LV133
クリス様の手招きに応じると、私たちは廊下から人気のない階段下の隅っこへと移った。この話しはよほど内緒にしたいのか、そばに人が来ないよう、ガルルッと、アルマが犬歯を剥き出しにして威嚇していた。
……逆に悪目立ちするから、それ止めた方がいいと思うよ。
と、そんなアルマに背を向けると、クリス様は溜息を吐くように声を潜めた。
「突然、お呼び立てしてすみません。実はお話しというのは近々、ウチのお母様が誕生日を迎えるんです」
「へぇ、それはおめでとうございます」
私はお愛想を述べて、クリス様の小耳に近寄ると「……付かぬことをお伺いしますが、陛下の年齢はいくつにおなりですか?」と、ボソッ、と聞いたら「まぁ!」と、クリス様はクスッと笑った。
「36歳、ですよ。もう、フレイさんたら。女の人にそんなこと聞いたら怒られますよ?」
「ハハッ、いや女子同士ならいいかと思いまして」
……フッ、いかに「空気を読めないの?」とボギー様にはなじられて久しい私ですが、そんなデンジャーな看板が立ってれば目につくので踏む込みません。地雷には。
「けど、そんな女王陛下の誕生日とならば、それはまた豪勢なパーティになりそうですね。ってことは……もしや話しとは、わたしに菓子を作るようにって仰せでしょうか」
「その通りですわ」
……うーわー、マジかよ。
女王陛下のための菓子を作るのにもプレッシャーなのに、陛下にお会いするとなれば、まぁたトーマスさんにお説教を貰う羽目になりかねないんだが……。
「そんな不安そうな顔をされずとも、大丈夫ですわ。誕生日会といってもワタシとお母様とのふたりだけの内輪での催しですから。大人数の用意も凝った催しも必要ございませんし、気負われる必要もありませんわ」
「そう、なんですか?」
「ハイ。お母様は騒がしいことは嫌いなので。周りで盛大に祝われるよりも、ひっそりとした誕生日の方が好みなのです」
なるほど。
それだったら、私の懸念するような事態にはならないっぽいけど。でも、陛下にはお目見えしないと、ダメですよね。結局……しょーがないよなぁ。一応、仕事だし報酬も受け取ってるワケだし。
「あの、提供するレシピは前に作ったギザールの物でも、よろしいでしょうか?」
「構いませんよ。あの味ならお母様もきっとお気に召すはずだと」
そっか。なら安心だわ。
クリス様に、女王陛下の誕生日の日程を聞いたが、それはテスト期間明けの三日後だそうだ。
これじゃ新しいレシピを試したいけども、時間がたりないよね~。冒険する相手が陛下だなんて、失敗したら気まずいじゃすまないものね。
安心したわ。と、私がホッとしてるのも束の間、クリス様の愛らしいお顔が曇ったままのに気づいてしまった……なにか、心配事がおありなんですの?
「あ、いえ、大したことじゃないんです……ただ、お母様への誕生日プレゼントに迷っていて」
「あ~あ」
確かに身内へ贈るプレゼントって、何気に好みがわかってる分だけ迷うよねぇ。しかも、それが毎年にも続くもんだから、段々と選ぶ品が減る一方だもの。
「近いお方ですからねぇ。趣味に合う品物を選ぶのもタイヘンですよね」
「……近い、でしょうか」
「え?」
クリス様はなにかを堪えるように目を閉じられた。そして、また思い出したかのようにはにかんだように微笑んだが、その頬は少しく強張っている。
「いえ、前からちょっと考えてしまうんです。ワタシたちは親子であっても、そう簡単に親子って言えないな、って……お母様は国を背負う立場の人間で、いつもお忙しいのです。だから、ワタシと話す機会も、年に数えるほどにしかない。ですから、好む物を知ってるというのも、お付きの侍女たちからまた聞きした物ばっかり。だから、フレイ様に相談をすれば、お母様の好みもわかるかなって、思ったんですが……」
すみません。と、クリス様が頭を下げたのに、いえいえ! と、私も慌てて習った。
……やっぱり、親子仲がよろしくないのね。
「でも、前年の誕生日プレゼントはなにを贈られたのです?」
「……前は、そうですね、花を差し上げました。そのまた前には、便箋のセットを」
「ほう」
へぇキレイに消えモノばっかですか。しかも普通に使い勝手がよさそうだし、ちゃんと考えてるのね。じゃあ、今年も消えモノを選ぶとするなら……そうだ!
「あの、クリス様もわたしと一緒に、菓子を作るのはどうです? そしてふたりで出来上がった物を、誕生日プレゼントとしてお贈りするのは」
「え、ワタシが、作るのですか?」
「もちろん! 陛下はきっとお喜びになるかと思います!」
「……でも、ワタシでも作れるんでしょうか?」
と、不安そうに自分を指さしてるのを「大丈夫でございますよ」と、太鼓判を押した。そうだよ。陛下だって自分の娘の作った品物なら、ちょっと見栄えが悪くなったって喜んでくれますよ。
「そう、ですね……ワタシも作ってみたい。あの、本当にお願いしてもよろしいですか」
「ハイ、男に二言は……いえ、女に二言はないであります」
なんて、私が胸をドンと叩くと、クリス様は「ハイ!」と、私の手を取ってやくそくです。と、頷いた。




