LV15
「ホントに急な無理をお願いをして申しわけございません」
「あら、そんなにかしこまらなくたっていいのよ? 大した手間どころかごちそうになるのは私たちの方なんですから。逆にお礼を申し上げなければならないのはこちらの方でしょう?」
「いえいえ! 奥方様からそのような滅相もございませんですハイ!」
「そうかしら? でもちょっと散らかっていて恥ずかしいわね。ひと通りは揃っていると思いますけれど」
涼やかに微笑むエリーゼ様の後を俺と父さんはペコペコとついていく。
今日は他でもないトーマスさんに、俺のがお菓子のレシピをお買い上げしていただけるかを図る大事な日だ。
なのに、俺ら親子が揃って領主館に来たのは、ここの厨房をお借りするため。
アレだけ大言壮語しといてなんですが、ウチには満足にお菓子を焼くオーブンがない。
タイヘンだよ困った~。どうしよー、って沈痛な面持ちで、エリーゼ様にご相談したら「水臭いこと言わないでいいのよ! よければウチの台所ならいくらでも借りていいんだから!」と、手を取り合って励ましていただいた。
……いや、下心が丸出しすぎて、恥ずいぐらい申しわけない!
この御恩はいつか必ず返しますので許してッ!
エリーゼ様が直々のご案内に恐縮しつつ俺たちは厨房に入った。
散らかってるでしょ、とエリーゼ様は恥ずかしそうに謙遜されますが、なかなか広くて使い勝手がよさそう――って、おぉっ、ありましたよオーブンちゃんがッ!?
って、いや~ん、お洒落な煉瓦造りやっ! バイト先で使ってたのガスレンジだし、こんなのピザ屋でしか見たことねぇよ。……うっわ、こんなスバラシイオーブンちゃんで菓子を作れるなんて光栄ですぅ!
「こんなスバラシイ厨房をお借りできるなんて……ホントにエリーゼ様には感謝したりません!」
「ふふっ、そんなに喜んでいただけるど、私も嬉しくなるわね」
「今日は任せてください! 絶対皆さんに喜んでいただける物を出しますから。ね、父さん」
「あ、ああ……そうだなぁ」
「そう? 良かったわ。もし足りない物があったら遠慮なく言ってちょうだい」
「さすがにそこまで甘えるワケには……」
「いいのよ。フレイちゃんなら、いつでも大歓迎よ。自分の家のように思っても構わないから。うふふ」
「さすがに自分の家までなんて。えへへ」
いえいえ、そんな英雄のお家で厚かましく胡坐をかくようなマネできませんよ。って、あはは、っと襟足をかきつつ笑っていたら、なにか父さんが微妙な顔をして引きつらせていた。どうかしたのん?
あ、まさか俺が領主様ん家の子になる~みたいに、誘われてると思ってる? やだなぁ。そんなんエリーゼ様の冗談に決まってるじゃない。まあ、目が恋の狩人様モードになられてるのは確かにヘンだけどさ……。
妙な威圧感を発するエリーゼ様を送り出すと「さぁ~てやるとしましょうかね」と、悲壮な表情の父さんに向かって、俺は腕まくりする。
「……ほ、ほんとに大丈夫なのかい」
「しっかりしてくださいよ。ここまできて逃げるわけにはいかないんですからね」
「……それはそうなんだけれど」
エプロン姿の父さんは胃袋をそうしたみたいに被ってた帽子をぺちゃんこにした。
いまから作る菓子は、元は貴族である母さんの家系に伝わりし秘伝の料理で、10年にも及ぶ苦しい修行を得て、ようやくに会得した――という、父さんが作る体になっている。
ぶっちゃけこの辺のストーリーは創作だ。貧しい平民の子供が作る菓子じゃ、興味がひかれないだろうし、かといって俺が全部作ってるなんて知れたら、俺の秘密まで勘繰られる恐れがある。
なので、父さんの役目はもっぱら薪の搬入と立っているだけ。という簡単な仕事なのに、やることがなくなって急に不安がもたげてきたらしい。
せめて堂々としてればいいのに、ときおり思い出したように頭を抱えたりで邪魔という他ない。
……ダメだこいつ。知ってはいたけど役にたたねぇ。
「父さんは上に行ってトーマス様たちのお相手でもしていてください」
そこにいられても邪魔なんでね。ほら、サッサと行ってどうぞ。と、背中を押して追い出しにかかったら、父さんは青い顔を土気色に変色してぶんぶかと首を横に振った。
「挨拶もなしにいるほうが失礼に当たりますよ」と、凄むと転げるように厨房から出ていった……まったく世話が焼ける。
けど、懐かしいなぁこの調理場の雰囲気は。
水を打ったかのようにシンと静まった静謐さすら感じる空気。ガスも電気も通ってない厨房だけど、なにかが生み出される空間に特有の緊張感は同じだ。
いまにも厨房の奥からマメチ先輩が出てきそうな、変わらぬ景色に胸がぎゅーっと締め付けられた思いだが、けれど、それはあり得ないことだ。
「ヨシッ!」
と、俺は感傷を払うように、パン、パンと両手で頬を張った。これから本番だってのに、辛気臭いことに浸ってられない。いま俺にデキるのは先輩に恥じぬよう、最高の菓子を提供することなんだから。
さーて、まず材料の下ごしらえにかかる前に、オーブンを温めないと。この辺はガスとは違うし、温度計もないってのは不安だ。しかし、前に先輩から火の視方も学んだし、器具の扱いに慣れなくても経験で補えばなんとかなるだろう。
薪が崩れぬようバランスを取りつつ、オーブンに配置し終える、と、屈んでた身を起き上がって――心臓が止まるか、と思った
……な、なんでシャナンが突っ立ってンダヨ!
「母様に追い出されたんだ。下の様子を見て来いってな」
「はぁ」
……左様ですか。でも、この料理は一応、父さんが会得したっていう体になってるし。そこにいられると作業に取り掛かれないんですが。って、まぁシャナンにはどうせ、この計画が俺の主導だってのはバレバレですよね。
時間が迫っておるし、シャナンを無視することに決めた。
じわじわと薪を這う火の廻りを立ち上るのを見届けると、生地の仕上げへと取り掛かる。
「どうせ無駄だろう」
「は?」
「仮にトーマスさんからお金を引き出すことに成功したって、この村じゃ新しい商売なんて生まれるワケがない。むしろ、その金で別の街に行った方がマシだろうに」
「……あのですねぇ」
ふて腐れきったシャナンの物言いに激しくげんなりした。
これから最高の菓子を作ろうってのに、そんなシミッたれた話聞きたくないんだけど。てか、なんだってそんなに悲観的になるのか、まったく意味がわからない。
「シャナン様はなんだってそう。後ろ向きに暗いことばっかり。たしかに村は閉鎖的で進歩から取り残されてるように見えますけど、それはやるべきことをやっていないからではありませんか?」
「やることをやってない、だと?」
眉が吊り上がった。あ、やべぇ……口は禍の元って反省したのに、なぜナチュラルに領主批判が口から出る!
「……いぇ、あの、領主様がなにもやってないだなんて言う気はございませんですよ~? ただその、努力の方向性が違ってるというか――」
「べつに。オマエが不満に思うのはしょうがない」
「はい?」
「父様は英雄だ勇者だといわれても、領地運営についても同じように優れた才覚を持ってるワケじゃない……傾けた努力の結果がこの村の現在だ。だから、オマエが僕らを非難したって、それは正当だと思う……だけれど、こんな村を、成長なんかしない村を見限ってなにか悪いか?」
……はぁ、またこの堂々巡りかよ。
シャナンは俺のことを理解できないのかもしらないけど、俺だってソッチの考えは理解し難いね。
どうして、斜に構えるみたく、村のことを見下せるのか。
どうして、ンな簡単に諦めきれるのか。
「ダメだからって、いの一番に村を切り捨てられやしません。ここはわたしたちの生まれ故郷でしょう? 諦める前に、他にやるべきことを考えた方がよほど生産的ですよ」
「ここが生まれ故郷――だから、なんだっていうんだよ。ただここに生まれついたということがそんなに特別なものか?」
「生まれついただけ、で特別ですよ。明日にだって村が消滅したって、その事実は消えたりしない」
「じゃあ、村を出て行く人間が薄情な人間だとでも言うのかよ!」
一オクターブ上がった語気の強さに俺は息を呑んだ。
シャナンはこみ上げた怒りを抑えられぬように、激しく詰め寄ってそう叫んだ。
「春になれば、この村から人が一斉にいなくなる。開墾できる土地を持たない、後継ぎ以外の二男や三男たちが大量にな! 彼らに与えられる土地がない村は彼らを追い出すんだ。それでなければ、残った者たちも暮らしてゆけないから。どんなに村を好んでたって、村から捨てられる……僕らが彼らになにかしてやれることなんて、なにもないだろ」
あぁ、そういうことなのか。
苦味を堪えるように唇を噛みしめた、苦渋の表情を見てようやくわかった。
「怖いんですね。期待に応えられないことが」
「ッ!? そんなんじゃないっ。僕はただ、悔しいだけだっ!」
「じゃあどうして、悔しいって怒りを抱えるんですか。口ではさんざん村なんかどうしようもないって、見捨てておられるのに。ほんとに無関心であったら、なにも言わずに出て行くだけですよ。シャナン様が、そんな思いを抱かれるのは、村に未練が残っている証左ですよ」
「違うっ!」と反駁するように拳を振り上げかけたが、握った拳は力なく緩んだ。
悲しさや怒りがないまぜになった双眸には、いつもの険わしい色だったが、それは俺には怖さを感じなかった。こいつの抱えてる怒りの矛先は自分に向いてるのがわかったのだ。
それは、たとえ村にいたい――家族と離れたくない。そう願ったとしても、出て行かざるを得ない村人たちに、なにもしてやれない自分に。
――まったく。バカだバカだ。と思ってたけど、こいつはほんとに大馬鹿だ。
本音は村が大事な癖に、なにねじくれ曲がってんだよ。
「自分の生まれ故郷が危機に瀕してるのに、なに迷う必要があるの? 村を変えるなんて不可能だ――ってだれが決めた? たとえ100万人の人間が言ったって、わたしは信じないね! バカだろ、あいつって。へらへら嗤われたって、ウチの村にはなんたって勇者クライス・ローウェルがいるんですよ?」
「父様が?」
「そうです! 勇者クライス・ローウェル! 邪竜の住まう氷河に閉ざされた絶壁の孤島に乗り込んだ伝説の男! 貴方の父上ですよ!? 勇者様だって、なにも生まれた時から運命が決められてたワケじゃない。だれだって初めの一歩があるように、タダの冒険者だった時代もおありでしょ?
立ち向かった邪竜の前でだって、恐れや後悔をしたかもしれない。でもたぶん、戦うと決意した時には、すでに活路が開いていたんですよ。不可能だって決めつけていたら、その道は永遠に開きはしない」
勇者とは立ってるステージが違うって?
そんなの目指す場所の景色が違うってだけで、やることは同じだ。増してや俺らが相手にしてんのは、怖ろしい魔物でもない。負けがすぐに命に直結してない。何度だって諦めなければ挑戦できるんだ。
「不可能だって苦しんだり、ってか絶望するより前に、せめてわたしのアイデアが上手くいくかどうか、その結果を見てくださいよ。どうせ村はダメだって、嘆くのは全部の希望が潰えた後でいいじゃないですか。少なくとも、わたしが諦める時は「負けた~ッ!」て、駄々っ子みたいにのたうち回って叫ぶぐらいに、悔しさを噛みしめないと諦めなんてつかない」
俺がシャナンの目を見つめて、強く言い切った。
シャナンは無言のまま固い表情でうつむいていたが、不意に踵を返すとそのまま厨房から出て行った。
……俺の言葉がちゃんと伝わっただろうか。
いや、そんな上から目線に偉ぶることなんざデキないな。半人前ってのは俺も一緒だ。
まったく、子供相手に長口舌ぶって説教をするなど常に冷静沈着な自分らしくもない。てか顔の赤らむ思いだ……。
「えぇいどうしようもないゾわたし! てかしっかり集中して、菓子を作れ!」
うおーっ、と、苛立ちをぶつけるかのごとくボールの卵白をがしゃがしゃかき混ぜた。




