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LV127

 気落ちしたように肩を落とし、その場を後にしたヒューイの様子にすっかり周りの生徒たちの気勢が削がれたか、彼らもぽつぽつと騒ぎから離れて下校していった。

 そんななかレオナールだけはしきりに「盗人風情!」呼ばわりしてきたが、シャナンもいい加減に頭にきたようで「付き合ってられん!」と、半ば強引に俺の手を引いて、その場からの脱出に成功をした。

 ……若干、強引だけれど、なんとか有耶無耶にすることが出来たかな?

 こちらに後ろ暗いことは無いにしろ、ペンダントの一件は探られるとボロが出そうだったからね。いまも不安は不安だ。テオドアもここが突っ込み所、とばかりに怪しんでたからね。


 ……にしても、つくづく俺は絡まれ体質が染みついちゃったなぁ。これお祓いした程度じゃすまないレベルじゃない?

 神聖な泉にでも入って、女神さまに綺麗なフレイさんと、汚いフレイさんとを入れ替えなければ、この体質は抜けないだろう。


「ってか……あの、ちょっと手が痛いんですが。ここいらで離していただけません?」

「あ、悪い」


 と、シャナンは跳ねるように距離を取った。ふぅ、助けてもらっといてなんだが、足幅が長いからついてくのにもひと苦労なのよね。

 引っ張られてた手首をプラプラさせて、夕暮れを迎えた公園を見回すが、訪れる物好きは俺たちしかおらず、ジャンや二コラもついて来てはいないみたいだ。

 チェッ、薄情な連中。と公園の芝生に足を延ばせば、そっぽを向いてたシャナンが咳ばらいをして「さっきのことだが」と、言った。


「レオナールについてはまた絡まれても大丈夫だよな」

「ン、ですかねぇ。たぶん、レオナールは父親にも話しもしないで、適当に突っかかってきたんじゃないですか? 前に陛下に打ちのめされた論理と同じ論破でしょ。失敗から学んでないですよね」

「少し反駁されてあれだけうろたえていたものな。力関係だけ見て、こちらを少し恫喝してやれば、すぐに頭を下げてくると高をくくっていたんじゃないか」


 でしょうね。

 あぁいう単細胞って妙に自信過剰な上に、自分の立場や地位を過信してるから。

 カステラの一件で父親と同じ二の轍を踏むとか。

 つくづく阿呆な親子。


「……それよか、心配なのはヒューイの様子ですよ。あんな風に目がどよ~んとしてる彼はわたしも初めて見ましたよ」


 と、俺は目元に斜めに指を差して言った。

 元から暗いというか、人を近づけない印象がありましたけど、あんな陰鬱なヒューイは初めてですよ。初めは双子の弟か、と見紛う程に別人だったもの。


「真実を知りたいとか、言ってましたけど、ミルディン卿がウチの宿に忘れ物をした。と、いう説明では納得できないってことでしょうか? たしかに自分の父親が、母の形見のペンダントを忘れるなんて! と、怒りを抱くのはわからんでもないですが……普通に返ってきたんだったら喜んで終わりだと思うんですが……」

「……放っておけばいいだろ、べつに」


 エー? ンな冷たいこと言って。

 ペンダントに過剰に反応したのも、父親と家名が違うってとこも、大いに気になるでしょう。シャナン様は、猫様たちに師事して、自らを滅ぼす程の知的好奇心を学ぶべきかと思いますわ。


「関係ない相手の事情に首を突っ込んでも、痛い目に合うのは自分だ……それにわざわざオマエを糾弾しようとしたヤツに同情する気にはならん」

「……そういう立ち位置になったのは残念ですけど」


 しかし、あんな亡霊のような顔をした相手に、そんな無情なことはできないよ。

 元のヒューイは、レオナール如きとつるむような人じゃない。きっと、深い悩みや事情があって、苦しんでいるのだ。ならば、自分としてはできうることはしてあげたいし、助けてほしい、というなら助けたい。具体的なやり方はわからないにしても、ね。

 ……けど、まさか事の経緯を洗いざらい喋って、父親が誘拐犯だ。

 と、真実を告げるなんて悪手を打てやしないけど。そんなことしたら、一生ヒューイに恨まれるだろうし。その辺を上手に隠して、ヒューイがなにに悩んでるのかを、聞き出せればいいんだが、なにか上手い方法はないかしらん?

 うーぬ、と懊悩を深めていたら、シャナンはムッとした顔で黙り込んでる。

 ……ちょっと、仮にも子勇者だってんなら、人助けに協力してよね!


「人の事情に余計な詮索をするのは、僕は好まないんだよ。

「……あ、勇者のクセに薄情ですね」

「僕は勇者じゃないって……しかし、オマエならそうなんだろうね。困ってるヤツがいたら、放ってはおけない、ってそういうヤツか」

「……べつにそんなことないんですけど――ってか、そこで人のこと覗いてるお方はだれですか?」


 と、俺は草陰に呼びかけたら、ガサッ、と茂みが揺らいだ。

 そこから「――さすがですね」と、ワックスで固めたように艶のある黒髪の男子生徒が、ひょっこりと顔を出した。

 ……こいつ、確かヒューイの侍従の……クルトワとかいったっけ。

 けど、なんでまた頭に葉がついた枝を差してんの? ……もしや変装のつもりだったら、指を差して笑ってやりたいが、この能面のような無表情のままブキミにスルーされた後の空気が壮絶に気まずそうだな。


「……だれだ?」

「いや、ヒューイの侍従のお方で――」

「どうも勇者殿……私、ラングストン家の侍従を務めますクルトワ・オランドと申します。以後、お見知りおきのほどを……」

「……ハァ」


 クルトワはこのクソ暑いのに手袋をしたまま手を差し出すと、シャナンは嫌そうに握手をした。


「いったい僕らをつけてきてなんのマネだ……主の続きで、文句をつけようとでも?」

「いいえ。私はおふたりに害をもたらすような存在ではありません。むしろそのお悩みを解決して差し上げたいと存じます」

「……ハァ?」

「私のことをお疑いですか?」


 ハイ。

 と、応える間もなく「おぉ、嘆かわしい!」と叫び声をあげて、クルトワが沈痛な表情で目元を覆った。

 ……なんだか面倒くさいなこいつ。ヒューイは聞き上手の話しヘタだったが、こいつは聞くも話すもヘタっぴだわ。ヒューイの日頃の苦労が偲ばれる。


「人助けは勇者様の専売特許ではございますまい。とある待ち人Aも勇者のフラグスイッチにもなり、とあるイケメンな侍従も勇者の助けにもなる……私は、おふたりに有益な情報を提供したい、とつけて参ったのです」

「……あっそ。で、その情報ってやつを提供してくれるっていうけど”タダ”じゃないですよね?」


 と、探りを入れたが「フッ、そのようなことを」とクルトワは一笑に付した。


「むしろ貴女様のお悩みを解決することが、私の悩みを解決するに通じます。いわばウィンウィンなわけでして……」

「……ふーん。それってヒューイ関係ってことですか」

「当然でしょう?」


 と、クルトワは細面な顔をゆったりともたげて、無表情な狐目をこちらに向けた。


「我が主――ヒューイ様は。品行方正にして、武芸学問全般に通じておられます。それは、日頃のたゆまぬ努力と、私の献身のなせること……しかし、夏のパーティを終えたあたりから、主はぼんやりとして心ここにあらずなご様子で。これでは主の成績はもちろん私の評価に傷がつきます。私のお仕事は、仕える主のお世話をすること、そしてその不安を早期に取り除くこと。そのためならば、たとえ気に食わない小娘にでも、偽りの恭順の姿勢を示すこともやぶさかではございません……」

「……あぁ、そう」


 こいつ主が大事だ、とかなんだといって、自分の評価が一番だ。しか言ってなくね?

 ……まぁ、細かいことに突っ込んだら負けなんだろうけど。


「まぁ貴方の目的は、よ~くわかったけど、それでそっちの提供したい、て情報は」

「ソレはこちらのお手紙にすべて書いてあります。ゆるりとご照覧を」


 と、彼は便箋をこちらに押し付けると「では」と、元にきた茂みの方へとかき分けていった……ハァ。なんか、もうこれ以上は変人とは付き合いたくないんだけれども。えっと、差出人は――ミルディン・マクシミリアン!?

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