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LV143

 翌朝。

 早速、いただいたプレゼントの黒のストールや手袋を身に着け、朝稽古に向かう。

 ……ぬふふっ、いやぁ毎朝鳥肌が立つ程、寒い思いをしてたのがウソみたいに暖かだ。首に巻いたウールのやわらかな肌触りに、羊毛つきの手袋といい。乾燥しがちな外気をピシャッと遮ってくれる。

 これに学院の紺色コートと合わせると全身が真っ黒に見えるのが、アサシンっぽくって中二病心がくすぐられます。試しに木剣を二刀流持ちしてポーズを決めてみたら「カッケぇ!」とジャンから高評価を得た。フッ、でしょう。

 浮かれ調子にクロス気味に構えたり、片足立ちしたり、と色々ポーズを楽しんでたが、そんな我々を尻目に、シャナンだけは黙々と木剣を振り込んでいる。

 ……チッ、なんて安定のスルー力。

 自慢したいのに、褒めてもくんないなんて冷たすぎるよ。

 私は「いいでしょ~」と、ザーとらしく素振りの前を横切ってやったが、渋い顔で反転して向いてくれない。クッ、なんと強情な。

 私はそのキザな顔を驚かそうと、首に巻いたストールを解き、キャツめの背後からシメシメと巻こうとしたら、抱き付いた瞬間、シャナンは恐慌をきたしたみたいにわちゃわちゃと暴れた。


「や、止めろっ! 危ないだろうが!?」

「わっ!」


 と、ととっ!? ……危ねぇ、いきなり暴れたら怪我するでしょう。私は悪霊ではなく、いい守護霊ですよ!


「危ないってのはこっちの台詞だっ! 人が木剣を振ってる時に後ろから抱き付くなよ。怪我したらどうするんだ!」

「……すみません」


 ……そうですね。顔面を強打されても、おかしくなかったし……反省してます。

「ったく」と、シャナンは乱れた襟元を直すと、私が項垂れたその首にストールをクルクルと巻いてくれた。


「……で、これの具合はどうだ」

「え、あぁ、ハイそりゃもう! あると、ない、とでは大違いで満足してます」

「そうか? ……ならいいんだ」


 シャナンも落ち着いたのか、ストールをぎゅっと絞めると、頭をポリポリと掻いた。

 不意に「くっ」とくぐもったような吐息が漏れ聞こえた。その瞬間、シャナンは眉間にシワを寄せた。


「如何かしたんですか?」

「……いや、なんでもない。ただ、ジャンのやつが稽古をつけて欲しいようだから」


 と、シャナンは堅い声音で言うと、そのまま木剣を担いで「いーっ!?」と、ジャンは慌てたように口元を抑えてる。あっ、そう? 打ち込み稽古は、まだ相手にするには早いんじゃない?


「って、ま、マジかよ、オイッ! 笑ったのは、ちょ、謝っから!?」

「うるさい黙れっ!」


 シャナンがジャンを一方的に切りかかっていってるよ。


「……アレ、大丈夫なんすかね?」

「ははっ、まぁぼくらは穏便にやろうか」


 と、ニコラは乾いた笑いを浮かべた。ま、そうだね。首が折れなければ、多少の怪我は魔術で治せるからいっか。





 そんな風に、今年の誕生日は、皆さんから心のこもったプレゼントをいただいたのだが、なかにはあまりお気に召さない品物もあった。

 筆頭はトーマスさんである。いきなり、目をつぶってごらん。と、ふざけた申し出に、私は口元にバッテンと両手で押さえたら「あぁ、そんな手もあったっけね」と、残念そうな声をあげた。

 ……なに考えてんだこの人は。と、呆れていたら、手がこちらの耳元に伸びてきた。

 しばらくして、開けていいよと促されると、目の前には手鏡が、そしてそこに映る耳元には翡翠のイヤリングが輝いていた。

 …………ほんっっっと、なに考えてんだこの人は。


「どうかな、キミの瞳と同じ色のイヤリングだよ。気に入ってくれたかい?」

「……いや、こんな高い品物を、わたしみたいな子供にはちょっと」

「いいんだよ遠慮しないで受け取っても。来年にはキミの首元に同じ色のネックレスを。そしてキミが成人する再来年には俺たちの婚約指――」

「要りません」


 ハッキリそんな未来は無いです。と、イヤリングを外して、その手に返した。

 そしてもうひとつの微妙なプレゼントは、我が無二の親友であるボギーさんから貰った。ボギーは寮に帰り着くやに「ハイ、これあげる」と、ぶっきらぼうに差し出された。

 げへへ、もしかして照れてるの~? と、私は翁のようにデレデレ、と受け取った物を確かめたら、なんとそれは私が「キス顔ブッス」と罵られた時に演じた、因縁のクロエ本だった。

 ……プレゼントに文句をつけるのはルール違反、と百も承知ですが、これっすか……。あの後、俄然と薦められたから私は読みましたよもう。

 と、落胆の目をしたのが癇に障ったのか「しょーがないでしょ? あたしはフレイみたいにお金持ちじゃないんだからっ」と、唇をムスッと尖らせた。

 えぇ?

 私が金持ちってそんなこと――


「そんなことあります! 子供が金貨ウン十枚も持ってるって時点でおかしいのよ!? あんた貴族なワケぇ!?」

「ちょ、ぼ、ボギーたん落ち着いてください……」


 フー、フー、と息が上がってるから、ほら、深呼吸、深呼吸。

 ……落ち着いたか。

 でも、考えてみれば、ボギーは無収入だったね。仕送りがあるってことも聞かないし、ましてや私みたいに陛下の料理人のお仕事で働いてるワケでもない。

 仕事といえば、シャナンの世話がソレだけど、ローウェル家からの給金は学院への入学費払いってことで、相殺されて0だしな。

 そーいや、王都にふたりで買い物に出ても、私が屋台で買ったケバブを喰ってる横で、怖ろしい目で睨まれていたっけ。

 てっきり、乙女チックに体重でも気にしてんの~、と思ったら懐具合を気にしてたってオチなのね。そうなのねボギーたん!

 ……ごめん。私が至らぬばっかりに。

 そんな苦しい懐事情だと知ってたら、私だってボギーたんの怨念のこもる瞳を肴にして「うんま~!」と、三個もドカ喰いしなかったわ……。

 あぁ、こんな罪深き私を許してちょうだい!?


「……そっか。そんなに貧しかったんだね。ソレなのにねだるようなこと言ってごめんね。貰った本でも大切にするから」

「うん、それは嬉しいけど……ちょっと小馬鹿にしてなくない?」

「し、してないよぉ!?」


 そんな風にジト目で睨まれたら、私の清らかな心に存在するはずのない邪神が眠りから解き放たれたように、ムクリと悪戯心が沸いて来た。

 ポッと浮かんだ、ボギーたんの意地悪への仕返しに、私は下司笑いを堪えると、満面の笑顔で「そうだ」と手を打った。


「ねぇ、それじゃ自由なお金ないんでしょ。なら、わたしからボギーたんにおこづかいをあげよっか?」

「え、おこづかい!」


 と、私の甘い言葉にボギーは一瞬、目を輝かせたけれど、即座に理性を取り戻したのか「な、なにが目的なの……!」と警戒したように疑惑に満ちた目をジロジロと向けてきた。友達の善意を全力で疑うその姿勢に、私の清らかであった心に墨汁が2トン追加で入りました。

 ……いったい、ドンダケ銭ゲバ野郎だと思われてるの。私!?


「でもフレイから貰うなんて、そんな義理がないし……」

「いいのよぉ。いつもお世話になってるんだから。わたしの懐にあってもてんで使い道がないの。お金は有意義に使うもんなんだし、ふたりで一緒に楽しめた方がいいでしょ?」

「そ、そう?」

「うん!」


 あ、でもぉその代りに条件があるかなぁ?


「……じょ、条件?」

「そう。貰う時には「お小遣いありがとうフレイお姉ちゃん」って言って欲しいかなー」

「なんですって!?」


 ボギーは愕然と口を開いたら、急にわなわなと震えた手を振り上げて「そ、そんなこと言えるワケないでしょ!?」と、叫んだ。えぇー、どうして~? 私そんな難しい要求をしてるのぉ?


「どうしてって、お姉ちゃんって立場が――」

「でもぉ、目上――ンッん! お母さんから貰う時にも、同じこと言うよね。私から貰う時にも同じよ~に、日頃の感謝の気持ちをこめて、言って欲しいかなぁ。ってだけだよ。これって理不尽な要求なの?」

「………… …………」

「理不尽な要求って、この部屋にある唯一のベッドを使わせろとか、そういう類だと思うなぁ。ありがとう。って言ってくれれば、私はそれだけでいいのに。それも無理なのは、どうなのかなぁ?」


 ンン~? と、左右に小首を傾げつつ、ボギーたんに問いかけたが、心が激しく葛藤をしてるのか、クッと歯噛みして頭を抱えた。よくよく耳をダンボにすれば「……小物、靴、おしゃれな服ッ!?」と、呻いておる。

 ……クックックッ、そうだ。悩め、葛藤せよ! そして内なる闇の力に屈するがよい!その暁には、この私がちっこいこの寮部屋の支配者として君臨するのだ!

 私がどうする~? と、差し迫ると、目元を暗く俯かせた表情がよくわからない――が「お、」と、声を挙げた。

 お、おこづかいをくださいフレイお姉ちゃん! だよ。と、闇の訪れを確信した私は、ニヤリとした――が、ボギーが顔を上げると、キッと睨まれた。


「おこづかいなんて、要りませんッ!」

「な、なに!?」


 闇の力に屈しない、だと!?


「い、いいの? おこづかいだよ。ただであげるんだよ!?」

「結構です! フレイなんかにでかい顔されるぐらいなら、お金なんていらないもん!」

「……そ、そんなよーく考えようよ。お金は大事だよぉ!」


 と、縋りついたこちらにボギーたんは「べーっ」と、舌を出された。


「しつっこい。てかあたし決めたんだから。あたしもジャン様や二コラ様みたいにバイトする! トーマス様にお願いするんだからっ!」

「……えぇ、マジッ!?」

「いいから決めたの、だからフレイは邪魔しないでよね」


 フレイのバーカッ、と捨て台詞を残して部屋を出てってしまった。

 ……少し揶揄うだけのつもりが、また自分で、地雷原に踏み込んじゃった気がする……。

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