LV128
街の円形広場を行き交う人たちは、ふたり連れのカップルが目立つようになった。
落ちかけた夕日に浸食され、街角には濃密な夜の気配が迫り、王都の長い夜がいまにも始まろうとしている。
この広場はちょうど歓楽街の入り口に辺り、夜に挑むに必要な連れ合いと待ち合わせるに便利な、天を指さすブロンズの騎士像が立っている。騎士様の膝下で、目当ての相手を見つけると、パッと顔を輝かせて、お互いの腕を組んでは歓楽街へと歩んでいった。
銅像にまでなる名のある騎士様が、いったいなんの因果でカップルを見送るという苦渋を味あわされてるのだろうか。
と、俺は騎士様に同情したが、落ち窪んだ眼窩から悲哀の涙なんてこぼれるはずもなく、その表情はいかめしいままだ。
あ~あ、と俺はベンチで手持無沙汰に頬杖をついた。つい癖で時計なんぞはめてやしな右手首を見たのはもう何度目かしらん。
……まったく遅っいたらないなぁ。こんな時、雨にでも降られれば最悪のデート。と、キャプチャー出来る程のシチュエーションだが、あいにくデートではない。
しばらく待ちぼうけてると、一台の馬車が道に乗り付けた。そこから夜会服に身を包んだ中年の男が降りた。彼は、俺を見つけるや、額の辺りに手をかざして、近寄ってくる。俺はベンチから立ち上がると、
「お久しぶりでございますわねミルディン卿?」と、挨拶をした。
「半年ぶりの再会だなフレイ・シーフォ。もう二度と会わないかと思ってたがね」
「えぇ、わたしもです」
と、旧交を温めるでもなく冷めた挨拶を交わすと「予約した時間に遅れる」と、ミルディン卿に伴われた。
魔術の灯によって飴色に輝く店内に入ると、控えていた給仕が「いらっしゃいませ」と、丁寧に腰を折った。そこは王都でも有数のレストランなのか、チラッと見えた範囲にでも、身なりの良い客が席を占めていた。
給仕は俺たちの関係を貴族の親子と勘違いしてか「お嬢様にはドリンクをお持ちしましょう」と、言って調理場に注文を届けに行った。
……親子ってほど、顔が似ても似てやしないだろうが。と、俺が渋い顔で憤ったのに、ミルディン卿はニヤリとした。
「妙な勘違いをされて不快だろうが、恋人と思われるよりはマシだろう? ……しかし、その青いドレスはキミによく似合っているよ。本物の貴族と見紛うても仕方ないさ」
「それは、どうも」
と、ペコッと頭を下げた。
てか、オッサン――って、気軽に呼べない程、ずいぶんな変わりっぷりですね。
前は酒浸りな酔っ払いという印象だったのに、それがまるっと削げ落ちて、ケチもつけ難い貴族様だ。
その変わりっぷりをしげしげと眺めていたら、ミルディン卿は少しく苦笑まじりに笑い「キミは怒ってるのか、それとも私の格好がそれほどおかしいのかな?」と、言った。
まぁ、その両方ですね。
……来年までタンスに眠るはずと思ったのに、いきなし手紙を送りつけといて、ドレスコードのある店になんぞに招待すんだもの。おかげさまで、姫様からいただいたドレスを引っ張りだして、ボギー様には顔をパフで叩かれまくったし。
「キミが不安に思わぬようにな。こういう格調高い店で騒ぎを起こすだなんてことできやしない。明くる日には、もう貴族たちの噂のタネだ。しかし、本当にキミが来てくれるとは思わなかったよ」
「ウチの主や周りの方々から、さんざん止められましたけどね」
シャナンと一緒に手紙を開いた瞬間、苦虫を噛み潰したような顔で「こんな誘いには乗るんじゃない!」と、上京したての田舎娘に説教するような剣幕だったわ。
それでも俺はヒューイが気に掛かるから、ボギーに化粧や着付けを頼み、てんやわんやで、やってきたんだが。
「こんな苦労までしたからには洗いざらい事情を聞かせて貰いますからね。貴方もその覚悟で持って、わたしを呼びだしたんでしょう?」
「あぁ、ヒューイからの手紙が……しかもこんな物まで送りつけられたとあってはね」
と、ミルディン卿は懐から青い宝石のついたペンダントを出すと、落ち着いた声音でそれを撫でた。
「驚いたよ。一度手放したつもりが、なんの因果かまたこうして目にするとは……それも、私の息子を介して、とはね……」
「ヒューイの手紙にはなんて?」
「なぜ忘れ物をしたんだ。と、責める口調で書いてあったが、キミの説明したと同じさ、宿に逗留した時、忘れたと答えたんだ……その後にも、何通かヒューイから手紙がきてね。到底、納得には程遠い反応だったが。しかし、まさか、レオナール君と組んでまで、キミに当たるようなマネをして……本当にすまなかった。いや、それ以上に、キミを誘拐したことを本当に申しわけなく思う――」
「ちょっと止めてくださいよ」
深々と頭を下げたミルディン卿に、俺は腕を組んで眼を眇めた。
てか、こんな場所で頭下げるなんて止めて。周りの人らが驚いてんじゃないのよ。
「……わたしは貴方の謝罪なんて受け取る気はないですよ。貴方がやったこと許すつもりはないっすから」
執念深いと言われてもなんだが、その点は譲る気はないから。
いま思い返しても、あの夜は怒りが募る体験だし、それ以上に菓子をおざなりに扱ったことはマジで許されざる暴挙だわ。
ミルディン卿は俺がそっぽを向いてると、顔を上げてそれに頷いた。
「そうだな。だが、私はキミに許してほしいと願うしか他にできることはない」
「……でも貴方が、わざと宿に手がかりを残してくれたことは、感謝してますよ。おかげでひとりぼっちで家に帰らずに済みましたからね」
前にクライスさんに、なんで辺境伯の屋敷に俺がいたことがわかったのかって。ふと、疑問になってぶつけてみたのよね。
その話しだと、ご丁寧にもオッサンの泊まってた部屋に、辺境伯家の紋章が残されていたと。
「罠や陽動かもしれないが、それ以外に他に打つ手がなかったからな」と勇者様はカラッとした笑顔をして、俺の頭を撫でてくれたな。ほんとにその行動力には頭が下がる。
「……アレはどういうつもりだったんですか?」
「さぁね。ただの気まぐれだよ」
と、ミルディン卿はなんの気なしに言ったら、ちょうど給仕が料理を運んできた。
うわッ! この白身魚のポワレ、めっちゃ美味そうやん!
どれどれ~。……イケる!
この海魚は美味すぎんよ~。ほわほわとした柔らかな白身魚にフォンがきいて、高温の油で焼いたパリパリに立ってる皮が絶妙な食感! それに酸味の効いたピューレもいいアクセントね。
……クッ、コース料理の出だしにこんなエースパイロットを投入とは、王都のレストランは化け物かッ!
なんて思わず、嫉妬を憶えそうなわざまえですが、幸い私の領分は菓子だ。この料理に合う、デザートはなにかな~、と考えるのがすこぶる楽しい。
ぬふふんっ、この暑い季節に外せないのは、ジェラートやジュレだけど、酸っぱい系のピューレソースには、ちょっと合わないかな。でも、まだフルコースがきてもないしぃ、料理に合うひと皿は、胃に収めてから考えよっと!
「いや、キミは本当にうれしそうに食事をするのだね」
「…………」
あ。
……やべ、オッサンの存在を失念してた。
敵の前でニヤニヤと阿呆面を晒すって、どんなおバカさんだよ!
「……べ、べつに料理になんて心奪われてませんけど。そ、それよりも! なんで貴方はヒューイのことを養子に出したんですか」
ジロッと睨むと、ミルディン卿は「ヒューイが大切じゃないわけではないよ……むしろ、大切だから養子に出したのだ」と、ナイフを置くとその口元を拭った。
「鳥には托卵するものがいるだろう。私がしたのはソレと同じだ。我が家はいまでこそ少しは自慢がきくが、昔は貧しい家でね。そんな環境では、ヒューイを一人前に育てられない、と思った。ラングストン家は地位も財も我が家よりもはるかに高みだ。
ラングストンの当主は開明的な男でね。奥方をひとり迎えたがついぞ子を成さなかった。ご当主殿は、遠縁の血だけは繋がってるバカ者がすり寄ってくるのに難儀していたのだ。「自分の家を継ぐのは、血じゃなくても優秀であれば構わん」と、暖かくヒューイを迎えてくれて、次期当主とすることもやくそくをしてくれたよ」
「……ヘタしたら貴方の家の存続もできなくなるのに、思い切ったことをしますね」
ヒューイに他に兄妹もいないし、ミルディン卿は独身でしょう。明日にでも亡くなりでもしたら、家はいきなり破滅すんじゃないの。
そんな疑問をぶつけてみたら、彼はそうでもないよ、と首を横に振った。
「もし仮に私が死んだら、ヒューイがラングストン・マクシミリアン。と、両方の家を継げばいい。エアル王国では、家名を二重に継ぐのはザラにある。
それに、ヒューイが結婚をして、仮に次男が産まれたとしたならば、そちらを分家として我が家を継ぐ。こうすれば、ラングストン家は余計な後継ぎ問題で頭を悩ませることもないし、なによりその勢力は拡大する。ヒューイも貴族として英才教育を受けられ、なおかつ安定した生活を送れる」
悪い話しじゃないだろう。と、ミルディン卿は種明かしをするマジシャンのように両手を広げた。
……なるほどな~。
ミルディン卿はラングストン家との縁を手にして。
ラングストン家は後継ぎと勢力拡大ができて、
ヒューイには安定した生活と英才教育を受けられる。ってワケね。
だれもが損をしない、有益な取引なんだろうけど。
「――けど、そこにヒューイの意志はあったんですか」
と、俺は告げたら、ミルディン卿はただ被りを振った。
「ないよ。私とラングストンの当主と話し合って決めたことだ。私がヒューイに打ち明けた時にはもう決まっていたことだし、なにも文句を言わずに納得してくれたよ」
「じゃあ親子の縁が切れたと。ヒューイとはもう無関係だって言いたいんですか?」
「そう、だな」
「ハァ!?」
なんだよその言い草は!
と、俺が席を立ちかけたのを目で制して、あくまで静かに口を継いだ。
「この話は微妙な問題をはらんでいるんだ。私とヒューイとはあまり関係を密にするのはよくない。家を乗っ取る気か、と不満を抱いてるラングストン家の者たちを刺激することになるからね」
「けど、ヒューイは貴方の亡くなった奥様の形見にアレほど怒ってるんですよ」
「……それとこれとは別の話だ」
「でも!」
「引っかき回すのは止めてくれ。この事情は私たち親子だけではもうすでに済まないんだ。ラングストン家をいらぬ騒動に巻き込むことになる」
「…………」
そう、か。
……俺が事情を知ったって、その重みを取り除いてやれること、デキないものね。
きっとヒューイは自分の立場もわかってるから、会いにも行けずに独りで悩んでたのか。
……けど、それなら余計に可哀想じゃないか。
俺は悶々と考え込んでたら、いつの間にやら、コース料理のメインの肉もすでに半分はなくなっていた。その味もよく覚えてはない。
ミルディン卿は、残っていた果実酒を呑み干すと、大きく嘆息をした。
「キミには迷惑をかけ続けだな。とにかく、キミの名誉が傷つけられぬよう、私から手紙を渡そう。筋書はこうだ――私が家に財布を失念していて、キミの家の宿代が払えなかった。それで、あのペンダントを質に入れる形で置いておいた――とね。キミは我が家の不名誉について、口止めされていた。と、そうすれば、レオナール君になじられようがそれ以上の詮索はされまい」
「……助かりますけど、ヒューイは納得しないのでは?」
「私がヒューイに真実を打ち上けようと思う。それでこの問題は解決する」
「はぁ?」
いや、俺はそんなこと告げたらヒューイが悲しむからどうしよう? って、頭を悩ませてんのに、どうしてオッサンの口からンなこと言うんだよ! てか、失望させるって決まって、まさか――
「貴方、わたしを誘拐したことを打ち明けたら、ヒューイの未練が消えるとか考えてないですよね?」
「……あの子は母親の顔も知らないんだよ。私が妻と死別した悲しみに囚われることも拘ることもない」
「拘るのは当然でしょ! 顔を見てなくても、母親と父親のことなんですから!」
俺が激昂したら、オッサンは目を瞠った。
「貴方がどうなろうがしったことじゃない。でも貴方が大切にしてきた思い出を蔑ろにはしないでください。そうすることによって深く傷つく人がいるんだから」
その目を睨み据えたまま、ドカッと椅子に腰かけた。
ミルディン卿は両肘をテーブルについたまま、俯き加減にしていたが、やがてフッ、と吐息を漏らした。
「まだ、戯けたこと抜かすつもりですか」
「いや、キミはいつだって正しいな。言う通りにしよう、いや、そうしたいと頼みたい。……ヒューイには私の犯した罪を黙ったままでいてくれていいか」
「最初からそのつもりですから。よろしいですとも」
わかればいい。
そう納得していたらただならぬ気配に給仕の方が「あの、料理になにか不手際がございましたか?」と、慌ててやってきた。
「いいえ、べつに文句はございませんわ? ただ、少し量が少ないと思うの」
「左様でございますか……それでは、パンの方をお持ちしましょう」
「あ、いえ、それでは足りないわね。コース料理を、もう三人前頼める?」
「は?」
あんぐりと口を開けた給仕に、俺はニッコリと笑った。
「わたしは大食漢なのよ」
……ぐぇ、く、喰いすぎてしまってござる。
「大丈夫か」と、後ろからの心配そうな声に手だけでオーライと示した。オッサンは馬車を頼もうか、と言ってはくれたが、むしろ馬車は逆にヤバイので止めてと頼み込み、広場のベンチにまで付き合ってもらった。
…………あー、しんど。さすがに、二人前は多すぎだったか。情けない限りだが、歩いた甲斐もあり胃がこなれてきたぜよ。
「しかし、キミはよく食べるな。でてきたパンまですべて平らげるとは。」
「貴方こそ。前までは細喰いだったのに……」
ちゃっかり、一人前は喰ってましたよね。
前はなんの教義なのか、喰うのは罪だのなんだのって言い張ってたのに。
ともあれ、趣旨替えしたのは良きことかな。
俺はベンチにぐったり腰掛け、夜風に吹かれていたら、オッサンは隣でなにか書き物をしていた。丁寧に折りたたんだものを便箋に閉じて、俺に向かって差し出した。
「頼んでばかりで厚かましいと思うが、これをヒューイに渡してくれないか。事の経緯と、私の想いを綴っておいた」
「……いいですけど。ヘンなこと書いてないでしょうね」
「もちろん」
……フン、ウソはついてない感じだね。
俺がそれを受け取るとミルディン卿はオッサンは顔をクシャッとさせて微笑んだ。笑うと糸目になるとこはホントにヒューイにそっくりだった。
「私は妻に先立たれてから、ほとんど抜け殻だった。妻の記憶を呼び覚ます物から逃げて、ただ領地の経営だけに取り込んでいた。ヒューイを遠ざけたのも、なんてことはない。自分の手元に置いていて、また亡くすのが怖かったからだ。でも、キミのお菓子を食べた時、思ったよ。妻が作ってくれた最後の食事を、逃げずに食べていたら、とね。残念だがもう取り返しがつかない。ヒューイを養子に出したことも、自分が犯した罪もね」
立ち上がって零した吐息は重たく、闇色のブロンズ像を見上げてけど、もう逃げるのは止めだ」と、言って、くるりとこちらを振り返った。
「それじゃあ、私はもう帰るよ」
「え? 送ってくれないの!?」
「送ってくれる騎士は他にいるだろう……ヒューイではないのが、残念だがね――それとキミの料理は美味かったよ。まぁ、ウチの妻には負けるだろうがね」
ミルディン卿は肩を揺らしてそう笑い、振り返りもしないで去って行った。
……なんだよ、最後に盛大の惚気られたな。
いっくら俺だって、奥様の手料理に勝てるわけないでしょ。ったく、あ~あ。
「……なに、笑ってるんだ」
「いえ、最後に盛大に惚気られて……しかし、なんでまたシャナン様がここに?」
「ふたりっきりにしたらなにが起こるかわからないだろ」
と、いつの間にか傍に来ていたシャナンはぶっきらぼうに言った。
な~んだ。ずっと付けてきてたのか。
それはご苦労をかけて、申しわけないな。なら、もっと早くに出てくればよかった。
「さぁ、帰るぞ。盛大に門限を破ったんだから、寮母さんに叱られる」
「ハーイ。引率はヨロシク」
「バカ」
迎えにまできてくれたのに、怒らないでよ……でもまぁ、その、ありがと。




