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LV141

 アイゼン先輩には二度も助けられたのだが、その身元の不詳っぷりもさることながら、その行動にも不可思議な点が多い。

 一応は学院に来てはいるっぽいのだが、授業はズル休みしてる間、どこでなにをしてるかも不明だ。けれども、なぜか冒険者ギルドにも顔が利くって点では、たぶんご想像に難くはないんだけれどもね……。


 しかし、一番に気掛かりなのは、普段からお優しいクリス様がアイゼン先輩を見かけた途端、急に顔色が一変したことだ。

 不良っぽい見た目に怯えた可能性が無きにしも非ずや、だが、姫様はそんな見た目で人を判断するようなお方じゃない。

 それに、アイゼン先輩も姫様に顔を合わせずに、気忙しくも逃げてったし。

 ……なんだか気になる関係だなぁ。




 次の休日、私はトーマスさんに招かれ、ラザイエフ家が経営する店にお邪魔した。

 そこは商家の立ち並ぶ賑やかな通りで、明るい瓦屋根をしたお店には、煉瓦造りの倉庫が併設してなかなかの敷地だ。

 そこではちょうど数台の馬車が木箱の山を置いていくと、それをシャナンやジャンたちがせっせと、倉庫のなかへと運んで行ってる。函の中から芳しい香りがするが、どうもそれらは異国から届いた香辛料のようだ。

 三人は休みなく木箱を倉庫に積んでいくが、次から次へと馬車が木箱の山を積み上がり、冬場でも汗をだくだくにしている。

 がんばれ~、と気怠く私たちが応援してたら、ジャンが「あ~、もう!」と憤ったように乱暴に木箱を蹴った。


「終わんねぇっーの、こんなん! いったい後何台来るってんだこらっ!?」

「……ちょ、ジャン」


 二コラが小声で諌めた矢先、ゴツッ、とトーマスさんの拳骨が、ジャンのトウモロコシの髭みたいな頭に炸裂。


「痛っつ!?」

「こら、商売品に乱暴すんじゃないよ。ボヤいてないでサッサと仕事、仕事。キミらに払ってるお給金は、安いものじゃないのよ?」

「……わかってますよ」


 やれやれ、と、トーマスさんは手をプラプラさせると、私たち向けてニッコリと笑った。

「やぁ、お嬢様たち。こんな野郎どものしけた仕事より、暖かい場所へどうぞ」と、店内へと私たちをエスコートして、暖かいお茶をごちそうしてくれた。


「わ、このお茶、匂いがぜんぜん普段の物と違う……これも、異国の物ですか?」

「ン、そうだよ。ツンと洟にくるけど、爽やかな匂いでしょ。これ元は薬草だから、肉の匂い消しにも使えるんじゃないかな。と、思ってるんだ」

「……美味しい」


 猫舌なボギーは、フーフー、と冷ましつつ啜って頷いた。ねぇ、美味しい。

 ……にしても、トーマスさんは商魂たくましいなぁ。ラザイエフ家は、海運事業も繁盛してるのに、さらに儲けようって。

 お店を見回しても、貴族様も垂涎な家具が勢揃いで、シンプルな衝立も黒檀製だし、私たちが腰を下ろしてるカウチも、人をダメにする程、ふっかふかよ。

 順調っぷりが透けて嫉妬しちゃうわ。


「いやいや、海運業はウチの本家がやってて、こっちの店にはノータッチだからね。元は、俺の身ひとつで立てたお店よ」


 トーマスさん家の実家のラザイエフ侯爵家は、長男である兄君さんが後継ぎとしていて、次男であるトーマスさんは家を継ぐこともなく、無爵位で家を出ることが普通だ。

 だが、勇者パーティの一員として、邪竜イシュバーンの討伐に貢献した。という褒賞として、トーマスさんはラザイエフ家とは別に、国から爵位を授かったのだそうだ。

 本来なら、勇者と同じく子爵に叙されるはずだったが、本人が頑なに辞退したそうだ。曰く「うっかり領地を持つなんて、ンなしち面倒くさいことはやりたくないよ」と、あくまで気楽な地位である男爵を所望したとか。



 ラザイエフの本家は海運での流通を一手に担う大商家だが、いわば分家であるトーマスさんも、その影響力は本家に劣らぬ程だ。

 ラザイエフの本家が海運にて張り巡らされた各地方都市へのネットワークを駆使して、珍しい品がある、と聞きつければ、元は冒険者の軽いフットワークでいち早くどんな地方までひとっ跳び。

 本人がその場で買い付けから値段交渉までして、様々な地方から珍しい品を買い付けて、貴族たちに高値で売りさばいているとか。



 それだけでもボロ儲けな商売だが、トーマスさんは飽き足らず「買い付けるだけでなく王都でも作るべし!」と、血道をあげて、このバイト先にて、買い付けた食品の製造から加工までをも目論んでいるのだそう。

 だから、お菓子を作るノウハウがある、と私も目をつけられて「俺と一緒に世界の食と、世界中の人間の胃袋を握らないかい?」と、度々に勧誘をされている。

 しかし、私は悔しいので受けません。

 旅して美味い物喰って、美女と戯れウハウハ、なんて私が夢見た生活を横臥してるのよ……こんな悔しい話しがありますかっ!? と、溢れんばかりの嫉妬心に血の涙を流しつ、トーマスさんの美味い話しを蹴りました。惜しいと思うけど、隣歩く仲間が美味い思いをしてるのは嫌ですからね。


「残念だなぁ。俺たち夫婦で一緒に旅をして、買い付けに歩くってそれはめくるめく素敵な旅だと夢見てたのに……」

「……だぁれが夫婦ですか」

「そんなの決まってるでしょ?」


 と、トーマスさんは思わせぶりに片目をパチッ、とウィンクした。

 ……そんな下心がありありな就職先はお断りっすよ。


「そっかぁ。残念。いや~、ほんと優秀な人材の確保はたいへんなのよ。募ってもロクなやつがいないし、阿呆な貴族から「ウチの子供を御家に!」って迫られるわ。使える子は少なくって」


 と、トーマスさんがガックシと、肩を落とした。そうですか。経営者にも悩みが尽きぬようですね。


「冒険者業だけでなく、ちゃっかりこういう仕事で儲けるとは、さすがですね」

「……なによ、ちゃっかりって。冒険者稼業にお店の経営に、お兄さんは一生懸命に働いてるでしょうが」

「褒めてるんですよぉ。ちゃっかり相談に乗るふりをして、安い人材を買いたたくなんて、ちゃっかりしておりますなぁ」

「褒めてないっつのソレッ!?」


 そんなトーマス様には謙遜が似合いませんよ。見習いたいです、その強欲さ。

 ……まぁ、しかし冒険者に先立たれた、未亡人を多く雇い入れてるらしく、お店のなかには女性が多いのよね。

 そういった意味じゃ、トーマスさんが商売の手を広げてるのは、夫に先立たれて生活に困ってる女性を救う、という一助にもなるのだし、いいことですわね。


「しかし、お店か……いいですねぇ夢があって」

「オッ、まさかフレイちゃんもお店を開きたいとか、思ってたりするワケ?」

「えぇ、そりゃまぁ」


 私も商売人の家に生まれたからには、王都でひと山当てて、故郷に錦を飾るというのも大いなる野望です。

 それも、王都に菓子店を……ね。

 女王陛下に無理くりこの王都に押しとどめられたといえ、ここはエアル王国が首都にして、世界でも有数の大都市なのだ。

 そんな栄えある王都に、ただの一生徒として暮しましたとさ。と、立つ鳥跡を濁さず、なんてお行儀が良すぎては、異世界転生主と誇れるものがないじゃないの。

 ……とは思うけど、現実的には厳しいよねぇ。なんたって、私は学生の身の上ですからお店を開く資金もないし、日頃学院があるし、で時間的余裕もないと、ナイナイ尽くしだ。

 私は高望みの夢に、ホゥと溜息をついていたら、お店にシャナンたちが入ってきた。皆疲れた顔をしてるなかで、ひょいっと、後ろから現れたのがヒューイと侍従のクルトワのふたりである。


「あら、ヒューイ。お店の場所、迷いませんでした」

「この店は有名だから。聞けばすぐにわかるよ」


 と、ヒューイは明るく笑った。

 いやぁ、ご苦労様です。私のためのプレゼントを見繕いに、わざわざ来てくださるとは。 ヒューイは人好きのする笑顔を浮かべると、トーマスさんに向かって「初めまして」と会釈した。


「ヒューイ・ラングストンと申します。英雄様の高名はぼくのような子供にも響いております。お会いできて光栄です」

「オォー、こちらこそ光栄だなぁ」


 と、ふたりはにこやかに握手をした。

 …………。

 ン? なんで、そんな固く握ったまま、手を離さないんだこやつら?


「あぁっと、失礼、失礼。強く握り過ぎちゃって痛かったかな。ハハハッ、子供みたいに泣いちゃダメだぜ?」

「いえ、英雄様を前にみっともないマネはできませんから」

「なるほど~、それで今日は呼ばれてもないのに、なんの用事できたのかなぁ?」

「フレイの誕生日プレゼントをこのお店で選ぼうか、と……でも、他に行った方がいいですかね」

「……ん~、ウチの店には碌な物がない、とか?」

「違いますよ。雰囲気的に子供には手が届かない程に、高級な物が揃っておいでだなぁ、と思いまして」

「はははっ、大丈夫だよ。シャナンやそこの坊主たちでも、棚卸できる高さの物しかないからさ。なんなら抱っこしてあげようか?」

「いえいえ、遠慮しておきます」


 ハッハッハッ、とトーマスさんとヒューイは快活に笑った。

 な~んだ、冗談言い合って、ふたりともめっちゃ仲がいいじゃないの。

 ハハッ、

 ――ン? なんでボギーたん頭抱えてるの。頭痛がするんだったらお薬貰おうか? え、アンタのせいでしょ!? って、……な、なにがよ、いったい?

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