LV140
一方的なやくそくとはいえ、ラブレターなんていう一歩間違えれば黒歴史に属する品物を贈ってこられたのだ。その心意気には答えねばならない。
……なんて、頭では理解してるが、どうにも面倒だという思いが先に立つ。
だって、ボギー様たちの意見では十中八九、送り主が男だというんですよ。その一点だけでもって私たちの恋愛は、試合終了ですよ。
それでも、皆さん方がお熱をあげたように「会ってみて印象が変わるかもよ!」なんて、力説されるわ、乙女なボギー様なんて、今日の出がけにはやけに丹念に髪を梳かれるし。で、行かざるを得ないんだが、どうにもやはり面倒だ。
……てか、他人の恋愛の面倒を見る前に、ご自分の恋を成就させた方がよろしいのに。
「……ハァ」
「どうしたの? さっきから溜息ばっかついて?」
「いえ、ちょっと片づけなきゃならない面倒事を抱えておりましてね」
朝の登校路にて、思わず泣き言を吐いていたら、怪訝顔のヒューイに拾われた。
相変わらずシャナンたちまで来ているが、ふたりは仲たがいを改める気もないのか黙然とついて歩いてきてる。
「ふーん、なんだかわからないけどタイヘンそうだね」と、呟いていたヒューイだが急にパッと顔を輝かすと、
「あ、そうだ。今日の放課後時間あるかな。できれば付き合って貰いたいんだけど……」
「ン? どこに?」
「プレゼントする手袋を見に。実はぼくもちょうど新しいのが欲しかったから、一緒に見て回ろうかな。と思って。ダメ?」
「……あ~、今日は時間が取れないですね。実は昨日らb――もがっ!?」
「あはは、ごめんなさいヒューイ様! 今日は、姫様たちとお話があるんで!」
いきなし、私の口を押えたボギーが、愛想笑いをしつつ怪訝な目をしたヒューイにこそこそ隠れるように距離を取った。
「……ぷへ。い、いきなり人の口を塞いでなにすんのよ。ボギーたん!」
「うるさい! ラブレターの話は厳禁!」
「……えぇ?」
放課後が近づくにつれて憂鬱の度合いが増してきたが、まるで出征に赴く新兵のように、放課後の図書室に連れ出された。皆さんは「頑張れ!」とまるで他人事みたいに手を振られてるが、皆さんで付いて来てよ……。
ほら、女子の群れで囲んで「どうなのよ?」と、告白してきた男子を詰める恒例行事をやろうよぉ。男子の純情を弄んで、おじゃんにさせようよぉ。きっと楽しいよぉ。
と、思わず哀願した目をしたが、まるで行き場を失くしたスライムを追い立てるように、「早く行って」と、追い立てられた。
……非道い。
一抹の寂しさを感じつつも、やくそくの場所である離れの裏手へと赴いた。が、そこはガランとした雑草が生い茂ってるだけで、人っこひとりいない。
この時点で、私の冷め切っていた心は-点を記録したが、手ぶらで帰るのもまた業腹なんで、寒さに身体を丸めつ壁にペタッと貼りつく。
しかし、そうしていても、いつまでも待ち人は来ない。
……やっぱ、これ質の悪い悪戯じゃないの。と、苛々とし始めた矢先、向こうから走ってくる男子の姿が。
やっぱ、男子かよ。と、私の心は、マイナス×マイナスで+に転換するでもなくさらに泥沼へと沈んだが、
「待たせて、ごめん」
沈黙する私のまん前で、膝に手をついて息を切らしてる彼は、不意に顔を上げた。
……ふむ。イケメンとは言い難くも、清潔感はあるね。
なんつーかクラスのリーダーから、三つぐらい下の地位にいるような弄られキャラ?
と、私は現れた彼への人間観察をしていたら、彼は短く刈り込んだ、金髪をガシガシと撫でると、
「ああっと、自己紹介がまだだったよな。俺はオリナス・ゴルターナっていう三回生だ。……あの、手紙読んでくれたわけ?」
「えぇ、まあ」
「よかった。それじゃあ、話しが早くて助かるぜ」
オリナスはいきなし砕けた調子になって、こちらの肩に手を回そうとした。それを私はひょいっと避けた。
「……いきなりなにをされるのですか」
「はぁ? 説明しただろ」
説明って、あのラブレターでかよ……あれだけで気安くなられても、こちらの意思確認もされないのは減点所か、失格です。
いくら、顔はイケメン風でも、心がブサメンでは、お付き合い以前に友達付き合いすら困難であります。よって、貴方様の控訴は棄却判決が下されました。
「残念ですが、わたしにお付きあいを申しこまれましても、お断りさせいていただきます。それではあしからず」
「ちょ、ちょっと待てって!」
私はぺこり、とお辞儀して行こうとしたが、オリナスは行く手に立ちふさがり猫なで声をした。
「……あぁ、うん、俺たちに多少の行き違いつーか、急ぎすぎたよな。うん。でも、この件はオマエにも得な話しなんだって。もうすぐ、俺は卒業して、家の家督を継ぐ。そしたら一緒に暮らそう」
「はぁ? あの、ちょっとどういう意味だか不明なんですが」
「呑み込みが悪いな。俺が卒業したら、一緒に領地に来てくれって話な。な、悪い話しじゃないだろ、ただの農民から、オマエも晴れて子爵夫人になれんだぜ?」
……をいをい。
嬉し恥ずかしな告白と思いきや、まさかのプロポーズって色々はしょり過ぎだッつの!なんで話がそこまで飛躍してんよ!
俺様は思わず言葉もなく黙ったら、オリナスはそれをオッケーと勘違いしてか下世話に笑った。
「な、いい話だろ? オマエと結婚をするって、ちゃんとやくそくするから」
「ちょ、すり寄ってくんなコラッ!」
たじろぎつつ、コンニャロ、と咄嗟に拳を固めたが、向こうはヘラヘラとして手頸を掴んだ。
……こんのてめぇ!
「なにやってんだてめぇら?」
と、不機嫌な犬が呻くような低い声がした。振り返ると、ぶっきらぼうにコートに手を突っ込んだ、アイゼン・ヴァン・ラームズが立っていた。
と、突然の闖入者にオリナスが驚いてるすきに、その手から逃れて、アイゼンの後ろにササッと、隠れる。ふむ、やはり背が大きいな。
それにオリナスはあっ、と顔をしかめたが、すぐにカッとした表情でアイゼンを睨みすえた。
「な、なんだよオマエは、俺たちの邪魔をすんな!」
「……あぁ? 乳繰り合うなら他の場所でしろっての。ここは俺の庭だ」
「知るか、そんなの!」
と、怒鳴ると同時に、アイゼンに向かって駆け出す――が、それより先に、アイゼンはオリナスの顔に向けて、右ストレートが繰り出された。
……グシャッ、と潰れた音がせず、私は怪訝に目を見開くと、アイゼンの拳が相手の顔を潰す寸前で、ピタッと止まっていた。オリナスは「あわわ」と腰から力が抜けたようにその場にへたり込むと。
「さっさと失せろよ」と、アイゼンの吐き捨てた声に、這いつくばるように立ち上がり、一目散に遁走をした。
…………なんだか知らんが、また情けないヤツよ。
「あの~、またどうも助けられてしまいまして、ありがとうございました」
「……あぁ? 見た顔だと思ったらてめぇか」
私がペコリ、とお辞儀をしたら、アイゼンはいつものぶっきらぼうな調子で腕組みをして壁に背を預けた。
「またてめぇは厄介事に首を突っ込んでのか。呆れた女だな。主の首根っこを捕まえとけって忠告してやったの忘れたか?」
「……いや、今回のトラブルは、まぁ、わたしが発端……なのか、さっきの無礼者から、急にラブレターなんての貰ったんですよ!」
「はん、じゃあアイツは三回生か」
「え、知り合いでしたの?」
「ちげぇよ。よくある話しだ。田舎娘に声掛けして、卒業したら俺は家督を継ぐから結婚をすればオマエは貴族夫人――って、甘い言葉で誘っといて、ホイホイ乗ったいざついてみたらら、なんてことない妾の地位。ってな」
……うわぁ。まさかの「貴族夫人end」どころか「妾end」だったか。
あの野郎。この異世界転生主様を、そのような安い地位にあてがうのではないわ!
「ったく、呑気な面を晒してっから、あぁいう手合いに絡まれんだよ。手紙の一枚や二枚貰ったからって、女がこんな場所にホイホイ来んな」
「……ハイ」
……クッ、この上から目線ムカつく! が、しかし、正論なんで口答えもできんな。
私がサルにもできる反省をしていたら「わ、うっそ!」と、ボギー様のお声がかかった。振り返れば、クリス様たちまで勢揃いだ。
どうやら、遅いのに心配して覗きにきてくれたのね。私はえらく感激していたのだが、なぜかボギーは絶句したように口を押えてる、あれ、どったの?
「あんな純情そうな、手紙だったのにこんな不良っぽい人が……やるじゃないフレイ!」と、サムズアップした。
……違うってばよ。
と、私は滑りこけそうになったが、事の経緯を述べて誤解を解くと、ボギーはガックシと残念そうに肩を落とした。
「……なんだ、そんないやらしいヤツだったの。男ってほんと最低!」
「いや、まぁすんません」
私が全男を代表をして、ボギー様に謝罪をした。すると、プリシス先輩がひょこひょことやってきて「我が主、こんな所に」と、アイゼンのコートを掴んだ。
「……あぁ、猫か。そーいや、てめぇのダチだったか」
「ハイ、よろしくされております。それよりも主、授業にも参加してくださいませ。出席がひとつもないのは、さすがに外聞が悪うございます」
「ンな暇ねぇよ。オマエが通ってれば十分じゃねぇか」
「……そんなこと、ございません。これは主のためでございます」
と、普段は大人ッぽいプリシス先輩が、まるで子供のようにぐずっておられる。
無口っぽい相手同士、なにか通じるものがあるのかね。って、姫様を振り向けば、その顔が微妙に強張っておられた。
「どうされました、クリス様。どこかお加減でも?」
「……いえ、べつに」
と、姫様は片腕をぎゅっと掴んで、居づらそうに顔を逸らしていたが、アイゼンの視線に気づかれると、その顔を上げて彼へと向かい「あ、あの」と、声を掛けたが、アイゼンは硬い表情でソッポを向いた。
……な、なんだ。この微妙に声を掛けづらい空気。
と、俺とボギーが同じように戸惑っていたら、アイゼンは普段の様子のままに、
「おい、てめぇらこんな危ない場所に来るんじゃねぇぞ。男が、じゃなく貴族は、ろくでもない連中しかいねぇんだからな」
アイゼンはそう吐き捨てると、姫様はその言葉に傷ついたように俯いた。
……姫様? と、私は肩に触れたが、そのまま姫様はなにも言わずに、堅い表情をした。アイゼンは用事がすんだ、とばかりに離れから立ち去っていった。




