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LV146

 そのまま日が暮れるまでポツポツとプリシス先輩の打ち明け話を聞いた。

 それは「よくある話し」と、先輩がなんの気なしに言うが、涙なしに語れぬショッキングな内容だった。

 プリシス先輩は王都のスラム街に産まれ、獣人である母親の手で育てられた。

 片親である父親は産まれた時には蒸発し、顔も名前すら知らぬらしい「父は普通の人間らしかったですからこれが厄介だったのでしょうね」と、猫耳をピンと、指ではじいた。


 当然のことながら、母子だけの生活が豊かなはずもなく、母親は身を粉にして働く毎日。そんな生活が長続きもするはずもなく、ボロ雑巾のようにして疲れ切った母親は「熱が出た」とベッドに入った翌日、物言わぬ冷たい身体となっていた。


 身よりもなく取り残された幼子の先輩は、悲しむ暇もなく王都で物乞いをして暮らした。

 とある寒い冬の晩、空腹で朦朧とするなかを、食べ物を探し求めてさまよっていた所、車道にて行倒れた。

 その時、先輩は、このまま死んでもいい。と絶望をした思いだったという。

 そこに――アイゼン先輩の馬車が訪れたのだ。


「冬の晩には、その日のことをよく思い出します。轢かれて死んだと思ったのに、ふと、気が付くと、私は暖かいベッドの上にいました。傍らにいてくださいましたアイゼン様は、話を聞いて私を叱りつけられました。

 初めはあのぶっきらぼうな調子に、お怒りになられたのかと震えたものです……けれど、それはアイゼン様が不器用だけれど、命を無駄にするな、とそう言ってるのだと、わかったのです

「……プリシス先輩」

「アイゼン様は命の恩人という以上に、死にかけていた私の心を救ってくれた。だから、我が主のために、私の命がある」と、三角巾の猫耳を屹立とさせていたプリシス先輩は、とても凛々しく美しかった。

 拾われ子猫だった先輩の深い決意に触れた私は涙を拭ってたら、それにプリシス先輩は、驚いたように目を見開くと、ふっくらとした笑顔をして、丁寧なお辞儀をしたのだった。




 先日、学院も冬休みに突入をし、早々と休校である。

 学院の敷地内のコンドミニアムの前は、朝からひっきりなしに馬車が乗り付けていて、各々の郷里へと帰っていく。

 テオドアは実家へのお土産に、シャナンの首根っこを抱え帰る算段だったのだろうけど、夢破れて山河ありであろう。残念だったな。


「そーいえば、ジャンや二コラも故郷に帰られるのでしょ?」

「おー、夏には帰れなかったしな」

「貯めたお金を持って帰らないとね。妹たちの支度金とか持って帰らないと」

「だな。まったくオレらが必死こいて稼いだ金だってのに、使うのはオレらじゃないって。どんな罰ゲームだよ」


 と、ジャンは「面倒くせー」と口では言ってるけど、その実嬉しそうだ。

 ……しかし、我らローウェル家では、新年明けも寮で過ごすことになりそう。

 元から冬休みは短いこともあるし、日程的に帰省するの無理なんだよなぁ。

 ま、うちの寮でも、夏に比べれば帰省する寮生さんの数も少ないし、おかげで連日連夜、おしゃべりだの恋バナだのしてるから、寂しくはないけどね。


「しっかし、まだ焼けねぇの、その干物」

「…………人に火起こしさせておいて文句を言うだけか」

「だって、オレって魔術使えないし?」


 と、ニヤけるジャンの顔を、シャナンは不満げに睨んだが、自分の姿を思い出してか、溜息をついた。

 ……こんな学院の広大な公園で、網を片手に、もう片手には指先から火魔術を起こして焼いてるのが魚の干物て。我ながらやらせておいてなんですが、シュールだ……プッ!


「笑っただろいま!」

「い、いえ笑ってないですよ……」


 ククッ、ダメだ。腹筋が崩壊しそうなほど、ジワル……! いや、止めて! そんな唇を尖らせても、おもしろいだけだからっ!?


「……ったく! どーせ網を借りてくるんだったら、ついでに火種も持って来いよ」

「火種なんて寮母さんがくれませんよ。火属性持ちのシャナン様なら、容易く火を起こせるし、安上がりだし、経済的です」

「だぜ。こんな油が乗った魚を食べないだなんてもったいないし」


 ジャンの言う通りですぞ。せっかくのプリシス先輩のご厚意を無駄にするなんて非礼なことはいけません。

 後日「主のことで勇気づけられたお礼です」と、プリシス先輩が干物を届けにくれたのですから。

「なら、せめて笑うなよ」と、釘を差してきたけど、ニヤニヤしちゃうのは魚の焼ける香ばしい匂いのせいで他意はございませんよ。

 それに、火の前は暖かいからね。我々は、匂いに釣られた猫のように焼けました? と近寄っても「あっち行けって」とオコになる。まったく、注文の多い料理人だわ~。


 しかし、焼きあがりをフーフー、しながら食べると、身がふんわりして、ジューシーな肉厚っぷり。これはなかなかに美味だな。王都では漁港が近いけれども、新鮮な魚はなかなか食卓に、ましてや寮の食事には上がらないからね。

 私は魚の骨だけを残し、キレイに食したのだが、ジャンは「ハ~、喰った喰った」と、腹を抑えて、魚を食い散らかしたとばかりに、骨も身もぐちゃぐちゃである。

 ……をいをい、二コラを見習ったらどーですか。あっちは骨の標本として使える程に、キレイですよ。

 いい男とは、魚をキレイに喰う男のことだ。

 どれ、シャナン様はいい男ですか~、と判別しようにも、まだ余った魚を焼いており、手を付けてない。しょーがない私が食べさせてあげよう。


「シャナン様、あーん」


 と、差し出したら、無言でソッポを向かれた。


「あ~ん」


 と、懲りずにやっても今度は反対の方を向いた。

 ……こやつっ!

 こんな美少女に「あーん」されて喜ばない男子など存在していいはずがない!

 腹は膨れたが、盛大に立腹した私は「あーん?」と、すまし顔をねめつけるよう、下から覗き込むようにしたが「……オマエ、それ威圧してるだけだぞ?」と、ジャンににべなく言われた。

 ……確かに。あーんの趣旨が違う上、片手に持たれてるのが魚じゃ嬉しくなくて当然か。この世は原始時代ではないのだからね。

 私は諦めて、手の魚をもしゃつくと、


「そーいえば、話はガラッと変わるけど、トーマス様のバイトどうでした。ボギーはやらかしてないで、ちゃんとやってます?」

「え……ボギーがバイトなんて聞いてないが」

「つい先日もトーマス様の元にバイトに出かけてるんですが」


 面接とかってね。皆知らないの、と怪訝に訊ねても、首を横に振られた。

 え、マジなん? じゃあ、どこか違う場所で、働いてるのか。まぁ、トーマスさんも、色々店舗を抱えてるらしいから、そのひとつにでも配属されてるのかね。


「な~んか、ボギーだけいかがわしい店に連れていかれて働かされてたりして?」

「な、なんだよソレ! 聞いてねぇぞ!?」


 と、ジャンがいきり立ったのに「落ち着けよ」と、シャナンが諌めた。


「トーマスさんはあんな軽い調子の人だが、知り合いを騙すマネはしないよ」

「……そう信じたいですけど、わたしといういたいけな美少女を、騙し、搾取し、こき使っていた前科がありますからね~」


 と、皮肉に言ったら、なぜかしらジャンが野犬のように落ち着きをなくしては、辺りをうろつきだした。……ちょっとした私の冗談なのに、本気にしないでよ。


「気になるんなら、直接聞けばいいだろ」

「いや、ボギーは秘密。とかいって教えてくんないんですよ。探りをいれてもお子ちゃま扱いしてきて……まぁ、わたしが揶揄ったせいなんですけど」

「……ハァ。なら、もう片方のトーマスさんに確かめるか。新年の集いで会うんだし直接聞いてみよう」

「新年の集い、って……あぁ、王城の催しっすか」


 確か年明けから三日後、国中の貴族様が参列をして、女王陛下とともに新たな年の到来を祝うらしい。トーマスさん、貴族のくせに貴族嫌いも甚だしいのに、王城でのパーティには出席するのか~。パーティの品が落ちなきゃいいけどねー。


「ああ、父様たちから手紙が来たんだ、年明けには母様と一緒に王都へしばらく滞在する予定だってな」

「エリーゼ様も!」


 うわー、懐かしいな。会うのはかれこれ一年ぶりだもの、ぜひ、村がどんな様子かって聞いてみたい。なんだか年明けは賑やかに楽しめそうだね。



 ちなみに、シャナンは余った魚を二匹も食べたが、キレイに魚を喰べれるイイ男でした。

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