LV148
女王陛下が主催の新年会は、当り前だが彼女が住まう、王城にて開かれていた。
そこの会場は普段はがらんどう、とした雰囲気なのに、魔術の灯火に彩られて、新年を祝う貴族たちの笑い声に混ざり、楽団の音に身を任せ、舞踏を楽しみ女性たちの煌びやかなドレスが、大輪の花を咲かせている。
私はそんな貴族たちを尻目に、飲み物グラスを配る給仕に、飲み物を求めたら「それはアルコールですよお嬢さん」と、あまり私と年齢の変わらぬ若い男が、見咎めたように言った。
「あら、そうでしたの? 透明だからてっきり水かと思いましたわ」
「ははっ、あれはかなり強い物ですよ。いっぱいでも仰げば頭がクラクラ、と幻惑の魔術にかかったように倒れてしまう」
彼はおちゃらけた風に、ワックスで固めた前髪付近で、くるくると指を回した。
「それは残念。わたしがアルコールに強いか、知るチャンスだったのに……」
「そんな無謀な冒険はされない方がよろしいですよ。苛立ちを紛らわす代償が、二日酔いだなんて割にああいません。羽目を外すなら、他の方法に頼んだ方がよろしいでしょう……どうですか、一曲踊りませんか?」
と、彼はその手をこちらに差し出した時「――あぁ、そんなとこにいたのか」と、声が掛かった。
その男はやけに芝居がかった仕草で、沈痛に顔を覆ったのに少しく笑うと「失礼、連れ合いがおりましたの」と、不機嫌なシャナンの腕を取ると、そう言って彼に別れを告げた。
「どこ、行っていたんだよ皆探してたんだぞ?」
「少し息抜きにジュースをね」
「……まったく」
と、シャナンは少しく呆れたように笑うと、私の腕を引いていった。するとそこの群衆の塊には、華やかな桜色のドレスを着こんだエリーゼ様と、同じように姫様からいただいた、深緑色のドレス姿のボギーが待っていた。
「あら、お帰りなさいフレイちゃん。シャナンがずっと心配してたのよ?」
「……べつに、心配などしてませんが」
「すみませんご心配をおかけして。エリーゼ様」
「うぅん、違うでしょフレイちゃん……”お義母さん”でしょ?」
「…………ハイ、お義母様」
私の返答には満足そうに頷かれるエリーゼ様に、ガクッ、と首が折れた。
…………気が重い。
エリーゼ様が言い放った爆弾の効果は、その場にいた私たち全員を恐慌に落とし込んだ。その語った内容を、要点だけまとめれば、つまりこうだ。
1、私とボギーが、シャナンと婚姻を結ぶ。
2、それはあくまで偽装ではあるが、問題が片付かなかった場合、二年後の成人を期にほんとに結婚する。
3、そして、私たちの婚姻を結んだ、ということを新年会で大々的に公表をする。
……こんな地獄の釜の蓋を開くようなアイディア絶句する他ない。
しれっ、と言い放つエリーゼ様を前に、私たちはあんぐりと口を開けていたが、トーマスさんは、気が動転したまま、追いすがるように待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと待てよエリーゼ! ンなこと無理だってば!?」
「無理ってどうして?」
「……どうしてもなにも、そんな策は俺も考えたさ。でも相手は海千山千の貴族共だぜ?こんなの偽装だってすぐ見透かされて、ハイ、終わり。だってこと!」
「そんなことはないわよ。婚姻を公表したとしたら、それは時間が経てば経つほど、その信ぴょう性は増していくわ。……アレは、偽装だと思ったのに、いつまでも解消をしない。じゃあやっぱり本物……? と皆がそう思い込んだらしめたものじゃない。いわば無意識に刷り込んでいくってこと!」
「……その刷り込みって、だれを目的にしてんよ?」
「やだわトーマス。シャナンを取り巻く周囲の人たちってことじゃないの。余計な詮索をしないでくれる?」
トーマスさんが世にも冷たい目をしたのに、エリーゼ様はオホンッ、と咳払いで吹き飛ばすと「ねぇ、すっごくいいアイディアでしょう?」と、なぜかキラキラした眼で、私とボギーの手を握られた。
……これが、いいアイディアっすか。私にはツッコミどころが多すぎて、頭がクラクラしちゃうんだけど。
だってよ、私はシャナンの意に沿わない婚姻話し、から逃れるべく色々とテオドアだの、周りの女子だのに、白眼視されつつ蹴り飛ばしてたじゃない?
それが、どーして私たちが婚姻を結べば、万事が丸く収まるになるのしょう……。
勇者は意に沿わない婚姻話しから逃走した!
そして新たに婚約者が現れたッ!
じゃ、意味なくね?
「だから”ひとまず”の偽装ってことじゃない。もう、やだわフレイちゃんってば」
……じゃあ、べつに二年以内に解決しなかったから、わたしたちが結婚する。っていう、条件は無用じゃないんですかね。
そんな時限爆弾を背に括り付けられたままでは、私が悪夢を見そうなんですが……。
てか、その悪夢が正夢になりそうなんですが。
私はひとりで盛り上がるエリーゼ様に、シラーン、と冷たい眼差しを向けたのだが、そんなことないわ。と、強弁された。
「これは作戦の肝に当たる部分なの。本当に二年後に結婚式を開く。と、準備段階から本気で取り組まないと、相手に偽装だ。と見透かされてしまうわ。それに、敵を欺くにはまず味方から、というでしょ?」
「いや、味方を欺く必要ありますっけ?」
「あります!」
…………本当ですか。
そんな私の心の声に呼応したように、ハッとシャナンが飛びあがると「そ、そうですよ母様ッ! こ、婚姻だなんて、まだ早いというか、フレイたちを騒動に巻き込む羽目に――」と、言った。いいぞ、もっと猛烈に反対して!
「シャナン。ソレは逆よ。フレイちゃんはルクレールのお嬢様に嫌がらせをされてるのでしょう。それはローウェルの侍女だから、と舐められてるからじゃない。でも、ローウェルの将来的な婚約者という立場になれば、嫌がらせを受けても我が家として正式に抗議の文を送りつけることもできるわね。そうなったら……ルクレールのお嬢様の、目的には添わないことでしょう?」
……つまり、私たちが非道い嫌がらせをされても「ローウェル家の婚約者になにしてくれるの?」と、家として抗議する、と。
そうなれば、ルクレールが婚姻話を持ちかけてきても「そんな性悪な娘はいりません」と門前払いする理由ができ、我々の嫌がらせに対する抑止にもなると。
……いや、あの、巻き舌女の嫌がらせから逃れるため、シャナンと偽装婚約をするって、それちょっと違くね?
なんか、スライム一匹に勇者一味が全力で殴り掛かるようなもんでしょう。まるで傾けた労力の割に貰える経験値がマイナスだよ。
それに、私は女王陛下に首を抑えられてる身の上なのに、勝手なマネしたらどんな恐ろしい目に合うことか……。
「そう。フレイちゃんはあくまで反対なのね。じゃぁボギーちゃんはどう思う?」
「……あ、あたし、ですか?」
エリーゼ様は重々しく頷くと「けけ、結婚!?」と、口走ったまま、頭から湯気を出したまま固まるボギーの肩を抱き、その目を覗き込まれた。
「確かに、学院ではいままで以上に睨まれ、嫉まれるかもしれない。けど、それを承知で、ボギーちゃんにお願いしたいの。ウチのシャナンを助けて欲しいって」
「え、エリーゼ様……」
戸惑うように、茶色の瞳を彷徨わせたボギーだったが、ぎゅっと唇を結んだ。
「やります……あたしは、シャナン様のためなら多少の危険なんて、へっちゃらです!」
……ギギッ、と油が切れたロボットのように私は固まった。そんなこちらに、鬼の首を取ったような笑顔のエリーゼ様が近寄ってこられた。
「ですって。フレイちゃんはどうするの?」
「…………」
私は、NOと言えない、自分をこれほど憎んだことはない。




