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LV145

「あたし。これからトーマス様の所でお仕事の説明を受けるから」

「ちょ、それ、ひとりで大丈夫なの!?」

「保護者ぶらないでくれる? あたしひとりでだってちゃんとしてるんですからね」


 ボギーは得意げに言うと、待ってよ。と伸ばしたこちらに鞄を押し付け「ついてこないでよね!」と、念押しをして、トーマスさんの商家へと出かけて行った。

 取り残された私は、まるで反抗期の娘を持った母親のごとく途方にくれました。

 ……いくら自由になるお金に目がくらんだって、トーマスさんの元に押しかけるって、カモがネギを背負って出かけてるような物よ。

 大体、私はいま女王陛下からのスパイめいた仕事を押し付けられて苦心してるが、最初に理不尽な難題を押し付けられたのは、他ならぬトーマスさんの村おこし案件からだ。

 遠慮もなにもなく、いたいけな少女でもこき使う人なのに。

 いったい、どんな理不尽な要求なり、お仕事なりを押し付けられることか……。

 あ~ぁ、どうなっても私は知りませんからね。

 と、ほっかむりを決め込む決意をして、サンドウィッチマンのようにボギーの鞄を前に人気のない廊下を歩いてけば、ふと前方にプリシス先輩を見かけた。

 あ、先輩ー。と、声をかけようかと思ったが、廊下には、先輩の他に年若い男性教諭がいて、先輩は彼に向かって身を縮めて頭を下げてる。

 ……見ない顔の教諭だけど、二回生の先生か?


「キミは成績優秀だとはわかってるがね、他の生徒の手前もあるし、授業に出席もしないのは困るんだよ。それくらいの常識はわかんだろ?」

「……ハイ」

「それにアイゼン君。彼ねぇ、いったい一日もまともに授業に出てきしないのはなんだって言うんだ? ったく、賢者の子息にしたってだ、ひとコマ程度は出席するもんだろ!?それともなにかい、私の授業進行に文句でもあんのか」

「……いえ、私も出席するように、と口を酸っぱくしてるのですが」

「ンだよ。……獣人は使えないね。それでも来てもらえないんじゃ、ショーがないだろ?出席するまでやるんだよ。それが侍女の役目。わかった? じゃ、頼んだからね」


 フンっ、と吐き捨てると、その教師はスタスタと帰っていった……なんだあの教師! ウチの大事な先輩にネチネチネチネチやりおってからに!

 メラメラと燃えたぎる怒りを調伏しつつ、彼の背中に指先をうにょうにょ蠢かせ、教卓に足の小指をぶつけるよう呪いをかけた。

 ――が、そんなことをしてれば、当然のようにプリシス先輩に気付かれて、元気のない顔で「……あ、フレイ様。ごきげんよう」と、頭を下げられた。

 ごきげんは悪いですよ! なんだってあんなへっぽこ教師に言われるに任せるの!


「いえ……その、悪いのは私ですので……みっともない所をお見せしてしまって」

「先輩が謝ることないですよ。嫌味だけ言ってさらっと自分の職務を放棄とか……あげく獣人がなんだの関係ない話しまで持ち出して。許し難い! わたし抗議してきます!」


 天罰覿面! と、踵を返したが、プリシス先輩が慌てたように私の服の袖を掴んだ。


「いいんです、大事にされたら困ります! 喧嘩をされて、大事にでもなったら」

「なったら?」

「……我が主の授業態度が悪いことまで、ヴァン・ラームズ家の当主様の耳にでも入れば、アイゼン様が廃嫡される恐れが……」

「え、廃嫡って。後継ぎになれない、と?」


 こくん、と先輩は頷いた。


「ご当主と、アイゼン様との仲はあまりよろしくないのです……学院でマジメに授業に参加されてないと知れたら、喧嘩になるかと存じますし。その時に、廃嫡だと言われたら、アイゼン様も待ってました。と受けられるやもしれません」


 ……うわ、あのぶっきらぼうなお兄さんだと、売り言葉に買い言葉って展開が、めちゃ見えるな。


「そう、ですね。すみません、部外者が首を突っ込むようなマネして」

「いえ、いいのです。私如きのためフレイ様が怒っていただいて」

「……プリシス先輩の謙譲の精神はスバラシイと思いますが、卑下しすぎですよ。行きすぎてはなりません。ガツンと言ってやるべき時には言わねば」

「ですか?」


 ですです! と、アルマのように頭を上下させると、プリシス先輩は少しく微笑んだ。……ホッ、よかった。落ち込む先輩なんて、私は見たくないわ。

 てか、マジメな話し、アイゼン先輩が授業に参加すれば、問題が解決すんだよね。


「ですですね……しかし、我が主にはガツンと言っても、効果はございません。現に何度も授業に出席なさいますようお願いしてるのですがいつも、知らんぷりで」

「人の話しに耳を貸すタイプじゃないっすよね」

「ハイ、でも最近はフレイ様のおかげで、冒険者ギルドに入り浸ってることが知れましたから。私もそこで見張り番をしております。見つけたら授業に出るように、と、お願いしてるんですが……聞く耳持たずで。そのおかげで、主どころか私まで授業に出席することが難しくて。恥ずかしながら、先のような次第で」


「せめて、授業のひとコマにも出れば、先生たちに顔向けもきくのですが」と、先輩は恥ずかし気に身を縮めた。

 ……アイゼン先輩、やっぱ授業サボって、冒険者稼業に勤しんでるのか。確かに、アレだけの強さと魔術があれば、冒険者でも大成功しそうよね……羨ましい。

 けど、プリシス先輩のこと少しは考えて欲しいよね。こんな毎日、先輩の姿を捜し歩いてる上に、いつ大怪我をしないかって、ハラハラなのでしょう。迷子の子猫って立場が、真逆じゃないか。

 ……よほど机の前に座ってられない程、落ち着きないのかね。

 プリシス先輩は話題を変えたかったのか、こちらの首元へと目線を向けると「そのストール素敵ですね」と、言ったので、私も明るい調子でムフン、と自慢した。


「でしょ? 実はシャナン様たちからの誕生日プレゼント品で」

「そうなんですか……私としたことが、誕生日のことを失念しておりました。今度、美味しい干物をお持ち致します」

「いえいえ、べつにいいんですよ。お気持ちだけいただいておきます」


 慌てて断ると、先輩はやけに残念そうに、しょんぼりした。

 ……魚フリークを増やせないのが、残念だったのか。いや、私も嫌いじゃないんだけど、干物をいただいても焼く所がないのがね。寮に網を持ち込んでも、煙が立てば一発でバレるから。

 私は申しわけない、と軽く頭を下げてたが、先輩のつぶらな瞳が、こちらの襟元に向けられてる。どうかしまして?


「……あ、いえ、主様からプレゼントなんて、羨ましいと思いまして」


 プリシス先輩は唇に手を当て沈思黙考してたかと思うと「ついてきて」と身を翻した。え、先輩? といきなり歩き出した先輩を怪訝に思いつつも、その背中を追いかける。

 校舎から離れへと向かう渡り廊下へと来ると、廊下の縁に隠れるように座った……なんだか、よくわからないけど、私も同じように廊下にかがみこむと、シッ、と唇に指を立てて示した。黙ってろ。ってことね。

 私は冷たい廊下に腰を下ろしてたら、不意に中庭の方からテオドアが歩いてきた。

 ……え、放課後過ぎて結構たつのに、こんな時間まで残ってたのか。いつもなら、さっさと帰るのに、なんでまた? と、怪訝にその姿を目で追えば、彼女はそのまま中庭から離れの裏手へと歩いて行く。

 ……プリシス先輩は、なにをしてこんな所を私に見せに、と、問いかけようとしたら、中庭から今度は同じようにシャナンが姿を現した。

 えぇ!? なんでまだいんのよ!?

 しかも、シャナンは同じように、離れの裏手へと向かう。

 ……これは、もしかしなくても、密会?


「行きましょう」

「う、うん」


 私は考える間もなく先輩に促され、気配を殺しながらもふたりの後を追いかけ、バレないように藪へと身を隠した。

 すると、遅れてきたシャナンを前に、テオドアはにっこりと笑いかける所だった。


「――来ていただいてありがとうございます。こうしてお呼び立てしたのは他でもありませんわ。ワタクシたちも、そろそろ、お互いに本音でもって語りあいましょうと思いまして……シャナン様もすでにおわかりですよね。ワタクシの目的は」

「……えぇ、僕の血統ってことでしょ」

「そう。つまり、ワタクシは貴方が欲しい、ということ……」


 テオドアはシャナンの袖を掴んで、潤んだ瞳で見上げている。

 ちょ、そこの巻き舌ッ! その歳で色仕掛けしてんじゃないってばよっ!

 と、私は思わず声を挙げかけたが、先輩に(……静かに)と、ムンズと手で口を封じられた。ムガムガッ、と抗議の意を込めて唸ってみたが、私が口を開くより先に、シャナンの冷たい声音をして、テオドアから距離を取った。


「本音で話すもなにも、いつだって正直に答えてるつもりですよ。僕は貴女と婚姻を結ぶことは一切、考えたことはない。何度も来られても、意志が変わりはありませんよ」

「……シャナン様、よくよく現実というものをお考えください。女王陛下から、いかに甘い囁きでもって誘われても、貴方が王配の地位につくことは不可能ですわ」


 と、テオドアはにゅっと蛇のように目の色を変えて、囁きを続けた。


「それに万が一にでもなれたとして、王族という地位になにがありましょう? 実権を振うのは女王であるクリス様……その影で、王配という椅子に釘付けにされることですわ。どんなに才能があっても、儀式と催しに耽る毎日。貴方様が学院で勉強されたことはすべて持って無駄。その辣腕を振るうこともなく、ただ無為に過ごす日々。それでしたら、我がルクレールにお越しください。そうすれば、富も名誉もなにもかも揃って――」

「間に合ってますよ」


 不機嫌な様子で中座で話しを打ち切ったが、踵を返したシャナンをテオドアは追い詰め壁ドンをした。


「……ワタクシは、シャナン様に与えられる限りの、最良の未来を示してあげてるのよ。貴方はそれを手に取るだけでよろしいの。どうしてわからないのですか? なにが不満なんです? ……それともそこまであんな娘のことが――」


 テオドアの凍えたように震わせた声が、ハッ、と止まったのは、シャナンが同情を込めた眼差しで、彼女を見ていたからだろう。

「貴女こそご自分のことを考えて、大事にされた方が良い」と、シャナンは努めて冷静な面差しをしながらテオドアを見やると、小さくかぶりを振って、その拘束を外すとその場から去って行った。


「……どうして、ワタクシが同情されなければいけないの!」


 半ば呆然佇んでいたテオドアに、私たちも気まずくてそっとその場から離れた。




 ……いや、ほんと凄い場面に出くわしちゃったな。

 無言で離れの廊下へと戻ると、無駄に肩が凝ったようで重たいわ……まあ、あんないけ好かない女子でも、振られ場面を盗み見ちゃうのは、やっぱキツイよね。


「先輩はどーしてあんなとこに、ふたりが来るって?」

「ンっ……噂に聞いたの。テオドアが告白というか、話をつけると息巻いてるって。そう彼女の取り巻きたちが大声でさえずってた」


 ですか。ま、あいつら学院では我が物顔してるもんな~、さもありなん。私は納得して、頷いてたら、プリシス先輩はなにか居住まいの悪い顔をしてる。どったの?


「……いえ、フレイ様は、ご自分の主があんな風に詰め寄られても不安にならない?」

「不安って、なにが?」

「……ン、色々。テオドアに主を取られないか、っとか。前の冒険者の時みたいに、怪我をしないか、とか」


 いや、言ってる意味がよくわかんないけど。

 でも、シャナン様なら滅多なことにはなりませんからね。とくに色恋に関しては、ボギーなんてさんざんアプローチしてんのに、気づかないわけだし?

 主を取るも取られる、って物じゃないんだから無意味な心配なんてしないで、大船に乗った気でいればいいじゃない。


「……そう。フレイは主様のことを信頼、してる」

「え、そういう話し?」

「そういう話し」


 ……そーなん? と、私は首をひねったのだが、うん、と先輩は頷いた。


「……うん、私も勇気を出して主を信頼してみる。野良猫は追いかけたら逃げる。主もきっと、それと同じだから。明日から私は追いかけない。って決めた」

「え、マジ?」

「うん」


 その野良猫対処で、アイゼン先輩が出席するようになるの?

 ……その程の効果は大いに疑問ですが、プリシス先輩は決めたの。って、綻んだ笑顔をしていた。

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