LV134
「勝者、フレイ・シーフォ」
訓練場の快晴の秋空の下、師範が高らかに宣言をして、私の女子の部の優勝が決まった。パラパラ、とした拍手が巻き起こるなか、よきライバルであったボギーを助け起こしてあげる。
こんな素敵な紳士が、起こしてあげたというに、冷淡にも「どうして避けるのよ!」と、不満に頬を膨らませておられる。いやいや、そこは試合ですからいかにボギーの攻撃とはいえ、避けるのは当然ですことよ?
「なら、さっさとひと思いに倒しなさいよね! 無駄に追いかけ回して。寒いのに汗をかいちゃったわ」
「いい運動になったでしょ。ボギーも前に比べたら大進歩で、決勝まで残ったじゃない」
「……でも結局、美味しいとこだけ、全~部フレイが持ってっただけじゃないのよ」
「フッ、そこに気づくとは、いいセンスだ」
「ムカつく!」
何故だ。ライバルの健闘を素直に称えたのに、地団太を踏まれて詰め寄られるなんて。 やはり敗者にかける言葉など存在しないということであろうか?
ツンとそっぽを向いてるボギー様の腕に「機嫌を直して~」と、すり寄ったら「そんなことより、シャナン様の応援に行くわよ」と、まだ試合中かのように息巻いている。
他の女子の皆さんは、和気藹々としてるのにやけに殺伐としてる。と思ったが、ボギーは試合中も、シャナンの方が気になって気になってヤキモキしてたのな。
ボギーも一途だなぁ。と、腕を引っ張られつ、隣の会場へと向かえばちょうどシャナンの試合の最中だ。
「始め!」
試合開始と同時に、シャナンは相手の懐へと飛び込み、勝負は早々と決着。
相手は上段から振り下ろそうとした形のまま、顔面に冷汗をびっしょり固まっている。その鼻先には、刃を潰した剣だ。
「勝者、シャナン・ローウェル!」
と、勝ち名乗りがあがると、ワーッ! と、女子の部とは比べ物にならない程の黄色い歓声が挙がったがシャナンはそれに答えるでもなく、そそくさと場から降りて行った。さすがは勇者のカリスマ性。私の時とは大違い。
しかし、春先のテストの時にも思ったが、テストにしては緩~い雰囲気だね。
女子たちは学院指定の運動着のまま、ケラケラ話しあったり、他の男子組の試合観戦を楽しんでおられる。なかには、お弁当を広げている剛の者までいて、まさにちょっとした運動会気分だ。
その上、我々の頭上にある離れのバルコニーからは、まるで天覧試合のように、姫様やテオドアまでもが席について、優雅にお茶と試合を楽しんでおられる。ちょっと、試しに呼んでみるかなぁ。おーい、姫様~、アルマ~、あ、こっち見た!
「ねぇ、ボギー! 姫様手を振ってくれてますよ、おーい!」
「……恥ずかしいから、止めなさい!」
ぐへっ、首を引っ張らないでってば!?
「……それより、シャナン様にお怪我がなくって良かったわ。ねえ、さっきので何回戦目だったの?」
「まだ三回戦目だから。結構相手は残ってるんじゃない?」
「あ、ニコラ」
いつの間にか、来てたのか。て、ことはもう負けたのね。
……しかし、ゆさゆさ、と前が見づらそうに歩いてきたが、額の辺りにデカイ絆創膏をつけてるのはなんかのギャグのつもり?
「違うよ。対戦相手に向かって走ったんだけど、そこですっ転んじゃって」
「顔面からズサーッて? ……そりゃ痛いでしょう」
むしろ目にしてる我々の方が痛々しい。
「良ければその傷。わたしの魔術で癒して差し上げましょうか?
「え、フレイ魔術使えるの!?」
「当然ですよ」
……フェフェフェ、伊達に毎日、邪念にまみれながらも妄想――じゃなくて、瞑想をし続けたわけじゃないよ。この再臨した光の魔術師の力があれば、そんな傷はちゃちゃっと癒してみせましょう。
さぁ、額をこちらに。と、ニコラがワクワク、と跪いたところに手をかざすと「ヒーリング!」と、我が掌中にて光が輝いた!
が、ニコラは「ン?」と、こちらに顔を突き出しては、微妙に頬を引きつらせてる。
「……な、なんか痛みが引かないんだけど」
「シッ……思ったよりこれは傷が深いですね。最悪、脳にも達してる恐れが」
「いくらなんでもそりゃないでしょ」
ボギーが頭が痛いわ。と、言いたげに額を抑えた。
……我が魔術の腕では、シャナンみたいにパパッ、と数秒で治るなんていかないのよ!
「あ、でもじんわりとしてるのは気持ちいいね。お湯に浸かってるみたいで、いい感じ」
……蕩けたような顔をしないで。ちょっと気恥ずかしいんだけど。
「ところで、貴方の相方のジャンはどうしたんです」
「そこ」
「わっ!? ……気配がしないと思ったらこんな近くに」
てか体育座りで、激しく落ち込んでおられるようですが、なにがあったの?
「いや、一回戦でシャナンと当たったんだってさ」
「……なんて運の悪い。筆記のテストも轟沈して、挙句にすべてをかけてた剣術テストも全滅ですか。どういう顔して実家に帰るんでしょうね」
「うるせぇよ!?」
ガバッ、とジャンが叫ぶと立ち上がった。
「なぁんだ、元気じゃないですか」
「フレイ! 一生懸命に頑張った相手に、そうやって虐めないの」
「……はぁ~い」
て、私はボギーに大人しくしてたら、頬を赤くしたジャンがボギーに向かって躊躇いがちに、
「あ、あぁ……その、ありがとう」
「いいえ」
と、ボギーは笑顔でさらっと言うと、ジャンを頬を赤くしていた。
おやっ?
と、ジャンの顔色を、まじまじと覗いていたら「あ、あっち行けよ!」と、言いつつ、自分の方が、どこかへと行ってしまった。
「なんですか、あの態度?
「……まぁ、ジャンも男の子だってことだよ」
二コラは知ったかぶって、何度も頷いてる。
フーン。あっそ。
でも、一回戦で負けたのは、恥ずかしいよなぁ。コボルトに逆に退治されかけた頃と、あんまり変わってないってのはちょっとね。
「てか、さり気に上のバルコニーに、レオナールいるじゃないっすか。ダッサァ、あいつも早々に負けてたのね」
「え? あぁ、アレは風邪で休んだんだよ」
「マジ?」
それにしちゃぁ、顔色よく姫様の隣で、ニンマリしてるじゃないの。
……さては仮病だな。まったく、ズルばっかしやがって。あん畜生! この場所に引きずり下ろしてやろうか、と腕まくりしていたら、私たちの前の人ごみをサーッと引いた。すると、そこから勝気な感じに胸を張った少年っぽい女子が、取り巻きの侍女たちを連れてやってきた。
ボクっ娘ことエミリアか。いやぁ、そのエイのような後ろに一本の束ねた髪、懐かしいね。久しぶり~、と和やかに笑顔を向けたが、彼女はそれにムッ、と眉をしかめては、ざーとらしくこちらの前でタン、と足を踏みしめた。
「久しぶりだね。フレイ・シーフォ……ボクは今日という日を待ち望んでいたよ!」
「あら、エミリア様こそごきげんよう」
「ごきげんよう。って、なにその余裕っぷり。ボクにお世辞とかやっても無駄だからね。……キミのことは許さないから!」
はて、許さないとはこれ如何に? 私がなにか粗相を働いたことがおありでしょうか。
「誤魔化さないでよね! ボクに恥をかかせといて、タダですむと思わないでよ!」
「恥っていうのは……あぁ、前に勝負をしたことですか? でもあれは正当な勝負をして、エミリア様が負けた――」
「うるさーい!」
と、エミリアは私の声をかき消すと、ピンとこちらに指を差してきた。
「いいから、今度はボクも本気の本気でやるんだからね! ひと夏を越えて、ボクは大幅に成長したの! だから、今度こそキミ勝って、シャナンとも勝負するんだからね!」
……本気の本気って、ちょっとバカっぽいんだが。と、苦笑をしていたら、ちょいちょいボギーに袖を惹かれた。ン、なぁに?
「なぁに、じゃないから……いったい、彼女になにしたのよ?」
「いや、前にあの娘がシャナン様と勝負したい、と無茶を言うので、ちょっと私が露払いを買って出ただけですよ」
「……なにやってんのよ」
と、ボギーは呆れただけだったが、同じように顔を寄せていた二コラが、ひゅー、と血が抜けたように、顔色を青ざめた。どしたのよ、そんな貧血か?
「……違うよ! キミあのハミルトン家に喧嘩売ってるんだよ。しかも、彼女の家柄は、代々軍務卿を務めてるのに、そんな彼女を負かせたりしたら、盛大にメンツをつぶされたって怒るに決まってるじゃない!」
いや、エミリアのプライドを傷つけたのはわかるが、前の勝負は仕方なかったんだって。夏の初めにシャナンと決闘だ~。とか息巻いてた裏に「シャナン君に傷物にされた~!」って、泣き叫び、一挙に婚姻へと突っ走るつもりだったのだ。
その危機をいち早くに察し、その野望を打ち砕いた私は褒めそやされて然るべしです。
てか、恨みっていうけど、どっちかといえばエミリアに、胸を揉みしだかれた私の方が、恨みの割合は大きいです。サイズ的に。
「ごちゃごちゃと内緒の相談? キミたちはボクの眼中にないからいいの、ボクの目的はあくまで――」
「いいから、いいから。そこに座ってシャナン様の勇姿を御覧に入れましょう」
「ちょ、気安く触らないでよ、」
「まぁまあ」
と、エミリアに離されぬようにがっしりと腕を組んでその場に着席。ハイハイ、こんな場所で騒がれたら迷惑ですから、お静かに。あ、ほら、ちょうどシャナンが出てまいりましたよぉ、お相手は可哀想にここで敗戦――って、ヒューイ!?
訓練場に登っていくヒューイは、驚いてるこちらに気づいたか、ニパッと微笑んだ。
……ま、マジか。まだ四回戦目で、こんな対決かよ。
前にシャナンはヒューイのこと偉く買っていたし、その実力を見れるチャンスだな。
しかし、周りの空気はテオドア一派のおかげで、あからさまに声量のう上ではシャナンが圧勝だね。でも、ヒューイ派も少なからずにいるようで、ポーッと見惚れる女子の姿もちらほらと。
「頑張って、シャナン様!」と、ボギーは祈るように手を組んでるが……こりゃ、友人として、どっちを応援しよう。
と、迷っていたが、すぐに「始め」と、掛け声がかかり、
いきなり――ガキッ、と鈍い音がした。
は、速ぇわ。ふたりの剣筋……。
どちらが、どちらに劣るというでもなく、そのスピードも強さも、半端ない。
互いの動きは、まるで予め決められた剣舞のようにしなやかだ。
一方的に攻め込むシャナンに、周りの生徒たちは「勇者が圧勝じゃん」と、笑ってるが、実際、ヒューイの剣も劣ってなんていない。
シャナンの大振りに仕掛けてくるスキを、虎視眈々と狙っている。
きっと、どちらかミスをした方が負けだ。
……前に目立ちたくないとか言ってたくせ、ヒューイはやけに本気じゃないの。
そして、何合目かもわからぬ程の打ち合いの果て、シャナンが着地した足がズルっと滑った。
そのスキを逃さず、ヒューイが冷静に一閃をさせる。と、
――カンッと、剣が空をくるくると舞い、それが地に落ちた。
そして、勝利を確信して、剣を鞘に納めたヒューイは息を抜いたように微笑を浮かべた。
「しょ、勝者! ヒューイ・ラングストン!」
動揺した師範が叫ぶと、やはり周りの生徒も同じようにまばらに拍手が起こった。
「……シャナン様、が負けた、の?」
ボギーが呆然と言ったのに、私はえぇ、と首を縦に振るだけしかできなかった。
……いや、私もまだ信じられない。
あの、シャナンが負けたって。
周りでも、
「おい、勇者が負けた?」
「……マジかよ!?」と、ざわついている。
けど、負けたシャナンは淡々とした様子で剣を拾い上げると、そのまま階段を下りると会場から向こうへと行ってしまった。
ボギーはそんな様子に居た堪れないとばかりに「……あ、あたし行ってくる!」立ち上がり、その後を追いかけてった。ちょ、いまは止めた方が……あぁ、行っちゃった。
「なんだか、……見たくもない波乱が見れちゃいましたね」
「うん。ふたりとも友達だけど、シャナンが負けるっていうの……やっぱショックだね」
と、二コラがぽつりと言った。
確かに。俺も昔から、シャナンの超人っぷりは半端ないって、知ってるから余計にね。見た目が華奢で大人しいヒューイが、凌駕するなんて……どっちより、とか関係なくてもショックだわ。
なんだか、気持ちの整理が追い付かないわ。
私は、軽く頭を振ると、ふと傍らのエミリアが妙に静かだ。
どうしたの? と、その顔を見上げれば、蕩けた表情をして、ヒューイの後ろ姿に目を細めている。
「……あの、ヒューイ・ラングストンって子、どんな人なんだろう」
え?




