LV139
姐さん、事件です。
私、ラブレターを受け取ってしまいましたっ!
エー! ちょ、なになに、どういうこと!? マジ、だよね、私の名前がしっかと書かれてるし、宛名違いとかじゃないよね、ね。
遠目から私を見ていたって……イヤー、嬉し恥ずかしな感じで、背中がこそばゆいんだけどもぉ! と、私はひとしきり狂喜乱舞をしたが、いまは授業中。
内心の動揺を無表情で覆い隠し、なんでもないようなフリをして、窓の望外へと視線を投げる。あぁ、今日もいい天気ね。と、長閑なマダァムのようにゆったりと足を組みかえ、膝の上にさりげなく置いたラブレターに、何度も目を這わした。
……ぬあ、何度読み返しても、嬉し恥ずかしな感じで、背中がゾワーッとこそばゆいんだけどもぉ!
と、とにかくこんな乙女チックな展開は、私の手に余る。困ったときの知恵袋のボギー様に相談だ!
授業が終わってすぐ「ぼ、ボギーたん!」と、盛大にどもりつつ縋りついた。
「ねぇちょっと、ここ、こここれこれ!」
「……鶏のマネ?」
「違う!」
いいから、読んで! とラブレターを強引に手渡した。
なによー、と、胡乱な目をしていたけれども、根が素直なボギー様は文面を開いて読みだした。
「……ぇ、と「親愛なるフレイ・シーフォ様。このような手紙を突然、送りつけるような無礼をお許しください。遠くから、私はずっと貴女をお慕いしております。こんな告白をされても、迷惑だと存じますが、もう自分の想いを偽ることは敵いません――」」
ね、ね、ボギーたん大事件でしょ!? これ、ラブレターだよね、ね?
いやぁ。私こんな本物は初めて見たよぉ。ラブレターなんて、リア充だけに伝わりし、伝説の習わしか、と思っておったのに、まさか、この私が受け取るだなんて……。
これは夢かしらん。ちょ、ほっぺ抓ってくれな……って、ど、どうしたのリアクションがなにもないけど?
と、私が恐る恐るボギー様を伺えば、便箋から上げたお顔にはとても素晴らしい笑顔がそこにあった。
「さて。皆さんもお読みいただいたようですが、これは間違いなくラブ・レター、で相違はございませんよね」
なぜか、ラブ、の部分を強調してボギーが重々しく言えば、周りにいた姫様やアルマが、こくりと頷いた。ボギーは、訪れた沈黙の効果を最大限利用するように、一拍の後、高々と拳を掲げた。
「では、これからフレイの恋路について語らう会を、開催しようと思います!」
……なんの、集まりですか、これ。
ニヤけたボギーに「放課後は図書室に集合!」と、号令をかけられた。
図書室の奥まった雑談コーナーの一角は、我らのたまり場と周りの生徒からも認識されている。姫様がランチョンマットまで置いちゃってるから、それを剥がしてまでここに座ろうとする、根性と空気の読めぬ輩は見られず、至って静かでよろしい。
私はなにをする気なの、と怪訝な思いがしたが、早々に集まってたクリス様やアルマ、そこにプリシス先輩が遅まきながらやってきた。
あぁ、この面々で集まるのは初めてだね、とプリシス先輩の自己紹介をかって出たが、その紹介をうけたクリス様は「……あの、賢者様の」と、目を瞠って固まってる。あら、礼儀を重んじる姫様が、挨拶もなしにどうしたの。
と、怪訝に思っていたが「がぉー」と、プリシス先輩が両手を挙げた。
……いや、そのネタは古いから。
「左様ですか。ともあれ、プリシスでございます。以後、お見知りおきのほどを」
「……ど、どうも」
「しかし、図書室とは偉大な空間ですね。賢人たちの英知が眠る場所……その厳かな空気に触れると、私も眠くなってまいります。ぐー」
「そうですか? むしろわたしはトイレが近くなりますが……」
本に囲まれてると、この埃っぽい匂いのせいか、なんともいえずに尿意が催されるのは私だけ? って、先輩こっくり、こっくりしてる……。
頭が揺れて、三角巾の耳がぺちゃんこに。そんな疲れてるのなら膝を貸しましょうか。
「せ、先輩、眠たいなら我が膝をお使いください。温めておりました!」
「……むぅ、お言葉に甘える」
ぬはっ! やた。先輩のねこ耳をもふもふするチャンスッ!!
と、ささっと、ソファに正座してプリシス先輩の頭を受け入れる体勢をした。が、なぜか先輩は我が胸元に、その頭を持たれてきた。
「……ちょ、先輩! そこはわたしの胸ですがっ!?」
「…………」
私の胸は、クッションじゃないっての! と、抗議をしたが、先輩はチラッ、とまぶた開けて、また寝た……これは、これでかわいいからいいけど、身動きが取れないんだが。
「寝るのは後にしてよ。いまはフレイのラブレターのことで話があるの!」
ボギー様がかんしゃく玉を破裂させると、プリシス先輩もやれやれ、と起きた。
例のブツと、私に目配せをされて、ラブレターをボギーに渡すと、高々と掲げてみせた。
すると、色めき立ったようにどよめき(主にアルマと姫様)が起き、見せて、見せて!と、皆で回し読みを始めた。
……恋バナが女子の話題の主食と知ってはいたが、こんなにも喰いつきがよろしいのね。と、私は無言で見守っていたら、文面を丹念に追ってたクリス様は、まるで自分が貰ったかのように頬を赤くし、瞳を潤ませている。
「……明日の放課後、離れで、待っています――ハァ。フレイ様への思いが感じる。とてもステキな文面でしたね。
「そうですか? ベタっぽいと思うんですが」
「そのベタを外さないのが、ポイントが高いんでしょう!」
と、ボギーがしたり顔をして言った……なぜ、そんな見ず知らぬ輩の肩を持つのよ。と、私、嫉妬。
「でもでも。このお方の正体はいったい何者なのでございましょう。差出人の署名がありませんでしたよぉ?」
確かに。と、アルマの言葉に皆が、頷く。そこがこのラブレターの大いなる謎だな。
「心当たりある?」と、探求心に満ち溢れた皆さんが、なにやら期待したようにずいっと迫てきた。その笑顔が怖くて、若干引きますわよ……。
……しかし、冷静に考えてみても、ない、かなぁ。
唯一の手がかりの文中にも「見ず知らずの身でありながら催促がましい」と、書いてあるし、そういった面識はほとんど乏しいワケでしょ。
「憐れな道化とお笑いください」とか、こんな、奥ゆかしいまでの気遣いが文面から溢れてる相手、って、心当たりもないっすよ。
「思い当たる顔とか、ないの? ほら、フレイのことよく見てるとか、振り返った目と目があった、とか!」
「さぁ、そんな女子の顔もわかんないですし、覚えてないなぁ」
「え、女子……って、男でしょ?」
ボギーが怪訝に言ったのに、私も怪訝に「は?」と、返した。
……いやいやいや、ボギーたんと私のホットラインに、重大な行き違いが生じてますよ。いやだ、これ恋人同士がときおり陥る、別れの落とし穴じゃない。
「フレイはだれから、このラブレターを貰った。と思ってるワケ?」
「女子に決まってるじゃないっすか?」
だって普通に考えて、こんなラブレターなんて贈るのは粗忽な男子に無理でしょうよ。なにを当然な。と、私は胸を張ったが、
「いや、男でしょ」
「男の方です」
「男ですです」
「殿方ですね」
と、私の持論は足蹴にされたスライムがごとくフェアゾーンから転げだされた。
……どうして、そんなにも断定をされるのよ。
しかも「この部分からして理解してねぇのかよ」みたいに生暖かい目を向けるの止めて。乙女のハートは傷つきやすいんだからね!
「普通に考えればフレイに送るとしたら、男子でしょ……まぁ、中身はアレだけど見た目は美人で通ってるんだから」
「お菓子も作れて、勉強もでき、その上、ミランダ様の授業でも満点の成績ですからね。これで想われない女子はおらないと思います」
「そうですよぉ。フレイ様がちょっと残念! ですけど、でもでも、周りの方にはそれ知れ渡ってませんから!」
「つまり、フレイは、高嶺の花?」
「認めがたいけどね~」
……持ち上げられたり、こき下ろされたり、上下動が激しすぎて、理解が追い付かないけども、つまり、総体として皆さんは褒めてくださってるてことで、よろしいですのね。わーい、て無邪気に喜んでもいいの?
そっか。私が高嶺の花……げへへ、わーい!
て、喜んでらんないわ。
貰って嬉しいラブレターが、甘酸っぱい物から、酢の物に変化したような気がする。
相手が男子って、急激にテンションが爆下がりですよ。
むしろ、正体を明らかにしたくはなくなってきたなぁ。謎のまま、穴を掘って埋めたい。
「明日の放課後、離れに、か。なんか、憂鬱になってきた。まさか、だれかの手の込んだ虐め、て落ちじゃないよね」
「……フレイは色々恨み買ってるから、否定できないわ」
ちょっと、恨みって人聞きが悪いわね。せいぜい、レオナールかテオドアにしか贔屓してませんよぉ。
「引き出しの中に入っていたんですよね。いつ頃、入れられたのかわかります?」
「えぇ、と」
……たぶん、姫様と会った時、かな。テスト結果を貼りだしにされたの、見に行った時。それで間違いない、と思う。
私はテオドアから虐め避けのため、毎日机の中身はすべて持って帰ることにしてるから。見知らぬ物があったならば、登校した時に気づくもの。
ふーむ、と便箋をピラピラと、皆で検めつつも、目新しい発見はなかった。なにか少しでも身元に繋がる、ヒントでもと封筒を見つめていたら、姫様が「あ」と、声を挙げて封筒の端っこを指さした。
「ここに紋章が描いてありますわね」
「あ、ほんとだ」
ふむ、とアルマが顔を寄せて、しげしげと眺める。
「ふーん、船のイカリにアホウドリの横向きの面……となると、西南の海岸沿いに近くの家の方でしょうか。それに、この薔薇の蔓紋様が認められてるのは、子爵以上の家系だけでございますから……おそらく、ゴルターナ家のご子息様では」
「アルマ凄~い、たったこれだけでそんなわかるの……!」
と、手を叩いてボギーが褒めると「基本ですよぉ」と、言いつつえっへんと胸を張った。
朴訥とした地味顔な癒し系なのに、頭良いのね。そういえば、一応は姫様に仕えるエリートなんだったわ。
「ンで、そのゴルターナ、の家の方は、男ですか、女子ですか?」
「えぇ? さ、さぁ、アルマはそこまではちょっと……」
「そっか」
……身元はわかっても、性別不詳なのは変わらんのね。
「あぁ、行きたくないなぁ。すっぽかそうかなぁ、これ」
「そんなのダメ」
「そうですよ。せっかくいただいたお手紙なのに」
「罰が当たります!」
「観念して」
「行きなさい!」
……マジ、かよ。




