LV129
「…………そんな」
かすれた声がして、俺はミルディン卿から預かった手紙から、チラッと顔を上げた。
レオナールの驕慢な表情はすっかり剥がれて、蒼白になった表情を晒している。
俺はスルーして続きを読み進めた。
「――というように、私が財布が失念したことによって、フレイ・シーフォ嬢には多大な迷惑をおかけしたこと、ならびにこのような騒動になったことを謝罪致します――以上が、ミルディン卿からのお手紙内容ですが、御覧になられますか。レオナール様?」
と、手紙を印籠のように掲げたら、レオナールはたじろいだように後退りした。
ミルディン卿は「自分が財布を忘れ、無銭飲食しかけたのをペンダントを払いのツケとして置いた」というこを、俺が黙っていて欲しい、と、卿に頼まれた。とこんな筋書きだ。
ウソにウソを重ねた形だが、まぁ、俺たちが黙っていれば、バレやしないでしょう。
こういう尤もらしい形にすれば、いらぬ詮索をされてもミルディン卿への裏付けが必要だものね。そんな苦労してまで、無銭飲食の真相なんて探る暇人はいやしない。
……さて。どうなさいますか、レオナール様? 周りはシラ~ン、と興ざめしたように静かになりましたけど。わざわざギャラリーを中庭にまで集めて、大恥をかくとは痛み入りますね~。
「そんなことがなんだってんだ! ミルディン卿の一件はオレには関係がない。ほ、本来の話しは、オマエがかすてらを盗んだか否かだ!?」
「またその話を持ち出すんですか?」
「当然だ! いい加減、証拠を見せて見ろよッ!?」
「証拠、証拠と申されますが、そもそもわたしが不逞をはたらいたという証拠もないし、そもそも、そちらがカステラの所有者だという証拠もないでしょう?」
厭味たっぷりに腐したら、レオナールは歯噛みしたようにだんまりを決めた。
……あ~あ。なんだか、俺の方が虐めてる感じになってきちゃったな。
こんな小物をなぶってもしょうがないんだけれど、まぁた面倒を起こされてもアレだし、とどめをキチンと差してあげるか。
「どちらも決定的な証拠がない以上、やった。やらない。の水掛け論に終始します。こんな宙ぶらりんのまま決着しないのは、双方にとって気持ちが落ち着きませんでしょう? ですから、レオナール様からわたしへの罷免を陛下にお求めになられては如何です」
「なにっ!?」
「だってそうでございましょう? わたしはカステラの一件で、陛下の専属料理人なった。なのに、その功は偽りだったとなれば、任命をされた陛下の御顔に泥を塗ることになりますから……ね?」
俺がニヤリ、と微笑んだら、レオナールは大口を開けて絶句をした。
……クックック、できんよなぁ陛下の任命した人事に異議申し立てをするだなんて。
簡単に論破される程度の不確かな証拠を並び立てても、辺境伯と同じ轍を踏むだけだし。それに、万が一レオナールの意見が通っても、陛下の顔に泥を塗ることに変わりはない。
つまり、どちらに転んでも、レオナールの覚えが悪くなる。
青い顔してきょどっちゃってんだもの、キミ如きのド頭でもそれはわかるよねぇ~?
「もちろん。わたしも盗みをはたらいたなんてことは誓ってございません。しかし、賢明なる陛下のことですから、公正な判断をされるでしょう。この話しについては陛下の判断の後、存分に話せばよろしいでしょう?」
「……………………」
「ご返答がないということは、納得いただけたことと理解してよろしいですね」
「だ、だれが納得など――」
「じゃあ貴方には他にどんな解決策がおありで」
じりっ、と一歩近づいて問いかけると、色んな感情が煩悶したようにレオナールの顔は青くなったり、赤くなったりを繰り返してる。
……フッ、負けを認めれば楽になるのに。仕方ない――
「ならわたしの方から進退伺いを陛下にお出ししましょう。辺境伯様からこのような疑義が申し立てられた以上、陛下の信頼にこたえることは難しい、と。その旨をお伝えします。それでは失礼――」
「ま、待てよッ!?」
踵を返しかけたら外聞も気にする余裕もなくなったか、レオナールは必至の形相になってにじり寄ってきた。
なぁに? 貴方様の御手を煩わせぬように、私がお気遣いをしたのに。あぁ、陛下に他にメッセージがございましたか。
「…………かった」
「ン、聞こえませんわね?」
「……悪かった! オレの負けだ……もう、この話はオレの間違いだった。それでいいだろ!」
謝罪をするのに、怒鳴り声なのはいただけないわねぇ。ま、いいですわ。その謝罪を受け入れてあげます。
「ただし、その謝罪はローウェル家の――シャナン様にもお願いします。余計な詮索をされて迷惑されたのですから。あぁ、ソレと。もう二度とこの話を持ち出さないでくださいませね?」
そう釘を差すと、レオナールは顔を引きつらせながらも了承をした。そしてシャナンの元にまでいって「すまなかった」と、頭を下げた。
それに、周りの生徒が嘲笑するようにドッと、沸いたが、レオナールはギリッ、と歯を食いしばり、近寄ってきた自分の侍従たちを「どけッ」と、怒鳴って逃げていった。
俺はその様を見送ると、「お騒がせをしてして失礼いたしました」と、勝ち名乗りをあげる武将がごとく、サラッとお辞儀して、シャナンの後に続いてて中庭を後にした。
だれもいない教室にまで帰ってくると、シャナンは気が抜けたように脱力すると、
「これでレオナールはおとなしくなるかな」
「えぇ、無駄にプライドが高いお方だと侍従の方は苦労しますね。まぁシャナン様の場合、よい侍女を持ったことを感謝しませんと」
「……自分で言うなよ」
この輝かしい勝利を祝し、フッフーン、ってこめかみに指を添えてポージングしてたら「なぁに格好つけてるのよ!」と、ボギー様に抱き付かれた。ちょ、危ないでしょ! 眼球に刺さったら失明だってば!?
「一時はどうなるかと思ったけど、これで解決。だよね!」
「あ、いや。それよか、ヒューイの姿があそこになかったのは……ね」
あそこには姫様やジョシュアに、含み笑いを手で隠しておったテオドアまでいたけども、肝心のヒューイは見当たらなかった。
レオナールみたいな小物は最初っからお呼びじゃないし、ヒューイに預かっていた手紙を渡さないと。
「そっか。ヒューイ様のご家庭の事情はまだしこりが残ってるのよね」
「ええ。コレを渡せば解決……といかなくても、少しでも気が晴れてくれればいいけど」
「……だといいな」
「きっと、和解できますって!」
俺が握りこぶしを作ってみせたら、ふたりは力強く頷いてくれた。




