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LV137

 短い秋が去り、王都では初めての冬を迎えた。

 快晴が続く毎日であっても、寒さはどこも共通で肌に触れる外気には温みは一切ない。寮の中であっても、吐息には白さが煙る程だ。

 私は学院指定の紺色のコートのボタンを上までしっかりと止めて、いざ学院へ、と寮のドアを開け放った。

 が――


「……なんでシャナン様までいらっしゃるの?」

「いて悪いか」


 いや、悪くはないですけど……そんなムスッとした見慣れた顔が、突然に寮の前に現れたら、訊ねるのが普通ですよ。

 眠たげに目をこすってる二コラに、大口を開けて欠伸してるジャンまで勢揃い、とあっては。隣のボギーも、何事? と、ばかりにふしぎそうに目をパチクリしてるし。


「フレイの疑問は当然だと思うよ。いったい、どういう風の吹き回しできたのさ?」

「原因はオマエだ! この寝癖頭が」


 と、腕を組んでるヒューイに、シャナンは苦み走った顔でお隣さんを睨んだ。


「……え、ぼくのこと?」

「そうだよ!」


 と、怪訝に自分を指さしたヒューイに、シャナンが叫ぶと騒々しく指を突き付けた。


「話しに聞けば、毎日のように来てるとか。いったいなんだってそんなマネをしてんだ。外聞の悪いマネは止めて貰いたい」

「えぇ? 人聞きが悪いな。ぼくはべつに後ろ指さされるようなことはなにも……」

「こんな風に女子寮の前に来るなんて普通に後ろ指さされることだ! 妙な噂を立てられでもしたら、ウチとしても迷惑なんだよ! 金輪際ヤメロ!」


 ……朝からヒートアップしているけど、そんなにヒューイに噛みつかんでもいいのに。そうこうしてると、ヒューイはまあまあ、と手で宥めた。


「気にし過ぎだよシャナン君は。それは、ぼくだってフレイが迷惑してるっていうなら、止めるけどね」

「ン?」


 …………。

 なんで、ふたりしてジト目で眺めてくんだよ。

 ……そりゃ、最近になってヒューイが朝の迎えに来て、アレやこれや、と話して登校するのが日課となったが、迷惑だとは感じたことはない、かな。

 確かに、シャナンが気にするのはわかるけどもね……ふと、周りを見たら、こちらを盗み見てる生徒も、ちらほらと向いてることもあったし。

 ……それが迷惑といえば迷惑なんだが、その本人を前にして言える程、私は度胸がある身ではないんですが。


 私が返答に窮してると「ほ、ほら。ふたりとも喧嘩してないで先行こうぜ。もう寒いのなんのって!」と、ジャンが焦れたのか、気を遣ったのか、ささっとふたりの間に割って入った。

 私も固く黙り込んだボギーに手を引かれつ、登校路を行くがいつものような会話がなく静かだ……なんだってこんな短い登下校路で、気を遣う羽目になるんよ。


「……あ~、にしても、もう冬も本番だね。毎朝起きるのがツライよ、ほんと」


 場の空気の悪さを察したのか、二コラが務めて明るい調子で言ったのに、私もそれな。と、乗っかる。


「確かにね。ウチの寮部屋はめちゃくちゃに寒いですよ。暖房なんてないんですもの」

「ウチも一緒だよ。火を使うのは危ないってさ」


 ……火の取り扱いには、厳しいよなぁ。私もコタツを作ろうとしたけれども、断念せざるを得なかったし。頭から布団をかぶっては、子兎ちゃんのようにカタカタと震える毎日ですよ。

 でも、その分食堂の暖炉にいつまでもダラダラと居座って、同じように集まった寮生たちとお喋りやら、ボードゲームに高じてるんだけどね。


「いいなぁ。そういえば、この中ではぼくだけ寮じゃないんだね」

「その分、オマエは広い別宅でぬくぬくしてんだろ?」

「まぁ、そうなんだけど。皆で騒げないのが寂しいかな」


 フフン、寮生活の数少ない利点が、この集団生活での和気藹々とした雰囲気だものな。

 かくいう私も、集団に紛れつつも秋前まではぼっちでしたが、最近寮生の皆さんはお優しいのよ?

 完全に敵対してる私には、テオドアの悪行は語り安いのか、人の悪口に戸は建てられぬ、とばかりに、寮生さんたちから教えられるものね。いつかかの巻き舌には、すべての行状を並べ立てぎゃふんとさせてやる!


「ハァ。けどほんと毎日寒くて嫌んなるわ。村からもっとマフラーとか持って来ればよかった……」


 寒がりなボギーは「ほう」と、手に息を吹きかけこすり合わせてる。

 だよね。村の寒さに比べたら、幾分は暖かいけど、それでも寒いものは寒いから。


「なんなら手袋貸してあげましょうか? これ、小さくなってきたから、ボギーの手にも合うでしょきっと」


 ハイ、と渡そうとしたら、ボギーは眼を尖らせ「……いいわよ、べつに」と、言った。


「いや、そんな遠慮しないでも。また首筋に手をかけるテロをやられても、わたしが迷惑ですし」

「いいって……それ、シャナン様のでしょ?」


 ン? あぁ、贈り物を又貸しするな、って。でも、そろそろ替えないと指が入らなくてキツくなってきたし、押し入れに仕舞ったままなのは、かえって悪いかなぁ、と。


「そうなんだ。ちょっと貸してくれる」

「あ、ハイ」


 ちょっと貸して、とヒューイが言うから手袋を渡そうとしたが、ヒューイが取ったのは、私の手でした……いや、なんで手をお取りになっしゃるの?


「いや、フレイはもうすぐ誕生日でしょ。だから代わりをプレゼントしようと思って」

「いいんですか!?」


 ラッキー! タダで新しい物を貰えるとは、ありがたやヒューイ様や!


「少し大きいサイズの方がいいかな?」

「あ~、それが助かりますね」

「わかった。けど、フレイの手って小さいんだね。ぼくと重ねても指の頭分だけ足りないもの。それに白くてキレイだ」

「いやいや、そんな。手入れなんてしてないんですけどね」


 むしろ、菓子職人の手は熱に耐えられるように分厚くなるのがほとんどだが、私の場合、剣を持つときのタコですら、魔術の力で癒して貰ってますんで。


「……おい」


 なぁに? と、私たちが振り返れば、シャナンの険悪な表情が、そこにあった。

 ……どったの急に?


「なぁに、じゃないだろ……いつまで、人の手を取ってるんだ。さっさと離せ」

「いや、でも記憶してないと忘れちゃうし」

「忘却し尽くせ。代わりの手袋は僕が買う」

「先にプレゼントするって申し出たのはぼくの方が先でしょ? キミは鍋掴みでも買ってあげたら? フレイは料理が好きなんだし、それなら一年中でも使えるよ?」

「うるさい、黙って歩け!」


 いきなり、シャナンは激昂するとヒューイの後ろ首を捕まえて、ズルズルと引いてった。私がその様子をポカーンと、見やっていたら「フレイのせいだからね」と、ボギーが頭が痛い、とばかりにジロッて睨んで、後についてった。

 ……いや、なんで私のせいなんですか!?

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