殿も、ハミルトン殿も少く落ち着かれてはどうです? いきなり現れて他家の婚姻にケチをつける所か、代わりに娘を、とは。娘様は物ではございますまい?」
グリムス・ラングストン伯爵は、少しく苦笑をして言った。実にもっともなご意見です。
しかし、テオドアはグリムス伯爵に向くと、
「あら、ワタクシはシャナン様を入学時からずっとお慕いしておりました。ですから父のご意思に反対することなどございません。もし、勇者様や奥様の許しがいただければ、ワタクシは即座に婚姻をして、ローウェル領に赴くことも厭いません……ラングストン伯は存じ上げぬのも無理はありませんが、そこの侍女は学院で盗みの嫌疑をかけられた者ですのよ」
こ・い・つ!?
舌を巻き終えたと思ったら、ま~だねちっこく言いやがるのかッ!?
「フレイの悪口を言うのは止めてくださいませんか。その話は無実が証明された話だ」
と、シャナンが不快に眉をひそめると、テオドアはしれっと「嫌疑をかけられた、との事実を申し上げただけですわ」と、居直った。ソレは同じことだっつの!
「なら無意味に貶める発言をしないで欲しい。侍女だの貴族だのと、侍女を軽んじるような発言もあわせて。彼らは我ら貴族になくてはならぬ存在でしょう?」
「あら、父もワタクシも、侍女の有用性まで否定はしておりませんわ」
「左様だ。シャナン殿はまだ若い故にわからんかもしれないが、一時の感情に任せて軽々に婚姻を決めるのはよろしからぬこと。侍女と貴族はどんなに親しくとも、その一線を越えてはなりませぬ」
ハンッ、とルクレール親子が吐き捨てると、シャナンはピクッと顔を強張らせたが抗弁するより先に、険を強くしたヒューイの方が「そんなことあるものか!」と先にそう叫んだ。
「侍従がとるに足らぬといってるけど、学院では優秀なのは、貴族よりも侍従じゃないか。その地位にあぐらをかいて、貴族はろくに勉強も学ぶ意欲すら持ってやしない。選ばれた血筋であること偉ぶったって、なにも意味などありやしないのに」
「ヒューイ君! キミはご自分の立場を理解してないのかね。そのような発言をしては、ラングストン家の名が廃るよ……キミが元のご実家に、放逐されないように願うがね」
「……ハミルトン殿はローウェルで飽き足らずに、うちの跡取りにまで口を挟む気なのかね?」
ラングストン伯爵が、ズイッ、と温厚な顔をしかめ、ルクレールの当主に喰ってかかろうとした。が、
「もうよい。口喧嘩はそこまでにせよ」
と、呆れ顔をした女王陛下が止めると、ルクレールの当主は顔をしかめたが、グリムス伯爵は恥じらったように顔を赤くして「陛下の前で失礼を」と、謝罪した。
陛下はそれを鷹揚に受け入れると「貴殿らはどうも他家の事柄に、口を挟みたいようだな」と、婚姻騒ぎをチクリと、皮肉るように、大人しそうに黙るクリス様に目をやった。
「本来ならば、他家の世情に口をさしはさむ余地などはない……だが、あえて我の意見を申すならば、やはり勇者殿たちの婚姻には反対ではあるがね」
「……ど、どうしてですか?」
ムスッ、と可愛らしく頬を膨らませたエリーゼ様に女王陛下は少しく笑った。
「どうしてもなにも、婚姻とは両家の総意に基づいて行われねばなるまい。そこな娘たちの両親の姿形もないのは、どうしたことか? まさか許可を取ってはおらぬわけはないであろう?」
「……そ、それは」
「なるほど。ま、後は私的な思いだが、娘たちに婚約指輪もないのはお寒いな。いかにも、慌てたのか、それとも軽んじたかは知らぬが。その程度の用意もせず婚約をしたと言い張られても、中身はなにも揃ってはおらぬと一緒よの?」
「…………」
「フッ、そう睨むなエリーゼ。正式に結婚をするには、両者ともに成人を迎えねばな。すべてはその時にまで用意すればいい……だが、それだけの時があれば、果たして指輪を贈る相手が、だれにすり替わっていてもふしぎはなかろうがね?」
と、陛下は楽しそうに声を挙げて笑うと、今宵は楽しんでくれ。と、捨て台詞を残して、身を翻してしまった。三侯爵の当主たちも、まるでリード紐で引っ張られるかのように、その後を慌てた追いすがっていく。
その王者の貫禄っぷりには、押し黙ってたクライスさんも感服したのか、顎に手をやって頷かれた。
「……ふむ、さすが女王陛下の手並みだな」
「今回ばかりは俺らの完敗、だな」
「もうっ、あなたたちったら、なにを感心してらっしゃるの!」
「ちょ、エリーゼ八つ当たりは、ちょ、グーはヤメロって!?」
……あーあ、エリーゼ様の逆鱗に触れるマネをするから。けど、私の首は繋がっていたままで、ホント良かった。
ラングストン夫妻は、喧嘩してる勇者様たちを宥めてくれているので、この喧嘩は長引かないでしょう。私は嵐が去った後の残骸を眺めるように胸を撫で下ろしていたら、堅い顔をしたヒューイがシャナン元に駆け寄り「さっきは感情的になって、ごめん」と、軽く頭を下げていた。
「……いや、キミの方が正しい。僕は僕の責任を取らないとダメだな」
「そう」
と、シャナンはヒューイに向けてそう言うと、気遣わしげな顔をしたボギーの肩に手を触れて、そのままパーティの向こうへと行ってしまった。




