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LV136

 女王陛下の誕生日を迎えた当日、私はクリス様とのやくそくを守るべく、王城の調理場へと赴いた。もちろん、作るのはギザールモンブラン。

 すでにクリス様は、かわいらしいエプロン姿で「よろしく、お願いいたします!」と、ペコッと頭を下げ、その新妻めいた姿に鼻血が出そうな程に萌える……。

 しかし、驚きなのはクリス様のお手並みよ。卵割りにしろ、撹拌にしろ、ちょっとコツを教えただけで、あっさりとマスターされた。

 私が念入りに分量を計る際にも、こちらと同じように息をこらして見入っておられて、「ふぅ、ワタシまでドキドキしました」と、緻密な菓子作りに興味津々である様子。

 日頃から学業優秀だと聞いてたが、打てば響くような教え甲斐のある生徒だ……いや、ほんと人に教えるってこんな、簡単だったのなぁ。

 ボギー様は、黄味と白身を別けるのにも「キャ、落ちちゃった! これ大丈夫? もう別けらないの! ねぇ!?」と、一々が大騒ぎだったのが、姫様はミスなくすませ、後は生地の焼き上がりを待つばかり。

 


 クリス様と「楽しみですね」と、キャッキャと待っていたら、料理長のおやっさんが、太鼓っ腹をゆさゆさして調理場へやってきて「調子はどうだね?」と、だみ声でちょっかいをかけてくる。

 今宵の晩餐の最期を彩る、デザートの進捗が気になるのだろう。

「おーけー、おーけー!」と、おやっさんを追い立てるように手を振ったら、ゲラゲラと笑って行ってしまった。まったく、心配せんでもちゃんと出来てますよ!


「……凄いですね。料理長さんは気難しいお方だという有名なのに、フレイ様とはあんな仲良しさんだなんて」

「え、そうなん、ですか?」

「そうなんですよ。席の用意や飾り付けがあるのに、料理の献立もろくに教えてくれない――と侍女長さんが嘆いてますもの」


 まぁ、私もそういう頑固な職人肌のお方とは、前世からお付き合いが深いからね。てか、向こう様はもっと切実に「他にもアイディア持ってるんだろ、手の内を見せろよ」って、笑顔の裏にヒシヒシと威圧感と要求を発してるのだが……。


「姫様お疲れでしょう。後はわたしが見てますので、椅子で休まれては」

「いえ、ここで大丈夫ですわ。ここだと、芳しい匂いが近くていいです……生地の甘い香りもよかったですけど、その生地を焼く匂いもまた良い物ですね」

「姫様も覚えがあるでしょう?」

「……ハイ、かすてらに似た香りですね」


 でへへ、覚えてくださってるとは、ありがたいことです。ニッコリと笑いあっていたら、突然、姫様は目を伏せられた。


「……あの、実はフレイ様に謝らなければいけません」

「え、謝るってなにを?」

「今回のお菓子作りのことです……ワタシがお母様のプレゼントにをなに贈るのがいいか。と、相談をしたの。厚かましいことですが、きっとフレイ様に相談を持ち掛ければ、こうして一緒に菓子を作ってくださるかな。と、期待してたんです……フレイ様とボギー様のお話しを聞いてたら、ワタシも作りたくて……大事なお仕事なのに、すみません」

「いえ、そんな。べつに謝られる程のことではないですって!」


 そういう打算があったって、気にしないのに。むしろ、クリス様がそんなにもお菓子に興味がもたれたことは、私にとっては光栄なことですって。

 そう励ましてもクリス様は「ありがとうございます」と、ぎこちなく笑ったまま、表情が冴えなかった。


「……お母様が本当に欲しいプレゼントはわかってるんです。きっとワタシの白紙委任状なんだって」

「それは、」


 ……婚姻相手、についての選択権ってこと?


「そう。フレイ様もご存じなのでしょう。お母様がワタシがだれと結婚するのが一番だと、思っているか」


 クリス様がこちらの目を見据えていたのに、とても誤魔化せないな……。

「シャナン様、ですよね」と、おずおずと言えば、姫様はこくりと頷いた。


「お母様の言い分はよくわかるんです。勇者と名高いローウェル家から婿を迎え入れることは。勉強もできて、人柄もよろしいのに、なにが不満なのか。と……ですが、お相手として気持ちが定まらないというか……」

「そうですよね」

「――あ、誤解をしないでくださいね。シャナン様は魅力的なお方ですけど、その、結婚をしたいと思うかは、別なことというか」

「いえいえ、姫様の仰られることはよくわかりますよ」


 ……てか、我が主的には逆にフォローを入れられた方が余計に不憫ですし。安心してください。と、頷いたが、姫様は凹んだように頭が沈んだ……これは相当に悩みが深いね。

 まぁ、無理もないか。姫様もお年頃とはいえ、まだ13歳だもの。将来の伴侶について、決めろ。と、迫られても、ピンと来ないってのは無理からぬことですから。

 その上、シャナンが相手にでも微妙なのに、断った上で候補として挙がってくるのが、ジョシュアとヘンリー君といった三侯爵の阿呆たち……これは姫様に同情する他ない。


「皆様の期待はわかってるんです。周りからは、だれがいい、こちらの方がいい。と求められますけれど、でもなにを基準に選べばいいのでしょう? 家柄なのか、勇者様の血なのか……深く考えても、頭がこんがらがってしまって。一度はこうしよう! って決めたはずの思いも、一日経ってしまえば、それが本当の自分の気持ちなのか、疑わしくなってしまって」

「……クリス様」


 端整なお顔を曇らせて、なんとお労しいことか。シャナンでも周りを取り囲まれてるんだもの、姫様の周囲はその非じゃない程の連中が集い、善意というフリして自分らの意に沿うような形に誘導しようとしてるのだろう。

 私は上手く慰めることもできず、その背を支えるように手を添えたら「フレイ様だったら、どう致しますか?」と、姫様が顔を上げてそう言った。

 え、私?


「そうです。フレイ様がワタシの立場だったら」

「……えぇ!?」


 ……な、なんと答えに窮するほどに難しい質問だろうかっ!?

 私が姫様の立場だったら? いや、私は紳士ですから、オノコはゴメン被りますわね、おほほっ……なんて言えやしない。いくら、温厚な姫様でも、こんな縋るような目をされてるのに、こんな発言かましたら、ふざけるな。と、キレられる。

 吾輩には備わってない乙女心を憑依して、真剣に考えてみよう……そうだなぁ。あの、三人から選ぶとしたら……シャナン一択、か、な?

 いやいや、だってさぁ! ふたりとも瑕疵物件めいた妹がついてるのは同じだが、片や色ボケ兄貴と、片や神経質な兄貴でしょ!? ないない。それだけでマジないわ~。それだから消去法で、一番まともっぽいの選ぶしかなくね?


「……わ、わたしでしたら…………シャナン、様でよろしいではなくて?」

「やっぱり?」


 ちょ、姫様!? なにそのしたり顔は!? ヘンな誤解するのは止めてくださる!? べつにシャナンが優れてるとは言い難いのよ! むしろ、私がお嫁さんになるならボギーさんか姫様の二択といっていいの!?

 けど、あえて。あえて、あの三名から選んだ結果、よりマシなのを選んだの! だから、ヘンな勘違いしないでよね!

「こんな話は止めです」と、私が堅く言えば、姫様はおかしそうに眉尻を抑えて頷いた。……姫様にはやはり笑顔が似合いますけど、私は相当に身を削りましたよ?



 そして私たちは焼き上がった生地にクリームをならして、ようやくギザールモンブランが完成して、姫様と手を叩いて喜んだ。

 アルマを呼び寄せて「ですから! わたしは毒味役では――」と、のたまう口に放り込んで「おいちぃ」とオッケーが出た。

 私はクリス様にお礼を申し上げると、女王陛下の魔手に捕まるより先に王城から辞去した。これ以上、陰謀話に付き合うのは嫌だもんね!



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